4、縁談
ハプーンたちのモリガスキー国があるサンサ湾岸地域は、男児継承を定める双柱の神を信奉している。ハプーンは、女ばかり5人続いた後でやっと生まれた男児である。
ところが、幼い頃に患った病気が長引いた。病気のままなら形だけハプーンを即位させて、姉妹の子供から養子をとり、早めの継承をする予定だった。
健康を取り戻したのなら世継ぎも、と周りからは欲が出る。ハプーンは真面目な性格だったので、周囲の望みを叶えたかった。
その為ハプーンは、妻を迎え世継ぎも残すことも国を守る義務の一つだと考えていた。サンサ湾岸地方で18歳にもなってしまえば、普通は生涯独身である。男女共に婚活は絶望的だ。
「ただでさえ病み上がりなのに、18じゃなあ」
そんな折、モシホの娘がひとり、婚約者を海で失ってのち数年の喪が明けた。これは暁光、とモリガスキー国王は早速縁組を提案した。
責任感の強いハプーンは、諦めていた義務が果たせると喜んだ。こうして、父の提示した縁談に乗ったのである。
こちらの王とモシホの首長は、婚姻申込書の前にそうしたやり取りをしていたので、事情はお互いに知っている。だが、ウェービーは知らない。ウェービー以外の勇者は様々な所へ呼び出されるので、後宮の噂も他国からもたらされた。
「はー、びっくりしたぁ」
クズサーチで帰宅してから、ウェービー改めて不思議に思う。一体全体、さっきの場所は何処だったのか。なぜ知らない場所に跳んでしまったのか。
「クズサーチに失敗したことなかったんだけどなあ」
首を捻りながらも、とりあえずは着替える。真っ赤に染まったエプロンドレスは染み抜きをしておく。衣類の染み抜きは掃除ではないので、島民が生きていた頃はやって貰っていた。
モシホ島にはカーテンや絨毯などの布でできた調度品がないので、染み抜きはもっぱら衣類に使われる技術である。
だから、染み抜きは見よう見まねである。ウェービーは面白がって色々なことをよく観察していた。とにかく過保護にされていたウェービーは、暇だったのだ。
「それにしても、血とオレンジジュースの区別もつかないなんて」
やれば案外出来るものだな、などと染み抜きの成果を自画自賛しながら、先ほど体験した予定外の訪問先を思い出す。緩やかな異国の服を着ていた少年は、鋭い目つきの垂れ目に泣きぼくろ、真っ赤な髪が攻撃的な雰囲気を出していた。
「ちょっとお間抜けで可愛いかも。怖い顔作ってたけど本当は、ぼんやりさんじゃないかなあ」
くすり、と温かな笑みが溢れる。
染み抜きも済んで、再度婚姻申込書を探しにゆく。まずは、オレンジジュースを飲んでいた石灰岩の丘を探す。クズサーチをかけるまでもなく、簡単に手紙は見つかった。灌木の茂みに引っかかっていたのである。
「あの服装を調べるか」
ウェービーは自宅に帰ると、『世界の暮らし』という子供向けの織物画を眺めた。これは、一枚の布地にさまざまな国の暮らしが、いくつかの特徴的な物や服装で織り出された絵なのである。
「あった。やっぱりこれに載ってたんだ。見たことがある気がしてたんだよね」
ウェービーは、絵柄に添えられた国の名前を確かめる。
「モリガスキー海洋王国」
ウェービーは何度も確かめる。
「モリガスキー、モリガスキー、モリガスキー海洋王国」
何度読んでも、その国の名前はモリガスキー海洋王国だった。
「ふむ」
ウェービーは民族衣装の絵を眺めて腕組みをする。
「婚姻申込書の部分じゃなくて人の名前が目標地点として認識されちゃったのかな?」
思い返せば、これまで目標地点に人名を加えるときは「サンドラの部屋」とか「サンドラのお昼寝枕」とか所有格を使っていた。だから、婚姻申込書に跳ぶためには「ハプーン・デ・モリガスキーからサンドラへの婚姻申込書」が正解だったと思われる。
しかも、あの時は焦っていたので、婚姻申込書の書を省いていた。何となくだがその点も思い出す。クズサーチはある点で優秀な能力だ。目標地点宣言の途中で余計な音や言葉が挟まっても、そこは宣言に含まれない。
例えば「サンドラの帽子」がカラスに攫われて持ち去られたとする。「掃溜女神、サンドラの、まてカラス!帽子」でもちゃんと帽子のところに跳ぶ。
「婚姻申込は、関係ない言葉として処理されたんだな」
そうなると、目標地点は「ハプーン・デ・モリガスキー」となる。
「まさか人間そのものが目標地点に指定出来るなんて思い付かなかったなあ」
つまり、あの赤毛三つ編み少年はハプーン・デ・モリガスキーだ。
「なんだ、そっか。明日もう一度会いに行こ」
ウェービーは大事に育てられた子供らしい気楽さで、婚姻の相談は翌日することにした。相手の都合は、今のところお構いなしである。
来る日も来る日も島民の欠た遺体を焼き、灘波船の残骸を片付けていれば、他人への配慮などなくなっても当然だ。しかも、島に巡らされた神秘の壁がいつ崩れて怪物がやってくるか解らない状況である。
「ま、まだ大丈夫でしょ」
とはいえ甘い見通しではある。
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続きます




