2、クズサーチ
毎日7時と19時の2回ずつ更新、最終回は6/17 7:00です
首長に代々引き継がれる秘術によって、島を取り巻く神秘の壁は堅固である。しかし、怪物の襲撃が収束したようにも思えない。生き残ったのがウェービーではこの壁が崩れるのも時間の問題である。海の怪物が小さな島の浜辺や川に入り込めば、ウェービーなどひとたまりもない。
出るも地獄、留まるも地獄。
「さて、どうするか」
ウェービーは掃除をしながら考える。婚姻申込書は、エプロンドレスに付いている大きなポケットの中だ。
「うーん」
掃除を終えて、一息つく。石灰岩が白く陽射しを跳ね返す丘の上で、ウェービーはオレンジジュースを飲んでいた。モシホ島には真っ赤な果肉のオレンジが自生している。ウェービーは、これをよく絞って貰っていた。見よう見まねで絞ってみたら、掃除で鍛えられた握力で案外上手に出来たのだった。
「向こう、名前なんだっけ」
片手に持った真っ赤な果汁のコップをグイッと煽り、もう片方の手でポケットを探る。取り出した手紙を器用に片手で開く。ウェービーは相手の名前を読み上げる。
「ハプーン・デ・モリガスキー」
その時突風が吹いた。思わずよろめき、ウェービーのエプロンドレスは真っ赤な液体を一面に浴びた。よろけた弾みで婚姻申込書が風に飛ばされる。
「ああっ!しまった!掃溜女神!婚姻申込、ハプーン・デ・モリガスキー!」
ウェービーは、咄嗟に勇者の能力を発動する。この能力は、声に出して宣言した場所にあるゴミのところまで瞬間移動出来るというものだ。家の中の掃除には大変役に立つ。しかも、どんな細かな塵芥でも到達出来る。
これだけ聞くと、万能瞬間移動能力である。しかし、彼女自身に戦闘能力や防御能力は備わっていない。そして、移動出来るのは本人のみだ。自分が安全地帯へと逃げ去るくらいにしか使えない。
他には、今使ったように、ゴミを手がかりにして無くした物を探し出す時に使える。しかし、これもクズサーチで跳んだ先で何が起こるか予想がつかないので使いにくい。
今の場合には目指す物が見えていて、安全な場所にあり、かつ届かないところにある。こういう時だけが、クズサーチの活躍場面だ。
「ぐはぁっ」
目標物は見えていた。足元は安全だった。クズサーチで跳んだのはほんの目と鼻の先のはず。
「何やつっ!衛兵っ!早くっ!血だらけの曲者だ!」
とんでもなく美しい男声が響く。ウェービーはどすんと何かにぶつかり、手を背中に捻りあげられていた。
「なんなの?」
「こっちのセリフだ」
美声がドスを効かせる。横目で見れば、燃え立つ夕陽の如き赤い直毛をきっちりと三つ編みにした少年である。大人になりつつあるはっきりした輪郭に、すっきりとした目鼻立ち。左の目尻に小さな涙黒子がふたつある。やや垂れた目を鋭く細め、淡い緑色の瞳が厳しく見下ろしてくる。
少年は、ゆったりとした白い長衣に豪華な宝石刺繍のサッシュを締めている。やはり宝石が散りばめられた革の肩当てで濃紺無地のしなやかなマントを留め、背中に流していた。
ウェービーが使ったのは、確かにクズサーチだ。目標地点のゴミクズに跳ぶ。
「え、クズ」
「何だと」
「や、あの、いや、まさか、ゴミ」
「貴様」
ウェービーは過保護に育てられた。ある程度の礼儀は教わっているが、なんといっても世間知らずである。外に出される予定もなく、思ったことを口に出しても笑いで済んだ。
「あ、もしかして、なんかの魔法とか」
「なにを言い出す」
ウェービーは、勇者の能力以外にもこの世には魔法があることを思い出す。そして、勇者は時にその魔法で呼び出されることもあると聞く。
「でも、ごめんなさい。あたいの勇者能力は、掃溜女神なんだ」
「勇者能力?」
そこへ、衛兵が駆けつける。手に手に鉄の槍を構え、血だらけの侵入者を捕縛に来た。
「え?勇者呼び出しじゃないの?」
「お前、名は?」
「ウェービー。モシホのウェービーだよ」
「モシホ?モシホ島の女勇者か?」
「そうだよ」
三つ編み赤毛の少年が片手を上げる。衛兵達は槍を下ろした。
「どうやってここへ?勇者の能力か?」
「え?だから、呼んだんじゃないの?」
「呼んでない」
「じゃあどうしてここに着いたんだろ?」
「知るか。人騒がせな奴め」
少年が苛立ち、ウェービーは困惑する。
「クズサーチが失敗したことなんてないのに」
「さっきから何だ!クズだゴミだと、無礼にも程がある」
「いや、あたいの能力だったら。声に出して宣言した地点のゴミクズまで跳べんだよ」
「まだゴミクズと言うか」
「え?何か誤解してない?」
「何をだ」
それを聞いた少年は思い切り顔を顰める。男らしく整った顔立ちなので、不機嫌な顔になると恐ろしい。
「一体どこを指定したんだ」
「風に飛ばされた手紙だよ」
「モシホ島からこんなとこまで飛んでくるかよ」
「ああ、それ。どこなの?ここ」
「指定した地点に跳ぶんだろ?」
少年はあからさまに警戒している。
「そう。だから、手紙」
「誰宛の」
「家の父さん。モシホの首長だよ。死んじゃったけどね」
少年がぐぐっと眉を寄せる。
「何と?モシホの首長が亡くなったのか」
「うん。海の怪物が襲撃してきてさ。みんな死んじゃった」
「みんな?勇者の一族が?」
少年は途端に疑いの色を濃くする。
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