13、女勇者とピカピカの妖精
「悪かった。ええと、どうすればいい?」
「神の赦しを請う作法?」
「そう。それ」
「本気で反省してれば伝わるから、作法とかは無いよ」
ハプーンは驚いた。そんな方法は、今までに聞いたことがなかったのだ。モシホ島は、神と人とが本当に近いのだなあと感動した。そして、それを当然のように言ってのけるウェービーを誇らしく思った。
「俺の妻となる女は、清廉で眩しいなあ」
口に出して告げるハプーンに、ウェービーは顔から火が出る思いがした。赤くなるウェービーに、ハプーンはますます心を惹きつけられた。
島民の弔いとモリガスキー神域に関する暴言の謝罪を済ませて、一行は首長邸にやってきた。島の習慣で、歓迎の宴席だけは靴を脱ぐ。宴席は特別な部屋で行われる。
「これはいい。掃除が行き届いて、床に敷いた草の敷物もさやさやと心地よい」
「料理は見よう見まねだし、滅多に出ない歓迎の御馳走は全くわかんないから、もてなしにもなってないけど」
「いやいや、充分だ。見よう見まねでここまでとは」
ウェービーは、過保護だったので暇だった。掃除をしながらちょろちょろ動きまわり、色々な知識を中途半端に溜め込んでいた。だから、ちゃんとした祝膳は出せないのだ。
だが、ひとりで島にいた間、生きるために必要な料理には真剣にとりくんだ。そのため、味は美味しかった。島の料理はもともと素材を生かしたシンプルな味付け飾り付けである。ハプーンの慣れ親しんだ宮廷料理とは根本的に違う。そしてハプーンは、違うものをありのままに受け入れる度量があった。
「美味いよ」
心からの言葉が笑顔と共に贈られる。ふたつ並んだ左眼の泣きぼくろが、優しく下がる目尻に情感を添える。ウェービーはどきどきと心臓の音が煩くなるのを感じた。
無事怪物の海を越えてモリガスキー海洋王国に戻ってきたウェービーは、婚姻準備をあれこれすることになった。島の暮らしは余りにもサンサ湾岸地域と違うので、学ぶことが多かった。衣裳を準備したり、式典の手順を学んだり。ウェービーは忙しくて目が回りそうだった。
時々モシホ島に戻り、聖域を含めた島のあちこちを散歩して気晴らしをした。宮殿内では自由に過ごして良いことになっていたので、宮殿のあちこちにも行ってみた。
モシホは友好民族であったし、モリガスキーではモシホの勇者は尊敬されている。そのため、みな気持ちよく話しかけてくれた。
「ウェービーどの、モリガスキーは如何ですか?」
「どこもかしこもピカピカだねえ」
「ははっ、そうでしょう」
「ピカピカの妖精がいるんですよ」
「気がつくとピカピカになっているんです」
「それは凄いね」
ウェービーは、あまりピカピカにされると掃溜女神の目標地点に指定出来ないのに、と不満に感じた。結婚したら、この宮殿は緊急退避先のひとつにするつもりだったのに。
ウェービーは、実際この宮殿が目標地点にできるのかどうか試すことにした。そのために、宮殿を歩き回りながら部屋や施設の名前を頭に入れてゆく。
「そういえば、例の意味が間違ってる後宮、今は使われてないって言うし、目標地点にはいいかも」
ウェービーは、ある晴れた昼下がりにいいことを思いつく。後宮には人工の滝や池があり、庭なら完全にピカピカになることもないだろう。屋外なので、埃や虫の死骸、花骸や落ち葉もあるだろう。
「よし、試そう」
もし人がいても、ウェービーの能力は知られているので特に問題はない。暗殺者でも紛れ込んでいたら、すぐにハプーンの元へと跳べば良い。
思いついたが吉日、善は急げである。
「掃溜女神、モリガスキー後宮」
「あっ」
「へっ?」
ウェービーが後宮の庭に降り立つと、そこではお掃除装備のピカピカの妖精がいた。頭に巻いた清潔な布から、赤い三つ編みが覗いている。見開かれた垂れ目の奥から、薄緑色の瞳が凝視する。
「あ、ええと、こんにちはハプーン」
ウェービーがとりあえず挨拶を口にする。柔らかな布で橋の欄干を磨いていた姿勢のまま、ハプーンはぎこちなく頭を下げる。そのまましばらく沈黙の時が流れた。
「あの、お世継ぎ自ら掃除を?」
何か言わなければ、とウェービーが質問する。ハプーンは決まり悪そうに背筋を伸ばした。
「いや、その。磨いてると気持ちが落ち着くんだ」
「なにか心がかりなことでも?」
「あ、いや、今は、その」
ハプーンは困ったように目を逸らす。
「そういうんじゃないけど」
人口滝の落水が涼やかな音を立てている。ハプーンの美声は初夏の風に紛れて消える。
しばらく待っても、ハプーンはそれ以上何も言わなかった。ウェービーは、遠慮がちにお辞儀をして立ち去ろうとする。ハプーンが欄干から磨き布を離す。
出入り口は橋だけだ。しかしウェービーなら、クズサーチで居なくなってしまえる。
「あ、待て」
「はい、何か」
「いや、その」
ハプーンは思わず呼び止めたものの、特に話すことがない。
「ウェービーどのは、掃除は好きか?」
苦肉の策で搾り出した質問がこれだ。だが、ウェービーは会話が続いてほっとする。