12、モシホ島へ
ハプーンは赤い眉を寄せ、凄みの利いた垂れ目をストーミーに走らせた。ストーミーは怨嗟の眼でウェービーを睨んで蹲っている。
「海の怪物は首長の力が消えた隙を嗅ぎつけて、島を襲ってきたんだ」
「ふん、あんな島」
「その島の力で良い思いもしてきた癖に」
ハプーンが軽蔑しきって低い声を出す。
「良い思い?勇者なんざ、呼びつけられて、顎で使われて、田舎者だと馬鹿にされて、それで終いさ」
「それは本当なんだけどもね、そうじゃない雇い主だっているよ」
「はっ、小娘が。雇い主だぁ?勇者は対価を受けとらねぇんだよ」
「お礼はもらってくるじゃないか」
「そいつぁ、ご好意ってやつだ」
神様的には、善意のお土産は対価にならないらしい。お目溢しである。
ハプーンは槍の柄で、ストーミーの背中をグイと押す。
「複雑なのは分かった。だが、お前の行いはどの文化でも言い訳出来ない。ウェービーどの、こやつ、どう始末をつけようか」
「海に出よう。神意に任せるさ」
「俺も行く」
間髪を入れずに言い切るハプーンに、ウェービーは思いとどまらせようとする。
「えっ、まだ自分以外に神秘の壁を張る自信ないんだけど。怪物と戦える勇者能力者は呼べないし」
「ウェービーどのなら出来る」
「信じてくれるのは嬉しいけどさあ」
ストーミーは憎々しげに唾を吐く。
「ぺッ、いちゃいちゃしてんじゃねえぞ」
「いっ」
「いちゃっ」
ウェービーとハプーンは、驚きに言葉を呑んだ。互いに相手が気を悪くしたのではないか、とそっと盗み見る。視線がぶつかる。あわてて目を逸らす。後ろの精鋭達は、やれやれと脱力した。
さて、結局ストーミーの処遇はウェービーに任された。ストーミーが勇者能力で暴れた国も同意した。モシホの民はモシホ族に預けようと言うことで、国際的に合意したのである。
ウェービーの提案通り、ストーミーは船に乗せられて海に出る。ウェービーとハプーンも共に乗る。
「いきなりじゃ危ないから、実験したい」
というウェービーの言葉を汲んで、安全な湖や川で神秘の壁を展開してみた。水辺を離れてモリガスキー海洋王国の宮殿でも実験した。その結果、精鋭部隊も同行できることになった。
モリガスキー王家が用意した頑丈な交易船が、サンサ湾を出ていよいよトアミ海へと舳先を進める。
「クッソ!」
マストに縛り付けられたストーミーは、悪態をついている。
「やっぱりダメだな」
ハプーンはストーミーを眺めて赤い眉を寄せる。
「反省してないからね」
ウェービーも銀色の眉を寄せる。ストーミーを神秘の壁で囲むことは出来なかったのだ。
「そろそろ怪物が出るな」
「みんな、ストーミーの縄解いたら船室に入って」
船は、ウェービーが引き継いだ島の秘術で自然にモシホ島に着く。神意を問うために、ストーミーは海に放り込まずにおく。ストーミーが反省して勇者能力で乗り切れるなら、その方がよいと思ったからだ。
ストーミーの能力では、ちゃんと使えたとしても怪物の海に落とされたら生き残れない。格上の相手が多すぎると対処出来ないのだ。怪物は、人間よりはるかに格上の攻撃力を持っている。
甲板にいる時に反省すれば、神秘の壁がストーミーも守るようになる。だから、島に到着した時ストーミーが生きていれば反省したということだ。ただ、ストーミーは罪なき人々を無差別殺人している。その償いをどうさせるかは、島に着いてから考えることにした。
そして島に着いた時、船上にストーミーは居なかった。
「ここがモシホ島」
ハプーンは物珍しそうに白い石灰岩の島を見て回る。
「弔いはどうすればいいんだ?ぜひ、亡きモシホの民と、婚姻予定だったサンドラどのの弔いをしたい」
「いやまって、ありがたいけど、サンドラ姉様が婚姻申込を受けたかどうかは分からないんだよ」
秘術の手がかりを探す時、あらゆる記録を調べたのだ。その中に、サンドラがハプーンからの婚姻申込を受けるという話はどこにも無かった。互いの条件を話し合った記録は残っていたのだが。
「弔いはそれでもさせていただきたい。モシホ島とモリガスキー海洋王国の友好の証として」
「ありがとう」
ハプーンは、赤い三つ編みをもじもじ引っ張る。何か言いたそうだ。ウェービーにも確かめておきたいことがある。
「ハプーン、あたい達の婚姻は、予定通りでいいよね?」
ハプーンは、ぱっと顔を輝かせて大きく頷く。
「予定通りだ」
ウェービーは一行を海が見える高台まで案内する。そこには、2本のオレンジの木が青々と生い茂っていた。
「モシホでは、ここが双柱の神様を祀る祭壇だよ」
「ここに神託がくだるのか?」
「いや、それは聖域だ」
「別にあるのか」
「そう。モリガスキーは違うの?」
「モリガスキーでは、神殿の奥に神託の間があるよ」
「へえー」
「モシホの形が本当なんだろうなあ」
ハプーンは感心する。
「本当とかはわかんないけど、モシホの歴史はかなり古いよ」
「そうだな。モリガスキーなんか、俺の祖父さんが建てた国だからな。新しいから神託が本当に降るのか怪しいもんだぜ」
「ばかっ、バチが当たるよ」
現実に神の怒りを受けた民族の島に居るので、ハプーンは蒼くなる。
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