10、モシホの使命
さて、ハプーンが計画をまとめて、自ら捕縛に乗り出そうと腰を上げたその時。
「ウェービーどの!」
ウェービーが忽然と現れた。
「ハプーン、あたい、首長になった」
「え?最後のひとりだから?自動的に首長か」
「失礼だな。ちゃんと秘術を継いだんだよ」
「詳しく聞いても?」
「いいわけないだろ!秘術の話だよ?」
「ああ、ごめん」
静寂が訪れる。風が吹く。さわやかな緑の匂いが運ばれてくる。遠くで犬が吠えている。近くで猫が争っている。小鳥が騒がしく囀り交わす。花の香りも漂ってきた。
「襲撃の原因が解ったかも知れない」
静寂を破るハプーンの硬い声に、ウェービーは縮み上がる。
「そうなの!あたいのせいなんだ!」
ウェービーは泣きそうに顔を歪めて叫ぶ。ハプーンは戸惑いを見せる。
「え?」
「我儘だったから。卑怯に自分だけ隠れてたから」
「いや、ええと」
「勇者能力を持たない島民もみんな戦っていたのに!」
「それは」
「騙す気はなかったんだ」
「いや、なに?騙す?」
「姉様の死も私のせいだ」
「違う!」
「島が滅びたのが私のせいだってこと、わざと黙ってたわけじゃない」
「ウェービーどののせいじゃない」
ハプーンはきっばりと言う。
「いいよ、慰めてくれなくて」
「事実だ」
「大丈夫だってば。ちゃんと反省して首長継いだから」
「おめでとう」
「ありがとう。今更って思われてもいい」
「いや、思わない」
「でも、私に出来る償いは、これしかないから」
「償う必要ないんだよ」
「私にも、血を継ぐ責任がある」
「血っ?」
唐突に出てきた言葉に、ハプーンは鸚鵡返しに尋ねた。
「うん。だから、この婚姻、真面目に取り組みます」
「それはありがたい」
「最初は自分が飢え死にしないためだったけども」
「そんな感じしたな」
「今は違う」
ハプーンは、ウェービーの強い瞳に囚われる。
「ハプーンの責任ある地位を助ける役目も、モシホ勇者の使命も、きちんと果たしてみせる」
ハプーンはウェービーを心の中で賛美した。出会えたことに感謝した。
モシホの民に訪れた惨劇があるので、おおっぴらには言えない。だが、これは運命だと思った。奇跡の巡り合いだと確信した。ハプーンの目には、ウェービーが光り輝く女神に見える。
「ウェービーどの」
「なに」
「ストーミーって、知ってるだろ」
「え?」
「ストーミー」
「あ、うん。叔父だけど」
「勇者として呼ばれたきり、何年も帰ってないだろ」
「生きてるの?」
ウェービーは、勇者の呼び出しを受けた親戚たちのことを失念していた。島の記録を調べていた時に目にした筈だが、モリガスキーとの婚姻と秘術の情報以外は気にしていなかった。世界中に、何人かはモシホの民が生き残っている。その希望を貰えてウェービーに笑顔が浮かぶ。
嬉しそうなウェービーに垂れた目尻をさらに下げるハプーンだったが、気を引き締めて真実を告げる。
「ストーミーは、罪なき人を勇者の力で殺めたんだ」
ウェービーは言葉を失う。
「他の生き残りも何人かいるみたいだが、そっちはそのうち島に戻るだろう」
ウェービーはじっとハプーンを見るばかり。
「これから捕縛作戦の指揮を取る。ウェービーどのも来るか?」
ウェービーは、ごくりと唾を呑み込む。戦いの場に臨んだことは、今迄に一度もない。ハプーンは心配そうにそっと聞く。美しい声がウェービーの不安な耳に優しく届く。
「やめておくか」
ウェービーは、一旦目を閉じる。美声の余韻に心が満たされ、恐れが鎮まってゆく。そして、ゆっくりと瞼を上げた。底知れぬ神秘を湛えたその碧に、ハプーンは吸い込まれてしまう。
ウェービーは、崇敬を潜めたハプーンの淡い緑色を受け止める。言葉は随行しない選択を示すが、その眼差しに込められた信頼に背中を押される。
ウェービーは視線をはずす。そして、まだ逞しいとは言い難いが、着実に鍛えられつつある少年の体躯にさっと目を走らせる。自分もモシホ拳を独習している。地道な努力を示す姿に、ウェービーは親近感を覚えた。
「どうする?」
最初は生き延びるためだけに、ハプーンに会った。だが今では、モシホの誇りを次の世に継ぐ為の縁組だ。ハプーンも同じだ。自分の民のために前を向いて、一歩を大切に進んでいる。
ハプーンもウェービーも、鍛えてすぐに仕上がるような、恵まれた体質ではない。それでも着実に形をなし、うっすらと身を覆いつつあるハプーンの筋肉を、ウェービーは美しいと思った。微かに引き締まり始めた自分の腕もチラリと眺める。
ハプーンの持つ全てが、ウェービーを安心感で包み込む。ウェービーは、見えない力で支えられている心地がした。ハプーンの瞳が見せる薄緑色に、故郷の木々を思い出す。ウェービーは、島のあれこれに想いを馳せて、モシホの使命を胸に抱く。
「いや。行く」
ウェービーは、決意に満ちた声で言い切る。
「足手まといになりかけたら、クズサーチで退避する」
「やはり勇者の力は素晴らしいな。万全の退路が確保されているなら心強い」
「クズサーチは、あたい独りしか逃げられないけど」
「それでもだ。守りながら戦う必要がないからな。気が楽だ」
「そんなもんなのか」
「だいたいそんなもんだ」
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続きます




