1、モシホ島のウェービー
毎日7時と19時の2回ずつ更新、最終回は6/17 7:00です
絶海の孤島モシホ島の首長邸で、せっせと掃除をする少女がいた。
月夜に艶めく波頭を思わせる銀の巻き毛に、海の碧を映す瞳が美しい。珊瑚の色を差す口に、巻貝のような三角形の小さな鼻が愛らしい。
海に洗われた平たい石に似た形の良い耳が、きりりと束ねた銀の巻き毛に添えられている。すらりと伸びたしなやかな手足は、まめまめしく動き回る。
丸みを帯び始めつつも若い鹿のような、バネを感じさせる細身の身体だ。日に焼けて、働く人の手をした娘である。
静まり返った邸宅の一室で、少女は一通の封書を見つけた。
「婚姻申込書?サンドラ姉様宛てか」
差出人は、モリガスキー海洋王国とある。
開封済みのその公文書には、姉サンドラの名前が記されていた。その姉は、体内から無限に刃物を出す夢幻剣聖という能力を持つ女勇者であった。
「ふうん。海賊のやつら、専属用心棒を手に入れるついでに、勇者の血を盗む魂胆だったな」
少女は鼻で笑って封書を放り出す。
モリガスキー海洋王国は、かつて7つの海を支配した海賊王が起こした国として知られている。二代目が治める今では海賊の謗りを受けることなく、サンサ湾岸国家連盟の盟主としてその名を世界に轟かせている。
サンサ湾を出ると海の怪物が各種取り揃うトアミ海がある。この海を越えるには勇者の協力が必要であった。勇者とは、トアミ海沖にぽつんと浮かぶ絶海の孤島、モシホ島の首長一族にのみ現れる不可思議能力者たちの総称だ。
モリガスキーの先王がトアミ海を越えた時、助けとなったのをきっかけとして、ふたつの国は同盟関係にあった。だが、モシホ島は外海にあるため、サンサ湾岸国家連盟には所属していない。
モリガスキーの現王は、何とかして有利な条件で渡航の護りを手に入れたいと考えた。そこで、婚姻による同盟関係の強化を思いつく。不可思議能力を持つとはいえ、モシホは絶海の孤島である。何かあった時のために、他国の後ろ盾は必要だろうと踏んだのだ。
「あそこは海向こうの砂漠文化にかぶれた王が作った、大勢の妻を住まわせる後宮とやらがあるらしいじゃないか」
少女は憎さ気にパパン!と公文書を指先で弾く。通常、海のこちら側では、睦まじい双柱の神を信じ、妻と夫は2人で1つの魂を持つと言われている。
ところが海賊時代の先王は、海の向こうにある砂漠の国で、1人の王者に多くの妻がいる文化に感銘を受けたのだという。
「おおかた勇者の血だけを目当てに、飼い殺しにでもする気だったんだろうよ」
少女は流麗な文字列を睨みつける。
「でも残念だったねえ。出来損ないのあたいを残してこの島の連中はみんな海の怪物に喰われちまったよ」
戦闘に全く向かない能力に生まれた少女ウェービーは、島民から過保護にされていた。海の怪物から未曾有の大襲撃を受けた時も、少女は頑丈な地下シェルターに避難させられていた。
待てど暮らせど開かぬ扉を、痺れを切らせて内側から開けてみれば、島は無人になっていた。海岸には船の残骸と島民の欠けた亡骸が散らばり、何があったのかは容易に想像がついた。
朝晩浜辺で弔いの焔を燃やし、灰を海に流し切るまで、ウェービーは涙を流す暇すら無かった。
「はあ、だけど、このまんまじゃ飢え死にかぁ」
ウェービーは掃除しか出来ない。彼女は掃溜女神の女勇者だ。首長の娘ではあるが、持って生まれた能力故に、16になる今日まで掃除だけして暮らしてきた。それ以外は、家族や島の皆がなんでもしてくれた。
繰り返しになるが、島のみんなは過保護であった。勇者の血筋に生まれながらも無能に近いウェービーを、憐れに思ったからである。
結婚もしてもしなくてもいいよ、と言われていた。7、8歳から相手の家のしきたりを学ぶサンサ湾岸地方の習俗から言えば、完全に婚活放棄である。
享年17才の姉サンドラの場合は、婚約者を海の戦いで亡くしたのだ。その後はモシホ族のしきたりに従い、数年間を独り身でいた。モリガスキー側の王子様は18才、こちらは事情が分からない。後宮のある国だ。既に何名も妻がいるのだろう。
「ここ行けば、食うには困らないかなぁ」
ウェービーは、一度放り捨てた婚姻申込書を恨めしそうに見下ろす。後宮と言うところに住まう者たちの暮らしは、想像もつかない。知っているのは、妻がたくさんいると言うことだけだ。
「船上荒らしもやめたっていうし、まあいいかな。暴力がなけりゃ、何てことないだろ」
絶海の孤島、勇者の島モシホ。その島に生まれた首長の娘ウェービーは、モリガスキー海洋王国へ嫁ぐ決心をした。姉も妹も死んだのだ。ウェービーが替わりに嫁いでも文句はあるまい。
同じ勇者の血筋である。本人には強い能力は無くとも、子供もそうとは限らない。幸いにして、島の者は子沢山だ。1人生まれてダメでも、次々子供が生まれる可能性があれば、叩き出される心配はないだろう。
だが、この計画には問題がある。島民の仇である怪物の棲む海の向こう、そこにあるのが目標地点なのだ。島民がウェービーを残して全滅する程、今の海は危険に満ちている。
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