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魔術師フィリスと妖精姫 ~婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春~  作者: 礼(ゆき)
本編(婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春)
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6,思わぬ再会

 フィリスは登庁するなり、兄と別れ、逃げるように魔術師の研究施設へ逃げ込んだ。今日一日、人と接触する機会の少ない研究に没頭しようと決めた。


 仕切りで区切られた開放的なプライベートスペースに、広い机がある。研究制作を主とする第三魔術師団ではそれぞれ個人空間があてがわれる。フィリスは机の引き出しから、制作中の魔術具が入った箱を取り出した。


(今日は、外でこれを試してみよう)

 机の横に置いてある持ち出し用の鞄に荷物を詰め込んだ。


 フィリスは誰にも声をかけられないようにこそっと外へ向かう。廊下を出て、階下に降りる。階下には広いオープンスペースがある。


 そこには机と椅子が食堂のように並べられており、雑談から、研究道具を持ち込んでの作業まで、魔術師なら何をしてもいい空間となっている。軽食で済ませたい者は食事をすることもでき、あえて、他の魔術師との交流目的で、食事をそこでとるものもいる。


 このオープンスペースは三つの魔術師団の共有スペースでもある。

 第一魔術師団や第二魔術師団の人達が、第三魔術師団の同期などと交流し、新たな道具が生まれることもあった。


 普段は物静かで何を考えているか分からない魔術師も、このスペースでは饒舌だ。マニアックな話ならば、花が咲く。要は専門バカなのだ。


 道具を入れた鞄を抱えて、人がざわつく空間を横目に通り過ぎる。渡り廊下を進み、中庭へ出る。低層の木が数本植えられ、その近くには木製のベンチがある。


 魔術師が軽い野外実験をしていることもあるが、今日は誰もいない。

(珍しいわね)

 フィリスはベンチに腰かけ、横に鞄を置き、開いた。


 小さな小箱を取り出した。蓋を開けると指先サイズの小鳥を模した焼き物が数個入っている。フィリスは一つつまみ上げた。細工は鳥を模しており、色はすべて白かった。目だけ黒いガラス玉のようにつるりと光る。


 白い粘土に魔力を練り込んで精製した素材を使っている。形を作って、魔力を更に込めて、素焼きした。土人形ゴーレムの応用だ。


 物々しさを想起させる土人形ゴーレムは一昔前は戦場で、人間の兵士を守る盾として扱われていた。総じて重く動きが鈍いせいである。動じない盾としては役立ち、戦場ではボロボロになるまで使われた。彼らが矢を受けてもこぼれるのは土ばかり、すべて崩れ去っても戦場に残るのは土だけだ。

 

 魔術具である前進する盾は、魔法が込められた矢にも動じなかった。魔力を込めた斬撃の雨さえ封じたのだ。


(そのおかげで血を流す人が減ったのよね)


 不思議だろう。そんな人の命を守った盾が、今では戦争を想起させる遺物として嫌悪されているなど。


(魔道具が悪いわけじゃない。ただ、戦場で使われて、そこに血の歴史が匂うから嫌悪されているだけだ)


 今はそんな時代じゃないと、土人形ゴーレムは見向きもされない。山間などの土木事業で、作業員を守る柱や盾としては現役で使役されていても、彼らの無言の奉仕は日の目をみない。


 フィリスに、人の心を変える力はない。


 でも、こうやって、道具に新たな魅力を付与することはできる。


 指先ほどの小さな鳥の置物を両手で包み込む。あたたかい魔力を通せば、真っ白い小鳥へと変容する。手の中でもぞもぞと蠢く感触に手を開いた。


 土人形ゴーレムは全身が土でできており硬い。それは彼らが硬度を必要とするからだ。


 今、フィリスが作ろうとしている物は、中心にその個体の姿を模し、魔力で姿を作り出す。魔力に包まれ、手の中でぐにゃりと形状が変化する。内側から開くように頭部がもたげ、翼が花弁のように開いた。羽毛が再現されると、合間から足もでてきた。


 素焼きの小さな置物は魔力を陶器のような美しい羽に変え、黒曜石のような瞳が光る小鳥に変化した。


(小さな生き物に変えれば、ほらこんなにも美しい)


 フィリスが手を掲げれば、小鳥はふわっと飛んだ。中心を成す小鳥の粘土細工は軽いから、魔力の翼で十分に浮く。


 しっかりとした翼の動きで空を飛び、フィリスの頭上で旋回する。


 フィリスは両手をおろした。


(人に貢献して忌み嫌われる理不尽が、少しでも和らいでくれたらいいのに……)


 道具に善悪や貴賤はない。目的や用途、見た目、使う人の心、歴史、そういう背後の連想で印象が決められる。たとえ歴史のなかで、悪であっても、道具に新たな意味を付加できるのは、道具を作るものしかいない。


 小鳥はまるで嬉しそうにフィリスの周囲を飛んで見せた。


(伝書鳩の代わりぐらいにはなるかしら)


 鳩の糞尿は公害である。病原菌も潜んでいる。人が利用するために飼うにしても、家の屋根裏などで飼育すれば、よく掃除していても、階下の人々の健康にも影響があるかもしれない。餌代だってバカにならないだろう。


(魔道具で代わりになるなら、それに越したことはないよね。平民は魔力が少ないから、少量の魔力で済むように加工する必要があるかしら……)


 フィリスは、空に溶け込む小鳥を見ながら、ぼんやりと夢想する。

 世の中は簡単には変わらない。伝書鳩の周囲には、鳩を育てる者、餌を作る者など芋づる式に関係者がいる。生活を奪われる彼らが黙って受け入れるわけがない。


(今なら、貴族の愛玩用ぐらいにはなるかしら? 野生の鳥の代わりに、狩りの的にすることもできるかも……)


 夢想にふけっていたら、小鳥がフィリスの背後に飛んでいった。


「あっ! どこへいくの」


 中庭沿いの渡り廊下へと飛んでいく小鳥を目で追って、ふりむく。小鳥は渡り廊下内に飛び込もうとした。こうしてはいられないと、慌てて小箱を鞄につっこんだ。かばんを抱えて、立ち上がる。


 小鳥は、すーっと飛んでいき、騎士らしい恰好の男性の目の前を横切った。そのまま天井へと飛んでいく。男性も立ち止まり、小鳥の動きに合わせて視線を動かす。


「ごめんなさい」

 フィリスは叫んで、口元へと手を寄せた。しゃべったらダメだったと、冷や汗が流れる。


 フィリスの声が届いたのか、目線で鳥を追い、天井を見上げていた男性が振り向いた。その顔を見て、フィリスは血の気が引く。


(あっ! サミュエル・マクシェーンだ)


 目がかちっとあってしまう。フィリスの足が硬直する。バツが悪くて、へろっと片口が上がり、眉が困ったように歪んだ。

 サミュエルは、そんなフィリスを見止め、瞠目する。


 鳥がぱさっと落ちてきて、サミュエルの頭頂部に座り込んだ。


 フィリスは慌てた。サミュエルは気にすることなく、手を頭部に添える。小鳥の土人形ゴーレムはサミュエルの人差し指と中指に器用に足をかけた。頭部で鳥が指にのったことを見ているかのようなタイミングで、手を降ろす。

 小鳥は彼の目の前で、首をかしいだ。


 フィリスは、重い足取りで近づく。


(どうしよう。ごめん、返して、って言えばいいのかしら。声をかけて大丈夫? 声がおかしいのに……)


 たどたどしくフィリスは渡り廊下の端まで進み出た。廊下を支える柱に手をかける。


「フィリス……」

 鳥を見つめていた顔をあげて、サミュエルの方が先にフィリスの名を呼んだ。


 フィリスは「へへっ」と笑って首をかしいだ。今さら、知った顔をするほどの仲でもないと自覚していたのに、小さな声で「久しぶり」と呟いていた。


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