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魔術師フィリスと妖精姫 ~婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春~  作者: 礼(ゆき)
本編(婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春)

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32,夜間演習③

 大枝にかがんでいた魔術師が幹を背にして、立ち上がる。狼を下降させ、フィリスは彼と目線を合わせた。


「あの猿も、この狼も、君の物?」

「そうよ。周囲への探索で走らせていたら、水辺で新人が襲われている姿が見えて飛んできたの」

「あの猿で探索?」

「片目の視界を猿と共有させただけよ」

「だけってねえ……」


 魔術師の彼は、唸るような表情をみせて、腕を組んだ。


「あなたはずっとここで見ていたのかしら。なら、黒い狼はあそこで新人たちを襲っている頭数よりもっといたはずなのよ。それも見ていたの?」

「見ていたよ」

「ならなんで、逃げた狼を追わないの。彼らを助けないの」


 魔術師は眉を歪めて、苦笑する。


「第三魔術師団は大人しい奴が多いからな。第一魔術師団を志望するやつは腕に覚えがあると勘違いした、血気盛んな者が少なくない。そのまま実戦に放り込めば、きっと今より痛い目にあうのが目に見えている。

 春の実践演習の目的は、そんな新人の鼻っ柱を折って、怖さを身に沁みさせることなんだよ。恐れを知らない過信は命取りになるからな」


 そこまで聞いてフィリスも納得する。


「私、彼らを助けた方がいいかしら。あなただけで任せて、猿を追っても構わない?」

「かまわないよ。あれぐらい、俺一人でどうにでもなる。それとも何か良い魔術具でもあるの」

「ええ、彼らを助けるために使おうと思ったのは……」


 フィリスはポーチを開けて、黒い熊の小物を取り出す。魔術師は、まじまじとフィリスの手の中の魔術具を見つめる。


「黒い熊を出そうと思ったの。でも、これは大きいし……。邪魔になりそうだから、何もしないわ」

「へえ。むしろ、俺は見てみたいな」

「そう? 出してもいいけど……。私は猿を追いかけるつもりだから、後でこの小物を回収してもらえるかしら」

「いいよ、お安い御用だ」

「では、おかしするわ。手を出してもらえる?」

「こうかな」


 魔術師は右手を上向けて、フィリスに差し出した。フィリスは彼の手のひらに黒い熊の小物を置く。

 

「すぐに魔力をそそいでいいの。魔力をそそぐとすぐに熊になってしまうわ。もう少し、新人を様子見る必要ある?」


 魔術師は狼たちに取り囲まれている新人を見下ろす。彼らは、狼ににじり寄られ、なりふり構わず、剣を振り回す事態になっていた。

 そろそろ介入時ではないかと、一緒に眺めるフィリスさえも思う。


「ねえ、俺の名前は覚えている?」

「ごめんなさい。記憶にないわ」

「俺はレンギット。ダーヴィル公爵家、所縁の者だよ」


 フィリスは目を丸くする。同僚だと思っていたため、身分の違いなど考慮に入れていなかった。慌てて、狼から降りようとするフィリスをレンギットは止める。


「レンギット様、公爵家の方なのに存じ上げず、申し訳ありません」

「かまわないよ。魔術師同士は対等だからね。レンギットと呼んでくれてもいいし」


 フィリスは頭を振る。


「レンギット様、黒い熊を形成してよろしいでしょうか」

「頼むよ」

「失礼致します」


 黒い熊を乗せたレンギットの手に、フィリスは自身の手をかぶせる。


「少々、魔力を出してもらえますか」


 フィリスがお願いすると、レンギットも魔力をそそぐ。重ねるようにフィリスが魔力を流し入れる。手の内側で二つの魔力が混ざり合った。


「手を放してください」


 真っ黒い艶のある球体が浮かぶ。少し膨張し、その球体は川辺に飛んでいった。地面に叩きつけられるなり、そこに黒い熊が出現する。


 狼たちは、人間よりその黒い熊の方が厄介だとすぐさま気づく。新米たちは、急に現れた黒い熊を魔獣とでも勘違いしたのだろう。恐怖に青ざめ、絶望の表情を浮かべていた。


「これはすごいな。笑ってはいけないが、あの驚愕の顔は熊を魔物と勘違いしたのだな。黒い熊だ、無理もない」

「狼と同色だから、勘違いさせてしまったのね」

「いいよ、いいよ。あの新人たちとっては、いい経験になる。熊は遅くても明後日には返しに行くよ」


 狼たちが黒い熊ににじり寄っていく。熊も一歩前に出る。人間たちは、狼の気がそれたと気づき、逃げることを考え始めたようだ。きょろきょろ周囲を伺い始めた。


「いい判断だな。この隙に応戦したりせず、これ幸いと逃げるで十分だ。俺が助けるより、実践的じゃないか」

「お役に立ててなによりです。では、私は猿を追いかけます」

「ありがとう。良い熊だな。必ず、返しに行くよ」


 レンギットは笑って、ひらひらと手を振る。フィリスはぺこりと頭を下げた。狼は猿を追いかけ、枝葉をかき分け、再び空へと駆けだした。


(あれが噂の伯爵家のフィリス嬢ね。学び舎での成績は目立たなかったのに、やはり母の血かね。表舞台に出てこないから、目立たなすぎだ。ローレンスは上手に隠していたんだね)


 興味深くフィリスが消えた闇をしばらく見つめてから、川辺にレンギットは視線を落とす。新人たちはもれなく逃げ出し、黒い熊が一匹の狼をなぎ倒していた。

 力の差を思い知った狼たちは、深追いをせずに、尾を下げて、背後に後退し、逃げ出していく。


 そこまで見届けてから、レンギットも川辺におり立ち、熊へと近づいた。熊は自身を形成する半分の魔力をそそいだ者に従順に従う。

 熊は頭を垂れ、魔術師はその額に満足そうに手を添えた。




 狼の背に乗りながら、フィリスは視界を、猿に預ける。


 猿はどんどんと木々をかき分ける。樹木の下に走る狼の群れを見出した。想定していた数の半分もいない。


(出会った人を襲って数を減らしているの? こんなに急いで、なにかを探しているのかしら)


 狼たちが森を走り続けている理由がフィリスは分からない。食料を求める、縄張りを守る、仲間を人間に殺されている。色々、候補をあげても、どれもしっくりこない気がした。


 狼たちはとにかく全速力で走り続ける。本当に目的地があり、探索しているかのような錯覚を覚える。


(こんな人里近い林で、何を探しているの)


 黒い狼は、大きさも、いで立ちも、魔獣である。普通の動物ではない。魔獣はもっと奥まった樹海に住んでいるとフィリスは思っていた。こんな近場に、しかも王宮の裏手の山林に、これだけの魔物が群れを成しているなんて想像もしていなかった。


(騎士や第一魔術師団は陰ながら、山林内でも、樹海に接する領地でも、こういった魔獣を討伐に出ているのよね)


 国の事情を垣間見た気がした。知らない間に、守られている現状を意識しながら、フィリスは猿の視界を通して、黒い狼たちを追いかける。

 

 猿が止まった。止まった視界に見えたのは、庭だった。月明かりに照らされて、朝の光を待つつぼみをたくわえた植物が並ぶ。

 

 その景色には見覚えがあった。昼間の光に照らされて、真逆の位置から眺めている。


(あそこは後宮の庭だ。マリアンヌ姫様がお住いの後宮。マリアンヌ姫様、お気に入りのテラスから見える庭だわ)

 

 フィリスが奥歯を噛みしめると、彼女の緊張を感じ取った狼が駆ける速度を上げた。




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