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魔術師フィリスと妖精姫 ~婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春~  作者: 礼(ゆき)
本編(婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春)

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29,思わぬ依頼

「フィリス、いいか」

 魔術師長に声をかけられ、フィリスは振り向く。


 今日は殿下へ、鷹の小物を差し上げる日だ。いつもより早めに登庁し、ガラスの箱から鷹を取り出し、ひびなど入っていないかなど確認をしていた。


「おはようございます。こんな早くにどうかしましたか」

 魔術師長がフィリスの隣に寄る。フィリスも机に鷹を置き、立ち上がった。

 

「今日は殿下との約束の日だな」

「はい」

「その場に、近衛騎士の副団長と第一魔術師団の代表が同席する」


 フィリスの顔に(なぜ?)と浮かぶ。

 魔術師長が身を屈め、囁く。


「先日、なにかすごいものを作ったそうだな」

「えーっと、鷹と鳩でしょうか?」

「違うだろ。俺が聞いたのは、赤い鷹と青い狼、遠目で見えにくかったそうだが、白い鹿、黒い熊、緑の猿がいたという。本当か?」


 フィリスの胸に小さな不安がよぎる。


「作りましたけど、なにか……」

「なにをしているんだかなあ~」

「でも、あれは私的な魔術具ですよ」

「だからってな~」

「プライベートな魔術具なので、ちゃんと自費で作っています。経費として領収書はあげてませんよ。その分の支出は鳩の方に回す予定ですから」

「そういう問題じゃないだろ。そもそも、仕事中に私的なのも作っていたってこと? それも問題だけど。もういいよ、その辺は」


 魔術師長はフィリスの額を指ではじく。ぴりっとした痛みにフィリスは額を抑えた。


「あれで騎士と第一魔術師団がフィリスに興味を持った。本日、殿下の元へ行くと、夜間演習の誘いがある」

「はい?」

「ずいぶんと勇ましい魔術具を作ったそうじゃないか。俺はな、女の子だし、大人しいし、荒事は向かないし、地味な仕事だけを回していたつもりなんだがな」

「えーっと……」

「フィリスを荒事に巻き込むと、俺がとばっちりを喰うんだよ」

「……なぜ?」

「フィリスの母と俺は知り合い。第一魔術師団の同期。わかる?」


 フィリスはきょとんとして、魔術師長を見上げる。


「伯爵家がフィリスを守ろうとしている意図は分かっているの。そこをね、なぜ、ぶっ飛ばすかなあ。そういうところは母親譲りなのかな、君は」


 おどけた調子の魔術師長が真面目な顔に変わる。


「本日、殿下に呼ばれた際に、新人の近衛騎士を対象にした夜間演習へのフィリスへの参加が依頼される。これは断ることができない。つつがなく受けるように」

「はっ……はい」

「よろしい」


 魔術師長がひらひらと手を振る。


「近衛の副団長は魔術師でもあり、第一魔術師団ともつながりが深かったんだ。見られた相手が悪かったな。 

 ローレンスに心配をかけすぎないようにな。あいつ、そのうち倒れるんじゃないのか」


 かっかっかっと笑いながら、魔術師長は去っていった。

 残されたフィリスは呆然とする。


(昨日もその前も、お兄様はなにも言っていなかったわ。それって、私の鳩の件と並行して対応していたってこと?)


 フィリスは改めて、ローレンスの有能さに驚いた。






 殿下の元へ訪ねるため、厳めしい建物に足を踏み入れるとローレンスが待っていた。顔を見るなり、フィリスの胸に申し訳ない気持ちがよぎる。


「ごめんなさい」

 まっすぐにローレンスに告げると、彼はまた困った顔をした。


「仕方ないよ。行こうか」

 踵を返すローレンスの隣に立つと、ぽつりぽつりと話始めた。


「夜間演習は行くことになる。これは新人が、経験者に見守られながら実践経験を積む訓練だ。王宮の裏手は魔獣が出没する。数人のグループを作り、移動し、出くわした魔獣を狩るのだ」

「なぜ、そのような訓練に私も?」

「……母の娘だからだろうなぁ」

「お母様はそんなに有名な方だったんですか」

「実力者であったということだよ」


「私、大丈夫でしょうか」

「訓練自体は心配していないよ。しかし、フィリスはまだ実践経験が少ないので、特別にサミュエルと一緒に行動することを許されるように通しておいた」

「サミュエルと?」

「知っている人間がそばにいた方が安心だろ」


 どれだけ先んじて準備していたのかとフィリスは改めてローレンスの計らいに驚くとともに、胸が熱くなる。


「色々いつも、ありがとう」


 ローレンスは前を向いたまま、左右に頭をふる。


「いいよ。大丈夫、たとえ参加しても、フィリスは騎士にも第一魔術師団にも手の届かないところに道は開いているからね」


 


 ローレンスに導かれ、広い応接室へ通される。まだ誰も来ていないソファーにフィリスは座った。

 ローレンスが出て行き、程なく戻ってくると、後ろから王太子殿下と数人の騎士と魔術師が入ってきた。騎士の一人はサミュエルだった。例の副団長もいる。


 フィリスは立ち上がり、殿下と挨拶を交わす。座るように促され、フィリスと殿下は向き合った。


 ガラスケースに入った鷹を見せると、王太子殿下は目の色が変わった。箱を開けて、鷹を取り出す。先にフィリスが鷹に変えて手本を見せる。それから、殿下にも同じことをお願いした。

 ケースを両手に乗せて、恭しくフィリスは殿下に差し出す。


 嬉々とした表情を浮かべ、受け取った殿下が、箱から鷹を取り出す。手にのせて、軽く魔力を通すと、すぐに鷹として形成される。鳩より鷹は大きい分だけ魔力を必要とするのに、王太子殿下はフィリスと同じぐらい早く形作る。指示通り鷹を動かすこともできそうだった。

 周囲にいた騎士や第一魔術師団の魔術師も、感心した表情を浮かべている。


(すぐに魔術具を意のままに操るなんて、さすが王族の方ね。一般人の魔力量とは違うのだわ)


 殿下は魔力を解く。元に戻った鷹の小物をガラスケースに丁寧な手つきで殿下は収めた。


「どうぞお納めください」

「ありがとう。とても雄々しく凛々しい鷹だ」


 殿下はひょいと持ち上げ、足を組んだ膝の上に手を乗せ、ケースを握る。


「これは執務室の机に飾っておこう」


 ローレンスの狙い通りだ。満足そうな殿下の表情に、フィリスも満足し、笑みがこぼれた。




 その後、魔術師長とローレンスから事前に説明を受けていた通り、同席していた副団長と魔術師から、夜間演習の参加を求められた。

 受けるように言われていたフィリスは、大人しく頷く。ローレンスから説明を受けていたように、同行者はサミュエルと提案され、承諾した。


 話がまとまってから、王太子殿下が口を挟む。


「副団長、フィリス嬢はマリアンヌのお気に入りだ。どんなに近衛が望もうとも、第一魔術師団が取り込みたくとも、最も優先されるのはマリアンヌの意向であることをゆめゆめ忘れるなよ」


 静かな殿下の宣言に、周囲が一瞬で緊張する。


 フィリスを取り込みたい騎士や魔術師に牽制する発言。フィリスはその背後にも、ローレンスがいるのだと、一連の出来事から容易に推察できた。



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