27,損な役回り
無事実験を終えて早々に帰宅した真夜中、台所に立ったフィリスが料理を作っていると、ふらりとローレンスがワインを持って現れた。
「今日は早い帰宅なのに、珍しいな」
「そうね。気分かしら」
薄くスライスした蓮根を油でカラッと焼き上げ、お皿にのせた。熱いうちに四角くカットしたチーズを添えると、湯気が立つ蓮根とふれた部分が解けて絡まる。
残ったチーズを焙り、とろけたところに、砕いたナッツ類を振りかける。スライスしたパンにバターを塗り、にんにくを擦り込み、表面を軽く焼く。そのパンにナッツ入りチーズを塗った。パンを花形に並べた大皿の中央に、オリーブを添える。
ローレンスはワイングラスを傾けながら、フォークで蓮根とチーズを刺し、口に運ぶ。
料理が出来上がり、フィリスもグラスに手酌でワインをそそぎ入れる。
「ねえ、お兄様。お母様はどんな魔術師だったの」
ローレンスの手が止まる。
早く帰宅しておいて夜中に料理を作ったのは、ローレンスを誘い出すためだった。母のことを聞き出すには、お酒とつまみを添えて、二人きりで話すのがいいとフィリスは考えたのだ。
「今日、サミュエルと魔術具の動作確認を行っていたのよ。そしたら、そこで近衛の副団長様とお会いして、『さすが血統だな』と言われたの。血統ってなにかしらね」
フィリスも、魔術師の母がそれなりの力を有している人物であることは薄々感じていた。母がどんな人物か、大人しく過ごしてきた彼女は知らずにきていた。
(こんな時でなければ、母の過去なんて知ろうと思わなかったわ)
ローレンスは、オリーブを口に入れ、咀嚼しながら、斜め上に視線を流す。困り顔で眉を歪める。
「母か……」
「お兄様は知っているのでしょ」
「まあなあ」
グラスにくちをつけて、ワインを流すローレンスの動きに、フィリスもつられてワインを飲む。
「有名な魔術師だよ。その界隈ではね。所属も第一魔術師団だ」
「花形の魔術師だったのね」
「いくつもの発明品を持ち、その権利で収入を得ている。あの人は、生涯なにもしなくても収入に困ることはないな。ただ、その権利を私たちに譲渡する気はない。
母は、私たちの道は私たちで切り開けという思考だ」
(それは分かるわ)
教育熱心な母は、自立できるための支援を惜しまない。九歳までうまく魔力をコントロールできない娘につき合っていても、学校へ通うようになれば、本人に任せるように娘を手放している。
「お母様はいつもニコニコしていて、荒事とは無縁そうに見えたのに……。第一魔術師団なんて意外」
「それはフィリスが可愛がられていたからだよ」
「私抜きで、お兄様だけお母様とちゃんと話が通じているのも、なんか狡いわ」
「フィリスはぼんやりしているから、はっきりとは言われていないだけだよ。私は性格が母に似たから、くぎを刺されているだけだ」
「それと私が母の経歴を知らないできたのは関係あるの?」
砕いたナッツ入りチーズを塗ったパンに小さじ半分の蜂蜜を垂らして、フィリスは口へ運ぶ。
「あるさ。母の七光りが良い意味でフィリスの後押しをするならいい。でもな、母が母だけに、フィリスの性格だと母の面影を重ねられたらつらいだろう」
「……たぶんつらいわ。それって私を私として見てくれないってことよね」
「うん。フィリスがどう訴えようとも、人の見方は変えられないからね。それに乗るか、距離をおくか。フィリスなら、距離を置く方がいいと家族は判断したんだよ」
蓮根をフォークで刺して、持ち上げると穴にとろけていたチーズが落ちる。フィリスはフォークを回して、チーズを絡めとり口へ運んだ。
「母は、第一魔術師団で数々の武勲を立てた魔術師であり、現国王とも幼少期から切磋琢磨してきたなかだ。母がいたからフィリスが生まれる前に起こったいくつかの戦乱が数年早まったとまで言われるほどだ。元来の母は猛者なんだよ」
「すごいわね」
「そう、すごいんだ。そんな人と自分を重ねられたら、どう思う」
「……嫌だわ」
「だろ。フィリスと母は性格が違うんだ。同じ人間じゃない。今は平和だから、褒められるだけで済むだろう。それが、再びどこかで争いが生じてみろ。きっと母と同じことを期待され、背負うことになる可能性が高い」
「それは、私が望む望まないに関わらずなのね」
「そういうこと。それなのに、あんな鷹を作って……。もし騎士や第一魔術師団に見られたらどうするんだ。さすがあの母の娘だと言われて、担ぎ上げられて困るのはフィリスだろ」
そこまで言われて、さすがのフィリスも青ざめてくる。有事になれば魔術師が前線に送られることは歴史上よくある。第一魔術師団は真っ先に苛烈な前線に送られるのは確実だ。
「あのね。今日、鷹と鳩の動作確認を行ったでしょ」
「そうだな」
「その時に、前に出した赤い鷹も試したのよ」
「それで」
「その時に、森から近衛の副団長様が数人の騎士を連れて出てこられたのよ」
そこまで聞いて、ローレンスは目をきつく閉じた。
「赤い鷹をまじまじとご覧になられてたの」
「そうか」
「一緒に青い狼も作ってしまって、見られてしまったわ」
「……」
「見られていたかは分からないけど、一緒に白い鹿と黒い熊、緑の猿もね。出しちゃった……」
ローレンスは「フィリス~」と唸りながら、眉間に皺を寄せた。
自室に戻ったローレンスは、ソファーに身を沈め嘆息する。天井を見上げて、足を投げ出す。組んだ手を腹の上に置いた。
(時間の問題だよな)
フィリスの魔力量は多い。母直伝の技術もある。
奇しくもローレンスと同級のサミュエルが彼女を気に入り、侯爵家もフィリスとの婚約を陰ながら見守り望んでくれている。
研究職を続け、時期が来たら結婚し落ち着いてくれれば良い。家族はフィリスをそのように見守っていた。彼女に荒事は似合わない。
フィリスを夜会などの社交の場に連れ歩かなかったにも理由がある。表向きは、本人が望まないから無理強いをしなかったのだが、本質は魔力を欲する貴族界隈で彼女を値踏みさせないためだ。
(成金ならまだいい。それなら、御せる。そこに下手に魔術師として名高い高名な貴族が名のりをあげたら、さすがに伯爵家では抵抗できないこともある)
サミュエルの家は魔力はそこそこあるものの、特別魔術に傾倒もしていなかった。フィリスの身を預けるには家格としても上等である。
(侯爵家の婚約者がいれば、フィリスを安心して外へ出せるようになると安心した矢先にこれか。王太子殿下とつながりを作っておいて良かったな。
サミュエルとの関係も進展したことだし、婚約を早急に進めるか)
苛烈な母とぼんやりした父にもまれるローレンスは、損な役どころばかり回ってくる。




