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魔術師フィリスと妖精姫 ~婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春~  作者: 礼(ゆき)
本編(婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春)

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24/40

24,重なるチャンス

 サミュエルと店主の話し合いが終わった。王太子殿下が所望された鷹を仕上げる日程を踏まえ、ざっくりと納期なども調整する。店主が伯爵邸へ訪問する日時も決めた。

 二人の問いに答えることで話が落ち着き、まごまごしていたフィリスも安堵する。

 

 軽い社交辞令を交わして、肩の力が抜けたフィリスがぽろりと本心を零す。


「このような宿泊施設内に店舗を構える方が、屋台で果実酒を売っていらっしゃると思いませんでした」

「趣味と道楽をすべて盛り込んだ月数回しか出さない薄利の屋台です。そこへ偶然にも、フィリス様にいらしていただけたのは幸運としか思えません」


 店主の弁にフィリスも同じ思いを抱く。


(本当に不思議ね。愚かにも性転換薬を使い、男の子に変わらなければ、屋台へ行くこともなかったわ。女の子のままだったら、中庭で会ったサミュエルからも逃げていたかもしれない。あそこで小鳥をあげたから、屋台で再会したのよね。あの偶然がなければ、こんな風に一緒に出かけるきっかけもなかったわ。今だって、魔術師の恰好だったら、この宿泊施設を見て引き返していたかもしれない)


 ふりかえるほどに、とんとんと幸運が繋がっている。


「機会がありましたら、またお二人で屋台にいらしてください。月末だけは必ず店を出すようにしております」

「月末ですね。とても美味しい果実酒ですし、屋台での軽妙な会話もとても楽しかったです。

 そう言えば、屋台で妖精の話をされてましたね。あれ以来、果物の種を扱う時、私もドキドキしてしまいます。もしなかに妖精がいたらって……」

「ただのおとぎ話ですよ」

「それでも、夢がありますね。ふいに妖精と出会えるなんて。でも、なぜ妖精が果物の種に入り込んでいるのでしょう」


 店主は微笑を浮かべながら、語る。


幻魔獣げんまじゅうから逃げているのですよ。妖精は魔獣に食べられないように、果物の種に混ざりこむのです。魔獣は果物を食べません。果物の甘く精気のあふれる芳醇な香りを嫌い、逃げていくのです」

幻魔獣げんまじゅうもおとぎ話の化け物ですね」

「はい、魔獣ほど実態がなく、闇に紛れて徘徊し、影のようでありながら四足獣にも変化する。実態不明の魔物です」

「子どもが夜の闇を恐れて生まれたお化けみたいなものですね」


 フィリスはクスクス笑う。


「そうですね。そんな実態不明の夜を徘徊する幻魔獣げんまじゅうに襲われるなら、妖精が果物の種に逃れるのもわかるでしょう。

 もし、果物の種に妖精を見つけたら、大切にしてあげてください。妖精は親切にしてもらった相手には幸運を倍にして施すと言われていますよ」



 

 

 他愛無い雑談を切り上げて、フィリスとサミュエルは宿泊施設を後にする。馬車に乗り、伯爵邸へ戻る頃には夕方になっていた。すでに帰宅していたローレンスは、フィリスを迎えるなり、その姿に目を丸くする。反応から(笑われる)と身構えたフィリスだったが、ローレンスはただ微笑するだけだった。


「サミュエル、心よりありがとう。フィリスを送ってくれて」

「いいや。ところで、今少し時間があるだろうか、フィリスのことで伝えたいことがあるのだが」

「フィリスのことか? じゃあ、なかでゆっくりと話すか」


 応接室へ移動し、三人はローテーブルを挟んでソファーに座る。侍女が紅茶を用意し終え、落ち着いてから、サミュエルは宿泊施設でのやり取りを伝えた。店主との約束の日時を告げれば、フィリスだけでは心配だとローレンスは自ら同席すると言い出した。


 フィリスが瞬きをして、ローレンスとサミュエルを交互に見つめる。

 サミュエルが(ほらな)と言わんばかりの表情で片方の口角をあげた。


 何事も早い方がいいと手続きのため、鷹と鳩の動作確認実験の候補日も話の流れで決まる。応接室のソファーで三人で会話をしているはずなのに、フィリスはふわふわと実感のないまま佇んでいた。


「どうした、フィリス」

「お兄様、あまりにめまぐるしくて、呆気に取られています」

「なにか事が決まる時は、とんとんと進むものだよ」


「それにしても、早急すぎて、ついていけません」

「これがチャンスであることは分かるだろう、フィリス」

「もちろんです、でも不安です。望み通りの品を作れるかとか、もし鷹が誰かを傷つけでもしたらとか……」


「大丈夫、リスクがあってもたかが知れているよ。鳩が戻ってこなかったらまた作ればいい、その時にちゃんと改良できていればいいんだ。鷹は持ち主が強いから、御せないとは考えにくい。何かまずいことがあっても、道具として、王太子殿下が破壊するだろう」

「それでも、何かあれば、その責任は……」


「フォローは私がするよ。事が動くときは、そんなものだ。いつもと違うと不安になっても留まろうとしてはいけないよ。決して悪いことじゃないし、踏み出してこそ次のステージへ進むことができるからね。こういう時は、前を向くんだよ」

「はあ……」

「フィリスが魔術具を作るのに手を抜くことはないだろう」

「もちろんです」

「なら、大丈夫だよ」


 確信を帯びたローレンスの穏やかな表情にも、フィリスの内面は落ち着かない。

 宵闇が空を彩り、話もまとまったとサミュエルも帰っていった。


 残されたフィリスはあらためてローレンスと向き合う。「よく似合っているよ」なんて言うものだから、急に気恥ずかしくなり、「疲れたから部屋で休ませてもらいます」とフィリスは逃げ出していた。


 目まぐるしい一日にめまいを覚える。一日で得た依頼は、果実酒の屋台を経営する店主と王太子殿下の二人分だ。


(短い間でこんなに決まるなんて……。驚くほど、忙しくなっちゃったわ)


 フィリスは自室の鏡台に耳飾りと髪飾りを並べ、眺めた。茶色い小箱を横に置く。もらったポーチも並べて見た。ポーチの小物は小箱に戻さなかった。代わりに小箱へ、耳飾りと髪飾りをしまう。

 魔術具はポーチから出さなかった。


 この後、フィリスは魔術具をサミュエルからもらったポーチに入れて、持ち歩くようになった。


(このポーチの方が持ち歩きやすいだけよ)

 

 そんな言い訳をしながらも、両手でポーチを撫でつける手つきはどこまでも柔らかい。





 動作確認の実験日までに、フィリスは鳩十羽に鷹一羽を作り終えた。

(どうせ一日実験させてもらえるなら、できるだけたくさん試してみたいわ)

 フィリスは好奇心のおもむくまま、時間の許す限り、土人形ゴーレムを作り上げる。



 実験当日、意気揚々と朝早く起きたフィリスは、飛び起きるなり、台所で軽食を作った。

(サミュエルも一緒だし、お昼ご飯もその場で食べたら時間の節約になるわ)

 果物と紙に包んだ具を挟んだパン、白い陶器の容器に濃い目に味付け焼いた鶏肉に、香草をまぶして焼き上げたホクホクとした根菜類をつめて蓋をした。他に、小皿にナイフ、水筒を詰めるた重いバスケットを抱えて、「ああ、時間がない」と嘆きながら家を出た。


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