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魔術師フィリスと妖精姫 ~婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春~  作者: 礼(ゆき)
本編(婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春)

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23/40

23,思わぬ商談

 サミュエルと果物屋の店主が挨拶を交わす。フィリスも立ち上がり、両手を揃えて頭を下げた。フィリスの隣にサミュエルが座り、彼の前に店主が座る。

 男性同士の会話を聞きながら、フィリスは心から一人で来なくて良かったと胸をなでおろしていた。


 果物屋の店主は軽い立場の人物ではなかった。この宿泊施設を経営する豪商一族の三男だ。果物など地方の珍しい品を旅すがら探し出すことを趣味として、個人商社を経営する。この店舗はフロントであり、実態は貴族や豪商を顧客に果物や菓子類を取り扱う。高級な果実類は王家の日常食として納めているという。


(マリアンヌ姫が食べている果物もこの人が卸しているのね。まさか、こんなところで身近なつながりと出会うとは思わなかったわ。世間はなんて狭いのかしら)

  

 サミュエルと店主の会話が続くなか、フィリスはゆっくりとケーキを頬張っていた。想像以上のことに、若干放心ぎみであった。


「フィリス様もよくぞ訪ねてくださいました」

 

 ふいに店主に話しかけられ、フィリスはぴんと背を正し、フォークをお皿に置いた。


「こちらこそ。名刺を頂いていたとはいえ、連絡もせずに急におたずねして申し訳ありません」

「かまいません。来店いただき、光栄です。フィリス様とは、ぜひとも、もう一度お会いしたかったのです」

「私に?」


 店主の口調は屋台で見せた軽妙なものから、高級店の経営者としての風格と威厳を内包した落ち着きはらった口調に変わっていた。


「フィリス様、果実酒の屋台に入り込んできた小鳥は魔術具ですよね」

「はい。小鳥にしか見えないはずなのに、よくお分かりになりましたね」

「私も魔力がありまして、経営者か魔術師か迷った過去がございます」

「あら……」

「研究より、旅がしたかったので、行商も兼ね商社経営に進路を定めて、今に至ります。あの小鳥は、とてもよくできていました。まるで生きた小鳥と区別がつきません」


 褒められてフィリスは少し照れてしまう。


「つきましては、あの小鳥を譲ってもらいたいのです」

「小鳥をですか」


「はい。当宿泊施設は、教会も併設し、冠婚葬祭を取り扱っております。とくに結婚式では、白い鳩を飛ばす慣例が継続しています。美しい行事ながら、生き物の取り扱いはどうしても維持費もかかります。飼育施設の確保、餌代、放ち戻るよう訓練も必要です。魔術で作られた精巧な小鳥ならば、そのような経費の削減になります。

 ぜひとも、もう一度見せていただきたく、できましたら譲っていただきたいのです」


 フィリスは急な提案に目を丸くして、ぱちぱちとまたたく。


「あの、ですが……、あれは魔術具です。一般市民の方では魔力は……」

「魔力ならば私だけでなく従業員でも魔力を保有している者がおります。場合によっては、魔術師を目指す学生を一時雇い入れればいいのです」


 笑顔で淀みなく答える店主にフィリスは感心する。きっと何を言っても、外堀を埋めてくると予見できた。


(抜け目のない方。ここに私が来なくても、つてをたどり私にいずれはたどり着きそう。それぐらいの繋がりは四方に持っていそうよね)

 

 魔術具に触れられて、フィリスの意識は脇に置いたポーチにそそがれてる。衣装を用意してもらった際に、金の鎖が垂れる、がま口の黒い光沢のあるポーチを用意してもらっていた。小箱の小物はすべてポーチに入れ替えていた。鎖を手首に巻けば、フィリスの手にすっぽりとはまるそのポーチは、持ち歩きやすい。

 フィリスはポーチを机の上に置いた。


「今、ここに私の魔術具があります。実演してお見せいたしますか」

「本当ですか。それは願ったりです。ぜひとも見せていたけますでしょうか」


 落ち着いた笑顔を向けられ、フィリスは(いいのかな)と不安に感じる。隣のサミュエルを盗み見る。目配せすると、彼は軽く頷いた。


 大丈夫と背を押された気したフィリスは、がま口を開き、ポーチから小鳥の小物を出す。片手にのせた。魔力をそそぐと鶏卵大の球体に膨れ、くるりと回ると翼が伸びて、もう一度まわると足と頭部が盛り上がる。

 手乗りのぷっくりした白い小鳥がフィリスの手のひらに乗った。


 店主は身を屈めて、小鳥を右から左からと観察する。まじまじと見つめてから、姿勢を正す。難しそうな顔をして、頬に手をあてて、唸るような息をつく。


「いかががですか? 観賞用なので、特に人を害する恐れはないよう作っております」

「まるで生きているようです。とても愛らしいですね」


 そこでフィリスははたと気づく。

(サミュエルにあげた小鳥はなぜか自由に動き回っていたわ。もし譲るなら、誰かの手に渡ってから不具合が生じてはいけないわよね。動作の確認も必要だわ)


 手元を旅立つ魔術具でも、作った品は誰かに愛してほしい。そんな淡い願望がフィリスにはあった。


「魔術具ですが、思わぬ動きをすることはあるかもしれません。もしお譲りする前に、動作確認はさせていただきたいです。ですので、少しだけお渡しするのは時間は必要です」

「もちろんです。放鳩ほうきゅうですので、鳩と同じく帰巣する魔術具だと助かります。一度飛ばせば終わりではなく、何度も使用できる魔術具である方が、望ましいです」

「帰巣本能を持つ白い鳩、ということでよろしいでしょうか」

「はい。では、譲っていただけるのですね」


 にこやかな店主の笑顔に、とんとんと話を合わせてしまっていたことにフィリスは気づく。流されるままに、合意していいものが惑うフィリスは、再びサミュエルを見た。

 彼女の目線に気づいた彼は口を挟む。

 

「交渉はローレンスに頼めばいいだろう。こういうことは得意なんだから」

「お兄様に! どうやって頼めばいいの」

「普通にお願いすればいい」

「その前に、これでも私、国勤めの魔術師でしょ。一般の方から仕事受けてもいいの」


「その辺も文官のローレンスは詳しいだろ。そこは詳しい者に頼るところだ。その前に、フィリスはこの件を受けたいの、それとも受けたくないの」


 半分、受けるようなやり取りをしておいて、何も考えていないという痛いところをサミュエルにつかれて、フィリスはあわあわと返事に窮する。

 作った魔術具を使ってもらえるのはとても喜ばしいことだ。特に思い入れがある土人形ゴーレムを活かしてくれるなら、跳ねるぐらい喜ばしい。


「あっ、あのね。私は、受けれるよ。受けたいよ。白い鳩ならすぐに作れるわ。大丈夫、他の仕事と一緒に作れるわ。あっ、でも、たくさんは無理よ」

「フィリス様に作っていただきたい鳩は十羽です」

「十羽ですね。分かりました」


 フィリスはほっと胸をなでおろす。

(その数なら、王太子殿下のご依頼と一緒にできるわ)


「では、今後のやり取りは……」

 交渉はサミュエルと店主にフィリスは任せた。


(すごい。頼りになる。一緒にきてよかった)

 

 ソーサーごと持ち上げながら、聞こえてくるサミュエルの淡々とした声を聞き入る。彼の声と弾む心音が混ざり合う。フィリスはうつむきながら、口元にカップの縁を寄せた。


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