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魔術師フィリスと妖精姫 ~婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春~  作者: 礼(ゆき)
本編(婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春)

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21/40

21,衣装がえ

 サミュエルと二人残され、うつむいていたフィリスは恐る恐る顔をあげた。


「行こうか」

 顔色を変えずに、サミュエルは踵を返す。フィリスは慌てて後を追う。


「ねえ、ねえ、いいよ。このまま行こう。ちょっと覗いたら、帰るつもりだったんだから……」

 

 ぴたりと彼が立ち止まり、彼女はぶつかりそうになったため、ひらりと身軽に彼の横を抜けた。かかとを基点に彼女は身を返し、彼と向き合う。


「果物屋さんだから市民の出入りする場所でしょ。ちょっと寄って、目立たないように買って帰れればいいじゃない」

「尚更、市民のなかで魔術師の恰好は目立つだろう」

「これは制服よ。魔術師なら誰でも着ているわよ。私服にも制服にも、上等なら礼服にもなるのよ」


 さすがのサミュエルも眉間に皺を寄せてしまう。

(女の子がその返答はないだろう。なにやってんだ、ローレンスは……)


 自身を棚に上げたサミュエルは、妹に悪い虫がつかないよう配慮していた兄の気遣いなど気づかない。


「フィリス。魔術師だって、私的な外出には私服を着るだろう」

「そうだけど……。私、小さい頃から、この格好が好きなのよ」


「黒が好きってこと?」

「違うわ。魔術師の服が着なれているの」


「なあ、そんなんで、社交の場はどうしてたんだ」

「それは~。私、苦手だもの……」

 

 その一端はサミュエルに原因がある。フィリスだけを責めれることではないとサミュエルは思いなおす。


「分かったよ。じゃあ、行く場所教えてくれよ。場によって、そのままでいいかどうか判断する」

 

 差し出された手がずいとフィリスに迫る。小箱を馬車に置いてきたフィリスのポケットには、果物屋の店主が渡してくれた名刺と硬貨入りの財布だけが入っていた。名刺を取り出し、サミュエルに渡す。受け取った彼は、そこに書かれた住所を見た。


「ダメだな」

「なにがダメなの?」

「魔術師の恰好で行ける場所じゃなさそうだ」

「ええ! なんで~」

「いいから、いくぞ」


 サミュエルはフィリスの手を掴むと、そのまま歩き始める。


「なんで、なんで~」

「いいから、行くぞ」


 大人しい彼女は流される。途中で伯爵家の馬車から小箱を持ち出す。

 逃れられず、ずるずると首根っこを引かれて、侯爵家の馬車に放り込まれてしまう。馬車のなかで(どうしてこうなっちゃったのかな~)なんて彼女が身をよじっても、彼は涼しい顔でふいと車窓から外を眺めている。

 

 彼は彼女をメイン通りに面した被服を扱う大きな店舗に連れてきた。そこは侯爵家も含め貴族がよく利用する店で、店子だけでなく、針子などの製作者まで働いている。揃えている品も、日常着から公式用ドレス、小物から靴、宝石をあしらった装身具まで幅広い。

 製作から販売まで手広く扱う最大手の被服の総合商社本店であった。


 メイン通りに構えた店舗の主たる客層は一般市民である。結婚式や出産祝いなどの祝い事で、市民でも頑張れば手が出る値段の品を多く並べてある。

 サミュエル自身、店舗に足を踏み入れるのは初めてだった。


 商店の大きさを示すための店舗は宣伝用であり、商社の主たる売り上げは内部にいる貴族や豪商などの御用聞きに走る精鋭が叩きだしていた。もちろんそこには侯爵家の担当もいる。


 二人が乗ってきた馬車には目立たない程度に家紋が描かれていた。それをちらりと見た店員は普通の客ではないと気づき、奥にいる店舗を取り仕切る責任者に知らせに走る。


 サミュエルとフィリスが店内に入る頃には、普段は奥にいる副責任者が階下の一般用店舗まで足を運んでいた。話が早いだろうとサミュエルは、侯爵家の担当者の名を告げる。副責任者は、店員に担当者がいないかと確認に走らせた。

 

 その間、副責任者は上階の一室に二人を案内した。フィリスは思考が停止したまま、案内された一室のソファーに座る。


 その間もサミュエルは、「担当者はいなくても構わない。市民に紛れて歩く分に困らない服を用意してほしい」などと話し続けている。


 案内してきた副責任者はサミュエルの意向を汲み、一旦部屋を出た。


 フィリスだけどこか置いていかれてしまった。女性が一人入ってきて、フィリスの前に紅茶のカップを置いた。出された紅茶に口をつける。不安にかられて、サミュエルを見つめる。彼も彼女の目線に気づく。


「ねえ、サミュエル。私、こんな大掛かりなのを考えていたわけじゃないの。果物屋さんに顔を出して、一つ二つ果物を買って帰ろうと思ったよの。折角、名刺をもらったから……」

「分かっているよ。フィリスは街へはあまり出てなかったんだろ」

「それは、まあ、そう、ね」

「その住所がどんな場所か、分かってなかったんだね」


 フィリスが意味を理解できないでいると、再び女性数人を連れて、副責任者がやってきた。彼らは、フィリス用に動きやすいワンピースを数着持ってきた。サミュエルが二着見繕う。その衣装と共にフィリスは別室へと連れていかれた。


 新たな部屋に通され、大鏡の前に二着の服が並ぶ。黒いワンピースと白いワンピースだった。どちらも似合うと言われたが、フィリスは黒を選択する。

 

 せめて色だけでも着なれた色にしたかった。袖や襟ぐり、裾には赤い糸の刺繍がある。フィリスの髪色に合わせたかのようだった。足元は黒に統一されて、靴にワンポイントで赤い石が飾られている。

 着替え終え、大鏡の前で椅子に座らされた。


 女性が四角い紺の布地が張られた盆に、赤い宝飾品を持ってくる。

 背後に人が立つと、フィリスの結んだ髪を解いた。流れる髪を櫛で梳かれる。

 盆には赤いイヤリングがのっていた。金でできた髪飾りにも赤い楕円の石がついており、三点の宝飾品は揃いの品だった。


「あの、これは……」

「こちらは珊瑚の耳飾りと髪留めになります」


 赤い石は珊瑚だった。

 梳かれた横に流れる髪を持ち上げられ、後頭部で髪留めでとめられる。耳が露になり、顔がすっきりとあらわれる。その白い耳朶みみたぶに赤い珊瑚のイヤリングも飾られた。

 最後に首元に大ぶりな朱のリボンが結ばれる。


 女性たちの手が止まり、一歩引く。鏡のなかには、フィリスであってフィリスではない。ところどころに赤のアクセントが映えるシックな黒を纏う別人が座っていた。


(だっ……誰? これは私じゃない!)


 放心して鏡を見ていると、女性達が「とてもお綺麗ですよ」と賛辞をくれた。笑顔で美辞麗句を受け取ることに慣れていないフィリスは戸惑い、さらに気持ちは萎縮してしまう。


 硬直してしまったフィリスを導き、女性達は元の部屋へ戻る。そこには着替え終えたサミュエルもいた。首元まできっちりとしめた騎士姿から、シャツとジャケットを羽織る軽い出で立ちに変わっていた。


 彼女は彼を見て、自分を見る。


(どうしよう……)


 近づいてくる彼に、彼女は半歩引いてしまう。彼はどこか嬉しそうだった。


「さあ、行こうか」


 促されて、店を後にして馬車に乗る。二人の着てきた衣装は別々の袋に入れて馬車に乗せてくれた。悶々と馬車に揺られて、降りた先に、フィリスはさらに目を見張った。


「ここ、どこ!!」


 衣替えしたフィリスがサミュエルに連れられてきたのは、他国の高官も利用する都随一の宿泊施設だった。 

 

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