2,魔術師の仕事
魔術具ならなんでもできると思っているマリアンヌ姫は色々なことをお願いしてくる。彼女は魔術具という不思議な道具が魔力を得て働く瞬間を見るのが好きなのだろう。
彼女に対応する役回りは同性の若い魔術師であるフィリスに回されることが多かった。嫁入り前のお姫様だ。男性の出入りは極力控えられるのは当然だろう。
魔術師団が天真爛漫なお姫様の発想を無下にせず、依頼を受けるにも訳がある。
魔術師団が作成する魔術具は多岐にわたる。連絡用の宝珠、消えないランタン、制約をかける魔道具、契約履行を確約する魔術紙やインクなど。日常道具から、刑事罰用、契約履行用、医療用など用途も様々。
裏方の仕事もこなすため、いかがわしいうわさも絶えない。暗殺道具を秘密裏に作っているだの、夜毎の閨で役立つ道具を作っているだの、人体に影響がある薬物を生成しているなどと後ろ暗い噂が付きまとう。
噂は噂と言えないのは、そういう魔術具を作ってきた歴史があるためだ。
魔術師が、研究バカの陰気な者が多いと見られていることも一因になっている。
彼らは一様に説明下手だった。結論から先んじて、誤解されることも多い。また、守秘義務があるため、作成した魔術具について口外することも叶わない。必然として、黙して語らずの態度が世上で陰気と揶揄されていた。
そのようななかで、女官長からもたらされるマリアンヌ姫様からの依頼はイメージアップになると、魔術師長が踏んだのも頷けるではないか。
かくして、姫様からの依頼は常に優先されるようになっていた。
「フィリス、お願い。見せて、見せて」
マリアンヌ姫はウキウキと頬を紅色させて、瞳をきらきらと輝かせる。
フィリスの口元もほころぶ。
「只今、女官の方が品を持ってまいります」
タイミングを見計らっていた女官が進み出ててくる。両手には小さな薄い布が垂れており、その上に先ほど包んだ魔術具がのせられている。
フィリスは女官から布でくるまれた魔術具を受け取った。手元で、重ねられた布を一枚一枚開いていく。
今か今かとお姫様は、覗き込もうとつま先立ちになる。布が開ききると、マリアンヌ姫はふわっと花咲くようにほほ笑んだ。
出てきたのは、小さなウズラの卵ほどの透明な玉。これがどのように変化するのか、一見するだけでは分からない。自然と、マリアンヌ姫の期待も広がる。
「ねえ、フィリス。今日は、これがどんな風に変化するのかしら」
「はい、マリアンヌ姫様。この丸い球を犬の首に触れさせると、首周りに魔力の輪がかかります。そこから魔力の糸を伸ばし、つなげたい対象物に触れると、その周囲に魔力の輪が絡まるようにできております」
「すごいわ。やってみせて、やってみせて」
フィリスは姫様に近づき、抱かれた子犬を見つめる。逃げ出したい様子で、子犬は足をばたばたとかいている。
マリアンヌ姫が「おまえが逃げ出して迷子にならないためなのよ」となだめる。
「抱いていていただいていれば大丈夫です。すぐに終わりますから」
うんうんと身をよじって子犬は頑張っている。
フィリスは身をかがめて、玉をそっと子犬の首辺りに添えた。魔力を通すと白金の光を散らしながら、子犬の首周りに光の首輪ができる。
マリアンヌ姫は目をくりんと輝かせる。
首周りの光が整い、フィリスは揃えた人差し指と中指を宝玉から弧を描くように離した。白金に輝く魔力を好むマリアンヌ姫へのサービスだ。
弧を描いた魔力から、はらはらと光の粒子は散る。
「すごいわ。キレイね。まるで雪のようだわ」
マリアンヌ姫はうっとりと見つめる。
フィリスはマリアンヌ姫の恍惚とした表情を確かめてから、それと気づかぬふりをした冷静な声で尋ねる。
「では、どこにつながれますか」
「繋ぐところは……、そうね。ひとまず、柱にでも繋いでおいてもらいたいわ」
「かしこまりました」
テラスを支える中央の支柱に魔力の紐を繋ごうとした時だった。
「まって、フィリス」
マリアンヌ姫に止められて、フィリスは手の動きを止めた。
「いかがされましたか?」
「フィリス。魔力の紐は自由に動かせられるのかしら」
「もちろんです。魔力を扱える者が、魔力を通す刃物で切ってもらえばいいのです。切れた魔力の紐に魔力を通しながら移動すれば、持ち運びは自由です」
「では、外す時はどうすればいいのかしら?」
「もう使わないとなれば、首輪の玉から魔力を吸い上げてください。そうしますとただの宝珠へと戻ります。魔力を吸い上げることで、紐だけを消すこともできます」
「これは、半永久的に使えるものかしら」
「繋ぐ時間は注入する魔力量により変わります。魔力が切れる前に、注いでいただければいつまでも使用可能です。ただし、玉にひびが入ったら使用を控えてください。ひとまず、私が半日分の魔力を注いでおきました。後は、女官のなかで魔力をお持ちの方にご依頼ください」
「すごいわ、すごいわ。さすが、フィリス」
マリアンヌ姫は両手を胸元に合わせて悦び、笑う。
フィリスはそんな彼女の愛らしさが好きだった。
「いいえ。マリアンヌ姫様のお役にたてて嬉しいです」
春の陽光降りそそぐなかで、マリアンヌ姫が喜ぶ笑顔がフィリスにはまぶしく映る。
マリアンヌ姫の元を辞し、フィリスは職場に戻る。
王宮内でも研究施設がひしめき合う棟があり、そこで魔術師は研究を行っていた。併設する専門教育機関もあり、そこは国内でも優秀な頭脳が集うことで有名だった。
フィリスはその教育機関を卒業し魔術師となった。
魔術師にはおおよそ三つの道が用意されている。軍事と防衛をになう騎士団と共闘する戦闘系の第一魔術師団、医療の前線にたつ臨床医療系の第二魔術師団。フェリスはそのどちらでもない、第三の道を選んだ。
フィリスの所属は研究制作系の第三魔術師団である。二つの花形魔術師の裏方の仕事であり、魔道具の作成を主たる仕事としている。前線に立つさいの武器、大きなものでは防衛用の外壁もある。医療分野では手術用の小道具を作る場合もある。小さなものでは薬も作る。
時に提案をしつつ、依頼を受けての道具制作が主たる仕事だ。
その中でも、フィリスは細々とした地味な仕事を回されることが多かった。魔術師になる女性は、大抵結婚と同時に寿退職していくからだ。誰もがフェリスもひと時の腰かけで第三魔術師団に所属していると考えていた。フィリス自身の意志とは関係なく、周囲がそう見ているだけなのだが。
フィリスは仕事が好きだった。出来ることならば、ずっと仕事がしたいと思っている。魔術具作成が楽しいのだ。創意工夫の面白味が彼女の支えだった。
伯爵家の令嬢でもあるフィリスは、いずれ嫁ぐのだろうと見られている節がある。マリアンヌ姫相手に過不足ないと判断はされても、重要な仕事からは遠ざけられているようだった。
マリアンヌ姫への対応を専属で行っている以外、フィリスには目立った業績はない。
魔術師長からも「マリアンヌ姫の対応は、フィリス以外任せられない。今回もマリアンヌ姫から礼状が届いた。フィリスのことをとても褒めてくれているぞ」と言ってくれるものの、それを誉め言葉として受け取るには、はばかられた。
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