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魔術師フィリスと妖精姫 ~婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春~  作者: 礼(ゆき)
本編(婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春)

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19/40

19,鷹

 王太子殿下は馬を降りると、フィリスの元へ、きらきらと子どものように目を煌めかせ、大股で闊歩してくる。

「フィリス嬢。これはなんだ」

 嬉々とした声音まで投げられて、フィリスは隣の兄を見上げた。


(どうしたらいいの)

 目で訴えると、ローレンスは、こたえて、と声なく口を動かした。


 フィリスは怯えながら、歩いてくる王太子殿下を見て、自ら作り出した鷹を見た。堂々とした姿、眼光はまっすぐ前を見据える。主人がおどおどしていてはいけないと気を引き締めた。

(この子が注目されているなら、私がちゃんと答えないと……)

 せっかく、目にとまった土人形ゴーレムのチャンスを生かさなければと意を決する。フィリスは姿勢を正した。


「こちらは、炎を纏う鷹の土人形ゴーレムです」

「普通の鷹より勇壮だな。体が大きく、明々と燃えるような色をしている」

「お褒めいただき光栄です」


 馬二頭分の手綱をひくサミュエルを従えて、王太子殿下はフィリスの前に立った。

 王太子殿下は鷹と顔をつき合わせて、顎を撫でながら、まじまじと観察する。フィリスの鷹は、作られた黒い目玉に王太子殿下を映しても、まるで動じない。


 王太子殿下がぱっとフィリスを見るなり、にかっと笑った。


「フィリス嬢。これを俺にくれ」


 フィリスはきょとんとする。

 鷹は王太子殿下に献上するために作ったわけではない。あくまでも、フィリスが操るために作ったのである。性能だって確かめてはいないのだ。

 なにより、攻撃力のある土人形ゴーレムであり、人に仕向けられては困る。現状では完璧に制御できるかも計りかねる。フィリスの手を離れて、良い品ではない。

 サミュエルやマリアンヌ姫にあげた物はあくまで鑑賞用。他者を害する恐れがないので、あげることができた。


 そもそも、魔術具は狩りでは使わないルールである。生きた鷹を操るなら違うが、土人形ゴーレムの鷹は規則違反になってしまう。


「恐れながら申し上げます、殿下。これは土人形ゴーレムです。狩りではお使いになれません」

「狩りではない。これだけ勇壮な鷹なら、一緒に連れ歩くにいいではないか」


「これは他者を害する可能性がある魔術具です。まだ性能も確かめていません。ですので、私の手元におく前提で作っております」

「では、性能を確かめれば、私に譲ってくれるのか」


 王太子殿下は引き下がらず、にこにこと譲ってもらえる方法を模索する。条件をつぶしていけば、手に入ると考えているのだとフィリスも察する。


「性能を確かめ、不具合を調整し、王太子殿下にもこの魔術具を扱う練習をしていただければ、差し上げることはできます」


 フィリスは三つ条件を提示した。ハードルを上げたつもりだった。それらを達成するには、性能を確かめる場が必要であり、王太子殿下にも訓練を必要とする。これだけの条件を並べれば、諦めてくれるのではないかと考えたのだ。


 王太子殿下は目を細めた。なんだ、そんなことかと顔に書いてある。


「では、性能を確かめるにはどうしたらいい」

「このような場で、先ほどの兎のような魔道具を的に操作練習を繰り返し、不具合が出ないか確かめます」


「不具合とは」

「魔力を注いだ術者に、魔道具は従順でなくてはなりません。もし道具が勝手に動き出し、人を傷つければ、大変なことになります」


「そうだな。後は」

「この魔術具はある程度攻撃可能に作られています。故に、使う人もそれを自覚し、使いこなせねばなりません」


「わかった。その条件はすべてのもう。どれぐらいで私に献上できる?」

「献上ですか!」

「私はこれが欲しい。マリアンヌがフィリスをお気に入りにしている理由が分かるな。仕事が丁寧で美しい。いつもマリアンヌの依頼を受けているだろう、同じことだ。マリアンヌへの仕事の速さは聞いている。魔術師長を通して正式に依頼するから、受けてもらえるね」


「……はい。しかし、これは攻撃用で私が操作する前提となっています。もっと装飾性が高く、攻撃性を抑えた、見た目が勇壮な鷹でもよろしいでしょうか」

「かまわない。私はこの鷹の見目が気に入ったからな。本物の鷹より雄々しいのに扱いやすいとは、装飾具として上等だ」


「かしこまりました。お時間いただきますが、作らせていただきます。あと、性能を確かめるために時々、この地を利用させてもらえますか」

「ここをか?」

「はい、ある程度の広さで、うさぎ土人形ゴーレムを放ち、動作と操作確認をしたいのです」


「ああ、もちろんかまわないぞ。兄から使用許可手続きを教えてもらえばいい。頼むぞ、ローレンス」

「かしこまりました」


「サミュエル。フィリス嬢がここを使う場合は、お前が付き添ってやれ」

「はい」


 ローレンスもサミュエルも頭を垂れる。

 フィリスだけ(なんで、サミュエルも!)と目を白黒させる。

 その様子を見たローレンスが補足する。


「ここは騎士が主だって使う場だ。もしどこかの騎士と鉢合わせて、なんで見かけない魔術師が一人で使っているんだと問い詰められたら、フィリスは説明できるかい」

 

 フィリスは軽く青ざめ、頭をふった。


「サミュエルにはそういった場合の対処をしてもらうだけだよ。この地を使いたい場合は事前に私に言ってくれ、手続きは代わりにするからね。できたら二日前には頼むよ」


 フィリスはうんうんと無言で頷いた。


「さあ、時間だ。戻るか」

 王太子殿下はそう言うと、サミュエルから馬の手綱を受け取る。


「お先にお戻りください。私とフィリスは魔術具を回収し戻ります」

 王太子殿下は頷くと、馬にまたがる。馬上からフィリスにほほ笑んだ。


「フィリス嬢。今日はありがとう。とても楽しかったよ。うさぎは兎らしく。きつねは狐らしい。きじは雉だった。とても土人形ゴーレムとは思えなかった。

 矢がささった地に、割れた兎の小物がなければ、それが土人形ゴーレムだと気づかなかっただろう。よくできていた」

「お褒めいただきありがとうございます。とても嬉しいです、王太子殿下」

 

 どんな魔術具でも作ったものが褒められるのは嬉しい。特に注目されない土人形ゴーレムを褒められるのは一際感慨深く、フィリスは頬を赤らめ笑んだ。作った甲斐があるとじんわりと体が暖かくなる。


 王太子殿下は彼女の様子に目を細める。

 ローレンスは嘆息しあたたかいまなざしを向ける。

 サミュエルは無表情であった。




 王太子殿下とサミュエルが馬で走り去ると、フィリスは指笛を吹いた。狐と雉が一匹と一羽出てくる。手元に寄せて、触れて魔力を吸い上げると、二つはころんと小さな小物へと戻る。鷹からも魔力を抜き、三つの小物を、小箱にしまい込んだ。


 馬車にのり、フィリスとローレンスはゆっくりと戻る。二人は向かい合って座っていた。


「良かったな」

「はい」


 ローレンスの労いに、フィリスは目を伏してはにかんだ。



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