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魔術師フィリスと妖精姫 ~婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春~  作者: 礼(ゆき)
本編(婚約とか結婚とか、それ以前のすれ違う春)
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1,すれ違う春

 魔術師のフィリス・マーシャルは漆黒のローブをなびかせ、細く長い石畳の小道をコツコツと歩む。左側に春の花を咲かす樹木が均等に並ぶ。

 気持ち良い、さらさらとした柔らかい風が吹く。フィリスは咲き誇る花々を眺めながら、あたたかな気持ちに包まれていた。


 春の突風が地を這い、吹きあがった。木々に咲く花々からもぎ取った白い涙型の花弁を乗せた風が、ローブの裾をあおる。なびいた髪を抑え、少しだけ落とした膝に手を添えた。


 風の悪戯も一瞬。止めば、さわさわと陽光に温められた風が頬をくすぐる。


「春の突風にはいつも驚かされるわ」

 風に遊ばれ、乱れた前髪を手櫛で梳く。ぽんぽんと黒いローブに付着した白い花弁を払った。


 赤茶の長い髪を右肩に編んで流し、鎖骨あたりで結んでいる。その髪に白い花びらが引っかかっていた。フィリスはその花弁をつまんで、ふっと息で吹き飛ばした。鋭く宙に飛ばされた花弁がピタリと止まり、ふわりふわりとおちていく。


 向こうから数人歩いてくる。背の高い男性を女性数人が楽しそうに取り巻く。笑い声が風にのってとどいてきた。


 女官数人を引き連れて歩くは、侯爵令息サミュエル・マクシェーン。薄灰色の髪に、ブラウンの瞳をした細身の騎士だ。第二王子の指南役にて、王太子殿下の傍に仕える近衛騎士。

 浮名もいくつか流している。男女の噂に疎いフィリスの耳にも入ってきていた。


 彼らがわざわざ道を譲ってくれる気がせず、フィリスは道の端によけた。女性達の目線は、サミュエルに向けられ、前を歩いてくる人影など眼中に入らない様子だ。ぶつかりそうになって、不興を買うぐらいなら、かかわらないために避ける道を選ぶ。


 陰気な魔術師らしいふるまいを取ってしまうフィリスは、道の中央を歩く一団と目が合わないように顔をそむけた。

 道の端を歩き、豊かな花々を咲かす街路樹に目をやる。風にすれる葉音は春の喜びを歌うようだ。


 ばさっと視界が遮られた。風の悪戯により、なびいてきたのは、女性の長い髪だった。

 流れてきた側に思わず、視線が誘われる。


 髪を風にあおられた女性が耳元に手をやり、肩を縮こませる。風にあおられ、ふらついたところを、サミュエルが彼女の肩を抱いて支えた。


 ちょうどこちらを向いた彼の目とフィリスの目がぱちりと合う。

 ブラウンの瞳、風になびく薄灰色の髪。整った顔立ちは無感情にフィリスを捕らえた。


 からんだ視線をほどくように、くいっと顎を引くフィリス。視線を前方に流し、ぷつりと切った。知って知らないふりをして通り過ぎてゆく。


 フィリスは少し首をかしいだ。風になびいた髪を耳にかける。


(私たちはもう、知らない人だ)


 侯爵令息サミュエル・マクシェーンとフィリスは幼馴染であった。


 昔は一緒に遊んだものだが、それだけといえば、それだけの繋がりだ。兄とはまだ彼と縁があり、噂程度は耳にするものの、フィリスとの接点はなくなっていた。


 フィリスは改めて袖口を掴み、自身の恰好を見回した。魔術師の衣装は、女官のような美しい衣装ではない。


 華やかな彼とは正反対の魔術師は男性でも髪の長い人が多い。そのため魔術師姿になるとフィリスは、少年と見まごうばかりだった。


 宮殿の奥へとフィリスは向かっていた。





 広い敷地を有する王宮には、王の住まう宮殿、王妃の住まう後宮。研究施設。議会が開かれる議事堂。治世の中枢を担う公官庁。騎士の演習場、訓練所。古い宮殿を改造した宝物庫などがある。森にも隣接し、敷地内には草原までそうだ。とにかく、色々な部署があり、だだっ広い。

 石畳の道で各種建物をつなぎ、それはもう小さな村のようなあり様だ。


 宮殿の奥には後宮が三つある。現在、王には正妃と側妃が一人ずついる。正妃の子は、第一王子であり王太子。側妃には姫と幼い第二王子がいる。

 一つ目の宮には王妃。二つ目の宮には側妃と第二王子。三つ目の宮には、姫が暮らしていた。


 フィリスを呼び出すのはもっぱらお姫様だ。今日も彼女が手を焼いている件で呼びつけられていた。

 


 


 お姫様が住まう宮に到着する。門前でしばらく待たされ、程なく後宮付きの女官が案内役で現れる。


 互いに挨拶を交わし、フィリスは待合室に通される。女官に不審な物をもちこんでいないか検分された。常日頃から出入りしていても、やはり規則は規則として順守される。顔見知りの女官も「いつもごめんなさいね。あなたを疑っているわけではないのよ」と少し申し訳なさげな表情を浮かべた。

 ここに勤める女官の半数は女騎士だ。訓練を受ける彼女たちは、姫の警護も兼ねていた。ある意味、サミュエルの同僚ともいえる。


 姫様に献上する品はすべて女官たちに隅々まで確かめられるため、フィリスはポケットから本日渡す魔術具を出した。手のひらにコロンと転がる透き通った玉を、女官が受け取る。


 検められた魔術具は、姫様と会う際にポケットから出すのは良くないと、女官が綺麗な布地にくるみ、背後に控えて持っていくという段取りが組まれた。


 いつもこのような儀式を経て、お姫様の元へと向かう。


 お姫様が住まう後宮は明るい。廊下の天井も高く、高所にも窓があり、常に光が降りそそぐ。今日も、お姫様はお気に入りのテラス席にいた。


 白く太い植物の装飾をされた支柱に支えられ、円形の天井は帽子のような丸みがある。壁面は細長いガラスが縦に並ぶ。細く白い窓枠は目立たず、花咲く庭が動く絵画のようだ。


「マリアンヌ様、魔術師のフィリス・マーシャル様がいらっしゃいました」

「ああ嬉しいわ。来てくれたのね」

 ほわんとしたまるく甘い声で、この国唯一の姫君が迎え入れてくれる。花を背後に佇む姿は、まるで春の妖精のようだった。


「ご機嫌うるわしゅう。マリアンヌ姫様」

 フィリスは、ゆるく握った両手を腹部に添えて、深々と頭を垂れる。


 姫様は、最近飼い始めたという真っ白い子犬を抱いていた。

「ねえ、フィリス。あなたを呼んだのは他でもないの。この子犬のロンのことなのです」

 

 抱きしめられた子犬は尻尾をぱさぱさふりながら、はっはっと舌を出して息をしている。今にも動きたくて仕方ないという顔をしていた。


「元気なこの子が、飛び回ってはぶつかって、物を壊してしまうやんちゃぶりに困っているのよ。しつけるには、もう少し時間がかかるそうなの。だから、せめて、ちゃんとしつけ終わるまでは、首輪をつけておきたいの」

「さようでございますか」

「いろんな首輪があるのだけど、首につけるとすごく嫌がってしまうの。首元を締め付ける感触が嫌なのかもしれないわ。

 それでね。魔術具なら、首に感触が残らない首輪を作れるのではないかなと思ったのよ。首紐も成長に合わせて伸び縮みする仕様がいいの」


 お姫様の要望は女官からその長へ、その長から魔術師長を通して事前に伝えられている。

「存じ上げております。本日は、その魔術具をお持ちしました」


 姫様の表情がぱっと明るくなる。

「さすが、フィリス。仕事が早くて嬉しいわ」


 フィリスは褒められても面映ゆい。女官や魔術師長による手配が迅速で、周囲のフォローがしっかりしているだけだからだ。


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