現世と黄泉の狭間 〜カセットテープの苦悩〜
ここは現世と黄泉の狭間。
いつものように、何を見るでもなくただ遠くをボーっと眺めていると、懐かしい顔を見つけた。
「よお。お前も来たか。……CD」
俺の視線の先にいる彼は、ゆっくりとした足取りで俺の元までやってくる。
久しぶりに会った彼は、俺の記憶の中の彼よりも幾分くたびれた顔をしていた。
「お久しぶりです。カセットテープさん」
彼はCD。俺はカセットテープ。
ともに音楽を録音し、再生できる道具として人間達に親しまれてきたというのに。
「まさかお前がここにやってくるとはな」
「仕方ないですよ。今はサブスクの時代ですから」
CDは自嘲的に笑った。
「――そういえば、MDの奴の姿が見当たらないのですが」
俺は目を閉じて、彼の言うMDの最後の姿を思い出しながら、後方にある崖を指差す。
「あいつなら、もう逝ったよ」
俺の言葉を聞くや否や、CDは崖の淵まで駆けていった。
そしてがっくりと膝から崩れ落ちた。
「そんな。MD……ッ!
MDぃぃぃーーーーッ!」
崖下に向かって叫ぶCDの姿があまりにも憐れで、どうにもたまらなくなった俺は、再び遠くに視線を移した。
するとそこには、何やら揉めている二つの影があった。
「どこに行くんだ? インスタントカメラ」
「離してくれ、フィルムケース。呼ばれたんだ」
「お前――まさか!?」
「ああ。最近若い女の子の間で、再びインスタントカメラが流行っているらしいんだ」
それを聞き、フィルムケースは初めこそ目を丸くするだけだったが、次第にその目を輝かせ始めた。
「カメラがまた流行っているなら、俺の出番もあるってことだよな!?」
不意に訪れた好機を逃すまいと息巻くフィルムケース。
一方で、インスタントカメラはバツが悪そうに俯いていた。
「……すまない」
彼の言葉の意味を察したフィルムケースは、先程の恍惚とした表情から一転して、青ざめた顔で叫ぶ。
「――そんな! 嘘だと言ってくれ!」
「……すまない……すまない……ッ!」
「うっ……あぁ……うわぁぁぁぁッ!」
泣き叫ぶフィルムケースを背に、インスタントカメラはこちらを振り返ることなく走り去っていった。
ここは現世と黄泉の狭間。
俺の後ろの崖の下は黄泉の国に繋がっている。
意を決して飛び降りてしまえば、もしかしたら楽になれるのかもしれない。
それでも、俺が未だに未練がましく、この狭間で悪戯に時を過ごしているのはきっと――。
ああやって再び呼ばれるのを待っているんだろうな。