四人目
「田中君だよね」
公園のベンチに座る田中に声をかける男が居た。
笑顔が似合う爽やかな男性。少し乱れたスーツのネクタイと整った顔に浮かぶ汗から、走ってここまで来たことがわかる。
はい、と田中が答えると、男は良かったと笑いながら隣りに座った。
「ごめん。思ってたよりも仕事が長引いちゃって」
「いえ、そんなに長い時間待ったわけではないですから、気にしないで下さい」
「そう言ってくれると嬉しいよ。そうだ、そこに自販機があったな、お詫びに何か買ってくる。何が良い?」
「自分は大丈夫ですから、本当に気にしないで下さい」
「そうか。じゃあ適当に買ってくるね」
あまり聞く耳を持たず、男はベンチから立ち上がる。去っていく背中に声をかけようとした田中だったが、気づいた頃にはもう届かなさそうでやめた。
程なくして戻ってきた男の手には、飲み物が3つ握られている。
「コーヒーとジュースとお茶、どれがいい?」
「じゃあ、お茶でお願いします」
「わかった。どうぞ」
頭を下げてから田中はペットボトルを受け取る。手のひらから熱が奪われる感覚が心地良い。
先ほどと同じように隣りに座って、男は缶コーヒーを開けた。
「僕の名前は末堂。電話で何回か話したから大丈夫だと思うけど、一応ね」
スーツの中から名刺を出して、末堂は田中に渡した。
それを財布の中にしまいながら、田中は問いかける。
「すみません、1つ質問なんですが」
「なにかな?」
「末堂さんの仕事先と、この公園は近いんですか?」
「いや。そこそこ離れてるね」
「待ち合わせ場所をここに選んだのは、何か理由があるんですか?」
田中の言葉に、末道はどこか遠くを見るような目で答えた。
「田中君はアイツ、君の先生の紹介だろ?」
「ええ、はい」
「僕とアイツは幼馴染でね。ちっちゃい頃この公園で良く遊んだから、それで話をするならここかなって思ったんだ」
「ちっちゃい頃って言うと、小学校ぐらいですか」
「まさしくそれぐらいかな。幼馴染というよりも腐れ縁って言ったほうが良いかもしれないね」
小さく頷きを繰り返しながら、末堂は言葉を続ける。
「中学校までは一緒の学校で、高校からは別なんだけど、意外とアイツとの関係は切れなかったな」
「学校が別々になると自然と話さなくなるイメージがありますが、違ったんですか?」
「なんかアイツがちょくちょく家に来たり電話してきたせいで、そうはならなかったね。今でも月1回ぐらいは会ってるし」
「会って、何をしてるんですか?」
「いや、別に。ただ普通に飯食って話すぐらいだけど」
末堂が意外そうな目を向けているのに気づいて、田中はハッとする。思わず噛み付くように前のめりな姿勢になっていた。
「すみません。今まで聞いてきた先生の話とは、全然違ったので」
「あはは、いいよ。アイツが生徒から好かれるような先生になってるのは、良いことだ」
「別にそういうわけでは、これが始まるまではあまり話したこともなかったので」
皮肉ってるような言葉に対して、末堂の声色は朗らかだ。調子が崩されて、田中の言葉が濁る。
「今まで聞いたアイツの話では、結構完璧人間って感じだった?」
「……いえ、思い返せばそうでも無かったです」
記憶をたどれば、先生に対して肯定だけを返していたのは一人目の渡部だけだった。
ただ、先生が紹介して田中が話を聞いた相手はすべて、何かしらの芯を感じる人間が多かった。そういった人が先生の紹介なら、と田中に話をしてくれるという事が、田中にとって先生の評価を上げる原因だったのかもしれない。
「田中君から見ればアイツは先生だもんね」
「と、いうと?」
「レッテルっていうのかな。立場だったり、自分との関係性だったりで、僕たちは簡単に評価を変える。わかりやすい言葉でくくったら、後は自分の認識する枠の中に収めようとする」
「僕が先生の生徒だから、悪い点が見えなくなっていた、という事ですか?」
「そうかも知れないし、もしかしたら逆かもね」
「逆というのは」
末堂はそこで、寂しそうな目を田中に向けた。
「誰も自分の傍にわからないモノを置きたくないし、ましてや完璧な人間なんて置きたくないんだよ。どこか欠点を見つけないと、自分との差を見せつけられる。
だから、僕はアイツの幼馴染であることに納得するために、優秀だけどちょっとワガママな奴って評価に収めようとしてる。のかもしれないね」
末堂の言葉に、田中はゴクリと喉を鳴らした。
今まで話を聞いた相手は全員、先生に対して末道と同じような評価をしていた。唯一違うとすれば渡部だが、先生の恋人だった渡部は自分から逃げるように先生から離れている。
「今思えば、多分高校ぐらいなら僕はアイツと一緒のところに行けたんだよ。でも別の所に行った」
「それはどうしてですか?」
「その質問には、僕自身未だに答えを出せずにいるよ。思春期ってヤツだったからね。お互いに少しずつ秘密も増えて、面倒くさくならない距離感ってのを覚えていった。
あの時の感情はもう思い出せないし、自分でも本当によくわからなくなったから、逃げ出してしまったんだと思うよ」
もはや田中に聞かせるつもりすらないような独白。茜色に染まる空を仰ぎながら、末堂は続けた。
「あの気持ちを恋と呼ぶのか、友情と呼ぶのか、どちらがガキなんだろうね」
静かな沈黙。やがてゆっくりと田中の顔に視線を落としてから、末道は笑った。
「ごめん。それで、君の用事はスタンプラリーだったかな」
「ああ、はい。これなんですが」
手短なやり取りとともに新たな赤が空白を埋める。
残るは2つだった。




