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三人目

 微かに洋楽が流れる如何にもといった喫茶店。慣れない雰囲気に戸惑いながら、田中は先を行く女性の後を追った。

 端の方のカウンターに座ったのを見て、田中も隣に座る。


「それで、何の用だったっけ」

「先生から貴方の話を聞いてこいって言われたので、それで」

「先生……あー、アイツの事か」


 ため息交じりにつぶやいて、女性はカップから伸びたストローに口をつけた。

 派手目の化粧。背は高く、高い位置で止めたズボンが足の長さを際立たせる。衣服に気を使っていることは田中でもわかった。

 俗に言うお洒落さんなのだろう。


「なにか、先生とあったんですか?」

「ん? いやぁ、一応私は同窓会の幹事やってるんだけどさ、アイツ一度も来たことなくてね。そのくせこういう時は私を使うから、なんだかなぁって思って」

「ああ、確か藤崎さんは先生と同級生なんでしたっけ」

「そうだよ。軽い連絡を時々するぐらいだけどね」


 スパスパと答える様子から、あまりマイナスの感情は見えない。なんだかなぁ、というのも、文句はあるがそこまで根深いものでもないのだろう。

 もしかすれば、先生とちゃんと話したいと思ってるからこそなのかもしれない。


「それで、スタンプラリーだったっけ?」

「ええっと、そうですね。これです」


 田中が紙を取り出すと、それを手にとって軽く一瞥してから、藤崎はふーんと呟いた。


「これはまた面倒くさそうなことしてるねぇ」

「あまりそうは思わないようにしてます」

「あら、意外と真面目。もう印鑑が2つ付いてるって事は、2人からは話聞いてきたってことか」

「そうですね」

「どんな話したの?」


 田中は手元のコーヒーを軽くすすってから答えた。


「一人目は小説家を目指されていた方で、ちゃんと今と向き合えって言われました。二人目は中学校の先生をされていて、なんで勉強をするのかを考えさせられました」

「ふーん。両方男の人」

「ええ、そうですね」


 フッと鼻を鳴らすような笑い方に含みを感じて、田中は藤崎を見やる。


「なーんか、面倒くさそうだね」

「面倒くさいっていうのは」

「田中君が私の話を聞きたいって、やたら真剣に言うからさ。それで今日あったらめちゃくちゃ辛気臭い顔してたでしょ、何事かと思ったら結構しょーもなくて、ちょっとね」

「僕にとっては卒業できるかどうかがかかってるので、しょうもなくはないんですが」

「まぁ君にとってはそうかもしれないけど、話聞いてるとね」


 藤崎が椅子を回し、田中に体を向ける。頭のてっぺんから爪先までじっと見つめられて、田中は思わずたじろいた。


「なんですか」

「これは私の考えだから別に参考にしてくれなくては良いんだけど」


 んー、と言葉を溜めて、藤崎は口を開いた。


「ダサい」

「え」

「なーんか、引っ掛けてきたって感じの服でしょ。適当なジーンズと適当なパーカー。似合ってないわけじゃないし普通にしてたら悪くないんだけど、暗そうな顔引っさげて猫背で歩かれるとダサく見える」


 ザクザクと鋭い刃のような言葉を投げられて、田中は口をぽかんと開けて固まった。

 藤崎は伸ばした紙を指で弄びながら言葉を続ける。


「私はアパレル店員の仕事してるからこう思うだけかもしれないけど、服って田中君が思ってるよりも大事だよ」

「服、ですか」


 確かに、田中は今までそういった事に頓着したことはなかった。


「んー。いや、服が大事ってよりも、思ってるより人はチョロいもんだよ」

「チョロいって、どういう意味ですか」

「結構ね、着てる服とかで気分は変わるもんだよ。服を見ればどんな人かある程度わかったりもする。服っていうそれだけのものに流されたり、自分が出ちゃったりするのが人だと思う」


 軽い調子で話しているが、そこに確かな信念を感じて田中は口を閉じた。


「服一つで心の持ちようが変わるなら、意外と人の心って単純でチョロいもんなんじゃないかな。私はそう思うよ」

「……僕には、仮に単純だったとしても、大事なものだと思いますが」

「別に大事じゃないって言ってるわけじゃないよ。でも難しい話こねくり回すより先に、もっとそっちに気を使って欲しいって言ってるのさ」

「それに関しては、何も言えないです」


 自嘲気味な笑みをこぼす田中の肩を、藤崎は笑いながら叩いた。


「安心しなよ、多分ちゃんとすれば君はモテるよ」

「え?」

「顔はあんま悪くないと思うし、ちょっと話せば真摯な所は伝わる。もっと自信持ちな」

「あの、モテるとかモテないとかの話ではないと思うんですが」

「そうかな。通じる部分はあると思うけどね」


 手元のカップが空になるまでコーヒーを飲み込んでから、藤崎は席を立った。


「それじゃ」

「え、ちょっと」


 颯爽と去っていく藤崎を追いかけようとして、田中は自分のコーヒーが残っていることを思い出す。

 そちらに目を向ければ、藤崎の印が押されたスタンプラリーの紙が置いてある。

 田中が動揺してる間にでも、印鑑を押していたのだろう。


「……なんだこれ、悔しいのか?」


 得も知れないモヤモヤを飲み下すために、田中はもう一度コーヒーに口をつけた。

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