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二人目

「ようこそ。まぁ、座って座って」


 皺の目立つ男性に軽く促され、田中はその対面に座った。

 田中でも聞いたことのある公立中学校の殺風景な一室。机と椅子、申し訳程度の小窓しかない部屋は鉄格子の牢屋に似ている。

 田中は昔感じていた閉塞感を微かに思い出した。


「まずは自己紹介をしよう。ここで教師をしてる小倉(おぐら)という者だ。君は?」

「田中荒屋です。〇☓大学の四年生です」

「あそこの生徒か、それならアノ子からの紹介も頷けるな」


 穏やかな笑顔を浮かべながら、小倉は問う。


「随分と昔に、田中君みたいに私のところに来た男がいた。もしかして田中君もスタンプラリーとかいうのに付き合わされているのかい?」

「はい。その通りです」

「結構。アノ子も相変わらず面白いことをする。そうだな、では、軽く話をしようか」


 おもむろに小倉は鞄からクリップファイルを取り出した。胸のポケットに差したボールペンを取り、それを机の上に置く。そして、準備が終わったのか両手をゆるく組んで机の上に置いた。

 光景に見覚えがあって、田中は考えを巡らす。すぐに小さい頃の二者面談と似ているのだと思い出した。


「まぁそう身構えないで。もう大学生にもなった子に説教するほど、私も偉ぶってないよ」

「いえ、自分はまだまだ未熟者なので」


 建前が半分混じった謙遜。小倉がフッと笑みをこぼす。


「そう思えるのは良いことだ。じゃあ、私から質問することは一つ。田中君は、何故勉強をしているのかな?」

「それは、なんで大学に行ってるのか、ということですか?」

「そうだね。ここで私が言ってる勉強というのは、学校の授業で教えられること、と捉えて欲しい。生きていく上で必要な学びじゃない」


 沈黙。ややあって、田中が口を開く。


「自分自身の人生に必要だから、だと思います」

「もう少し詳しく教えてくれるかな」

「勉強で得た知識もそうですが、何より知識を蓄えるという経験が大切なんだと思います。いわば、学校はその練習をしている場なのではないかと」

「そうか。でもうんざりしてこないかな? 小学校や中学校、高校ぐらいまでならそういう場所と言えるかもしれないけど、大学も同じだと思うかい?」

「大学は、そうですね。中学高校で得た知識とより専門的な知識を繋げて、その上でより深める場所。学んだ事を活かす練習ではないでしょうか」

「なるほどね」


 田中の答えを聞きながら、小倉はサラサラとメモを取っていく。


「合っていますか?」

「ん? ああ、君の答えが間違ってるとか正しいとかは言わないよ。人の答えに点数をつけるのはテストくらいで十分。わからない、って答えでも私は間違ってないと思うからね」


 ペンを置いて、小倉は元の姿勢に戻った。


「訊かれたら考えて答えを出せるものだが、こういった難しい話は大体、なんとなくで終わらせるものだろう?」

「そう、ですね。自分も学校に行く理由を考えながら学校に行ってるわけではありませんから」

「毎朝起きて一日生きる理由を考える人間なんてそういないさ、なんとなくで生きてるもんだ、別に私はそれでいいと思ってる」


 軽く飄々とした小倉の声からは諦めが覗ける。


「ただ、時々確認は必要だ。さっきみたいに大袈裟じゃなくていいけど、今の目標とかやりたいこととか、月に一回ぐらいは考えなきゃって、私は思うよ」

「夏休みの目標ってやつですか?」

「はは、それだよそれ。まるで達成できないやつ。最初はそうやって大きな目標を建てるけど、月一回でも一年間続ければ、だいたい自分がどの程度かぐらいわかってくる。分相応を弁えるってのは、難しいけど大事なことだよ」


 組んだ指を遊ばせて、小倉は自らの手の甲を叩く。飲み物でもあれば口に運んでいたのかもしれない。

 少し落ち着きを乱した様子は、自分の発言を分相応だと思っていないように見えた。

 組んでいた手にギュッと力を込め、小倉は続ける。


「福沢諭吉って知ってるかい?」

「念の為の確認ですが、一万円札の人ですよね」

「そう。まぁ知らない人は殆ど居ないか。彼の著書の『学問のすゝめ』も、聞いたことがあるかな」

「題名ぐらいは」

「そうか」


 小倉の口から小さなタメ息が漏れる。


「天は人の上に人を作らずってのは、流石に聞いたことあるよね?」

「はい」

「アレにはちょっと続きがあってね。噛み砕いて説明すると、生まれた時は人は一緒だが、生まれた環境や立場に差はある。その差を埋めることができるのが学問だ。という事が書いてあるんだ」

「言葉のイメージよりも残酷ですね」

「だろう? それで、この学問という言葉にも若干の誤りがある。知識をただ貯め込むだけじゃなく、それを活かすことによって、例えばより多くの金銭を得たり自分の地位を高めたりできる。諭吉いわく、そういったモノが本当の学問らしい。

 こういった本物の学問を『実学』と呼ぶ。とかね」


 小倉はジッと田中を見つめた。


「君に最後の質問だ。今の学校教育は『実学』だと思うか?」


 田中は押し黙った。

 知識を蓄える練習、と答えた以上、そこで得た学び自体に意味はないと言ってるようなものだ。

 だがしかし、学んだ結果で自分の地位を上げられる学問を実学と呼ぶのなら。


「自分は、実学だと思います」


 そうでなければ田中が何故学んでいるのかわからない。

 高尚な理由を付けたとして、より上の大学を目指したのは、より上の未来を望んだからに他ならないからだ。


「そうか」


 再びメモを取り、小倉は満足げに笑った。


「ありがとう。そう言われると、救われるよ」


 じゃあ、と小倉が印鑑を取り出す。軽いやり取りがあって、田中の持つ紙に二個目の赤が刻まれた。

 空いた残り4つの丸を見て、田中は少し目を細めた。

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