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あーねんまつ

「カンパーイ!!」

「はい、乾杯」


 田中と先生の持つグラスが音を立ててぶつかる。

 並々と注がれたチューハイが一気に飲み干されるのを見て、田中はグラスを軽く傾けながら目を細めた。

 ぷはーとアルコール臭い息を吐く先生の頬には大きな絆創膏が貼ってある。


「景気良く飲みますね」

「今日ぐらいはまぁ、年末だからね」

「そういう行事ごとに頓着しない人だと思ってました」

「心外だね。行事ごとはマメに覚えておいた方がいい。人に好かれやすくなるよ」

「まさか先生に人付き合いを説かれるとは思いませんでした」

「田中君にスタンプラリーをさせられるぐらいの人脈はあるからね」


 勝ち誇ったように笑う先生を見て、田中は思わず毒を吐いた。


「その人達との連絡に僕を使った割には都合がいいこと言いますね」

「連絡したい相手すらいない君とは違うと言っているんだ」

「そうですか。交友関係の多い先生が、友人の少ない僕を年末に誘っていただきありがたい限りですよ」

「ああ。感謝してほしいね」

「よく新堂さんが許してくれましたね。ヨリを戻したんでしょう?」

「別れたよ」


 田中が大きく目を見開いて先生を見つめた。


「いつですか」

「一週間前ぐらいかな」

「もう1年ぐらい経ちますよね、どうして急に」

「君の話をしてな」

「はぁ」


 要領を得ない返事の田中に、先生はじっとりとした視線を向けた。


「この顔もその時にぶたれたものだ」

「え、それはさっき転んだって」

「何もないところで転ぶほどまだ歳じゃない」

「ええ、でも、ええ?」

「なんだ」

「新堂さんが誰かをぶつよりも、先生が何もないところで転ぶ方がまだ信じられるというか」

「失礼だなぁ!!」


 眉を寄せて叫ぶ先生に、田中の肩がびくりと跳ねる。

 顔には出ないだけで先生は酔っていた。少なくとも、アルコールの力に頼ろうとしていた。


「いきなり大声出さないでくださいよ」

「これぐらいで大声とは、君は草食獣か何かか?」

「喋り方も何か新堂さんっぽくなってますし」

「今アイツっぽいとか言うな!! 元はと言えばな、アイツの今の喋り方は昔の私を真似してるんだよ! 私が教員になって、新堂を真似て柔らかく喋るようになってからアイツが私を真似したんだぁ!」

「わぁー、何でそんなに拗れてるんですか」


 半ば引いている田中に、先生は悩む素振りを見せてから語り始める。


「曰く、私を巻き込むな、らしい」

「それは俺のセリフだったのでは」

「同じ言葉を言われてしまったよ。元々、私と新堂が付き合ってしまったのは過ちだったんだ。あの時は不安定で、それを埋めるために互いを利用しただけだと、2人ともそう認識してた。

 ヨリを戻そうと言ったのは私からだ。あの時間を間違いだったと認めているのにそれを繰り返そうとしてるのだから、怒られても無理はないね。

 私がまた間違った方向に進みたがってる。そうして逃げようとしてるのはどうでもいいが、それに私を巻き込むな。私は創作で忙しいって言われてしまった」


 酒は人を歪ませる力がある。だとすれば、既に歪んでしまった人間を元に戻す力もまた、そこにあるのかもしれない。

 直らないほど歪んだならば、別の方向に歪ませ直すしかない。

 誰よりも正しい人であろうとしておかしくなってしまったならば、人でなしになろうとすればいい。


「新堂さんは先生との関係が私を芸術家にしてくれたって言ってましたけど、それが原因でフラれるとは皮肉なものですね」

「そうなんだよ、彼女はもっと私に感謝すべきだ」


 そこで一度言葉を切って、先生は田中をジッと見た。


「なんですか」

「そういえば君は、私の事を先生と呼ぶね」

「それは、先生が僕に名前を教えてくれなかったので」

「君は私の事をあまり知らないんだな。そっかぁ」


 フフ、という自嘲的な笑い声。


「君にはこれから私の事をいっぱい知ってもらう」

「はぁ」

「私は君の事が好きだからな」

「ぶっ、はぁ!? それはその、ありがとう御座います?」


 むせる田中に、先生は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

 それは似ている。幾分か前の、田中がスタンプラリーを終えたあの日に。


「手始めだが、私の名前は」

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