4
「あー、ゴホンゴホン・・ん?そろそろオレの存在を無視しないでほしいんですけどー?」
その声に我に返ったのか、ますます紅になるミザリー。ああ、可愛い。ミザリー。
うっとりとミザリーを見続ける・・こともできず、さっきからうるさい声も無視できず。
大きくため息をつき、声の主に向き直った。
「ジャレン。ありがとう、助かった」
「どういたしましてー?」
僕がかけていた保険。ジャレン=バーク。黒い長髪に黒い瞳を持ち、イヤミのない端正な気品のある顔立ち。
実はゲームの中での隠し攻略対象。魔王だったりする。
ヒロインのマリアがハーレムルートを選びルートに乗ると現れる隠しキャラ。
僕がこの世界がゲームと類似した世界かもしれないと気が付いたときに真っ先に思いついたこと。それは、この世界がゲームと似ていても、必ずしもゲームと同じ結果にはならないということ。ゲームの世界だとすると、ヒロインのマリア以外はNPCだ。
だが、僕はここにいる。意識もある。自我を持っている。自身の行動次第で、ゲームとは違う結果が出ることを体験して知った。
前世で得たゲームの知識を総動員して、魔王を探し出し味方につけたのだ。
「ジャレン。お前、この状況をどう見る?」
人垣の輪の中心で行われているであろう、第2王子の婚約破棄騒動。そして、別の声が叫ぶ婚約破棄という言葉。おそらく他の攻略対象者が婚約者に対して発している言葉。
「グレンが予想した通りじゃね?」
おそらくヒロインの目指しているものは「ハーレムエンド」だ。しかしながら、実現するには難しい。ここがゲームに類似する世界だからといって、ゲームと同じ行動をしたからといって、実現はまず無理だろう。この世界はゲームではないのだ。人は生きているし、死にもする。生きている人には感情がある。
「・・・ジャレン、計画通りに行けるか?」
このまま攻略対象者との婚約破棄騒動が広まり、ハーレムルートが確定してしまう前に止めたかった。
僕とミザリーは婚約破棄には至らなかったから、後はどうでもよいが。マリアの所業をこのままにしておくのはいろいろとマズいことが起こる。
何よりも、ハーレムルートで明かされるマリアの力。その力が他国に知れたら、いや知れ渡ることになるのだが、マリアを巡って国同士が争い、戦争が始まる。そして出てくるのが魔王。ゲームだと、マリアに攻略されてハーレムエンドが完成する。
「グレン、お前が心配していたマリアとかいう小娘の力だが、つまらんな。あんなつまらん小娘に魔王が篭絡されるとは思えんな。」
グレンが危惧していたこと、魔王がマリアの虜になってしまうことはなさそうだ。
ゲームではマリアのハーレムの一員となった魔王が人間の国同士の争いを圧倒的な武力で納め、最後はマリアが「私のせいで争いが・・もう、ここにはいられません」と世界を離れ神の御許『楽園』に。それを追いかけていく攻略対象全員が楽園で暮らすという、モブキャラをバカにしたエンドになる。当事者は良いが、その他大勢の人々や魔王に従っていた魔族にとっては大迷惑なエンディングなのだ。
まったく、ばかばかしい。この世界は一人のためにあるんじゃないっての!
「あ、あの。」
横からミザリーの可愛い声がする。ああ、ミザリー。可愛い。
「ミザリー。僕の愛は君だけにある。信じてここで待っていてくれるかい」
ミザリーの手を引き寄せ、甲に口づけをする。ようやく引いたであろうミザリーの頬の赤みが復活してしまう。
うん。可愛い。
「ご、ごまかされませんわ・・その、こ、こちらの方は・・それにこのおかしな状況が何とかなるのでしょうか」
ミザリーを抱き寄せた。ミザリーはやわらかいなあ。
「あ、あの。グ、グレンさ・・ま」
体温が一気に上昇したのか、ミザリーの香りがグレンの鼻孔をくすぐる。すんすん、ああ、良い匂いがする。
「ミザリー、ヒロイ・・マリアは神の力を全て魅了に変えてこの場を支配している。第2王子もその取り巻きも、魅了の力に支配されているんだ。そして僕も魅了の力に支配されそうになった」
腕の中のミザリーの体がこわばる。あやすようにミザリーの頭をなぜる。はあああ、ミザリーの髪はベルベットのようだ。極上の手触りだ・・ああ。
「先ほどの言葉は、本心じゃない。君に2度とあの言葉を僕の口から聞かせたくないから先ほどの言葉は言えないが、わかってくれると信じている。」
ミザリーのやわらかな黒髪を堪能し、ミザリーと向き合う。
「僕はミザリーを愛している」
このままミザリーの唇に僕の唇を・・という良い雰囲気のところでまたジャマが入る。
「良い雰囲気のところ、申し訳ないんですけどねーそろそろ時間がありませんよー。あと二人ほどでルートが確定しそうですよー」
おっと、あぶない。このままルートを確定させるわけにはいかないからな。
「ミザリー、今は時間が無い。終わったら必ず全て話す。今は僕を信じて待っていてくれ」
何か言いたそうなミザリー。
「・・信じてお待ちしております」震える唇でその一言を紡ぎだす。
ああ、なんと愛らしい。後でその可愛さを堪能するために、今はやらねばならない事をしよう。
「さて、と。ジャレン。待たせたな!」
まったくだ!とあきれ顔のジャレンを伴い、人垣を掻き別けて中心部を目指す。
グレンと共に輪の中に入り込んでいくジャレンには誰も気が付いていない。
認識阻害の術を展開しているジャレンにグレンは小声で話しかける。
「ジャレン。どうだ?」
「最悪だな、第2王子と後ろにいる3人、アレはもうダメだな」
「そうか、全滅でなくよかった。僕はこの場を鎮める。その隙にジャレン・・」
「いや、ダメな奴以外はもう処置は済んでる」
「う、うおぅ・・早いな」
ジャレンがマリアの術を解除する時間稼ぎをと思ってたけど、必要はなかったか。
やはりすごいな、魔王。
「第2王子と後ろにいる3人は、わずかな時間しか縁は切れない。
あれだけマリアの縁と太く繋がっていては、切ってもすぐに戻ってしまうだろう」
「縁」とは「つながり」である。太ければ太いほど相手と深くかかわりあうことになる。この世界のモノは生きているものもそうでないもの無機質なものにでさえ「縁」があり、太くするのも細く断ち切るのも繋がっているモノ同志の意思しだいである。
魅了とは、相手の縁を無理やりこちらに向けるものであり、認識阻害の術は相手の縁をこちらに向けさせないものである。
マリアの狙いはおそらく、魔王ジャレン=バーク。戦争を起こし、人間の国同士の争いが魔王領にまで及んだ時に現れる隠しキャラ。
その魔王が戦争を起こすまでもなく、目の前に現れたら・・マリア、君はどうする?
もう、シリアス展開はあきらめました。




