[13]呼ぶ声
文乃さんと僕が内藤さんご夫婦の新居にお邪魔するため、東北地方のとある街を訪れていたその日、チョウジの坂東さんから辺見先輩へと連絡が入った。何故辺見先輩だったのかと言えば、僕の携帯に電話をかけた所、全くの不通だったそうである。電源がオフだとか、電波が届かないだとか、そういったアナウンスさえ流れなかった。何度かけ直しても、サアア、ザアアという砂嵐に似た音が聞こえるのみであったという。
本来なら、携帯の故障か電波の不具合を想定して一旦は連絡を諦めそうなところだが、坂東さんがその時抱えていた案件が、異常だった。その為その場でアドレスを探し出し、辺見先輩に電話したそうだ。
辺見先輩はすぐに出た。相手が坂東さんだったこともあり、嫌な予感がした、という。
「新開はどこだ」
挨拶も抜きに、坂東さんはそう言った。
「坂東さん?」
当然そう聞き返す辺見先輩に、彼は同じ言葉を繰り返した。
「新開は、どこにいる」
「すみません、分かりません。私は今大学で、今日は彼、講義を全部休んでるみたいです。何かありましたか」
「こないだの件。お前、あいつからどこまで聞いてる」
「この間って、✕✕区にある結核病院での事ですか?」
「そうだ。あいつは人を探してたはずだ」
「ええ。新開君と同い年で、オカルト研究会に所属する大貫くんという男の子の、妹さんです。名前は確か、大貫…」
「死体が出た」
辺見先輩は言葉にならない悲鳴のような声を上げ、その場に居合わせた友人たちがおろおろと慌てふためくのを振り切って、教室を飛び出したそうだ。
坂東さんが言うには、まだDNA鑑定も行われておらず、身元が確定したわけではないようだった。しかし僕が伝えていた年恰好や、実際にいまだ深香ちゃんの行方が分からないことから見ても、その可能性は高いという話だった。
その遺体はずっと、あの建物で眠っていたそうだ。何故あれだけの人数で捜索したにも関わらず発見できなかったのか、それはまだ分からない。あまり外部に言えた話ではないが、と前置いて、坂東さんは言う。
「あの日捜査にあたった職員で一人、あの場に本来落とす筈の無いものを忘れて来た人間がいた。幸いにも現場は封鎖されて一般人は入れない。もともとが廃墟みたいなものだから、非番を利用して取りに戻ったんだそうだ。それが、今日だ」
一斉捜査が行われた日、現場では密輸入された数種類の麻薬と使用するための器具が押収され、オーバードーズに近い状態の使用者たちも数名検挙された。売人として名の知れていた『ドリス』は取り逃がしたものの、現場検証は既に終了し、例の廃虚は立入禁止区域として保全されているのみであった。
その職員は、二階にある食堂へと入った。他に捜査員はいない。噴き出す汗を拭いつつ、自分が失くしたものを探して歩いている最中、突然背後で、ドサリという音を聞いた。職員が驚いて振り返ると、放置されたパイプ椅子に腐乱した少女の死体が座っていた。
「ずっとそこにあったわけじゃない。何もない空間から突然死体が降って来た。…職員はそう証言してる」
その瞬間を見ていたわけではない。だが食堂へ入室した時に少女の死体がなかったことは明白で、もし初めからそこにあったなら気が付かないはずはない、という。
『真夏のこの時期、ほとんど屋外と変わらない場所に、捜査を行った日から一週間もの間放置されていたんなら、例え食堂の外からでも匂いですぐにわかる。なんなら発見時、自分と少女との距離は三メートルも離れていなかった。ましてや今しがた通過してきたばかりの場所に現れたんだ。いきなり何もない空間から出現したが、天井から落ちてきたか、そのどちらかしか考えられない』
「まあ、証言した職員てのも今はまだパニック状態だ。すべてを鵜呑みにしていいわけじゃあないとは思うが、気になることを口走ってる」
背後で大きな落下音がする直前、その職員は声を聞いたそうだ。
その声は、こう言ったという。
ワスレモノ。
「奇妙な偶然の一致ってやつかもしれないし、混乱による幻聴の後付けかもしれない。その職員が忘れ物を取りに現場へ戻ったこともそうだし、俺たち捜査員があの晩、大貫深香を発見できなかったことだって、忘れ物と言えなくはない。ただ…」
まだあるのか。
辺見先輩はぎゅっと目を閉じ、震える唇を噛んで坂東さんの話に耳を傾けた。
「その職員が今日、一体どんな忘れ物を取りに現場へ戻ったというのか、直接その男に会って問いただしてみた。そいつが言うには、大学を卒業した記念に父親から貰った腕時計だそうだ。いくら真夏の暑い盛りとは言え、普段肌身離さずお守り代わりに身に着けてる腕時計を、捜査で訪れた事件現場で外す、置き忘れるなんてことは絶対にありえないとよ」
それは、本人がそう言うならそうなのだろう。
「その男は俺に左手首を見せつけながら、言ったんだ。『いつもはここに嵌めてるんです』。…辺見、聞いてるか?」
「…はい」
「そこに腕時計はあったよ」
辺見先輩は震える唇を抑えようとして、自分の手の指先までもが無軌道に震えているのを見て、恐怖のあまり声を漏らした。
「ずっとそいつの手首に腕時計はあったんだ。初めから忘れてなんかなかったんだよ。それをあいつは何故かずっと、この一週間現場に置き忘れたと思い込み、そして食堂で大貫深香の死体を発見した。自分の手首に探してたはずの腕時計が嵌ってることに気付いた、そん時のそいつの顔ったらよ…」
その職員はあまりの恐怖と言う衝撃に、自分の左手首を睨みつけたまま泡を吹いて卒倒したそうだ。
「なあ辺見」
坂東さんは言う。
「一体、何が起きてるんだろうな」
職員の語った話がパニックによる妄言や虚言でないとするなら、全ては大貫深香ちゃんを殺害した犯人によって仕組まれていたことだと、辺見先輩は直感した。何者かが、深香ちゃんの腐敗した遺体を発見させるべく、その警察職員を現場へと『呼んだ』のだ。
だがそんな恐ろしい想像を言葉に出来ない辺見先輩に、今どこにいるのか、と坂東さんは尋ねた。
「今、大学を出たところです」
「出るな。そこにいろ。今から迎えに行く」




