9 暗殺者と女王
ちょっと間が空いてしまいました。
申し訳ないです。
「おいおい……なんで俺達が”女王”さんと組むんだよ」
女王の急な言葉に、思わず俺はそう聞き返す。
お前の後ろにいる後輩達もビックリしてんじゃねぇか。
ギルド……特に国になった組織は仲間意識が強い傾向がある。
だからイベントは勿論、普段パーティーを組む時もその組織内で組むのが当たり前というか、常識だ。
例外があるとすれば、基本的な行動が自由な”朕項”みたいな国だろう。
”朕項”は……まぁ月餅みたいな奴の巣窟だ。
強かったり、気に入ったりすれば外の人間だろうと構わない。そう言う国だ。
だというのに、”無法の女王”はさも当然と笑う。
「え? だって面白そうだし。鬼さんと一緒に戦ってみたかったし、それに鬼さんが認めてる人達ならそうとう強いでしょ?」
俺達――月餅以外――は唖然である。
……いや、確かに俺も李もヒッキーもそれなりにレベルは高い方だとは思ってるけどさ。
「こういっちゃなんだけど、ずーっと同じメンバーだと飽きてくるんだよね。特にウチはガチ勢が集まってる分戦い方も偏るからねぇ……。たまには全然接点のない人と組んだ方が刺激になるじゃん」
そう言うと、”無法の女王”はその異名らしい笑みで笑った。
”無法の女王”の笑みを見て、俺は意見を聞こうと三人を振り返る。
「……俺は構わないけど、どうするよ?」
「俺も構わん。”無法の女王”ならば腕も折り紙付きだ。何せ、俺に勝ってるんだからな!!」
最初に返答したのは月餅だった。
まぁコイツは『一度剣を交わした相手は信頼出来る友人』という考えを本気で信じている脳筋なので同行に同意するだろうとは思ってたけど。
「俺もだ。……”無法の女王”の実力。見せて貰おう」
ヒッキーの答えも月餅と同じだった。
なら、後はパーティーリーダーである李による。
だが、李の性格を知っている俺からしてみたら、李の答えは決まっている。
「……勿論大歓迎ヨ! トッププレイヤーの一角に名を馳せる”無法の女王”の実力を近くで見れるなんてゲーマーとしても情報屋としても滅多に無い機会ネ! これを逃すは馬鹿ヨ!」
無茶苦茶嬉しがっていた。
なんかもう飛び跳ねそうな勢いである。
情報屋としては『他人から聞いた情報』と『自分で見た情報』とでは信憑性に雲泥の差があるだろうからな。
自分で見た、というのは何よりの証拠になる。
俺達の反応を見た”無法の女王”は、嬉しそうに笑って手を叩いた。
「――決まりね! じゃ、早速」
”無法の女王”がメニュー画面を開き、画面をタップすると、
『”スカーレット”さんからフレンド申請がされました』
というメッセージと共に、その下に『承認』と『拒否』の文字が書かれたボタンが出てくる。
俺達は一度互いの顔を見合わせてから、『承認』ボタンを押したのだった。
レベル上げをしに来たとはいえ、俺達はこれでも現在のレベル上限である200に近いレベルである。
イベントがどれだけ強い魔物が出てくるのかは分からないが、『上級者対象』ではあるが、少なくとも100レベル前後でも戦える程度だろう。
その為、その後俺達はここで出会ったのも何かの縁と言う事で、彼女の仕事である新人達のレベル上げを野次馬……もとい、見守る事となった。
だが意外と面倒見が良い月餅が剣士に前衛としての動き方等を教え始めると、ヒッキーが魔術師を、弓戦士は全然違う職である筈の李が教え始めた。
月餅はわかるが、ヒッキーが面倒を見るのは意外だった。
奥さんはいるけど子供はいないので、特段子供の世話が好き、という事ではないのだろうが、それでも後衛職としての立ち回り方を教える姿は意外と堂に入っている。
李に関しては、情報屋として色々な知識は仕入れているので、身体の動かし方や戦い方というよりは、戦況に応じた動き方等の戦術面について教えているらしかった。
さて、そんな事を仲間達がしている為、俺は実に暇であった。
その光景を見ながら、軽食として持ってきていたサンドイッチを食べていると、
「いやー……楽させて貰って悪いねぇ」
そう言いながら”無法の女王”が俺の横に立ってそう言う。
こうして近くで見ると、改めて俺よりも全然若いんだな。
俺は横に立った”女王”の方をチラリと見て、再び視線を前に戻す。
”女王”も視線を部下達の方に向けながら、口を開いた。
「オジサンは参加しなくても良いの?」
「俺は”暗殺者”だし、アイツ等に教えられる様な事はないからな。”女王さん”こそ、一応部下だろ?」
俺がそう訊ねると、女王は肩を竦めた。
「そうなんだけどね。……私もそこまで教えられる事はないんだよね。ある程度の事は教えられるけどさ。職ごとの動きってなると、教えられるのは後衛職の立ち回り方くらいかな。でも私は『火力で一掃』するタイプだし、余り手本にはならないよ。あ、サンドイッチ一つ貰っても良いかな?」
俺は黙ってメニュー画面のアイテム覧からサンドイッチを取り出し、”女王”に渡す。
「ありがと」と言って受け取った”女王”は、サンドイッチを一口齧って咀嚼し、飲み込む。
「むぐむぐ……んぐ。オジサンさ、ウチの”ゲル君”をどうやって殺したの?」
……そう何度もオジサンと連呼されるとちょっと心にくるモノがあるな。
自分から言い出した事とはいえ、そろそろ訂正するべきか。
「……先に言っておくと、まだ俺はオジサンって年齢じゃない。まだ二十六歳だ」
俺が訂正すると、”女王”は少し驚いてから、小さく笑った。
「なんだ。外見変えてるんだ。……でも、それでも私より全然上だよ。私、十七歳だもん」
今度は俺が驚く番だった。
まさか本当に外見まんまの年齢だったとは……。
十七歳って、まだまだ学生じゃないか。……無職の俺が言うのもなんだけど。
因みに、外見を変えるかどうかの比率としては、変えない人間が七割といったところだ。
「……で? さっきの答えは?」
ん? なんか質問されたっけか?
……あ、どうやって幹部の一人――俺は知らなかったが”ゲル”という名前らしい――を殺したのか、か。
別に大して変わった事をしている訳ではないんだが……。
「聞いても面白くないぞ?」
「うん。でもゲル君がキルされるまでわからなかったっていうからさ。興味が沸くじゃん?」
”女王”は何を考えてるんだかわからないが、聞きたいようなので、観念して話す事にした。
「……【影結】だよ」
【影魔術】のスキルの一つ【影結】。
影に潜み、影から影へと移動する中位の【影魔術】だ。
別になんら珍しい術ではなく、隠密系の職業である”忍者”が職業スキルとして覚えられる程だ。
というか、他の術に比べて【影魔術】の覚えられる数は少ないのだ。
そういう意味でも覚えている人間はマイナーだと言えるんだけど。
「へー……じゃあ武器は? 何使ってるの?」
俺はメニュー画面を開き、相棒を取り出す。
それを見た”女王”の反応は、想定通りだった。
「……”ティンダロスの猟犬”ン~? 大量ドロップした”駄犬刀”じゃん」
……そう。イベント時に大量ドロップしたという事は説明しただろうが、その時の余りに高いドロップ率から、掲示板で付いた渾名が”駄犬刀”。または”いらん子刀”。
性能面でもマシな武器は沢山あるので、使う人間は少なく、ドロップした殆どが売られ、最終的に解体されて素材の”鉄”に変えられ、プレイヤーやNPC鍛冶師達が営む鍛冶屋に並ぶ数々の武器の元となったのだ。
……一応AGIとLUK補正が掛かるんだけどなぁ。
先ず短刀を使う職業も少ないから、需要に比べ供給が圧倒的に多かったという事だ。
俺が相棒をしまっていると、「スカーレットさーん」と女王をを呼ぶ声が聞こえてきた。
「……呼ばれてるぞ”女王さん”」
”女王”は手に持っていたサンドイッチを口一杯に放り込み、飲み込んでから「はーい!」と言って歩き出す。
そして五歩程歩いてから振り返り、
「あ、私の事は”女王さん”じゃなくて名前で呼ぶ様に」
そう言うと、今度こそ彼等の元に歩いていった。
……いや、初対面に近い人間の名前を呼べる精神構造をしてないんだけど。




