6 無法の女王
蟇蛙……面倒だから”ヒッキー”と勝手に呼ばせて貰っているが、ヒッキーの職は”軍師”。
攻防と遠距離ならばオールラウンダーな魔術師系、補助・回復が得意な神官・僧侶系と比べ、”軍師”は攻撃型のサポートを得意とする。
味方へのバフと敵へのデバフ付与という補助を主軸に、設置系の術をメインの攻撃とするテクニカルな職だ。
更に高レベルになると【火攻めの計】や【水攻めの計】といったフィールドの状態を変化させる術も覚える。
今回ヒッキーが使用したのは【八門金鎖の陣】。
高レベルの”軍師”が覚える術で、STR・VIT低下バフと、AGI低下、そして一定時間の麻痺付与の効果があった筈だ。
これがまた面倒らしく、ギルド対抗戦等のPvPにおいて、この”軍師”系の連中がいると厄介なのだそうだ。
敵へのデバフに加え、味方の能力を上げ、更に地形を変化させて罠まで誘導し、罠を発動する。
掲示板で愚痴ってる奴が何人もいた。
まぁ能力的に集団戦、しかも対人戦が向いている職だからな。
その分魔力以外のステータス、特にHPは最低クラスだ。
その癖、主に剣士・戦士系統に該当する”武人系”にも当て嵌まるので、STRは少し高めという面倒臭さ。
性格的に面倒なヒッキーにピッタリだ。
そんな軍師が、能力を最大限に生かす……前に、大量に失ったMPを回復する為に即座にポーションを飲む。
「……ぷはぁっ!! 相変わらず不味いなMPポーションは!」
ヒッキーがそう文句を言うのも無理はない。
このゲームでは味覚も再現され、感じる事が出来るが、魔力を回復するMPポーションはなぜか『良薬口に苦し』と言わんばかりに不味いのだ。
オレンジとブドウ、それににがうりやらピーマンやらに加えて漢方薬を入れた様な味で、生産職の連中は日々味と効果の改善に努めている。
「そう言うのは生産職連中に言うネ! ほら、バフ掛けるヨ!!」
李の指示に、ヒッキーは頗る不機嫌そうな表情を浮かべながらも、素直に指示に従う。
「――【風林火山・風】! ――【風林火山・火】!!」
……【高速詠唱】で詠唱が短縮すると、何とも味気ないな。
それを嫌ってわざと【高速詠唱】を無効にする奴もいるらしいので、魔術師系統の連中自身もそう思ってるって事なんだろうが。
今度ヒッキーが使用したのは、味方へのバフ効果のあるスキルだ。
かの有名な武将、武田信玄の軍旗をモチーフにした”軍師”のユニークスキル。
”軍師”の持つスキルは、その多くが歴史上の軍略や逸話がモチーフとなっている。
【風林火山・風】はAGIにプラス補正、【風林火山・火】はSTRにプラス補正を持つ。
さぁ、後は俺達の仕事だ。
「良し! では行くぞ!」
「はいヨ。獲物の独り占めは駄目ネ!」
「あいよ」
どうせパーティーを組んでる間は、組んでる相手の倒した分の経験値も入る。
俺は取り合えず、一番近いヘルガルムに向き直った。
「――っと!」
擦り抜け様に短刀を一撃。
俺自身AGIとLUC優先で上げているが、STRにもそれなりに振っているので、クリティカルが入って弱点を突ければ一撃で倒せる。
装備にもAGIとLUCにプラス補正が掛かっているので、俺の攻撃はほぼクリティカルになるといっても良いだろう。
高レベルのプレイヤーが四人も揃っているので、143レベル程度の魔物なら楽勝だ。
それに【八門金鎖】のお陰で相手は弱体化してるし、動きも制限されているから一方的だ。
俺が倒したので最後だったので、一先ずは一段落である。
「取り敢えずニ十体倒して俺と蟇がそれぞれ一レベずつ上がる位。……まぁ143レベ程度でこれなら効率が良いのかナ」
「基礎能力は高めだが、動きも単調だな」
俺はメニュー画面覧にある魔物図鑑でヘルガルムの説明を読んでみた。
《ヘルガルム:ウルフの上位種である死の番犬、その変異種の一つ。一般的な進化先であるガルムに比べ、黒い毛皮が特徴。弱いながら即死属性を持ち、油断は出来ないが、一方で群れで狩りをするというウルフ種の特性が無く、近くに同種がいると仲間割れを起こす事もあり、互いに牽制し合う為動きが制限されてしまう。個を相手にするより、集団戦に持ち込んだ方が戦い易いだろう。パッシブスキルである【孤狼の誇り】は、周囲に同族がいると掛かる一部ステータスにマイナス補正が掛かる》
俺は図鑑を声に出して読み上げる。
「……なら俺達のやり方は間違ってないネ。個で相手にするより集団戦の方が経験値も補正が入ってオイシイしネ」
「なら、もう一度同じ様にするか」
「では李、ヘキレキ。頼んだぞ」
俺達はもう一度散会し、周囲にいる魔物を引っ張ってくる事にした。
「さーて、どこにいるかな」
この周辺には殆どヘルガルムしかいないらしく、それ以外の魔物の姿を見ない。
だが、単独行動を好むヘルガルムが群れる事もなく、ある程度縄張りがあるのか、近くにいる訳でもない。
探すのに苦労していると、どこかから剣戟音と爆音が聞こえてきた。
俺達と同じ、上位プレイヤーがいるようだ。
……というか火柱上がってんぞ。どんだけでかい火力なんだ。
少し見て見ようと思い立ち、そこにいくと見た覚えのある軍服だった。
「……レムナントか」
レムナントの軍服を着た四人パーティーが、ヘルガルムと戦っている様だった。
若い獣人の男は弓、人族の男は剣、魔術師のローブを軍服の上から羽織った少女は杖、そしてもう一人は……あれ? あの赤髪、どっかで見た事ある様な……。
「――ほら! 相手はたった一匹だよ! レベルは相手の方が圧倒的に高いけど、戦えない訳じゃないんだから!!」
どうやらレベル上げをしている様だ。それも、そこまでレベルが高い訳ではないらしい。
赤髪の少女に檄を飛ばされている三人の使っている術やスキルは、中級者の使うそれだ。
事実、ヘルガルムに与えられるダメージは、大した事はない。
これが噂のレムナントの『地獄上げ』か。
レムナントは、加入したばかりのプレイヤー……特に初心者や初心者に毛が生えた程度のプレイヤー達を圧倒的にレベルが高い最前線に送り、そこでレベルを上げるのだと聞いた事がある。
こういう体感型ゲームでは、ステータスやゲームセンスも重要だが、兎に角運動神経や反射神経も大きく関わってくる。
どれだけレベルを上げようが、当たらなければダメージは入らないし、命中率補正なんて術を使った時や遠距離スキルを使う時のエイムに関わってくるだけなので、特に剣士や戦士等の近距離系は運動神経も大事なのだ。
そこでレムナントはレベル上げも兼ねて、こういった場所でトップクラスのメンバーから身体の動かし方や戦い方を叩きこむのだそうだ。
随分スパルタだと思うし、俺ならば一日二日で逃げ出すだろう。
「――くそっ!!」
三人はどうやらレベル差がそれなりにあるのか、随分倒すのに苦戦していた。
俺達が倒したのと同じレベルだと思うので、ヘルガルムのレベルは140程度。恐らく、状況から推察すると彼等のレベルは40~70位だろうか。
……お、後ろからもう一匹来た。
三人は夢中で気付いていないらしいが、赤髪の少女はチラリと一瞥しているので、気付いている様だが、助ける素振りはない。
……本当にスパルタなのね。
「――あ、危ない!!」
そこで漸く一番後方にいた杖を持った少女がヘルガルムに気付き、声を上げる。
だが、間に合わないと思われた瞬間、
「――撃鉄を起こしなさい【速射】」
ヘルハウンドの頭が吹き飛び、其の儘消える。
其方の方向を見ると、赤髪の少女の背後から出現したスナイパーライフルから煙を上げていた。
あぁ、あれが”無法の女王”か。
実銃って…………怖っ。
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