5 いざレベル上げへ
「なんだ。……もう一人はヒッキーか」
俺はがっかりと肩を落とす。
女の子が良かったなぁ……。
男四人、しかもこう少年とか十代って感じじゃなくて、オッサンみたいな外見が四人だと、むさ苦しいというか男臭いというか……。
「ヒッキーと言うな。俺が引き籠りみたいではないか」
そう言ってヒッキー……蟇蛙は眼鏡をくいと動かす。
「いや、実際に家に籠ってるなら引き籠りみたいなモンだろ?」
「俺はプログラマーだ。家に籠るどころか、プログラムを組むだけならこのゲーム内でも出来る。だからこうしてプログラムを組む時間以外を趣味の時間に当てているだけだ。時間の有効的な使い方だろう?」
蟇蛙は俺や李と同じ位のレベルのプレイヤーで、当人が言う通りリアルでの職業はプログラマーらしい。
で、別に家にいても出来るから家に籠っているらしく、それでどうやって生活しているんだ、と疑問に思うが、家事は結婚している奥さんがやってくれているらしい。リア充は爆発しろ。
その奥さんもゲーム好きで、同じくこのゲームをプレイしており、この朕項で”侍女”という職業で、俺達の様に戦う事無く、のんびりと『ロールプレイ』を楽しんでいるとの事。
……いや、やっぱりちょっとイラっとするな。
なんだよそのリア充っぷり。
と、そこで李が手を叩く。
「――はいはい。いつまでも阿呆みたいな言い合いしないネ。ほら、イベントまで時間は有限! とっとと最前線行ってレベルアップするヨ!」
ま、とりあえずこの即席チームのリーダーの指示に従うとしますかね。
大事なのはレベル上げだし。
これから行くのはここからは離れた場所にあるヴィットーリオ地方。
現在上位プレイヤーや冒険大好きな阿保共が新たな地を目指して開拓している、このゲームにおける最前線である。
このゲームでは、職によって目的は大きく変わる。
戦闘職と言われている俺達の様な連中は、主に冒険がこのゲームの目的だ。
AIが出すクエストに従って、それをクリアし、新たな場所を切り開き、そこにいる強い魔物を倒してどんどん強くなっていく。このゲームの”最終目標”は未だ明言されていないが、この”第二の世界”を開拓するというのが、俺達戦闘職の目的だ。
一方生産職は、俺達が冒険によって手に入れた素材を使って新しい武器や防具、アイテムを作り、自身の職を極める、というのが一番の目的になるだろう。
それ以外にも、農民としてのんびり過ごしたり、蟇蛙の奥さんの様に仕事をするなど、このゲームにおいて”これ”という目的はなく、皆が自由なのだ。
さて、そんなこんなで俺達は李が用意した転移結晶で、ヴィットーリオに一番近い街へとやってきた。
ここはまだ解放されたばかりなので、プレイヤーの移住者がいないNPCの街になっている。
そこの冒険者ギルドで依頼を受け、俺達はヴィットーリオ地方にある森林に来ていた。
遠くから魔術が着弾する音が聞こえてきているので、他のパーティーが狩りを始めているようだ。
「――おー、いるいる」
「うむ、あれは俺は見た事がない魔物だな。以前ここに来た事はあるが、あんなのはいなかったぞ?」
「ふむ。となると、あれは新種のウルフの変異種か。俺も初めて見たな」
俺達もまた、依頼の討伐目標を補足していた。
俺達の視界にいるのは、一般的なザコモンスターである、狼の様な姿のウルフよりも遥かに強靭な体躯に、黒い毛皮に覆われた上位種である”死の番犬”に似ていた。
「ほら、【鑑定】してから始めるヨ。レキ!」
李の指示で、俺はスキル【鑑定】を発動する。
「はいよ! ――【鑑定】」
ヘルガルム Lv:143
HP:13200/13200
脅威度:B
属性:闇
スキル
【即死付与・弱】
【孤狼の誇り】
へぇ、俺達と比べて低いとはいえ即死持ちか。
このゲームで、魔物の詳しいステータスを見るならば図鑑を見る必要がある。
基本的には名前とレベル、そして脅威度……強さと、持っているスキル、そして体力ゲージが出るだけだ。
「――即死持ちだ。攻撃に当たらない様に注意しろ。レベルは143だ」
「なら脅威にはならないネ。月餅、倒すヨ」
「良し。漸くの出番か! ――では参る!!」
李の指示に、月餅が得物である薙刀を構えてヘルガルムに肉薄し、
「――【円月】!」
偃月刀を半円状に振り回した。
月餅のユニーク職である”赤髪鬼”は”戦士”の上位互換と言える”武人”という職からの派生だ。
その”武人”は、とある条件を達成する事でなる事が出来る。
”赤髪鬼”等の”武人”から派生した職は魔術系統のステータスが低く、AGIも高くない代わりに、高い物理系のステータスと近接系内では高い攻撃範囲、そして強力なスキルがある。
月餅の振るった偃月刀は、見事一撃でヘルガルムを倒した。
「……ふむ、経験値はそれなり、か。……とはいえ」
自分のステータスで入った経験値を確認した月餅が言おうとした言葉を蟇蛙が引き継いで言う。
「一匹ずつ倒すのでは効率が悪い。……おびき寄せて叩くのが一番効率が良いと思うのだが?」
それに、李も頷いて同意する。
「そうネ。……なら月餅と蟇はここで待機して視界を良くしとくネ。レキと俺で二人で周囲の魔物、引っ張ってくるヨ。引っ張って来たら蟇の出番ネ。はい、動く動く!」
李の最低限の指示で、それぞれが何をするべきかを理解して、俺達は動き出した。
「じゃ、始めますか」
李が走り出したのを確認して、俺も李が向かった方向の反対方向へと歩を進め、索敵する。
いたのはヘルガルムばかりだが、他の魔物も数体いる。
「……よっと!!」
今倒すべきではないので、そこら辺の石を拾い、投げる。
兎に角当たれば見つかってヘイトが向くので、威力も何も考えない。
「ガルル!!」
っと、こっちに気付いたな。
どれだけ引っ張れるか分からないが、出来るだけ集めなければ。
「さぁ、次だ次!」
俺は他の魔物を見つける為に、走り出した。
結局、引っ張れたのは十一体が限界だった。
俺はAGIが高いので、余り本気を出さずに魔物達がついて来れる速さで、時には木から木へ、地形を利用して敵の攻撃を避けながら月餅とヒッキーが待つ地点へと誘導する。
地点は既に木の一つもない平原になっていた。
木々に覆われた森の中で、ここ一帯だけ円方に何もない。
俺が地点へ到着すると、丁度李も魔物を引き連れてきた。
丁度良いタイミングだ。
「――月餅!!」
「――応よ!! スキル【怒声】!! ――オオオオォォォォォォ!!」
李の声に応え、月餅の雄々しい雄叫びが響く。
スキル【怒声】はヘイトを集め、タゲを自分に集中させるタンク系のスキルだ。
スキルの効果通り、ヘルガルム達の視線が月餅に集まり、月餅の方へと近付いていく。
「――今ネ、蟇!!」
「あぁ!」
空き地一帯に、巨大なエフェクトが浮かび上がる。
それは俺達が魔物達を引っ張ってくる間に蟇蛙が設置しておいたモノだ。
「――『休門、生門、傷門、杜門、景もがっ!』…………コホン、『休門、生門、傷門、杜門、景門、死門、驚門、開門! 入りては死す八卦の陣! 我が軍略をご覧あれ!』」
……噛んだな。そんで何もなかったかのように言い直したな。
魔術師・神官系の連中は一部の上位の術とかを使う時は詠唱をしなきゃいけないのが大変だよなぁ……。
職業的なスキルで、詠唱を短縮出来る【高速詠唱】があった筈だが、これはそれも効かない程の大きい術だ。
詠唱する時は詠唱文が空中に浮き出るから覚えなくて良いのは楽だけど、噛んだらやり直し。
そこまでファンタジーの世界観をリアルに再現しなくても良いと思うのだが、このゲームではそうなのだ。
「――【八門金鎖の陣】!!」
エフェクトが描いたのは中国とかで出てくる陰陽紋の、円方じゃなくて八角形のあれ、と表現すればわかるだろうか?
その八角に、柱が投影される。
うーん、こうしてみると俺も派手な魔術を使いたくなるなぁ……。
ま、暗殺者的には覚え……れない事もないが、ロール的には無理なので諦めるとしよう。




