18 新エリア
こちらも投稿再開です。宜しければお読みください。
イベントから一週間後、俺と李は再び”武狭国家朕項”を訪れていた。
別に月餅やヒッキーに会いに来た訳ではない。
「わからんね」
今回は別の用事――目の前に座って黒い固形物を机の上で転がしながらそう答える人物に会いに来たのだ。
背丈はそれなりに小さい――それでこそこの間パーティーを組んだ女王よりも更に低い――が、表情は怠そうで目付きはやけに鋭く、黒髪を結わえ、煙管を咥えた漢服を着た女性。
彼女のプレイヤーネームは”鴆”。
職業は回復アイテム等を主とした多種多様なアイテム作成を行える職である”薬師”で、その中でもトップクラスに入るであろう高レベルの薬師だ。
外見では十代前半の少女に見えるが、実際は三十代らしい。まぁそうじゃないと煙管なんて咥えられないからな。
煙草や煙管、酒はニ十歳以上ってのは今でも変わらない……というか、ここ最近じゃリアルで煙草を吸ってる人間の方が珍しいんだが。
だからといって外見詐欺なんて言わない方が良い。
鴆の名前の通り、コイツの本来の得意分野は毒であるが、その正反対にある薬の生成を生業としている。
一方で語学が堪能であり、情報収集能力も高く伝手等も広いので、頼りになる奴である。
で、コイツにはこの前のイベントで入手したアイテム”災厄の残滓”の解析を依頼していたのだ……が、
「アンタでもわからなかったか」
「無理だね」
転がしていた”災厄の残滓”を興味深そうに持ち上げながら、鴆は俺の発言に対して即答した。
「私が調べても、知り合いの”錬金術師”やら”修道士”やら”魔女”の生産職に見せてみても出たのは解析不可能って文字ばかり。現実世界でもプログラマーやらハッカーやらに頼んでみてもさっぱり解析出来なかった。完全なブラックボックスだな」
ハッカーに頼んでもか。
まぁ世界各国が協力していると言われ、黒い噂が絶えないこのゲームならこの厳重さもさもありなんって感じだが。
「海外ではどうネ?」
李の質問にも、鴆は首を横に振った。
こんな喋り方だが、李が理解出来るのは日本語とちょっとの英語、そして最早殆ど覚えてないらしい中国語の三ヵ国だけだ。実用的に使えるのは日本語だけだ。……それで良いのか情報屋。
対して、鴆はフランス語やら英語やらを中心に、世界中のどこに住んでも実生活には困らない程度に様々な言葉を嗜んでいるので、海外の事を知りたい時には頼る事が多いのだ。
「色んな海外の掲示板やら個人ブログやらを見て回ったさ。だが結果は海外でも同じだよ。どんな手を使ってもさっぱりだ。こんだけプロテクトが固いって事は重要アイテムなんだろうが……今のところは使い道すらない”ゴミアイテム”だな」
”災厄の残滓”なんて大層な名前の割に、実に酷くも分かり易い総評だった。
因みに、各地域・国単位でサーバーが別れているこのゲームであるが、地域によってはアイテムやシナリオが違ったりする。宗教的にアウトなモノもあるしな。
例えばインド辺りでは牛系が魔物として出現しない。神の使いだからだ。
とはいえ、大きなシナリオには違いはないし、こういうイベントの場合は全サーバーが同じである事が多い。
「悪かったな。時間を取らせて」
鴆から”災厄の残滓”を受け取りながら俺が謝ると、鴆は口の端をニヤリと上げて自嘲的な笑みを浮かべて笑う。
「構わないさ。実際暇だしな。AI技術が発展してから私達は商売あがったりだからな」
鴆は元々医者だったらしい。
だが、急激なAI技術の発展と共に、医療技術・医療機械も発展し、人間が行う以上に精確に、それも自動で治療を行う事が出来る様になってしまった事で、医療関係者達の多くが職を失ったのだ。
今現実世界で最も忙しいのは、様々な機械を直す整備士達であると言われている程だ。
鴆も職を失った一人であり、職を失った結果、このゲームでアイテムを作成販売して生計を立てている。
というか、最近はちゃんと働いている人間の方が少ないだろう。
人類の殆どが、大なり小なりこの第二の世界で稼いだ金で生きている。
それが出来てしまえる程に、このゲームは広まっており、一般的なのだ。
「そうだ。……代わりと言っちゃあなんだが、頼まれ事をしてくれないか?」
「頼まれ事?」
「あぁ。……この間のイベント後に開放された新エリアには行ったか?」
鴆の質問に、俺と李は眼を合わせ、二人で首を横に振る。
「新エリアって”神代王家の遺跡群”だよネ? まだ行ってないヨ」
「そうか。……最前線組の客に聞いたんだが、そこは多種多様なトラップに、広大で入り組んだ迷宮、そして様々な状態異常の効果を持つ高レベの魔物達の巣窟なんだそうだ。……で、だ」
鴆の笑みに薄々依頼内容が想像出来たので、鴆から言われる前に先んじて言う。
「またアイテム集め、だろ? いつもの」
俺が応えると、鴆は頷いた。
「そうだ。……依頼は”神代王家の遺跡群”に出現するエリア限定の魔物からドロップする素材と、その場で採取出来るアイテム一式をなるべく多く集めてきて欲しい」
アイテム作成を生業とする以上、それを作る為にはアイテムの素材となる魔物達からドロップするアイテムや採取出来るアイテム等が必要となる。
だが、半戦闘職である”錬金術師”や”魔術師”、”魔女”等の職を除いて戦闘には向かない。
まぁコイツもコイツで少し特殊ではあるのだが……。
「メンバーは俺と李で?」
”神代王家の遺跡群”は最も新しく解放されたエリアだけあって、難易度は現状においては最高難易度だ。
それなりに高レベルである事は認めるが、俺も李も魔物を相手に戦うには余り向かない職なので、少なくとも魔物と戦える人間が欲しかった。
冗談だろ、と俺が肩を竦めると、鴆は口の端を歪め、
「安心しろ。事前に妥当な助っ人に連絡しておいてあ――」
ピロン!ピピピピピピ!!
突如、電子音が鳴り響き、それと同時に鴆の目の前にメッセージボックスが表示された。
これは誰かから電話がかかって来た時に鳴るデフォルト音だ。
鴆は鳴り響く電子音に眉を顰めながら、メッセージボックスに表示された緑色の『受信ボタン』を押し、
「もしもし。……あぁ、来たか。入って良いぞ」
鴆が早口でそう言うと同時に、誰かが店の中に入ってくる。
それは俺達も知っている人物だった。
青白い肌に紺色に近い黒いロングヘア、ドレスを着て、右手には髑髏の杖。
まるでネクロマンサーかリッチの様な出で立ちの少女が、無表情で立ち、
「……や」
そう言って手を上げて挨拶してきた。
「……コイツが妥当な助っ人だ。適当だろう?」
鴆がニヤリと笑って言った。