13 イベントボス
背の高い樹が多いグウィンドリン大森林の中からでも、樹々の間から遠くからチラチラ見えていた触手がチラチラ見えており、隣を走る李がその触手を見上げながら思わず呟く。
「随分とまァでかいネ。……でも、漸くしっかりと見えてきたヨ。出てきたザコからして、多分ボスは植物系だろうネ」
今までこのイベントが始まってから俺達が主に戦ったのはD・プラントにD・ジャイアントマタンゴの二種。
それ以外にも、走っている最中に普段グウィンドリン大森林には出現しないイビルシードという花の姿をした魔物や、トウチュウカソウという虫と植物が融合した姿の魔物等が出てきたので、今回のイベントは植物系が多いと辺りが付く。
一方俺の後ろを走っている”女王”はというと、
「……うぅ。……まさかトウチュウカソウが出てくるなんて」
走りながらも頭を抱えていた。
さっきまで悲鳴を上げながら【軍火の女王】のスキルで出てくる魔物を片っ端から燃やしてたからな。
相当コワかったらしい。
そんな”女王”を、月餅が笑う。
「なんだ”女王”はトウチュウカソウが苦手か? ”無法の女王”ともあろう女傑が意外だな!」
月餅の場合、その言葉に悪意がないのが尚更質が悪い。
……トウチュウカソウ、外見的には若干アウトだもんなぁ。
ホラーゲームに出てきそうな外見をしてるから、そういった類が苦手な奴にとってはアウトな外見だろう。
ユニークスキル【寄生】も、『寄生中、徐々に対象の最大HPを減少させる』という厭らしい効果を持つ。
今回のD・プラントも中々アレな外見なのだが、トウチュウカソウは現在の『プレイヤー達が選ぶ、戦いたくない相手ランキング』で様々な魔物を抑えて堂々のトップなのだ。
「……そう、虐めて、やるな月餅。……っ。女性でなくとも、あの外見は、嫌だろう。お前がそういうのを気持ち悪いと思わないだけだ」
……そういうお前は話すより走れ。
少しずつ遅れてきてるぞ。
「……そろそろだヨ!」
既に遠くからドオン、ドオンと轟音が聞こえ、地面が揺れる。
さっきのキノコ野郎のよりも音も揺れも大きいから、原因はあのでかい触手だろう。
樹々の間から、森の中にぽっかり空いた大きな空き地に鎮座する緑色の巨体と、その周囲に群がるプレイヤー達の姿が見えた。
「――付くヨ! 初っ端の攻撃には気を付けるネ!」
俺達は一度視線を交わし、一気に空き地に躍り出た。
空き地に鎮座している緑色の巨体の正体は、やはりでかい植物だった。
外見は巨大なウツボカズラに、何本も太いハエトリソウと触手が生えている。
その頭上には既に他のプレイヤーに【解析】されたのだろう――レイドボスは【解析】が全プレイヤーに共有される――《レベル???》という表示、そして色が紫――普通が黄、次に緑、次に赤、そして紫と増えていく――の体力ゲージと、”呪われし大樹ヤ=テ=べオ”という名前が表示されている。
”ヤ=テ=べオ”? 何語だ?
状況を見ると、どうやらまだ戦い始めて直ぐらしい。
紫の体力ゲージが少しだけ削れていた。
「――お、”赤髪鬼”と”無法の女王”じゃねぇか」
「蟇蛙もいるのか。……”朕項”所属としては壮観だな。……ありがてぇ」
駆け寄った俺達の姿を見て、遠くで様子見をしているプレイヤー達が近寄って来た。
コイツ等も見た事はある。
イベントや最前線で良く姿を見る上級プレイヤー達だ。
月餅も”女王”もそうだが、ヒッキーも”朕項”では名前も知られているし、李も情報屋として顔が広い。
「状況はどうなってるネ?」
李が聞くと、その内の一人の剣士風の姿の男――確かフロウとかいう名前だった筈だ――が答える。
「”情報屋”の李か。……さっき戦い始めたばかりなんだが、見た通り、食人系の植物モンスターだ。……お、丁度だな。あれ見ろ」
そう指を差された方向を見ると、何人かのプレイヤーが数えきれない数の触手に絡めとられていた。
何人かは他のプレイヤーに助け出されたが、助けられなかったプレイヤー達は抵抗も空しくウツボカズラの口の中に放り込まれていき、その後一瞬で死亡エフェクトである青白い粒子がキラキラと空に昇っていく。
「……ああして口ん中に放り込まれたら最後、一気にHPが減っていってな。もう十人前後が死んでる」
あー……ありゃ【即死属性】だな。
酸みたいな感じなんだろう。
ウツボカズラは確か獲物を酸で溶かして捕食する筈だからな。
喰われたら瞬時に消化されるらしい。
「……うわぁ」
”女王”は露骨に嫌そうな顔だ。
うん、喰われて消化されるのは俺も御免被る。
「触手のせいで近寄れないから、ある程度数が揃ったら弱点の火属性の魔術で一気に叩こうって事になってる」
ほー……つまり今回は後衛職が活躍すると。
「火属性が使えない前衛は?」
俺がそう聞くと、男は肩を竦める。
「そいつ等の護衛だってさ。……俺も攻撃魔術系統は氷しか覚えてないし、今回は仲間の護衛だ――っと、そろそろ始まるか。じゃ、互いに頑張ろうぜ」
そう言うと、男は手を振って自分のパーティーの方へ歩いていった。
それを見送った後、李達を振り返る。
「だ、そうだが……。俺達の場合はどうする?」
「ふむ……俺達の中で一番の火属性持ち……か」
ヒッキーの言葉に、全員が考えこむ。
火属性……ねぇ。
火……火……火……あ、そう言えば。
「……”軍火の女王”って名前がついてるくらいなら、火属性を持ってるよな?」
俺がそう視線を向けるのと同時に、李達も”女王”に視線を向ける。
俺達の視線に、”女王”はきょとんとした表情を浮かべ、
「え? ……うん。そりゃ、”軍火の女王”の派生元になっている”砲術師”とかのスキルは基本的に【火属性付与】だから火属性は持ってるよ?」
デスヨネー。
このゲームでは複数属性を持つスキルも珍しくない。
”軍火の女王”の派生元になった”砲術師”は、銃を使って戦う”銃士”からの派生で、文字通りより大きな大砲等を使う。
このゲームにおいて、銃を使うスキルは【火属性付与】される。
例で例えるならば、”砲術師”のスキルの一つに【氷結砲】という氷を纏った砲弾を打ち出すスキルがあるが、これは火と氷の複数属性だ。
「……なら、本体への攻撃は”女王”に任せて、俺達はその護衛だネ」
「任せるぞ。”女王”の嬢ちゃん」
李の指示に素直に頷いて、月餅は”女王”の肩を叩き笑う。
「了解だ。リーダーの指示には従うさ」
俺、”暗殺者”なんだがなぁ……。
”暗殺者”が護衛って矛盾してないか? ……いや、指示には従うけども。
「俺はどうすれば良い?」
後衛職のヒッキーが李に聞く。
まぁ”軍師”じゃ護衛は無理だわな。
「蟇は”女王”にありったけのバフを重ねるネ。イベント貢献度一位はウチが貰うネ! ”女王”には期待してるヨ!」
そして、俺達の視線が再び”女王”に集中する。
俺達の期待と挑発を込めた視線に、”女王”は胸をドンと叩き、
「――任せて! ”軍火の女王”の神髄を見せてあげる! 全部焼き尽くしてあげるから!」
そう言って自信に満ち溢れた笑みで、笑った。
……おーおー物騒なこって。
頼むから俺達に当ててくれるなよ”無法の女王”さん?
次回は水曜日に更新……出来れば良いな。