12 でかいキノコ
回避行動をして転がった俺は直ぐに前転の要領で受け身をして起き上がる。
そこにいたのは、巨大なキノコの頭部を持った巨人だった。
今にも枯れそうなキノコ――エリンギを縦に伸ばして、手足を生やしたみたいな外見だ。
眼も鼻も口もなく、それがさっきまで戦っていたD・プラントとは違った気持ち悪さがある。
今までには見た事もない奴だ。
全員が直ぐに体勢を立て直し、リーダーである李の指示が飛ぶ。
「――ヒッキー、【解析】をするネ! その後は敵にAGI低下バフを掛けるヨ! 目の前のコイツは月餅と俺、レキ、”女王”でやるヨ! ”女王”は先に後ろの草共を思いっきり吹っ飛ばすネ!」
「「「了解!!」」」
「――【解析】!」
李の指示に従い、ヒッキーが目の前のデカキノコを解析する。
そしてほぼ同時に”女王”も動き出す。
”女王”が後方のD・プラントの群体に向き直り、手を前に出す。
すると、”女王”の背後に魔方陣が浮き上がり、
「――じゃ……先ず一発、ね!」
魔方陣からどでかい大砲が四つ出現した。
そして、”軍火の女王”は高らかに叫ぶ。
「 撃鉄を起こしなさい! 【カノン砲】!」
ドスン!!
叫んだ次の瞬間、大砲から放たれた砲弾が近くまで迫って来ていたD・プラントに着弾。一気に爆発、燃え上がり、その衝撃が風となって吹き抜けた。
あんなのを食らって生きている筈もなく、D・プラント達がいた場所に残ったのはD・プラント達のドロップアイテムのエフェクトだけ。
……うわぁ何それ。
え、何? これが”軍火の女王”のスキル?
いや、チート級とは噂されてたけど、凄過ぎじゃね?
俺が呆然と見ていると、”女王”は振り返って、ニッコリ笑い、
「じゃ、次はあのキノコだね」
ドヤ顔を浮かべて、そう言ったのだった。
「――何をボサッとしてるネ! ほら、攻撃来るヨ!」
「――っ!?」
李の忠告のお陰で、キノコ巨人が攻撃しているのに気付き、間一髪避ける。
その間に、ヒッキーが【解析】を終わらせていた。
「相手は植物だ。草属性があるから、弱点は火だ! まだD・プラントと同様でスキルと属性の一部が不明だ! 気を付けろ!」
「名前は!?」
叫ぶヒッキーに、月餅が尋ねる。
ヒッキーは早口で答える。
「D・ジャイアントマタンゴだ!!」
……名前長っ。
しかもまた”D”だし。これ何の”D”だよ。何かの頭文字とかか?
うーむ、謎が謎を呼ぶ。
俺が悠長にそんな事を考えている間にも、慌しく李の指示が飛ぶ。
「――蟇は其の儘周囲の草共の足止めネ! ”女王”はその場から攻撃、月餅はタイミングが来るまでは”女王”の守りヨ! 俺とレキはその援護! 次の相手の攻撃を避けたら始めるヨ!」
タイミング良く、D・ジャイアントマタンゴがその大きな長細い腕を振り下ろしてくる。
どうやら、基本攻撃はそれだけらしい。
「………………はい、ゴー!!」
李の声と同時に、D・ジャイアントマタンゴの攻撃を避けた俺と李は其々左右に分かれて駆け出し、ヒッキーと”女王”は術やスキルを唱え始め、月餅は”女王”とヒッキーを護る様にして立つ。
「――っ!!」
俺は地面にめり込んでいるD・ジャイアントマタンゴの腕を足場にして一気に頭部まで駆け上がり、いつも通りに頭部を狙……ってちょっと待て、頭部ってどこだ? わからん!
こうなったら月餅に任せて、動きを止める事に専念するとしよう。
俺は影魔術の中から、相手の動きを封じるスキル【影縫】を使う。
【無言詠唱】が発動している為、無言で影を操る。
【影縫】は影を操り、それで動きを制限するスキルだ。
そのスキルで操った影は手で掴む事も出来るので、色々な使い方が出来るが、一切ダメージが無いのが弱点だ。
とはいえ、この巨体だとそれを縛る為の魔力も大量に必要だ。
「とっとと倒れろキノコ野郎!!」
背後から頭部と腕に巻きつけて、其の儘すれ違って地面に着地して、引っ張る。
だが、俺程度のSTRではこの巨体を倒す事は出来ない。
「――其の儘捕まえてるネ! ほい【烈震】!」
俺とは違い、D・ジャイアントマタンゴの足元に駆け寄った李が、右手でD・ジャイアントマタンゴの足を殴る。
確か攻撃判定時にダメージに加えてスタン効果のあるスキルだ。
俺に抗っていた巨体がスタンによってその動きを一時停止し、そこに、
「――来た来た! 【臼砲】!」
”女王”のスキルが頭部に直撃すると、ぐらりと体勢を崩し、ドスンと轟音を立てて倒れ込む。
「――月餅!」
「応!」
月餅が、その隙を逃さない様にと炎を纏った偃月刀を振り回しながら跳躍し、
「――【大烈火】ぁあああっ!!」
D・ジャイアントマタンゴの頭部に突き刺した。
偃月刀を突き刺した箇所から、炎が渦を巻いて噴き出した。
【大烈火】は武人系の中でも長物――槍や長刀等――を使用しているプレイヤーが覚えるスキルだ。
実際の攻撃力は見た目ほどは無いが、武人系スキルの中では珍しい属性攻撃力が高い。
更に、確実にバッドステータスである”火傷”よりも効果が高い”炎燃”状態にする事が出来る。
枯れかけたキノコが焼かれ、辺りに香ばしい臭いが充満するが、原因を見ると食欲なんて起きない。
ただ気持ち悪いだけだ。
D・ジャイアントマタンゴが倒れるかの確認をしないで、李はD・プラント達の動きを止めていたヒッキーを呼んだ。
「――蟇! 草共の足止めは出来てるネ!?」
「あぁ、大丈夫だ! 【火攻めの計】で此方には来させない様にしている!」
”軍師”専用スキル【火攻めの計】――正式名称【火計・炎壁】は、地形変化タイプの術で、大量の魔力を消費する代わりに火で覆ったり、火で出来た壁を生み出したり、それで相手の侵入を防いだり出来る。
「なら、次はAGI強化を頼むヨ! ボスんところまで一気に駆け抜けるネ!」
「やれやれ、人使いが荒いリーダーだ!」
李の指示に、ヒッキーはメニュー画面を開き、MPポーションを取り出して一息に飲み干すと、即座に詠唱体勢に入る。
「――【風林火山・風】!」
術が発動し俺は身体が軽くなった感覚になる。
「――全員走るヨ!」
俺達はその声で一斉に走り出す。
順番は先程同様、最初が月餅、次に俺と李、その後にヒッキー、最後が”女王”だ。
まぁ急ぐ事が先決だから隊列はどんどんグダグダになっていくんだが……。
それに、このパーティーの中でAGIが一番高い俺と、暗殺者兼格闘家の李は、全速力では置いていってしまえる。
その為、全力では走れないし走らない。
「……AGIを少しは上げておくべきだったか」
「私もだよー。……とはいえ、これでもリアルの身体よりは早く走れているんだけどねー」
走りながらの月餅のうんざりといった様子の呟きに、最後尾で走る”女王”が返す。
二人共其々STR・MPの火力重視タイプだからな。
愚痴を言う脳筋二人に対し、俺と李は余裕だ。
俺達AGI特化タイプなら、本気を出せば陸上の世界記録だって更新出来る。
「――ほら、頑張って走ル走ル! ”勇者”に美味しいところを持ってかれるヨ!」
背後から追ってくるD・プラントは無視し、前から来るD・プラント達は月餅が蹴散らしながら、俺達は森の中心――レイドボスがいる場所に向けて走り続けた。