10 イベント開始!
”女王さん”――結局こう呼ぶ事にした。チキンでも何とでも言うが良い――とその部下達と別れた俺達は、その後もレベル上げの為にヘルガルムを狩り続けた――訳ではないのだが、それなりの数を狩った。
そのお陰で、俺も181レベまで上げる事が出来た。
それなりにオイシイとはいえ、どんなゲームも高レベになればなる程レベルは簡単に上がらなくなってくるモノだ。
現に、月餅なんて1しか上がらなかった。
そして数日後、運営からの
《後一日でイベントの開始となります。これよりイベント開始まではグウィンドリン大森林をアップデートの為立ち入り禁止とさせて頂きます。対象は上級者ですが、対象レベルに至っていない皆様も是非ご参加下さい。皆様の参加を、心よりお待ちしております》
という全プレイヤーへの通達があり、そして――
「おー……随分集まったネ」
グウィンドリン大森林に一番近い街である”始まりの街アイグローグ”の郊外には、イベントに参加する為に普段いる活動圏から離れてやって来た上位のプレイヤー達や、レベルが足りなくても参加したいという無謀ながら勇敢な連中、そしてその光景を見たい報道ギルドや野次馬達等が集まり、その数は数万人はいるだろうと思われた。
集まっているのも人族からエルフ、獣人、鬼人、ドワーフにニンフやウンディーネ等の妖精族、スライムにゾンビ、悪魔に天使にと多種多様だ。
それを見回す事無くヒッキーが画面を開き、時間を確認し、呟く。
「そろそろイベント開始時刻だ。……さて、今回はどういう始まり方になるのやら」
「”大統領”は参加しない事を事前に表明してたけど、項羽も”閣下”もいないネ。国家型ギルドのトップ達は今回出てこないみたいネ。それにしても祭り大好きな阿呆共だろうとここまで集まると壮観ネー」
「つまりは俺達も阿呆の一人だと。……確かに祭りは好きだが」
李達の会話を聞きながら、俺は掲示板を確認していた。
公式掲示板のイベント専用スレに一つの投稿がされていた。
141:名無しの剣士
こちらアイグローグのギルド支店よりお送りするぜ。
ギルド支部に今依頼が貼りだされたぞ。
142:名無しの農民
待ってた。
143:名無しの魔術師
イベントキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
144:名無しの忍者
……それネタとしては古くね?
145:名無しの農民
細けぇこたぁ良いんだよ。それより依頼内容をあくしろよ。
全然関係ない農民だけど。
146:名無しの剣士
おう今説明するから待ってろよ。
内容は『森林に入っていったパーティーが何組も帰って来ていない。森の外から巨大な影を見たという報告もあるので、緊急に調査隊を結成する事とした。調査隊に志願する者は街の外に集まる事』だってさ。俺も今から集合場所向かうわ。
どうやらギルドの支部で動きがあった様らしい。
俺はそれを要約して李達に話す。
「つまりは何の大きなシナリオもないレイドボスイベントという事か」
「そうネ。色んな奴に聞いてるけど、ここいら辺で何か大きなシナリオが動いてるって話は今のところないネ。多分だけど、今回は単純な討伐系イベントだと思うヨ」
腕を組んで唸る月餅に、幾つもの画面を出してチャットしていた李が口を挿む。
そんな事を話していると、
《『イベントクエスト:森の異変を調査せよ!』を開始します》
という画面がその場にいた全員の目の前にそれぞれ浮かび上がり、それを合図に各方面から声が上がる。
「じゃ、移動を始めよう!!」
こういう時、仕切りたがる奴というモノは出るものだが、そいつが有名人なら意外と皆従う。
今声を上げたのは、フリーの冒険者達の中でもトップクラスと言われているユニーク職業である”勇者”を持つプレイヤーネーム”ハルト”。……多分本名だ。
冒険者として未開の地を冒険する事が好きな事で有名で、基本的には最前線を活動圏にしている。
ギルド対抗戦や、闘技大会に一切出ないというストイックなプレイヤーらしい。
そんな奴を先頭に、まるで修学旅行中の高校生の様にズルズルと全員でイベント会場であるグウィンドリン大森林に移動を開始した。
俺達もその大きな流れに逆らわず、歩き出した。
「あ、いたいた。やっほー」
暫くして、俺達の姿を発見した”女王”が、向こうから手を振って近付いて来た。
相変わらず、レムナントメンバーの証である黒を基調とした軍服姿である。
赤髪ポニーテールに軍服って似合うな。
「いやー……随分集まったよね。野次馬とかレベル足りないプレイヤーとか外しても一万人程度いるみたいだよ。……これ、イベントとして成り立つのかな?」
確かに。一万人以上も集まっての大イベントだ。
敵も強くないと、一瞬で俺達プレイヤーが勝ってしまうだろう。
それは運営並びに管理を任されているAI側としても面白くない筈だ。
「確かにな。これ程人数が集まってしまったのなら、レイドボスも相当巨大でないと釣り合わんだろう」
”女王”のユニーク職業が良い例だが、このゲームのスキルは広範囲で高威力なド派手なモノも数多いが、それで倒してしまえるなら、レイドボスである意味はない。
「そこら辺は考えてあると思うヨ。なんたって『プレイ人口が世界人口の三分の一』って言われる程の世界的なこの最新鋭ゲームをこの三年間特に大きな失敗なく運営してきた異常な会社ネ。各国の支援を受け、世界中の凄腕のプログラマーや研究者、学者が関わってるなんて噂もあるここの運営がその程度の事を考えてない、なんてことはないと思うヨ」
「それもそっか」
李の言葉に納得したのか、それだけ言うと無言になった。
どうやら”女王”は余りこういった考察出来そうな事には興味がない様だ。
一部の考察好きな人間や都市伝説とかオカルトモノが好きな人間にとっては格好の話題らしいのだが、俺も良くは知らない。
多分李に聞けばもっと詳しい事を聞けるだろうが、正直に言えば俺も余り興味がないので聞かない。
街からグウィンドリン大森林までは歩いて四十分だ。
適当に話しながら歩いていると、先頭を進むプレイヤー達から徐々に動揺の声が伝播してくる。
俺達はそれを疑問に思いながら進んでいると、プレイヤー達の動揺の原因が見えてきた。
見えてきたのは目的地であるグウィンドリン大森林……なのだが、
「――なんだありゃ」
思わず、そんな言葉が口から漏れ出る。
李も、ヒッキーも、月餅も、そして”女王”までも眼を見開き、その原因を見る。
「おーおー……また随分とでかいネ」
「ビルなら二十階相当ってところか」
「今回のイベントも楽しめそうだな!!」
「……樹の上から出てるの触手……だよね? ……うわぁ、私ちょっとパスしたいかも」
”大森林”の示す通り、巨大ビルを思わせる程の樹々が立ち並ぶ深き森、それが初心者~中級者向けのダンジョン”グウィンドリン大森林”なのだが、その樹々の先――天辺から、様々な太さの触手がチロチロウネウネと見え隠れしていた。
そっかー、今回は植物系かー……うん、俺も若干パスしたい。
…………いや、触手って気持ち悪いじゃん?
俺、蛸とかそういうウネウネしたのちょっと苦手なんだよね。
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