論理ずきん
冬の童話祭2018作品です
むかしむかしあるところに、小柄で可愛らしい女の子がおりました。女の子は、おばあさんがこしらえた赤い頭巾をいつも被っていたので「赤ずきんちゃん」と呼ばれていました。
ある日のこと、お母さんが赤ずきんにおつかいを頼みました。
「おばあさんが病気で、そのお見舞いに行ってほしいの。このカゴの中にぶどう酒とお菓子が入っているから、それを森の奥にあるおばあさんの家に届けてね。でも気を付けてね。外には怖い狼がいるから、決して寄り道しないで行ってね」
「一つよろしいですか、お母様」
「なぁに?」
「外に危険な狼がいることを知っていながら、どうして私をたった一人で出かけさせるのでしょうか?論理的に考えて、護衛する屈強な兵士をボディガードにつけるなど、対策を取る必要性があると感じますが・・・」
バチン!!
「!?」
鈍く重い音が辺りに響いた。しばらくの沈黙の後、赤く腫れた頬をさすりながら、赤ずきんは何事もなかったかのように、笑顔で母に顔を向ける。
「すみませんお母様、余計な詮索をしてしまって・・・それではいってまいります」
「いってらっしゃい、赤ずきん」
赤ずきんは静かにその場を後にした。
・・・
赤ずきんが森の中を歩いていますと、その姿を追う怪しい影が赤ずきんに近づきます。
「おやおや、あれは赤ずきんじゃないか。いつものようにばあさんの見舞いに出かけたな。あのとろけるような新鮮な若い肉。ぜひとも味わってみたい」
お腹がペコペコの狼はさっそく赤ずきんを食べる計画を立てました。
「まずは赤ずきんのばあさんの家に行き、ばあさんを食った後。ばあさんになりすまし赤ずきんをおびき寄せる。そうするには時間稼ぎが必要だ。赤ずきんに寄り道をさせる口実を作らねば」
「ふ~ん、狼にしては考えましたね」
「!?」
狼が驚いて後ろを振り向くと、そこには赤い頭巾を被った少女が立っていました。
「お前いつの間に、く、くそぅ、全部聞いてやがったな!こうなったらもう、ここでお前を食ってやる!」狼は赤ずきんに飛び掛かろうと、うめき声をあげながら赤ずきんに近づきます。
「!?あれは」
しかし狼は突然襲うのをやめてしまいました。遠目に銃をもった猟師の姿が目に入ったからです。
「狼さん、ここは猟師達が頻繁に訪れる場所。論理的に考えて、姿を隠せる室内で私を襲った方が安全かつ効率的です。」
「だがお前は、俺さまの計画をすべて聞いていただろ、俺さまの計画はすでに破綻した」
「私は狼さんの計画通り、寄り道をしてからおばあさんの家に行きます」
「・・・は?」
「わかりませんか?あなたの計画に乗ってあげると言っているのです」
「何をバカなことを!俺さまの計画にあえて乗るなどありえない!嘘っぱちだ」
「私はこれから花を摘みに行きますから、その間に計画を変更しても構いませんよ。私が逃げないように、ずっと見張っているというのもアリですね。まぁどうするかは狼さんにお任せします」
そう言うと赤ずきんは狼に背を向け、淡々と花畑へと歩き出した。赤ずきんは隙だらけだが、猟師の姿を目撃したこの場所では、襲うに襲えない。
「くっ・・・くそぅ!」
狼は当初の予定通り、おばあさんの家に向かいました。
・・・
赤ずきんはたくさんの綺麗な花をもって、おばあさんの家に着きました。
家の中に入ると、ベットにおばあさんが寝ていました。ですがいつもと様子が違います。
「あらおばあさん。とっても大きいお耳ね。どうしてそんなにお耳が大きいのかしら?」
「それはね、お前の声がよく聞こえるようにさ」
「あらおばあさん、おめめも大きいわね。どうしてそんなにおめめが大きいの?」
「それはね、お前の姿がよく見えるようにさ」
「あららおばあさん、おててもとても大きいわね。どうしてそんなにおててが大きいの?」
「・・・そ、それはね、お前がよくつかめるようにさ・・・おい、いつまでやらせるんだ」
「じゃあ、最後に赤ずきん定番のあの質問いきますよ。この質問が終わったらガオーって来てくださいね」
「おい、ちょっと待てや」
「あらおばあさん、どうしてそんなにお口が大きいの?」
「いい加減にしろや!いつまでこんな茶番やらせんだ!計画を知られながらこんなことするなんて恥ずかしいわ!ボケィ!」
狼は荒々しくベットから飛び出すと、ベットの上に仁王立ちになり、赤ずきんを見下ろす。
「だが、おまえもバカだな、俺さまの計画を知りながら、わざわざ罠に嵌りに来るなんてな。これで貴様はもう終わりだ赤ずきん」
「狼さんも終わってしまいますけどね」
「は?なぜだ!」
「わかりませんか?論理的に考えてみればすぐにわかることですよ」
赤ずきんはピンチのはずなのに、いつもの笑顔を崩さない。
「どういうことだ、教えろ赤ずきん」
「簡単なことですよ。人間に手を出すということはつまり、他の人間が仕返しにあなたを殺しにやってくるということです。そんなことは目に見えてわかりますよね。ウサギやシカなど野生の生物を襲う方が安全ではないでしょうか?」
「・・・」
「しかも、ひげ面の猟師のおっさんが食われるのとは訳が違いますよ。私はまだ幼くて可愛い少女、こんな少女が食い殺されれば、より多くの人が私に同情し、より多くの人があなたを殺しにやってくるでしょう。・・・それであるの?あなたに私を殺す覚悟が」
「・・・覚悟だと、だがお前が殺されたことがバレなければ問題ない」
「残念ながら、そうはいきません」
赤ずきんは、ポケットから四角い形をした機械を取り出した。
「スマホじゃないか!そんな近代的な代物を昔話に持ってくるなよ」
「固いこと言わないでくださいよ。あるものは仕方ありません。それで本題なんですけど、実は私、猟師のおじさんとFacebookで繋がってるんです。このままだとこの文章が二時間後に予約投稿されます」
”言葉をしゃべるオオカミに襲われています。助けて 助けてください猟師さん”
「言葉をしゃべる狼。あなたしかいませんよね。なぜあなただけが人語を話せるのか、それはわかりませんが、この短い文章だけで、十分あなたから襲われたことが伝わります」
「だが、そのスマホを壊してしまえば」
「スマホを壊しても、予約投稿された文章は送信されますよ。それに例え奪ったとしても、スマホを触ったことのない狼さんは、取り消すことができません」
「うぅ、絶対に猟師に知られてしまう訳か。だけど、だけどよぉ、俺さまはもう限界なんだよ。腹が減って減って仕方ねぇんだ。このままじゃ餓死しちまうよ」
「じゃあ選んでください。このまま餓死して死ぬか、私を食べて一時的に空腹を凌いだ後、猟師達に怯えながら生きるのか」
「ケッ、残酷な選択だな」
狼は突然近くにある水の入った樽に顔を突っ込み、ガブガブと飲みはじめた。
「ふぅ、少しマシになった」
水によって空腹感が少し和らいだ狼は、落ち着きを取り戻した。
「そういえば赤ずきん、話は変わるけどよ。一つ気になっていることがあんだ」
「はい、なんでしょうか?」
「おまえのばあさんのことだよ。俺さまはばあさんを食べようと、家に侵入したが、お前のばあさんはすでに死んでいた」
家の隅には蓋の開けられた棺桶に、白骨化した遺体が横たわっていた。
「えぇ、おばあ様はすでに死んでいます」
「どういうことだ、おまえはばあさんの見舞いに来たはずだろう?」
「お見舞いはお母様の口実ですよ。よく考えてみて狼さん。論理的に考えて、危険な狼がいる森に、娘を一人で行かせる親がいますか?いいえいません。ではなぜそんなことをするのか、結論は一つ、私が狼さんに食べられることをお母様は望んでいる」
「なぜだ、なぜそんなことを」
「さぁ、私には知る由もありません。実は血の繋がらない親子だったか、もしくは愛のない交尾で生まれた子だったか、私が生まれる前の話ですから、知る術がありません」
「結構、複雑な家庭だったんだな」
「私の話はいいじゃないですか。それよりも狼さん、一つ提案があります。せっかく人語を話せる頭脳をもった優秀な個体なのですから、もっと論理的に賢く生きてみません?」
赤ずきんは狼の手をとった。
・・・
「ただいま、お母様」
「おかえりなさい赤ずきん。あらあら、今日も無事だったのね」
「はい、お母様。今日も無事に生還いたしました」
母は笑っていたが、心なしか残念そうにも見えた。
「お母様、今日はお母様にとっても重要な連絡があるの」
「まぁ、なにかしら・・・えっ」
母は声を詰まらせた。なぜなら赤ずきんの背後から、巨大な怪物が姿を現したからである。
「狼じゃないか!なぜこんなところに、しかもなんだいその恰好は、人間になったつもりかい!」
狼はシルクハットにサングラス、スーツを着用し、赤ずきんの背後に立った。
「安心しろ、俺さまは赤ずきんのボディガード、だからお前が変な気を起こさない限りは危害を加えない」
「えぇ!なにがどうなってるの!なぜ狼が人間の真似事を」
「俺さまも、論理的に考えてみたんだよ。野生では命を懸けて食料を得ていた。しかし人間の世界では赤ずきんの身の回りの世話をしているだけで、報酬として食料が得られる。命の危険を感じることも、他の肉食獣に食料を奪われる心配もない。実に安全で効率的だ」
狼は少しずれてしまったネクタイを直し、姿勢を整えた。
「お母さま、重要な連絡なのですが、これをご覧になって」
「それはなんだい?」
「USBメモリ、情報を保存できる代物ですわ。実は猟師のおじさんの協力で、この家に隠しカメラと盗聴器を仕掛けてもらいましたの。あなたが今まで私にしてきた暴力や暴言の数々、すべて記録されています」
「なっ・・・」
「俺さまも内容は見させてもらった、おまえを児童虐待で訴えるには十分な証拠だ。さっそく法的な手続きを取らせてもらう。それと同時進行で、ばあさんの保険金殺人の疑いについても調べさせてもらう」
「ま、待ちなさい赤ずきん。それを渡しなさい」
鬼の形相をした母は、赤ずきんに向かって歩を進める。
ガアアアア!
「ひっ!」
狼の雄たけびに今までの威勢の良さは消え去り、母は小さく縮こまった。
「何のために俺さまがいると思っている。無駄な考えはやめるんだな」
「私は猟師のおじさんの養子になります。狼さんも一緒です。私は新しい暮らしを始めます」
そう言うと、赤ずきんは深々とおじきをした。
「今までお世話になりました。もう二度と私の目の前には現れないでくださいね」
赤ずきんは足早にその場を去った。
「おいお前、最後に聞きてぇことがある。赤ずきんってのはニックネームだろ。あいつの本名はなんて言うんだ?」
「・・・」
「まさか名前つけてないのか?お前からすれば娘ではなく、単なる赤い頭巾を被った少女だった訳か・・・ケッ!」
狼はばつが悪そうにゆっくりとその場を去った。
終わり