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8話 過去

ちょっとだけ過去です。

――ここは、オレの家だ。

   

 ショウトの脳裏には、比較的まだ新しい一軒家が映し出されていた。

 ショウトの家は、濃い茶色の屋根に白い壁、二階の窓が着いている所に窓と同じ幅の縦に茶色いラインが入っている。落ち着いた雰囲気の家だ。しかし、なぜだろうか、映し出される映像は家の上空。あたかも空を飛んでいるようだ。

  

――幽体離脱でもしてるみたいな感覚だな。これはこれで面白い。

  

 そんな事を思いながら眺めていると玄関から誰か出てきたようだ。

 

「ほらショウト! 早く出てこい!」

 

「ショウちゃん! 早く早く! こっちこっち!」

 

 ショウトの父と母だ。二人は今よりも若く見える。父は短髪でガッチリとしたガテン系のような体格で身長も高い。母はショートヘアで、若作りしているのか、今で言う大人フェミニンのような感じで、白いフワリとしたシャツに紺地に白の柄の入った長めのフレアスカートを身に付けている。

 

 

――親父と母さん。てか若すぎだろ。つーことはこれは昔の話か……。母さんたちが見たら笑うだろうな。

  

 自然と口元がほころぶ。それと同時に罵倒した母に対するやるせない気持ちも込み上げてくる。

 

 二人に遅れてまた一人、

 

「待ってよ~! なになに? 見せたい物って!」

 

 子供の頃のショウトだ。

 ショウトは身体からはみ出るくらい大きな野球バッグを背負って、ユニホームを着ている。その姿を見た途端、ほころんでいた口元が元に戻る。

 

――まだ呑気に野球なんかしてやがる。 

 

 急に苛立ちが押し寄せてくる。例え過去の出来事だったとしても許せなかった。しかし、過去は過去それを変えることは出来ない。ショウトはやり場のない気持ちを無理やり押さえ込むしかなかった。

 

 すると、父が駐車場の奥の方へ行き何やらごそごそやっている。だが、カーポートの屋根が上手い具合にボヤけていてよく見えない。まるでモザイクでもかかってるかのようだ。

 一方、母はと言うと、家から出てきたばかりの幼いショウトの両目を手で押さえ、目隠しをしている、その表情は二人を見守るかのように優しく微笑みを浮かべている。

 

「まだだぞー! 絶対目を開けちゃダメだぞー!」

 

 父の無駄にデカイ声が響く。それに釣られるかのように幼いショウトも口を開く。 

 

「見えないよ! だってママが目隠ししてるもん! ねぇ! パパまだ? 早くしないと練習遅れちゃうよ!」

 

 どうやらこの日は野球の練習があるらしい。まぁ野球のユニホームを着ているのだから当然と言えば当然だ。

 

すると、「まだだぞー、まだだぞー」と言いながら父が、いたずら小僧のような表情しながら何かを押して出てきた。

 

――自転車……、そうか、あの時はこんな風にサプライズされたっけ。 

 

 微笑ましい光景。しかしなぜだろうか、そんな家族の幸せとも言える笑顔溢れる光景を見ているはずなのに、別の誰かの感情のような感覚のような、辛く淋しい想いがショウトの胸を締め付ける。

 

 そんな事はお構いなしに、父の力強い大きな声がこだまする。

 

「よぉーし! 母さん、ショウトの目隠し取ってくれ!」

 

 母はそれを合図に、一言幼いショウトの耳元で何か呟くと目隠しを外した。

 

「うわっ! 眩しっ!」

 

 幼いショウトは急に目に光を入れられたせいか目を開けれないようだ。すると、父が、 

 

「ほら、ショウト! よく見てみろ! 凄いだろ!」

 

 少しフライング気味でショウトに言葉をかける。

 

「パパちょっと待ってよ! まだ見てないよ!」

 

 幼いショウトはそうは言っているが、直ぐに目が明順応したのだろう。目を擦る仕草を止めると、大声を上げて自転車へ近づいていく。

 

「すっげー! 新しい自転車じゃん!」

 

 そんな光景をただただ眺めていたショウトは思い出していた。

 

 小学六年生の秋頃だったか、前使っていた自転車が壊れた。その後、しばらくは自転車のない生活が続いたのだが、流石に自転車のない生活が耐えれなくなった幼き日のショウトは、せがみにせがんで中学に上がる前に新しい自転車を買って貰ったのだ。

 普通、小学生くらいの男の子ならマウンテンバイクかクロスバイクあたりが主流だとは思うが、野球をやっていた当時、荷物を入れることの出来るママチャリが欲しくて欲しくて堪らなかった。

 両親にはママチャリが欲しいなんて言った覚えはなかったのだが、そんな心情を察してか親が用意したのはママチャリだった。見ての通り幼いショウトはおおはしゃぎ。流石、親と言ったところだ。

  

「ねぇ! 乗らせて! 乗らせて!」

 

 幼いショウトはそう言うと、オレの物だと言わんばかりに父親から自転車を奪いとる。すると、 

 

「おいおい、そんなに慌てると倒すぞ」

 

 父は喜ぶ我が子の姿が嬉しいのか、優しく注意する。

 

 そして、幼いショウトが自転車に股がった、その時だった――。

 

 ふわりと上空を漂うように眺めていた景色が急に変わる。

 自転車とそれに股がる幼いショウト以外の景色は形を失い、まるで線にでもなってしまったかのように流れていく。

 

 自転車と幼いショウトの姿が段々大きくなっていく、まるで自転車に引っ張られているように。

 

 漂う体は何かを思う暇もなく、あっという間に自転車の中へと誘われた。

 

――なんだったんだ今のは、それにこの景色……。

   

 突然、真上から声がした。幼いショウトの声だ。

 

「お前は今日からショウト号だ! よろしくなショウト号!」

  

 その声を聞くと、映像はゆっくりとフェードアウトするように消えた。

 

 完全に映像が消える直前、最後に見えた景色には母の姿があった。

 満面の笑みを浮かべこちらを見ていた。

 その目は最近では見なくなった優しい、温もりのある目だった――。

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