4話 改心
「いらっしゃいませー」
「……しゃあせー」
自動ドアが開くと共に、レジにいる誠の声が店内に響いた。それに遅れてショウトも声を出した。山びこコールというやつだ。
現場に出るなり「今日入荷したやつ検と仕分けしといてねぇ」と店長の葵に言われたこともあって、ショウトは検品作業に勤しんでいた。
しかし、作業は一向に進んでいなかった。入れ替わりで葵は夜勤に備え、一時的にだが帰宅した。だから今はアルバイト、しかも高校生二人という店側の体制はいったいどうなっているんだと思ってしまうような状態で運営している。
基本的に誠がレジを担当しているのだが、お客に呼ばれることもしばしば。更にこの店は常連客も多い。そういったお客が来ると、お喋り好きの誠はお客さんとの会話に花が咲く。そうなってしまっては彼がレジに行かなくてはならなかった。
レジでの接客は嫌いなショウトだったが、仕分け作業は比較的好きだった。
裏面の作品紹介を見て興味のある物をチェックし、店頭に並べる前に映画やゲームを自分で入手。これは、御法度なのだが特に発売日よりも早く入荷したものを手に出来る優越感がたまらなかった。
――この最新ゲーム機今日入荷だったのか、これはキープだな
そう思いショウトはゲーム機を棚の目立たない場所へしまう。
このように並ばなくては入手困難の物でも、買おうと思えば直ぐに手に入る。更にこの店は入荷日を一切公表しない、よって店に並ぶ人も少なかった。だから、禁止といっていても、この手法が事実上許されていた。
検品が中盤に差し掛かった時ある段ボールで手が止まった。
「は? なんだこれ?」
段ボールの中に一緒に入っている検品表を見てもこんな物の記載はない。
それは、他のレンタル用の商品と違いキレイにラッピングすらされている。
「何かの付録? いや、本っぽいな……、それにしてもこれは……」
おかしすぎる。働き初めて一年こんな事は初めてだ。
普通、どの商品も一目で分かるようにタイトルや内容が記載されている。だが、これは中身が分からないどころか、付箋や文字すら描かれていなかった。
――後で葵さんに聞いてみるか
そう思い、その異様な物だけを横に避け再び作業を開始した……。
作業が一段落してレジに行くとレジ横の壁に掛かっている時計は既に十九時を指していた。
「――あっ、カジっちぃ! 遅いっちゃよ!」
ショウトの姿を見た途端、誠がすごい勢いで近づいてくる。
「誰のせいで遅くなったと思ってんだよ。元はと言えばお前があの子と2時間も喋りながらフラフラしてるからだろ」
量が多かったとは言え、普通に検品出来ていれば3時間程度で終わるはずだった。
だが、誠が作業中のショウトに「カジっち! あの子来たっちゃ! レジお願い!」と言うものだから、彼が代わりに表に出ていたのだが……。
この誠という男は、例の子とお近づきになりたいばっかりに、商品案内と言いつつ、一時間も店内デートをしていたのだった。
「てへっ! いやぁー、話が弾んじゃってさ! お陰で今度の日曜日に遊ぶ約束出来たっちゃ! ……てか、それはもう謝ったっちゃよ!」
呆れて物も言えない。とは言え、この男とデートをする女の子がこの世にいた事の方が衝撃だ。
チビデブオタクに先を越されたせいか変な敗北感がショウトの胸を締め付けた。それにより、普段は見せることのない素の彼が顔を出す。
「おい、モンキーマジック」
誠は驚いたようにショウトを見つめる。
「えっ? オレっちの事?」
「他に誰が居るんだよ」
「カジっちもしかして、猪八戒って言いたいの?」
「他に何が居るんだよ」
「ひどいよぉカジっち!! そんな事誰にも言われた事…………あっ、あるか……」
そんなどうしようもない会話をしていると、誠がニヤニヤと気持ち悪く脂で顔をテカらせながら笑いだした。
「でも嬉しいっちゃよ。 こうしてカジっちと普通にお喋りしてるのが嘘みたいっちゃ」
誠の言う通り、ショウト自身も不思議な感覚だった。
バイトを始めた頃のショウトは人との関わり拒否していた。
冷めた態度も今よりも酷く、クレームを入れられることもしばしば。その度、店長の葵やバイトの先輩である誠が一緒に頭を下げていたのだが、当の本人であるショウトは頭を下げるどころかそっぽ向いたり、その場から立ち去ったりと酷い態度だった。
これには二人も手を焼き、どうしたものかと頭を悩ませていたようだが、そんなある時、ショウトの態度を改めさせる事件が起こった――。
◆
いつものようにショウトが無愛想にレジで接客していると、二人組のスーツ姿の男がやってきた。一人は一度、彼と揉めたことのある客だった。その男たちは彼を見るなり、
「おい兄ちゃん、ちょっとAVコーナーまで案内してくれや」
と言ってショウトを現場まで案内させた。
知ってのとおり、そのコーナーの場所は他の客に見えない店の奥歯った所。
着くや否や、いきなりショウトの腹に一発。くの字に曲がった身体を起こすように髪を捕むと顔面に膝蹴り、彼は脳が揺れ、ふらふらと後退りした後、意識を失い倒れた。
その後、ショウトが気が付くと倒れた二人組の男を見下ろすように葵が立ち、口元を怪我した誠が彼の身体を抱えていたのだった。
聞いた話だと、騒ぎに気付いたのは誠で止めに入った所を殴られたようだ。そして、葵もその後すぐにやってきて、二対一にも関わらず、次々と店の床というマットに男たちを沈めたらしい。
迷惑を掛けるつもりはなかったショウトだったが、これをきっかけに態度を改めたのである。
更に変化は別の所にも現れていた。
同じ職場仲間でもある葵や誠に対しても、接し方が大きく変わった。それまでは仲間と会話らしい会話をしないショウトだったが、自ら少しずつ自分の事を話すようになっていった。
そんな中、誠はショウトに趣味がない事を知ると、半ば強制的にアニメやゲームをやるように色々貸してくれるようになった。
ショウトは初めは面倒臭いと思っていたのだが、いつも一生懸命自分に接してくれる誠に徐々にだが心を開いていったのである。
◆
誠の不細工に笑う顔を見ながらショウトは口を開いた。
「まぁ、確かに不思議っちゃ不思議だな。前のオレから考えると大きな変化だよ。接客も少しはマシになったか?」
「最近はクレームも入ってないから大丈夫だっちゃ! まぁ、オレっちから言わせるとまだまだだけどね!」
そんな談笑をしているうちにあっという間に終業時間がやってきたようだ。