第5話 VIP扱い再び
カメラのシャッター音って「カシャッ」とも「パシャッ」とも表現できるので、少々迷いました。今回は「パシャッ」の方を使っています。
土鍋みたいな建物が、マジであの世案内所だった。ただし “日本支部” と書いてあったけど。
その事を聞いてみたら国ごとに案内所があって、それぞれの支部で説明と手続きを済ませれば後は本当に自由だと説明された。
今の私に自由は無さそうだけどね……。
三途の川に繋がる港とその街は手厚く保護された場所らしい。
一体何が手厚いのかというと自動翻訳が働いており、その効果は言葉だけでなく文字にも適用されるからだそうな。うむ、確かに手厚いね。
なお、基本あの世は日本語表記だ。何故日本語なのかというと、今のあの世が出来た当時、色々と押し付けられた初代閻魔大王と後に二代目となる人物が揃ってブチ切れた挙げ句、神様も「日本語にしよう。どうせ日本人に全て押し付けるんだから。いいよね」と軽くあっさり決めてしまったからだそうだ。
そんな話を聞いていたら、神様についてちょっと思い出したよ。初代様に連れられて会いに行ったんだよね。
……むう、詳しい姿が思い出せん。見た目が若い男性であったのは覚えているんだけどなー。うーん、声は思い出せる。
「あ、これはすごい。アヒルの限界を突破してるね。ぶっち切り過ぎててもうアヒルの姿をした別の生き物だね。翼の先端に見られる緑色にちなんで“真緑”と名付けよう」
あ、名付け親でしたわ。その後モフられたっけ。羽毛の手触りもイイとかこぼしてたな。
うざくなって暴れたっけなー。今一つ敬う気持ちが低いのはこれが原因かな?
◇◇◇◇◇◇
今、他の死者達とは分けられて、豪華なお部屋で待機中です。VIP扱い再びですよ。
パシャパシャ音がするけど、紅月さんはここには居ない。群青さんも四代目を呼びに行ったので居ない。一般職員の人に預けられ、一通りの案内の後にここに運ばれたのだ。
カメラを構えているのは百歳って感じのヨボヨボのおじいちゃん。
華麗に活けられた素敵なお花と共にパシャリ。(活け花に使われている陶器、高そう……)
ソファに座ってパシャリ。(どう見ても高級品……)
テーブルの上に置かれたお菓子にお顔を近づけてパシャリ。(一目で高級品と分かるオーラを放っている……)
「本題に入って下さい初代様」
「あとそこのカーテンが残ってる」
カーテンをくぐっている所をパシャリ。(このカーテン生地、絶対お値段高いね!)
カーテンから顔を覗かせている所をパシャリ。
カーテンを咥えた所をパシャリ。
「もういいですよね?」
「えーと……」
まだキョロキョロと撮影場所を物色する初代様。……いい加減にして欲しい。
私はテーブルに戻ってお皿の中のお水を飲んだ。パシャリと音がした。
何と、こんな場面も逃さないとは……。
紅月さんが使っていたのはかなり本格的なカメラだったけど、初代様に至ってはまさにプロ御用達の一品! ……だと思う。カメラの事はよく知らん。
「このテーマなら、これくらいでいいかな。じゃあ本題に入るね」
どこまでもマイペースな初代様に、思わずうさキックをお見舞いしちゃったよ。
◇◇◇◇◇◇
見た目よりも頑丈な初代様は、私のうさキックを食らっても平然としていた。
よく見たら防御壁張ってんじゃん。しかも強度が私と同じレベル。さすが歴代最大魔力。
「ごめん。可愛いモフモフちゃんを見ると、つい撮らなきゃ! ってなるの」
「紅月さんも同じ行動をするのですが」
「うん。ワシも彼女もモフモフ愛好会のメンバーなの。カメラの扱い方はワシが仕込んだよ。会では腕前に合わせてカメラの性能を決めているんだ」
そうなのか。すると紅月さんは結構いい腕前ってことなのかな。仕上がった物を見ないと判断がつかないけど。
……もしかして、今現像に入ってる? 居ないのはそのため?
そんな事を思っていたら、初代様は箱を取り出した。
「はい、君の器。今のうさちゃんの姿も登録しちゃおう」
箱の中からソフトボールくらいの大きさの球体が取り出される。これが器だ。
「そういえば前は最大強化&多機能化した簡易版とゆー矛盾した代物でしたね」
「あんなに強い魂で、なおかつどんどん成長していくんだから、強化しなきゃ器が壊れてたよ。それに器は作れる量が限られてるんだから、もったいない事はしたくなかったの」
初代様は器の起動ボタンを押した。器から画像が出て来て設定メニューが表示される。
「んー、今の姿のままを登録……と」
私の胸の部分に器をぐいっと押し付ける。器はスルリと中に入った。感触は何もない。
確か、思い浮かべるってゆーか念じれば体の好きな場所にパネルが出せたね。人間なら利き手でない方の腕が便利だけど、今うさぎだからね。胸部しかないな。
胸から器の一部とパネルを出し、画像を宙に映す。あとは【オテテ】操作だ。
「……待って、一枚撮りたい」
うたっち+両手で器を支える姿=凄く可愛い って事ですかい。うん、可愛いだろうね。後で見せてよ!
正面、左、右、各ローアングル、後ろと結局何回もカメラのシャッターが押された。
一枚じゃないじゃんっ!ってツッコミ入れたかったけど、一枚で終わりたくなかったというその気持ちはよく分かるので、じっとしていたよ……。
◇◇◇◇◇◇
器の設定中。複数の姿を設定出来るので、うさぎ以外の姿を選んでいたらエラーが出てしまった。
「どうしてです?」
「あー、ペンギンもドラゴンも卵生だからじゃない?哺乳類以外は今はダメってことじゃないかな。君の状態が妊娠扱いになってる。この中だとうさぎと人間のどちらかしか取れないね」
「妊娠……」
何か、すごくショックだ。でも登録はやれるだけやっておこう。
アヒルと亀も追加。残る枠の一つは思いついたらにしよう。
あー、ドラゴンブレス使えないのかー。それ目当てで竜を入れたのに、残念! 残念だわー。使いたかった。
◇◇◇◇◇◇
「連れて来たぜー」
群青さんが酒樽にしがみついた女性を台車に乗せて部屋に入って来た。
また残念な人が増えたな。銀髪の綺麗な和装美女なんだけど、樽にしがみついた姿と酒の匂いが全てを台無しにしている。
「ほら銀城さん、お探しの元アヒル様だぜ」
ん? 私の事かい? 今はうさぎだぞ。よく見ると酒樽にも女性にも見覚えがある。えー、何だっけか?
「真緑ーっ! 作って! これと同じのを、今度はこの銘柄で!」
女性は懐から酒瓶を出し、私に突きつけた。
あ、どちらも思い出したぞ! あの酒樽は昔作った、手を突っ込めばいくらでもお酒が出てくる置物だ。
また作れと? 他に色々大切な用事があるんでないの? そっちを先に済ませようよ。
「材料なら揃えた! 今すぐ! さあ!」
ぬう、酔っ払いめ。こうなったらこの人は強めの一撃を入れないと止まらない。
ひとまずうさパンチを全力で顔面にお見舞いしよう。
うさパーンチ!
何かが口から出て行ったが、殴られた当人は倒れなかった。さすがは酔っ払っても四代目か。
◇◇◇◇◇◇
「殴られて幸せなんて……うさぎって不思議な生き物だね」
Mの素質が欠片も無いと精神ダメージがすごい事になるけどね。てゆーかアンタがMなだけっしょ。
「ひとまず酔いは飛んだ?」
初代様も呆れてるよ。
「綺麗さっぱり! さて、生前の事だけど質問ある?」
よし、まともになった! さて、生前ねー……これだけはどうしても知りたいな。
「私の死因は何ですか?」
四代目はパラリと閻魔帳をめくった。
「君、血管系がちょっとアレだったからそれを利用させてもらったよ。あと疲労状態である事もいい方に働いたね。眠るように死ねたでしょ。ちゃんと書き込んだからね。力がごそっと削られたけどさ。あれだるいわー。今も回復しきってないし、やけ酒しちゃう程しんどいわー」
「デ●ノート……」
思わず呟いちゃったよ。そんな風に使えるのね閻魔帳。ただし使用者の負担がすごいようだけど。
「何で、死ななければならなかったですか? あれでは死んだ父の後を追ったと周囲に受け止められてしまいます」
いや、そう思われるよね絶対。
「もう数年生きてもらっても良かったんだけどね。ちょっと事情が出来て……」
四代目はちらっと初代様を見る。
「神話世界でとある神様が連れ去られちゃってね。色々吟味した結果、神様が君を呼び戻すって決めたの」
「そして戦えとか救出して来いとか言うのですか?」
「あー、結果的にそうなるけど、本当のところはさっさと次代の閻魔大王を決めて、地球を滅ぼしてバカの計画の出鼻を挫こうって考え。救出の方も含めて君だけに任せないから」
んー? 閻魔大王を決める事と地球を滅ぼすの、関係あるの?
首をひねっていると、初代様がカメラを取り出した。そしてパシャリ。このモフモフに対する行動パターン、間違いなく紅月さんの同類だね。
◇◇◇◇◇◇
「つーかもう、真緑でいいじゃんよ。俺も紅月さんも異論ないぜ」
あれ? いつの間にか群青さんに認められてるよ。そして何故私だけ呼び捨て……。
「それでも直接、神様に認めてもらわないと引き継げないんだよ。だから三人揃って会いに行くのは決定事項。それに元々真緑は神様の所に行かなきゃならなかったし」
四代目、酒が絡まないと本当にまともだ。
「緊急時の閻魔大王の代理も、直接神様に認められなきゃならないからね。メンバーは君ら三人とワシだから」
初代様の引率で行くのか。良かった、一人でおつかいじゃなかった。
「話を戻して、真緑は他に質問は?」
うーん、今思い浮かぶのは一つだけだね。
「父は今、何処でどうしていますか?」
「君のお父さんなら手続きを済ませて保護区に移ったよ。次の転生まで休んでもらわないと」
「そうですか。会えますか?」
「遠くから見るだけなら出来るよ」
「お願いします」
うん、とことんファザコンだな私は。
しみじみそう思っていると、閻魔帳を閉じた四代目が、私の目の前にズラリと物を並べた。
その満面の笑みが作れと語っている。さぁ作れ、作ってくれるよね? 必要な物揃ってるよ! 作ってー! と語っている。
「……これから言うとある会社の株主優待品のビールを用意して下さい」
うざいと思ったので、ちょっと意地悪するよ。
「何で?」
「父に贈ります。これ二つ分の材料ですので、一つは四代目に。もう一つは父に。いいですよね?」
初代様があっさり許可してくれたので、会社名を告げる。そして初代様行っちゃった。早いな……。
四代目は戸惑っている。お酒とおつまみを作ってもらう気だったのだろう。並べられた物の中に、高そうな肉系のおつまみがあった。
「……あの、ねぇ、先にお酒だけ見せたのは騙したんじゃなくて、て、あぁああああ」
さっさと作る! 【オテテ】を使って材料の半分を掴み、記憶を辿って術を発動! 材料は酒とつまみ以外全て魔方陣に変わっちまったぜ。はっはー! でもこれでいいのだ。
「すげー、魔方陣何十個展開してんだ?」
フハハハ! 器に入ったことで可能になったんだぜ!? 久々のモノ作りだ。はじけてやるぜーい! ヒャッハー!
あー、器あると本当に制御楽だわー。
「大小合わせて百個あります。先ずはこれらを歯車のように組み込み、安定させるのです」
アヒルの時はただ綺麗だなーと思っていて、より綺麗にする為にあれこれやってたっけ。出来上がる物には全く頓着していなかった。
そして出来たのが、設定した飲食物をいつでも一番良い状態で、かつ幾らでも取り出せる置物。しかも皿やコップ付き。ただし置物一つにつき一品に限られるけど。
遊びで作ったもんだから、他の職人連中の落ち込みが凄かったな。
「分かったよ! 追加の材料持って来るから、おつまみもヨロシク!」
そう言って四代目は走って行った。どうしても作らせるか。何て諦めの悪い……。
「群青さん、このお酒だと、どんな器に入ってるのが良いでしょうか。アヒルの時は何も考えずに樽にしてたんですけど、見分ける為にも樽以外が良いんでは、と思ったのです」
何せアヒルだからね。風情とか全く考えが及ばなかったのよ。
「そうだなー、徳利とか?」
「成る程。ご意見感謝します」
よし、外見は決まったぞ。さぁ、魔方陣歯車の調子はどうかな?
◇◇◇◇◇◇
魔方陣がクルクル回って、互いに触れた部分の色が混ざって少しだけ色合いが変わったり。
光の粒が飛び出して、粒が触れた魔方陣の色がまた少し変わったり。
中の文字も変わったり。
とまあこんな事を繰り返している。
「すげー綺麗だな。俺は魔術は自身の強化と防御にしか使えねーから正直どうなってるのかわからねーが」
様々に色を変えながら魔方陣の歯車が加速し、溶け合い、それまでとは全く異なる一つの巨大な魔方陣になって行く。
「よし、投入なのです!」
魔法【オテテ】で酒瓶を掴んで魔方陣のど真ん中に投げ入れる。そして魔方陣に直接触れ、徳利を思い浮かべれば後は待つだけ。
魔方陣が消え、光の塊が徳利の形になり、そして高さ150㎝程の徳利が出現した。
完・成!
銘柄がドンと書いてあって風流な模様も入って中々の出来だ。
「おー、どれどれ」
群青さんがさっそく手を突っ込んで、酒瓶を取り出した。御猪口かあるいはコップにするかと迷ったけど、瓶の方がいいかなーと思ったのさ。
「うむ、ちゃんと入ってるな。次は味だが……そもそも俺、これ飲んだ事ねーわ」
「やっぱり高級品ですか?」
「この銘柄、めーっちゃ高級だよ。俺の財布じゃ届かねぇ金額だ」
何と、そんなにお高いのか。
などと驚いていたら紅月さんが来た。紅月さんは予想通り写真の現像と編集をしていたそうだ。
三人で写真集を見る。私かわいいな。そして紅月さんのカメラの腕前、すごく良いんでない? とても綺麗に撮れてるよ。
この後、戻って来た初代様と四代目からそれぞれの材料を受け取り、同じ要領で二つ置物を作った。
そしてまだ用事が残っていると知らされた私は、四代目の鳩尾にうさキックをお見舞いしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
父は友だちと楽しそうに碁をしていた。少し若返っているけど世間的には十分年寄りの範囲だ。
でっかい缶ビールの置物から普通サイズの缶ビールを取り出している表情は、とても嬉しい時のものだった。作って良かったよ。
エリアの管理人に置物の注意点と飲み終えた後の空き缶の始末の仕方を説明して、初代様と共に私はそのエリアを去った。
……ん?
「そういえば初代様までしんみりしてどうしたのですか?」
「だって、ワシにとってもお父さんだから。高校二年生までとはいえ、君とワシの人生は性別以外全て同じなの」
……転生前に説明されたような? ちょこっとは覚えているから一応説明あったんだね。アヒルだったからと弁解しておいた。
次回はお金の話です。……中々出掛けませんな。
確認したら第8話にようやく出発です。どうしてこうなった!(計画性がないからさ……)




