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第33話 いったん放置したものの、あらゆる出来事に乳袋様が絡んでいるとゆー現実


 ◆悪運が尽きた輝夜さん◆


 (はりつけ)にされて魔術攻撃でボコボコにされ、縛られて引き摺られて頭を何度も踏みつけられた。更にその後タコ糸で縛られて虫に(たか)られ、ブーブークッションで辱しめられた後に毒を受け、皺が刻まれていく経過を鏡で見せつけられている。

 こうして並べ立てると随分と酷い目に遭っているが、なんと彼女へのお仕置きは予定の半分も終わっていない。

 因みにお仕置きと報復は本来は意味が異なるのだが、彼女に関してはどうしても同義になってしまうのである。


「ふ……ふふ。でも一人、成功していますのね。ストロベリームーンの様な髪色のあの子ですか。言葉使いや振る舞いに多少の難がありますが、そちらは矯正すれば良いのですわ。彼女が成功したのです。残りの四人もきっと成し遂げてくれるでしょう。それに保険はまだまだありますのよ。愛鈴(あいりん)とその補佐たちは絶対に見つからないはず」

「愛鈴って誰ですか?」

「わたくしのクローンの様なものですわね。分体とも違うのは、我が魂から作り上げた素体に後継者として選定していた者を融合させ……あら、どうして」


 ようやく彼女は考えている事をそのまま口にして垂れ流していると気付いた。


「ちょっと待って下さい。さっきの炭酸飲料に何か入れましたの?」

「何で見つからないって自信があるのですか? 根拠は何ですか?」


 質問は無視され、尋問が続けられる。


「地下にドームを作り、そこに眠らせていますのよ。グリューネさんに頼んだついで、にぃ~、ぁあああ」


 再び思考をそのまま口にし出した事に気付き、乳袋輝夜は慌てて誤魔化したがおそらくもう遅い。優秀な冥府の神の部下たちには十分な情報なのである。


「あぁあぁぁあ言いませんわっ! もう何を聞いても考えませんわっ! 耳をふさっ……」


 いつの間にか両腕は椅子の後ろに回した状態で縛られていた。これでは耳を塞げない。


「ああっ! 魔術でっ……はぁっ!? つ、使えっ……使えないってどうしてですの!? 魔術が使えない仕掛けというのは術構成の阻害工作っ。その工作に影響を受けなければ普通に使えるはずっ。確かに紅月に権能を奪われましたが、それでもわたくしは魔術に関しては……」


 魔術で聴覚を遮断しようとしたが、魔術の発動に失敗してしまったようだ。魔術を妨害する仕掛けは部屋そのものにあるのではなく、彼女個人にのみ作用しているらしい。

 何故なら目の前にいる冥府の神の部下は堂々と魔術を使っていたからだ。

 指先から水を出し、その水をガラス製のポットに注ぐ。そして別の魔術でポットの中の水を湯に変え、そこにティーバッグを入れた。

 優雅なティータイムアピールで嫌がらせをする作戦であろうか。


「どうしてですのぉ!? 一人で飲まないで下さいましっ! あーっ、何て嫌らしい笑み! 嫌味ですか!? そ……そのクッキーは、高……級、品? ま、まさかあのブランドの!? あぁあああぁ羨ましくなんかないですわぁあっ!!」


 それでも彼女は泣いて謝ったりしない。心のままに思った事をベラベラ垂れ流そうと気にしない。

 とんでもない量と質の情報を吐いてしまったが、その事を決して後悔していなかった。

 なお、現在は次の大掛かりなお仕置きの準備中であり、彼女の受難はまだまだ続くのである。

 これを ”悪運が尽きる“ と言う。



 ◆その名は冥土院ハテ奈◆


 冥土院一族、それは歴代の大宇宙の冥府の神を支えてきた超絶エリート集団である。

 彼らは魂の耐久限界をある方法で解決してきた。それは()しくも歴代の大宇宙の月の神と同じ手段であったが、全く気にしていない。死者の宇宙に生き、冥府の神を支えるという目的の前には些細な事だったのだ。

 彼らに血の繋がりは一切無い。それならば ”一家“ とか ”一門“ の方が相応しいように思える。しかし ”一族“ の方がカッコいいからという、実にしょーもない理由で決まってしまったのだった。

 そして当時、反対意見は一つも出なかった。言葉の細かい意味など「カッコいい響き」の前には塵に等しく、ティッシュペーパーの様に簡単に吹き飛んでしまう物なのである。

 妙な部分でユルい連中なのだが、現在行われようとしているトーナメントもまたユルかった。


 ◇◇◇◇◇◇


「神様が示した条件を満たしているのはこの八名か」

「ハテ()が含まれてますぜ(おさ)。これもう勝負内容に関わらずハテ奈で決まりでしょうや」

「ぬう……しかし誰一人として譲らんし引き下がらん」


 冥土院一族を束ねる長は少し先に居る八人を改めて見た。


「チャンスが……! 奇跡よ起きてっ!!」

「あのうさちゃんに、直にっ……!!」


 真緑のうさぎ姿は大人気なのである。あのうさちゃんと一緒に過ごせるというだけで舞い上がり、最大の障害の事は頭からスッポリ抜けているようだった。


「過去にはハテ奈が気を利かせて譲った事が何度かあったからのう」

「ああ、そうでしたね。まあ、チャッチャと種目を決めちゃいやしょう。設置も終わってますし」

「うむ、そうだな」


 ダーツを渡された長は、ルーレット盤の方を向く。同時にルーレットが勢いよく回り始めた。


「フンッ!」


 冥土院一族名物・物事は公平に決めましょうルーレット。

 色々決められない場合の解決策は当事者同士の勝負が一番である。しかしどんな勝負にするかで揉めては本末転倒。

 そこで誰にでも出来るシンプルな勝負を書き出し、ルーレットで決めようという事になったのだ。以来、文句が出た事はない。


 ガツッとダーツが突き刺さる。刺さった箇所には ”腕相撲“ と書いてあった。実にシンプルで準備もお手軽な勝負である。

 次はトーナメントの組み合わせであるが、こちらはアイスの棒を使ったくじ引きだ。夏休みの工作の様なユルさ大爆発の筒状の容れ物に必要な数の棒を入れて、それを引いてもらうのである。


「ぐわーっ! ハテ奈と同じグループだとぉ!?」

「いやーっ! 初戦がハテ奈だなんてっ! ……いえ、私のうさちゃんへの愛はこんな事では挫けない! 奇跡を起こすのよ!」


 持ち直したらしい女性が勝負の舞台に上がる。


「そう……皆さんはそんなにあの方と共に行動したいのですか」


 一族最強の女は目を閉じて静かに言った。大物感たっぷりである。実際に「超」が付く大物である。しかし女性はたじろがない。


「私の想いは、あなたに負けないっ!」


 ビシッと力強く指を突きつけ宣言した。

 女性の宣言が終わると、ハテ奈はスッと目を開ける。


「ではその情熱をわたくしに示してください」


 両者、位置につく。互いに右腕を出し、手を握り合う。審判が手を置き、いよいよ開始となった。

 過去にもハテ奈は相手に勝負を譲る事があった。今回も情熱をぶつければ勝ちを譲ってくれるのではないか? という期待が全員にあったのだろう。しかしハテ奈は……。


「では……始めっ!」


 バキャッ

 開始直後に相手の腕を倒し机ごと叩き折った。


「うさぎは可愛いのです。垂れ耳のうさぎは超絶キュートなのです。……私もあの方をモフりたいのです」


 あ、これ勝ち目ないわ。愛で奇跡は起こせないや。と同グループの残り二人は思った。それは見守っていた外野連中も同じである。

 しかしもう一つのグループは普通に熱血な方に盛り上がっていたので、ハテ奈の本気モードを知る機会が無かった。


「所詮は雑魚。雑魚では奇跡を起こせないのさ」

「奇跡を起こせる存在……主人公だな」


 外野たちは再び机が折れる音を聞きながら移動を始めた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ”小宇宙“ と書いて ”コスモ“ と読み、”聖衣“ と書いて ”クロス“ と読ませる。そんな熱い少年たちのバトル漫画があったっけなー、ともう一つのグループ側を見ていた人たちは思っていた。

 こちらの準決勝はとても長く続いている。


「あー、小宇宙(コスモ)燃やしてそうな盛り上がりだな」

「そっちどうなった?」

「ハテ奈は本気だ」


 少年たちの熱い雄叫びが響くが、結末が見えてしまった大人たちは哀れみの目を二人に向けた。


「つーか、あのカナ()とハル()が条件を満たしてたっつーのが驚きだな」

「一応若手の中では優秀だからな。ただしょっ中あの漫画のキャラっぽくなるのが玉に(きず)だ」

「どっちにしても勝てないだろ。小宇宙燃やすなんてただの気分なんだし」

「勝てば主人公。負ければただのイキり雑魚」

「これからはあいつらをこっそりイキり雑魚と呼ぼう」


 彼らが言う通り、勝ち進んだ少年は空気を読んであの漫画の(スカしている方の)敵役っぽい演技と演出をしてくれたハテ奈にあっさり敗北したのだった。



 ◆待ち人(きた)る◆


 紅月さんが勝利したので、乳袋様が仕掛けていたアレやらコレやらが次々と見つかっているらしい。


「死者の河原の東日本エリアから報告が入ってたね。それと日本支部内とその外からも報告来た。どちらも今、最終チェック中だよ」

「へー。日本以外もどうなっているのか、ちょっと三途の川と各支部の位置とか見たいから用意してくれる? これから色々あるし、明日以降でいいから」

「了解。いつもの引き継ぎ時に渡す報告書に付けておくね。今報告出来そうなのは……あ、痴女いたじゃない? バーベキューでも使った」

「ああ、あのキモいくびれの」

「それそれ。そいつらの侵入ルートとか仲間とか発見してってるんだけど、まだいるみたいでさ」

「ゴキかい」

「今やゴッキーって呼んでる。で、ゴッキー炙り出しでさ……」


 私と四代目が話し合っているのはある人物を待っているから。ただの雑談なんて私には出来ない。

 実は四代目も同じらしく、互いにどうしても仕事の話になるんだけど、まあこれでいいや。時間は有効に使わないとね。


 ◇◇◇◇◇◇


 華やかとは言えない、正直地味な色柄の着物に割烹着姿の女性が現れた。黒髪の日本美女だ。もう少し雰囲気が違えば群青さんの好みのタイプに入るんだろうけど……。

 ちらりと彼を見ると、難しい表情をしていた。


「初めまして。冥土院ハテ奈と申します。これから宜しくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 見た目は二十代半ばから後半なんだけど、身に纏う風格が凄まじい。何てゆーか古い名門の家の厳格な感じの老婦人が、中身そのままで外側だけ若返ったみたいな?

 威圧がー、……これが威厳とゆー奴か。流石は冥土院一族の最年長者。流石は実力ナンバー1。

 アヒル時代にも噂話を聞いた程の有名人が来たわ。この人が魂関係の指導をしてくれるのかー。これから指導してくれるって話なんだよねー。ついでに紅星君も見学だってさ。

 うわー、緊張してきた。ローゼルの手を握っとこ。……うん、落ち着くね。


 ◇◇◇◇◇◇


 四代目とは別れ、移動陣を使って例の施設に移動する。

 アニスとチコリ、そしてオレガノさんとソレルさんのいる所だ。

 残月さんに案内されながらやたらと厳重な扉を幾つも抜けていくと、やがてガラスで仕切られた部屋に到着した。

 事前に聞かされていたけれど、それでもドン引きしてしまった。想像を遥かに上回る、それはそれは酷い光景だったのだ。大人の玩具を使い、存分に狂っているとだけ伝えておこうか。


「……あれに近付くのやだ」


 本当は目にするのも嫌なのだけど、うさビームで終わらせたい気分なのだけど、仕事をしに来たのだ仕方ない。私はガラス越しに魔術を使う事にした。


「そうですね。ここからの方が安全でしょう」


 見るだけで精神が汚染されそうだと思ったのは私だけではなかったようだ。紅星君に見せていいものかと思ったけど、中身は大人だったね。確実に女嫌いの階段を昇っている目をしていた。


「確かにあのように狂ってしまった者は ”時“ の魔術を使う事が有効です。しかし寝癖を直す感覚では生温いです、失敗します。巻き戻したらぶった切る! いいですね」

「……リコちゃんによると持っている情報は元々大したことなさそうですから遠慮は要らないですね。……行きます!」


 時間を扱う魔術は得意でも不得意でもない。アヒル時代アイテム作りでたくさんお世話になったから、熟練度もそれなりにある。しかし記憶とかそういった物に使うのは初めてなんだな。

 遠回りにハテ奈さんに言われた通りの術式を向こう側の室内に流す。壁や床や天井にビッシリと書き込み、それが終わると次は二人に向けて球状に編んでいく。

 やがて術式が全身を覆うと神核から魂が抜け始めたので、魂だけを捕らえるように術式を変化させる。

 ここからが本番だ。七色に輝く術式がアニスとチコリそれぞれの魂へと入っていく。

 過去へ、過去へ。メリッサが何らかの行動を起こす前まで。

 遡って、遡って。いつもの日常へ。

 アニスとチコリの双方の魂からキラキラした透明な粘っこい膿の様な物がグニュグニュと出てきて、やがて分解されながら消えていった。


「成功しましたね」

「え、これで成功? 二人共眠っているんですけど」

「狂いまくっていましたからね、休みが必要です」


 そう言ってハテ奈さんは籠を取り出した。どこかで見たようなうさぎさんのぬいぐるみが入っている。

 ぬいぐるみはお手々の間に何かを挟めそうな形状で、そこに魂のみの状態のアニスとチコリが詰め込まれた。


「……そのうさぎのぬいぐるみ、私のうさ姿に似てるんですけど」


 額の宝石までは再現していないけど、形状や色合いがそっくりだよ。


「我が友が作りました。試作品という事で貰い受けたのです。ああ、真緑様のうさ姿は大人気ですのよ。わたくしも写真集を持っています」


 ……そういえば紅月さんと初代様が激写してくれてたっけな。写真集もうそんなに広まってんのか。


「一緒に居ればその内生でうさ姿見れますよね」


 何やら後ろでヒソヒソ声が聞こえる。紅星君がケータイ取り出したな。


「もしもしかみさま。ハテナさんがきたじじょうは……? ……はい、なるほど」

「何だって?」

「まず、のうりょくですうにんにしぼられたのですが、そこからはかみさまはまるなげしたそうです。ぜんいんがやるきであつくもえあがっていたので、きめられなかったと…」

「何でやる気満々なわけ?」

「ぜんいん、ははうえとおなじりゆうだそうです」

「……ああ、納得したわ。すると決め手は何だったんだ?」


 群青さんの質問に、紅星君は首を傾げた。そこまでは聞かなかったらしい。


「何の勝負で決めたんだ?」


 ローゼルがハテ奈さんに尋ねる。


「対決ルーレットで腕相撲に決まり、トーナメントを開きました。そしてわたくしが優勝したのです」


 何故か今、無慈悲に相手の腕ごと机を叩き割る光景が頭に浮かんだんですけど。


「……そうだったの。じゃ、オレガノさんとソレルさんに会いに行こっか」


 この話題をつついても不毛な気がしたので、私はさっさと次の用事を済ませることにした。



 ◆不憫な子◆


 聞いてないよ~。

 それを見た時、どこぞの芸人トリオの姿とお馴染みのセリフが頭に浮かんだ。


「ソレルさんの姿がハムスターなんて、聞いてないよ……?」


 私だけでなくローゼルも聞いていなかったらしく、私たちは揃って群青さんと紅星君の方を向いた。本当はそこに肉ピンク豆の姿があると思い込んでいただけなんだけど……。


「ハム子~! 元気やったかー!」


 嬉しそうにハムスターに向かってダッシュしてましたわ。


「ハム子……?」


 言われてみればハム●郎に色柄がそっくりだ!? 頭の中であのアニメのOP曲が流れ出す。あー、いかん。ハ●太郎にハ●ちゃんズに会いたくなったわ。こっちでもアニメ観れるかな……。


「はぁうっ!? ローゼルに……あなた様はっ!!」

「お会い出来て光栄です。大宇宙の再生の神・真緑様」


 この声はオレガノさんか。丁寧に頭を下げてきた。

 二人共ビシッとしてキリッと表情を引き締めたけどさ、机の上の様々なお菓子の箱や食べ物の山は誤魔化せてないよ?

 あとソレルさんの口、中に棒状の物が入っているでしょ。形でバレバレですよー。片方に片寄っているのがまた笑いを誘う。

 ローゼルは呆然とソレルさんの姿を眺めている。眺めているっつーか、固まってんなこれは。


「……元気そうで何よりだ」


 すっごい棒読みセリフだね。まあショックを受けているのはローゼルだけじゃなかった。


「うんあのね、我が子・緑源がね、自分が眠っている間にソレルさんに何があったのか知りたいって。主にその食べ物の山についてみたい」


 どうも記憶の中のソレルさんは大食いではなかったそうなのよ。


「ああ、それはですね……ローゼルがいない時に話しましょう。今言えるのはソレルだけでなくカモミールも関わっているという事くらいですね」


 ふむ、我が子も今は引き下がるようだから、これ以上の追求はやめておこうか。


「そうなんだ。ま、いいや。それじゃオレガノさんを診察しよっか」


 オレガノさんに張り付いてる魂を引き剥がすミッション開始だ。


 ◇◇◇◇◇◇


 さてさて、先ずはオレガノさんを診察ですよ。魂スキャン開始! これは教えて貰わなくても出来る。


「……ベッタリ張り付いてるね。水に濡れた紙をビタッてくっつけた感じに()り付いてるねー……」

「ああ、そんな感じなんですよね。随分前……天空の城で役割を指示された少し後でしたか。その時に仕掛けて来たんですけど、不快さに任せてやり返したらそれっきり何の行動も無くて……」


 でも自力では引き剥がせないので放置してた……と。

 うーん、耳を澄ましてみよう。


『……無理ムリ。でもシナリオは読んでるよ。読み返してる間は安全、安っゼ、バババ……』


 私はハテ奈さんに目だけを向ける。彼女も呆れ顔だった。


「これ、もしかして最初の抵抗でビビらせ過ぎたのでは……?」


 オレガノさんは明後日の方向を向いてテヘペロしていた。自覚はあったのね。


「シナリオ……ですか。細かい指示が仇になったのやもしれませんね。何かしらのペナルティが与えられていて、それを回避する為にはシナリオに従って魂の侵食を進めれば良いものの……」

「歯が立たんわこれ、マジでムリゲーじゃんって結論に至り、心が折れたんだね……」

「私って一体……」


 ソレルさんが沈んでるー!? 文字通り食べ物の山に埋もれちゃった!?


「大宇宙一のドジッ娘よ。……多分」

「そんなので大宇宙一と呼ばれても嬉しくない……」

「ええんやハム子! お陰で自分らハム子と出会えたんや! 転んでも起き上がれればそれでええんやー!」


 おぉう、どうすっかな。……放っといてこの哀れな雑魚を引き剥がしますか。


「さて、どのように引き剥がします? 今のままじゃ ”瓶のラベルを剥がそうとして失敗しちゃった“ なイメージしか浮かばないのですが」

「シナリオというのも気になりますしね。ふむ……」


 ◇◇◇◇◇◇


 解決案が出るのにそれほど時間はかからなかった。シナリオから思考を逸らす為に何かを見せ、その隙に剥離プログラムを流そうという作戦だ。

 天からのお迎え的な演出を哀れな雑魚に見せる。そして私が慈愛溢れる聖母っぽく語りかけ……いけるかなぁ?


「もう頑張らなくても良いのですよ。さぁ」


 うむ、上手く言えたと思う。ここで幻を追加だ。

 ティーポットからティーカップにお茶が注がれ、少し大きめのお皿には切り分けたシフォンケーキ。ど真ん中でなくちょこっと端に寄せてスペースを空けたのはわざとだ。

 さて、本当に食べ物で釣れるか……? 食べ物の山の中にシフォンケーキがあったから、ついつい選んじゃったんだけど。


『ああっ! ずっと見ていなかった私の癒しっ!!』


 あ、釣れたわむっちゃチョロい。じゃあ幻さらに追加な。

 くっくっくっ、お皿の空いてるスペースにはオマケを付ける予定だったのさ。


「シフォンケーキにはホイップクリームと……フルーツソースは何が良いかしら」

『ストロベリーで! 赤いのがいいですっ!!』


 シフォンケーキの側にホイップクリームを出現させる。そして空きスペースにお洒落なお店の奴っぽくストロベリーソースでちょちょっと模様を描いて……と。あ、スペアミントも添えておこう。


「さあ、お茶が冷めない内に」

『キャーッ!! 魅惑のスウィーツちゃん、今行くわーっ!!』


 うわ、思考を逸らすの楽勝。ハテ奈さんの指導の元に作成された剥離プログラムがしっかり魂を包む。そしてかつてない程慎重に術を行使していき、ちょっと時間がかかったけど分離は無事成功した。


 ◇◇◇◇◇◇


 あー、剥離プログラムを作るのも使うのも難しかった。ハテ奈さんの指示がなきゃ成功なかったわ。シナリオとやらも手に入ったし、それに対してもハテ奈さんが早速分析に入ってくれている。


「オーレリーです。私はルルナって名前いりませんっ! はむっ」


 オーレリーさんはオレガノさんにちゃんと謝った。それを理由にソレルさんがシフォンケーキを差し出してくれて助かりましたわ。しかもホイップクリームもストロベリーソースも付いてたし。お茶はオレガノさん用に元々常備されてたしね。

 幻を現実にしたので彼女の私たちへの好感度は悪くないようだ。


「 ”ルルナ“ って何?」

「何か……超美少女で超巨乳の超おめでたい思考の人が現れてですね、眷族になる資格がどーの言って、色々押し付けられたんです。で、”ルルナ“ って呼ばれるようになってですね……」


 うん、もう特徴からして奴しかいねーな。

 オーレリーさんは元の世界では魔法学院の生徒の一人で、かなり優秀だったらしい。……だろうね。魔術の才能が無ければ意味が無いもの。


「シナリオってどんな内容だったの?」

「えー…… ”針を刺す様に魂を穿ち、侵入せよ“ が着地後の最初の課題で、それを失敗しちゃったから同じ事を繰り返すようにとシナリオが……」


 はーん。最初のターゲットに向けての発射は輝夜自らがやったんだな。

 そりゃそーだ。見た所、魔術が得意(あくまで人間レベル)という以外は平凡な子だもの。神に気配を感知されずに……なんて不可能だ。確実性を求めるなら「おい、お前ちょっとあそこのアイツに突撃してこい」で送り出すやなんてアホな真似はせんよな。


「そっか。もうやらなくていいからね。で、君の他にも同じ役目を与えられた人がいるっぽいんだけど何か知らない?」

「あ……いました。えーと、私を入れて七人かな? 共通シナリオと個別シナリオがあって、それに目を通す時間が与えられた時があって……私ともう一人以外は何か生まれながらのエリートって感じで近寄り難かったです。シナリオを読み終えるの早かったし」

「どの子が誰を担当したかまでは分かる?」

「シナリオにターゲットの名前が書いてありましたけど、それを教え合うって事もしませんでしたし……ああ、でもこんな事言ってた人がいましたね」


 そのセリフは以下の通りらしい。


「フンッ、こんな地味女の姿を手に入れても嬉しくないわ」

「これだけ派手な見た目で胸は控えめって、手に入れたら大きくしてやろうかしら」


 おーい、仮にも相手は神ですよ? 何と自信に満ちた人たちなのだろう。神への畏怖とか畏敬の念とか無いの? つーか乳袋様ってば魔術以外何を基準にして選んでいたの?


「地味女はカモミールで、派手な見た目で胸が控えめなのはローズマリーねきっと」


 オレガノさんによってあっさり推測が立ってしまった。


「ん? でも二人共……」


 ソレルさんが何かに気付く。


「記憶を封じられていたけれど、魂が侵食されてる様子なんて無かったわね……」


 オレガノさんの補足で私も思い出したわ。確かリコちゃんことバジル担当者は消滅したんだっけ。

 うーん、どうも乳袋様ったら何かを盛大にミスした模様。

 ふいにソレルさんが天井を見上げる。何やら思う所があるようだ。やがてハテ奈さんの所へお邪魔して、シナリオを読み始めた。


「……どの子か分からないけど、私の所に来た子は切り替えが早かったんだ。このシナリオ、やり方は問われないみたい。やる事は手順通りにしないとペナルティが入るけど、それ以外は中々にザル」

「え……?」


 オーレリーさんの目が点になる。


「やり方はあくまで例であって、そこは絶対じゃないみたい。何てゆーか屁理屈的な方法で回避出来そう」


 うん、何となく分かった。

 例えば「A地点からB地点へ向かえ」と指示されたとする。ここに「寄り道はダメ」と加えられていたのなら、A地点から出発してC地点経由でB地点へ行こうとするとアウト判定になる。

 でも寄り道を禁止されていなければ、A地点から出発してC地点D地点と寄り道しまくってもB地点へ辿り着きさえすればセーフとなる。

 そしてこの子は言われていないのに「寄り道をしちゃダメだ」と思い込んで素直に真っ直ぐA地点からB地点へ行っちゃうタイプだ。


「えっ!? ……示されたやり方で、示された手順で……そうでなきゃあの痛みが……違ったの……!?」


 哀れだ……。生真面目さが裏目に出てて哀れだ……。優等生的な思考と行動が仇になってて哀れすぎるっ……!!

 フッとオレガノさんが笑った。


「お陰で助かったわ」


 ソレルさんがオーレリーさんの所に駆け寄り、ポンポンッと優しく叩いた。

 あ、これ慰める人間が増える毎に傷口が広がるやつだ。

 私は気を使って少し離れた所で別の何かを話し合っていた男性陣に報告に行く事にした。


「結論。オーレリーさんは人格的に問題無し」

「不憫カテゴリのキャラ追加や。素直な優等生やから扱いは簡単やで」


 いつの間にか残月さんが側に立っていた。

 ……本当に動きが分からない。むう、ちょっと悔しい。よし! しばらく残月さんで感知系を鍛えよう。

 

◆オマケ◆


 じーっと残月さんを見つめる。群青さんもじーっと彼女を見つめていた。

 私と群青さんの「じーっ」は同じ物のようだ。そうか、群青さんあんたもなのか。


「何や、熱い視線が増えたなぁ。心配せんでも悪さはせんでぇ?」

「神として悔しいの。大宇宙クラスの神として悔しいの」

「同じく神候補として悔しいんだよ」


 じーっ。

 どうやら本当に隠れる事に特化しているらしい。全身をうっすらと覆う魔力に組み込まれた術式が乳袋様レベルだ。こやつ本能で術を構築してやがる。

 ぬう、これは厄介だ。分析ではどうにもならぬ。やはり感知……本能で気配を察知する方が良さそうだな。つまり、気合いか。

 じーっ、じーっ、じーっ。


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