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第30話 目覚め

 主人公の出番は最後の方ですじゃ……。


 捕らえた御月様を皆でボコボコにしよう! なイベントが終了した。

 続いてのイベントは、新しい大宇宙の月の神の候補である紅月が先代 ”月“ である御月様から権能を全て奪い取るというものだった。

 様々な攻防(ほとんど一方的な嫌がらせ)が繰り広げられた末、紅月の高笑いが響き渡る。勝敗は決した。ついに紅月が神の卵になったのだ。実にめでたい事である。


 そうして現在、奪われた側の御月様は縛られて転がされている。今や彼女はただの敗北者だ。

 権能に関してはさすがに敗北を認めたらしく、暴れる様子は見られない。


「くっ……殺しなさいっ」


 実に悔しそうに「恥を晒すくらいなら死を選ぶ」と言っているように聞こえるセリフを彼女は口にしたわけだが、演技であって本心ではない事を周囲の者たちにあっさり見抜かれてしまった。


「何であんな心にも無い事を口にするのかしらね」

「これまでのやり取りで潔く死を選ぶ方ではないと知っていますのに……」


 影月が呆れた心情を隠さず呟き、新月がそれに続く。


「言ってみただけちゃう? 状況に酔いやすい人みたいやし」


 残月はまだカメラを持っていた。撮影は続いているらしい。


「あらあら、殺してしまったら他の方々に悪いじゃないですか」

「そうそう。まだまだお仕置きノートの内容の一割も消化していないんだから」


 ほがらかに笑っている紅月、鬼畜な事をサラリと言ってのける冥府の神。

 そこにススッと冥府の神の部下らしき人物が姿を見せた。


「宇宙転移陣の設置作業が終了しました。これからテストに入るのですが、あちらからはローゼル様がいらっしゃるそうです」


 ローゼルの名を耳にして、御月様は真顔になった。その真顔が段々と渋面になっていく。

 頭の中では色々あれこれ思い出しているようだが、その内容までは流石に外からは分からないので、冥府の神は無視する事にした。


「ああ、丁度いいね。来たら……真緑のいる部屋に案内して」

「かしこまりました」


 部下は頭を下げるとスッとその姿を消した。


「忍者や……忍者やで。絶対神様の部下は忍者だらけや」

「あそこまでの動き、まだ出来ないのよね……」

「精進あるのみですよ」


 冥府の神は懐かしい事を思い出すように視線を上に向ける。残月の言葉は的を射ていたからだ。「動きとかが忍者っぽいと格好いいし、素敵だよね」と口にして、部下たちが喜んで乗ってくれて今に至る。ノリの良い部下に恵まれたなー、と思いながら御月様を縛るロープの端を持った。


「じゃあ場所を変えようか」


 引き摺るのかな? と皆は思った。半分だけ当たっていた。

 横幅30㎝くらいのボコボコ道を魔術で作り上げ、自身は少し宙に浮いて御月様を引き摺って行ったのである。

 しかもボコボコ道は御月様が通り過ぎると消えるという凝った仕組みだった。無駄に技術が高い。


「ほれぼれするきちくぶりです」

「いや、憧れていいの? あれに憧れるの?」


 心から心酔しているような事を口走る紅星に、群青が真っ当なツッコミを入れる。


「そういえば神様、ローゼル様はどのような方なのですか?」


 紅月の質問に、そういえば今ここに居る面子めんつはローゼルたちを直接知らないっけ、と冥府の神は思い出した。


「女嫌いで容赦が無いね。ああ、女性陣は無難な態度を取っていれば大丈夫だよ。あくまでしつこく言い寄ってきたり、凄く怒らせた場合だからね」


 ”凄く怒らせた“ の部分で、全員が御月様に目を向けた。

 その様子に苦笑しながらも冥府の神は進み、やがて真緑が眠る部屋に到着した。


 ◇◇◇◇◇◇


 様々なパステルカラーの色彩がグルグルと回る半透明の膜。その中にゴロ寝マットの上で眠り続ける真緑の姿があった。側にはリコちゃんとツバキがいるが……。


「何か台無しじゃね……?」


 その光景を見た群青がボソッと呟く。

 何がどう台無しなのかは皆分かっている。決して側にいる骨っ娘の事ではない。神々しい状況にそぐわない、やたらとポップな柄のゴロ寝マットの存在の方だ。

 代表して白菜が「言っちゃ駄目」とたしなめた。


「あれ? また様子が変わったね」

「ついさっき変わったんですよ」


 ずっと真緑の側に居たリコちゃんが説明してくれた。


「へー、もう少し時間かかりそうかな。まあ、それじゃこれからの指示を出すね」


 御月様が居ても支障は無いらしい、と皆が思った。

 彼女が何かを言おうとして、神様に頭を踏まれて「ぷぎゃっ」としか言えなかったのだ。おそらく「てめーも大人しく聞いていろ」という事だろう。


「すでに各地下都市には部下たちを派遣したから。あっちは気にしなくていいよ。で、天空の城とか言ってるらしい本拠地の方は向こうにゲスコーンが戻ってからが本番。紅星は僕と来て。紅月は白菜のサポートに回って欲しい。群青は真緑と紅星の護衛として二人と一緒に行動すること。それとこれから真緑にはウチとのパイプ役として冥土院(めいどいん)一族から一人付く。リコちゃんとツバキ、仲良くしてやってね。影月と新月は紅月と一緒でいいけど、残月は借りて行くよ」


 淡々と述べているが、その足は御月様の頭を踏み続けている。真面目な表情を崩さずに、全ての憎しみを足に込めてグリグリ踏み続けているのだ。恨みは奈落の底よりも深いと聞かされていたので、誰も止めようとはしなかった。


「ちょっ……カーバンクルがどうのと……」


 しかし御月様はめげない。自分が悪い事をしたとは微塵も思わないので、平然と抗議や質問が出来るのだ。


「君が見てるの知ってたから。見られているの分かるから、言葉を選んでたんだよ」


 神様がネタばらしに入ったから、ここから犯人(御月様)の自供シーンになるのかなと思い、他の者たちは大人しく成り行きを見守ることにした。


「……いつからですの?」


 ここに来て、ようやく冥府の神との頭脳戦にも敗れた可能性に思い至ったらしい。


「最初から。僕をナメてない? 君やその関連物に関して、居場所を特定する事は出来なかったけどさ。見られてるのは分かるんだよ。だから逆に利用した」

「ぐっ……もっとユニコーンを煽れば……。まさか ”創造“ の魂を回収しつつ ”再生“ も復活させようとしていたなんて……」


 実に正確な予測に、成り行きを見守っていた者たちは驚いた。


「この人こんなに頭いいんだ……」「それでいてあんな見え見えの罠にかかるなんて……」などとヒソヒソ話し合っている。

 そう、本来なら物凄く頭が良くて、まともに頭脳戦を仕掛けると苦戦するのだ。紅星の存在を知ってから彼女のポンコツ化が始まり、それによって攻略の難易度が(スーパー)イージーモードにまで下がったのである。

 全く本当に紅星のおかげだよねー、と冥府の神は心の中で苦笑していた。


「さて、と。ちょっとこっちも聞きたい事あるんだよね。君、あのミントを乗っ取った奴の権能の事知ってたの? ”さげまん“ が権能として扱われるなんて僕も初耳だったんだけど」


 御月様以外がギョッとした。「さげまんって、あのさげまん?」「何それひどい」とかざわついている。


「……その様子だと、知ってたね?」

「だってわたくしが仕込みましたもの。あんな物、移植しちゃえば解決ですわ」

「移植……?」


 移植という言葉に一同が静まる。


「この才色兼備と良妻賢母を極めたわたくしに ”さげまん“ が生えるなんてあり得ませんわ。全く何であのような物が生えてきたのか。色々都合が良いのであのお花畑思考の馬鹿女に植えつけてやりました! 疫病神の権能に見事に引っ付きましたのよ。ホーッホッホッホッ」


 全てはこいつが悪い。高笑いをする彼女を見て、皆がそう心の中で呟いた。


「正に諸悪の根源だったね。アンジェリカからメリッサという人物の話を聞いたけど、あの程度のさげまん女ってありふれてるし、権能にまで成長するなんておかしいと思っていたんだ。大いなる宇宙の意思から月と太陽の権能の改造を許された理由にも納得したよ」


 冥府の神がやれやれと首を横に振る中、ふいに紅月が例のステータスを見れる道具を取り出した。

 ああ、”さげまん“ が生えたって言葉があったから、それを確認するのかなと思い、誰もが結果を待った。

 しかし中々動きが無い。どうしたのだろう? と皆が顔を見合わせる。

 それからしばらくして、ようやく紅月の口から言葉が出た。


「……さげまん苗床って、何ですかこれ」


 一瞬で室内の空気が凍り、皆が無意識に御月様から一歩分距離を取った。当の御月様ですら真顔になっている。


「紅月、あなた目がおかしくなったのではありませんか? その様な物が存在するはずがありませんわ。ええ、あり得ませんとも」

「何度見ても ”さげまん苗床“ って表示されていますのよ。ですから神様に聞いているのです」


 紅月は冥府の神を見る。冥府の神は御月様の頭を更に踏みつけた。

 まるで虫を踏み潰すかの様に、グリグリと踏みつけている。


「産廃以上のゴミ。処分すら慎重にならなきゃいけない厄介なゴミ」


 うわぁ……と全員がドン引きしながら御月様を見る中、ローゼルたちが到着したとの報せが入った。


 ◇◇◇◇◇◇


 現れたローゼルは、黒髪緑目の日本人ベースの正統派美形であった。

 ”超“ が付く美形だ。”絶世の“ を付けてもいいレベルの美形だ。

 ああ、これは美貌自慢の肉食女たちが狂喜して突撃するわ……と、ローゼルと面識の無かった者たちは思った。


「あれ、その子らも一緒だったの」

「勝手にくっついて来たんです。ほら、直接会うのは初めてだろう」

 なお、ローゼルは冥府の神に対してのみ敬語で、その他の者には滅多に敬語を使わないそうだ。


「初めまして。レアなのだ」

「初めまして。ペンネなんだな」


 ローゼルの肩に乗ったまま、元気に自己紹介する可愛いネズミさん二匹を前にして、新月の心臓が危うい事になっているが、それは一先ず脇に置かれた。

 転がっている御月様に気付いたローゼルは、汚物を見るような目で彼女を見下ろす。

 一方でレアとペンネはしばらく真緑を見つめていたが、ふいに御月様の方を向いた。そして何かを思い付いたらしく、一番近い森はどこかと冥府の神に尋ねた。

 冥府の神が正直に教えると、二匹はローゼルの肩から腕を伝って降りて行き、床に着地する。その様子は新月以外の者たちですらキュンときてしまった程可愛いかった。

 ただし、その後に口にした内容は微妙だったが……。


「嫌がらせならアレなのだ!」

「アレをする為には森で材料調達なんだな!」


 一体何を思い、何を考えてそんな結論に至ったのか。二匹は不穏な事を言いながら部屋を出て行った。

 約一名床に横たわり胸を押さえて幸せそうに苦しんでいるが、放っておいても大丈夫だろう。

 ローゼルは二匹を特に止める事はせず見送り、御月様から真緑へと視線を移した。


「雑草……あ、今は真緑か」

「お久しぶりですローゼル様」


 ツバキがローゼルに頭を下げた。


「ツバキか。無事で何よりだ」


 自身の世界の神獣であったツバキに対し、ローゼルは優しい笑みで応じる。


「ローゼル、久しぶりですね」


 リコちゃんも挨拶をしてきた。

 聞き覚えのある声を発した骸骨娘を見て、ローゼルは「ん!?」と眉をひそめた。


「……その声は、バジルか?」

「今は骨っ娘リコちゃんですっ」


 クルッと一回転してみせるリコちゃん。それを見たローゼルの目は、明らかに現実逃避している者の目だった。


「……ああ、久しぶりだ。元気そうで何よりだ」


 無難な言葉しか出ない程、元同僚の骨の姿はインパクトがあったらしい。その様子を見守っていた神様は、苦笑しながらも助け船を出す事にした。


「ローゼル、こっちの人たちを紹介しておくね」


 ◇◇◇◇◇◇


 一通りの自己紹介を終え、今度はローゼル側の事情を話す番になった。

 ローゼルは小包を神様に渡すと、御月様に目を向ける。何やら関係する事のようだ。


「俺たちは生者の宇宙の端の端にある惑星に逃げ延びた。そこはタイムの弟子のグリューネという女神が調整中で、陸上に植物はあっても動物はまだ居ない世界だった。実はすぐ近くにもう一つ似たような状態の惑星があってな、そこも彼女が調整したらしい。何でも極秘の依頼だったとか……」


 皆にはローゼルが何を言いたいのか、何となく察する事が出来た。


「まあ、彼女もしたたかでな。報酬として惑星を覆い隠せる隠蔽用の魔術の術式を魔道具に刻んでもらったそうだ。その隠蔽魔術の効果的は本当に素晴らしいもので……。ほぼお隣同士の惑星なのにゲス連中には見つからず、今日までずっと平穏に過ごせている」


 ああそれは確実にこいつが絡んでいるな、と皆が御月様を見つめる。


「あら、グリューネさんはお元気ですのね」


 御月様は居直っていた。


「そうですわよ。元々愛しい我が君との愛の巣用の惑星だったのです。素敵な自然の住まいを造り上げたのに、よりにもよってあの脳ミソお花畑の馬鹿ップルがっ。いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ……!! わたくしと我が君を引き立てつつ美しく輝く物をと、考えに考え抜いた渾身のデザインのあの場所で、いちゃいちゃアンアンと破廉恥な行為を……ああっ! 腹立だしいですわ! しかも平原を演習場にしてドンドンドカドカと破壊の限りを……! あそこは我が君とのデートコースになる予定でしたのよっ!!」

「脳ミソお花畑なの一緒じゃん……?」


 誰かが呟いた。群青である。


「どうせやろうとしていた事も同じなのでしょう? 二人だけの世界で幸せに……ですか? 見事なお花畑思考ですね」


 紅月がささっと紅星を後ろに隠した。


「ぜったいにいやです。なにがあってもいやです」


 紅星が紅月の後ろから顔だけを出して御月様に向けて抗議を始める。見た目が三歳児であるため、実に自然な光景であった。


「あぁっ! 何故です我が君! 才色兼備、良妻賢母を備え極めた最高の女であるわたくしの何が悪いとっ!」

「 ”さげまんなえどこ“ をもっていて、なにをいうのです」


 ”さげまん苗床“ と聞き、ローゼルは汚物を見る目からもっと別の危険物を見る目に変えた。そして冥府の神に視線を移す。


「混沌に棲む大いなる宇宙の意思からもたらされた、さげまんの権能の能力の情報があるのですが」

「ぜひ話して。知りたい」


 ぜひ知りたいです! という期待の眼差しがローゼルに集まった。


「まず恋愛対象の全能力の永久低下。それから恋愛対象の全能力に自身の魔力を上乗せする上昇効果。この上昇効果は定期的にいちゃいちゃする事で保たれるらしいです。効果の持続時間までは分からないそうでした」


 ああ、恋愛対象なのか。それは実に ”さげまん“ らしいなと皆が納得した。


「能力低下させておいて能力上昇の効果って……何それ意味あるの?」


 ツバキが真っ当な指摘をする。


「結局男を立ててる自分素晴らしいって主張してるだけじゃない」


 影月の言葉には、いつも通りの棘があった。


「能力の低下は永久で、能力上昇の効果は時間制限があるあたりが……」


 床に寝そべったまま新月が何とも言えない表情で感想を口にする。


「まさに ”さげまん“ の名に相応しい能力ですね」


 紅月が飽きれながらまとめた。

 ヒソヒソと話し合う外野たち。そんな中、残月が元気良く手を挙げた。


「質問ええでっかー」

「残月、どうぞ」


 冥府の神が許可を出し、残月が今後とても大事になるであろう事を口にした。


「ゲス馬鹿ップルがアンアンやってる映像見ただけでHPやMP、各能力値が下がってたんや。下がり方や下がる能力は人それぞれやったけど、これはどーゆー事や? 能力値は今全員元に戻ってんけど、むっちゃ気になるんや」


 問うように冥府の神はローゼルを見た。もしゲス馬鹿ップルが目の前でいちゃつき始め、見ただけで能力を低下させられたら悪夢でしかない。今思えば……という出来事を冥府の神は思い出していた。

 さげまんの能力が発揮される時、漫画の様なエフェクトが発生するとローゼルは続けた。対象以外がそのエフェクトの効果範囲に入ると、能力値が一時的に低下する可能性があると聞いていたから、おそらくそれであろうとの事だった。

 録画映像でも効果が及ぶとは、流石は権能である。凄いと言えば凄いが、誰だって見ただけで能力が低下するなんて事は勘弁してもらいたいものだ。


「防ぐ方法はあるの?」

「防ぐにはさげまん耐性が必要らしいです。約二名さげまん完全耐性を持っていると聞きました。ちなみに俺のさげまん耐性は ”大“ と表示されています」


 器のステータス欄には様々な耐性や状態異状が表示され、耐性は小・中・大・完全の四段階で表される。


「そういえばあったっけ ”さげまん耐性“ ……。これまで騒ぎにならなかったから、その存在を気にも止めなかったよ」

「何やてぇ……。自分、そんな耐性あったかぁ?」

「そういえば耐性一覧で見た事あったような……」

「毒耐性は分かるけど、”さげまん“ って……」


 各々、器のステータス欄をチェックし始める。ちょっと気になるがとても気になるに変わり、確認しなければ安心できない状態になったのだ。それほどに ”さげまん“ という言葉の響きは強烈だった。


「……はて、完全耐性を持つ二名とは誰なのです?」


 ふと紅月がそんな事を口にする。


「真緑と……白菜殿だ」


 一同が白菜に注目する。そして冥府の神が頭を抱えた。


「作戦的に……これは、惜しい! 白菜はここに居てもらうし……。ああ、でもローゼルが耐性 ”大“ なんだよね。あ、自分どうかな……」


 しばらくさげまん耐性で場が盛り上がる。

 そんな中、ただ一人御月様は真緑を見つめていた。


「……格下のくせにいつもいつも。やっと消したと思ったらこうして復活して……。あれでは生ぬるかったという事ですわね。もっと徹底して潰さないと。どうやって……何を使って……」


 敗北は認めたが、反省はしないし諦めもしないらしい。それに気付いた冥府の神が、改めて御月様の頭を踏みつける。

 彼が何かを言おうとし、ローゼルが追撃の魔術を使おうとした時、真緑に変化が出た。


「ああっ……! ご主人様がついに……!」


 真緑を覆っていた膜が消え、リコちゃんがすぐ側に駆けつける。ローゼルもリコちゃんの反対側に回り、真緑に手を伸ばした。


「え……」


 真緑の体を中心に、彼女の力が広がるのが分かった。

 その力は濃度を変える事なく広がり続ける。


「うわ……宇宙全て……ここも、生者側もまんべんなく広がってるよ。本当に端まで届いてる……」


 冥府の神の言葉に、その意味を理解した者が唖然とする。


「あ、しかも少しだけど宇宙樹に力が戻ってる。支えるのちょっと楽になった。え? これ回復効果のある物を広げてるんじゃなくて、探査中なだけ!? 早速仕事してる!?」

「はぁ……偉くなったと思ったら、物凄い存在になったのね雑草」


 ツバキは真緑と御月様の間に移動しながら言葉を続ける。


「でもローゼル様、諦めないでしょ?」

「元々再生の神の側に立つ事を目標としていたんだ。むしろこれからだな」


 ポツリと「今度こそ側に立つ事を許して貰えるだろうか」とローゼルは呟く。

 リコちゃんはローゼルからツバキへと視線を移し、二人は目で会話を始めた。


『え、これってローゼル本気でご主人様狙ってます?』

『元々ラブラブだし、見た感じ雑草の部分はかなり残ってるからカップル成立いけるんじゃない?』

『うーん、ローゼルなら大丈夫かな? でもこの口ぶりだと先代の再生の神様の事言ってません?』

『そうねー。ローゼル様にとっては同じ存在なのかも』


 二人が目だけでかしましく会話をしている一方で、冥府の神は御月様に苦情を入れていた。


「 ”再生“ が居るだけで宇宙の状態がこうも違うんだね。……何で君の先代は ”再生“ を葬ろうとしたかな?」

「代々の ”月“ の悲願でしたのよ? それに口うるさいですし」


 冥府の神は大宇宙全体に活力が甦りつつあるのを感じ、それによって余計に腹立だしい疑問が湧いてくる。自然と縛られ転がっている御月様への苛立ちと呆れが増していった。

 これまでにも相当苛立ちやら怒りやら負の感情が積み上がっていたのだが、更に付け足された感じだ。これぞ天井知らずというものなのだろう。


「あ、ご主人様が……」


 リコちゃんの呟きに一同の目が一ヶ所に集中する。御月様だけはギリッと歯を食い縛った。

 やがて真緑が上体を起こす。特に外見の造形に変化は無い。それでも纏っている物が変化していた。いわゆる神様オーラという物を身に付けたのだ。

 彼女は何故かローゼルからは視線を逸らし、リコちゃんの方に話しかけた。


「あれから何かあった?」


 その姿は神々しいの一言だった。美し過ぎるほどに美しいのだが、我を忘れて見惚れてしまうというものでは無い。おそらく心に作用する部分が異なるのだろう。安心感が先に来る不思議な美しさだった。何より威圧感がまるで無い。それなのに神としての存在の強さはしっかり感じる。

 リコちゃんは感激しつつ、眷族の務めとして主人の質問に答えた。


「ソレルが保護されて、御月様が罠にかかってくれて、彼女の眷族兼分体のルナシリーズがゲスコーン分体の毒牙にかかって色ボケになり、紅月様がめでたく神の卵になりました」


 その説明を受け、真緑は縛られて転がっている御月様の方に視線を移した。

 根性で御月様は上体を起こし、真緑に何かを言おうとしたが……。


「あちらの乳袋様が御月様で合ってる?」


 神々しい神様オーラを手に入れても、中身の基本は変わっていなかった。

 言葉の内容と中身の変わらなさにより、一同はおもきっきり吹いたのだった。


 神様の部下の忍者率は65%です。鈍くさい人にまで忍者的動きは求められませんでした。プロローグの様なやり取り用に残してあるのです。

 とゆーか、皆が同じ忍者系だと妙な雰囲気になるので、何をしても目立つ人とかのんびり屋な人とか鈍くさい系の人も一定数混じっている方が精神的に楽なのですな。

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