第28話 悔恨を糧に
◆出発前◆
冥府の神が派遣してくれた者たちから、宇宙転移陣の設置が完了したと報告を受けた。
到着から一日と少しで終えた手際は流石だが、彼らもかなりの過密スケジュールだったらしい。疲れが見えたので、最終チェックの試験転移は俺がやる事にした。なるべく早く届けたい情報があるしな。
「じゃあローゼル、行って来い。雑草ちゃんとの愛の結晶の事を忘れるなよ」
タイムが余計なお節介を口にする。
「雑草ちゃん用のウェディングベールはもう少しで完成だからね」
ラベンダーも何だかんだでタイムと似た方向性の事を言ってくる。
「我々はユニコーンより御月様の方をボコりたいと冥府の神に伝えてくれ」
セイボリーが一番まともな事を言いながら「重要」と書かれた包みを渡してきた。宛先は冥府の神になっている。
「ローゼル様ー!」
ドタドタとネズミ……カーバンクルのレアとペンネがこちらに走って来るのが見えた。
あいつら何で二足歩行状態で走るんだ? 四足歩行の方が楽だし速いだろうに。
「自分らも行くのだ!」
「雑草に会いたいんだな!」
ジャンプ一回では俺の肩に乗るなんて芸当は出来ず、何とか手にしがみついた後、腕を伝って肩まで来た。
可愛いっちゃ可愛いんだが、この図々しさが何とも言えない。
「行儀良くしているんだぞ」
おそらく怒られる事はしないだろうが、念を押しておかないと何処までも突っ走った行動をするからな。
思えば雑草も最初の頃はこの二匹と変わらなかった。いつからか変化が出て、いつの間にか精神的に成長していた。
それを痛感したのは雑草に助けられた後だったな……。
◆ローゼルの回想◆
雑草がいきなり神核を交換させた後、俺は意識を失った。
無理矢理眠らせる仕掛けまでして、何処まで用意周到で容赦がないんだあいつは。賢さも技術も神になるには十分と判断したが、ここまでとは……。してやられたな。
気が付くとレアとペンネに動力扱いされて星を脱出していた。
こいつらも雑草同様遠慮という物がない。類は友を呼ぶって奴だ。
「方舟のレシピなんて誰も知らない物を、雑草は何処で手に入れたんだな」
ペンネがブツブツとぼやいていた。その中の ”方舟“ という単語で記憶の蓋が開く。神となる以前より更に前の記憶が甦ってきた。
◇◇◇◇◇◇
美しく波打つ黄金の髪を持つ女の後ろ姿を今日も見つめる。大宇宙の再生の神が空間の綻びを直しているのだ。
いつもどうやっているのだろうと思い、俺は横に回りこんでみた。
たくさんの魔方陣が歯車の様に絡み合った、とても複雑な魔術が展開されていた。
それはとても綺麗で、俺は時間を忘れて見つめ続けた。
同じ事が出来るようになったら褒めてくれるかな? そうなったら今よりたくさん構ってくれて、もしかしたら側に居させてくれるようになるかもしれない。
そう考えて、俺は先ずは魔術の扱いを覚える事にした。
こう……でこう、か?
どうにか目の前の小さな穴(俺の前肢の太さくらい)が塞がってきた。
やった! 成功だぞ!
……しかし何か不恰好だな。もっと綺麗に出来ないものか。何かが余分なのか? それとも足りないのか? 次はこっちの穴で試そう。
見よう見まねの手探りで魔力を操っていると、誰かが声をかけてきた。
宇宙空間に居て人型なら、神しかいない。
「うさ公、お前面白い事してんな」
何の神かは知らないが、悪い奴ではないようなので撫でられてやる。
「イッショニ、イタインダ」
「あっはっはっ! おい、”再生“! こいつお前になついたぞ。 ”月“ に殺されないように気を付けろよ」
大宇宙の再生の神様には眷族がいない。初代の頃に眷族候補が大宇宙の月の神に全て殺されて以来、作らないようにしているそうだ。
「これ以上側に来るなと言っているんだけどね……」
そう言いつつ作業が一段落つく度に、いつも俺を可愛がってくれる。今も抱き上げて抱っこしてくれてるじゃないか。最初はビックリしたけど、慣れると悪くない。特にこの柔らかいふくらみが心地いいんだ。
「 ”運命“、お前いい加減表舞台に出ろ」
「やなこった。俺様の存在は混沌の狂人共とお前が知っているだけでいいんだよ」
そいつは再生の神をじっと見つめた。
「俺様はきっと次の宇宙には居ねえから。ま、いつか別の奴が大宇宙クラスに成長するさ」
そう言って彼女と唇を重ねやがった。ちょっとムカッときたのでキックをお見舞いしてやる。ていっ!
そうだ。人型の姿を取って強くなればいいんだ。俺は彼女にこんな寂しそうな表情はさせないぞ。
「そうか。負ける時が来るのか……」
負けるって何だろう? よく分からないけど、強くなって戻ってくればきっと側に置いてくれる。
そう信じて、俺は再生の神様と別れた後、修復という名の修業を始めた。
宇宙を巡り、小さな綻びを見つける度に穴を塞いでいったのだ。
そんなある日、俺は大宇宙の月の神に攻撃された。
「まったく、うさぎごときがあの目障りな女の真似事をするなんて」
そう言って蹴ってきたのだ。
大宇宙の月の神の不意討ち攻撃を、ただの宇宙うさぎが避けられるわけがなかった。俺は何とか体勢を整えて着地する。
悔しいが勝てない。死んだら全てが終わる。再生の神の側に立つなら、今は逃げるべきだ。
何とか奴の魔術攻撃を避けながら、俺は逃げた。
悔しくて、もっとずっと強くなりたくて。逃げて逃げて、そしてよく分からない場所に辿り着いた。ぐにゃぐにゃした色彩の空間だ。
後で知ったが、そこは混沌への入り口に繋がる道だった。混沌の中には大宇宙の運命の神の隠れ家があり、俺はそこに迷い込んだらしい。
「お、また会ったなうさ公。……怪我してるじゃないか」
あの時の神が居た。気にくわない奴だが、俺を襲ってきた奴よりずっと信用出来る。
気が緩んだら、悔しい気持ちが更に強くなってきた。意識していないのに、気付くと願望を口にしていた。
「ツヨク、ナリタイ」
「おう、”月“ にやられたんだな。小動物にも容赦ねーから ”太陽“ が離れたっちゅーに。何でその事に思い至らないかね」
ひとりでの修行には限界がある。再生の神様のお手伝いが出来るだけじゃ駄目だ。あの ”月“ に負けないくらいの強さを得なければ。
そして今、頼れるのは目の前の神だけだ。気にくわない? それが何だ。
「オマエ、オレヲツヨクデキルカ?」
「……俺様は運命を司る神だ。だから直接どうこうはしねぇ。代わりに道は示してやれる」
傷を治してくれた。ちょっとムカつくけど、やっぱりいい奴みたいだ。俺を差し置いて再生の神様と仲良く……あ、これか。そっか、嫉妬ってやつだったんだ。
「悔恨を糧とせよ」
額に指が当てられて、頭の中に何かが浮かんだ。
再生の神様と同じ黄金の髪を一房だけ持った、緑色の髪の女が見えた。その隣に別の女が現れる。髪の色は違うけど、あれは……。
「イマノハナンダ? コウカイシテ、ツヨクナレルノカ?」
「見えたか? 俺様に出来るのはこれだけだ。後悔して、そればかりに捕らわれるな。前へと進む糧にするんだぞ」
「……オオ、ソウイウコトカ!」
嫉妬を乗り越えたら、こんないい事があるのか。今こいつといる時間がとても楽しく感じる。頼ってよかった。
「オマケだ。お前の魂ならすぐに人間に転生できる。どこの星のでもいいから輪廻の輪へ行け」
◇◇◇◇◇◇
このあと大宇宙の運命の神と会う機会は無かった。
俺は人間に転生し、その死後すぐに神候補としてある大地の神に引き取られる。おそらく根を回してくれていたのだろう。
神修業中に宇宙の崩壊が来て、俺は新しい大宇宙の創造神に拾われた。
今なら彼の言っていた事が理解出来る。彼は自身の全てを懸けて再生の権能を復活させる道筋を作ったのだ。そしてうさぎとはいえ、恋のライバルに再生の神の事を託した。
運命を紡ぐには相応の代償が必要だと、最初の師匠が話してくれた事があったな。きっと存在をかけた一世一代の大仕事のつもりだったのだろう。でも多分、今も健在だよな? 何となくだがそんな気がしてならない。
「雑草……君は、そうか。”再生“ だったんだな、あの権能は」
ずっと忘れていた。人間の前が宇宙を巡る宇宙うさぎである事も、再生の神の事も。どうして雑草に対してあれほどの愛情を抱いていたのかも理解した。
”運命“ に見せられた映像が、彼が紡ぐ予定の流れだったのなら、生きていれば再び会える。
「雑草は……」
[ご安心ください。雑草の魂は送り出しました。いつか会えます。私もいつか再び……]
輪廻の輪の声が聞こえなくなった。破壊されたのだろうか。
「ローゼル様!? 気が付いたのだ!」
「ローゼル様、ツバキは一緒じゃないけど多分無事なんだな。この方舟に乗れなかった連中は、きっと冥府の神様に拾ってもらえるんだな」
「一時しのぎの亜空間避難所に行けたはずなのだ」
「そうか……」
今の俺はただの球体だ。動力的な扱いで、窪みにピッタリと嵌まっている。何でこの窪みは神核にピッタリのサイズなんだ?
「いつまでこうしていればいい?」
「安全な所に辿り着くまでなんだな!」
「宇宙がヤバいのだ! 全速力なのだ!」
何でこいつらこんなに理不尽なんだろうと思ったが、これは俺自身の日頃の行動パターンだった。何だ自業自得かよ。
「そうか。持久力も重要だから、たまには誰か代行しろよ」
せっかく再会出来たのに、俺は彼女の役に立つどころか助けられた。知らなかったとは言え、悔しいな。このままじゃ終われない。雑草と再び会う為にこの大宇宙崩壊を乗り切らねば。
◇◇◇◇◇◇
途中で様々な星からの方舟と合流した。その中にはセイボリーとラベンダー、そしてタイムもいた。
『グリューネのいる星の座標を送るぜ。なんつー偶然と幸運だよ。やっぱりアイツは俺様の女神だ』
タイムがおかしな事を口走った。
たまに奴の話に出るグリューネさんとやらは、エルフから神になったと聞いている。環境を整えるのが得意で、今も宇宙の端でせっせと惑星改造中だそうだ。
「通話可能な範囲になったら、ちゃんと説明しろよ。いきなり押しかけるんだ、何も知らせないのは悪いだろ」
『わーかってるって。……雑草ちゃんは、いつか会えるみたいだな』
「ああ、だから今は生きのびる事だけを考える」
『そういえばタイム、そのグリューネさんとこって惑星の段階はどのあたり?』
ラベンダーの質問に、タイムがキョトンとする。
『改造中って言っただろ。冥府から輪廻の輪を呼ぶ前の段階だよ』
おい、それって本当に原始的な状態じゃないのか? それに……。
『じゃあますますタイムに取り次いでもらわないとね。僕らグリューネさんと面識ないんだし』
『任せろ!』
あ、タイムに任せちゃ駄目だ。セイボリーが同じような内容の言葉を呟いたので、奴に任せよう。何せ結局交代無しでずっと動力源にされていたから、まだ回復しきっていなくて球体の状態のままだし。
そして案の定タイムは血迷った言葉を口走り、セイボリーが代わりに説明をする羽目になった。
まあグリューネさんは慣れていると言って笑いながら俺たちを受け入れてくれたが。
◇◇◇◇◇◇
到着後、混沌に居る ”大いなる宇宙の意思“ が接触してきて、全ての結末を知った。そして俺たちは創造神の復活の目処が立つまで隠れて過ごす事に決めた。
様々な世界の生き残りが集まり、会議をし、神と神獣と神の世話をする人間と一部の動物以外の魂は方舟で眠り続ける事が決まる。
輪廻の輪が無いので代用として輪廻機関と魂の坩堝が作成された。
忙しい日々だった。それが一段落し、落ち着いた頃の事だ。神獣用の魔石が神核に残っていることに気付いた。
この神核は雑草のものだ。しかし魔石は魂に付くので神核に残るはずがない。
「何でここに……」
「魔石が魔石を生んだのだな。宇宙規模でもレアケースだが」
よく見ると、魔石には魂が宿っていた。いや、この魂の存在のお陰で着付けたと言える。
俺とセイボリーは言葉が出ない。しばらく時間だけが過ぎていった。
「……これを言うのはタイムの役割だと思うんたが、言っていいかね?」
幸か不幸か……セイボリーにとっては不幸だな。タイムは惑星探険に出掛けていて居ない。俺は覚悟を決めて目で促した。
「残っていた雑草ちゃんの魔力と君の魔力が合わさり、魔石を核として新しい魂が誕生したと見る。すなわち君と雑草ちゃんの愛の結晶だな」
やはりそうなのかと気が遠のいた。
「神らしいと言えば神らしい奇跡だ。似た事例はチラホラ見受けられる。これから君はこの魂を保護していくべきだろう。……タツノオトシゴのオス的なものだと思えば受け入れられる、か?」
「大丈夫だ。受け入れられる。名前は仮のもので……そうだな ”青葉“ にしよう」
雑草と再び会ったら、その時に新しい名前を考えればいい。性別は男の子だと思うが、女の子でも ”青葉“ はありだろう。
戻ってきてこの事を知ったタイムのイジリは、いつもより控え目だった。その理由を尋ねたらこう返ってきた。
「だってさ、愛の結晶はあっても雑草ちゃん居ないじゃん? 傷を抉るようで気が乗らねーんだよ。それより子供に愛を注いでやれよパパ。俺様もパパのお友だちのおじさんとして優しく暖かく見守るからさ。たとえ神と神獣、人間とうさぎの組み合わせでもお前は俺の友だちだ。いやずっと思っていたのよ。お前がうさぎになれば……」
目からウロコな事をタイムに言われた俺は、この日からうさぎ姿も取るようになった。どうして最初からこうしなかったのか、過去の自分を責めたい。
人間とうさぎだから変態扱いされるんだ。同じうさぎになってしまえば雑草の人化を待つまでもなかったんだ。
だがうさぎ姿になった時、俺は少しだけ絶望した。垂れ耳を希望したのだが叶わなかったのだ……。
その後も何度も試したが、努力は実らなかった。
◆回想終了◆
時が流れ ”大いなる宇宙の意思“ から状況の変化を報された。大宇宙の再生の神が復活する、と。
俺たちは用意していた通信機の設計図を従い、少しずつ作っていたパーツを組み立てていった。
そうして冥府との交信(ぶっつけ本番だった)に成功し、現在に至る。
”運命“ に言われた通り、悔恨を糧にして神としての力を磨いてきた。振り返るとしかし、それでどれだけ強くなったかが分からない。何より雑草……いや今の名は真緑だったか。
「彼女は俺をどう……」
宇宙転移陣まであと一歩の所で思わず口にしてしまった。
再生の神の側に立つという願いと、今の彼女に受け入れてもらえるだろうかという不安。”運命“ からの期待。
進むしかないのに、ここに来て臆病さが顔を出してきた。
「大丈夫なんだな! 雑草は友だちなんだな!」
「そう! ずっと友だちなのだ! 何かすっごく長い時間が流れたけど友だちは友だちなのだ!」
こいつらは俺の心の動きを感じ取ったのか、それとも自身に言い聞かせただけなのか……。いや、どっちでもいい。
「ありがとうな」
レアとペンネの言葉で心が楽になり、俺は迷うことなく宇宙転移陣に足を踏み入れた。
◆おまけ◆
宇宙うさぎだった頃、よく再生の神に抱っこされていた。多くのうさぎ同様抱っこされるのが嫌いであったが、ポヨンポヨンなおっぱいの柔らかさを気に入り、その内抱っこが嫌ではなくなった。(再生の神限定)
その事を思い出したローゼルの頭に浮かんだ言葉は「エロうさぎ」であった。(しばらく落ち込んだ)
◆補足・宇宙生物について◆
宇宙にいい感じに生命が溢れ、たくさんの魂が宇宙樹の枝を行き来すると、その影響を受けて宇宙空間に生息可能な生物が生まれる。
星の記憶と魂が融合した存在、それが宇宙生物だ。(実は性別はあっても生殖能力は無い)
生息域は銀河と銀河の間あたりで、全身をぼんやりとした光に包まれているのが一番の特徴だ。
”宇宙○○“ と呼称され、”○○“ には既存生物の名称が入る。作中には宇宙タコクラゲと宇宙うさぎが登場した。
宇宙タコクラゲ、宇宙イカ、宇宙貝、宇宙エビ、宇宙大魚など水棲生物系は数が多い為、適度に間引きする必要がある。
なお、どれも美味であり、回復効果も高めなのでかつては神専用食材として扱われ、食されていた。
ただし、宇宙うさぎとか宇宙にゃんことかのモフモフ系(犬を除く)は珍しいので観賞物扱いである。
可愛いうさちゃんやにゃんこを「食ったどー! 旨かったどー!」なんて言おうものなら非難の嵐に身を投じる事になるであろう。
モフモフ系(犬を除く)はどれもデフォルメされた可愛いぬいぐるみ寄りの見た目になるので、「食べるなんて無理!」という気持ちになるのだ。
別の意味で食べたくないのが宇宙わんこだろうか。
血走った目はボコッと飛び出ていて、口からは涎が流れ続け……と見るからにヤバい姿をしている。その反面人なつっこくて従順だ。
何故犬だけがこうなるのかは未だに不明である。宇宙は謎に満ちているのだ。




