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第25話 外はこんな事になっていた① 反撃計画

 主人公不在です。


 ◆元女神たちは記憶を取り戻す◆


 オレガノが調査名目で出掛けた後、マートルとマジョラムは一先ず体を休めた。

 そして翌朝。いつもの通りに祈りを終え、念のためユニコーンに連絡を取ろうとした所でローズマリーがやって来た。


「ゼウス様が私たち以外の人とも話したいと仰ったの。今日の昼にでも……って提案なのだけど」


 彼女のその言葉に、マートルとマジョラムは喜んだ。まさに渡りに船である。


「是非、と伝えて下さい。昼食はこちらで準備します。時間になったらここにいらして下さいね」

「それと、これ作ったの。カモミールと一緒に聴いてみて」


 マジョラムは小さなオルゴールをローズマリーに渡す。

 ローズマリーは素直にオルゴールを受け取り、聖堂を後にした。


 ◇◇◇◇◇◇


 手のひらサイズの小さな木箱。とてもシンプルなオルゴールだ。

 廊下を歩きながら、「どうして今さら……?」とローズマリーは首を捻る。

 やがて好奇心に負け、ついにオルゴールのネジを巻いてしまった。


「あ、ローズマリー……」


 音が鳴ると同時にアンジェリカがローズマリーに話しかけてきたが、彼女はそれ以上言葉を続けられなかった。

 二人は時が止まったかの様にその場に佇むことになる。


『宝石よりハーブの方で付けよっか。……君の名はローズマリーにしよう』


 緑色に一房だけ黄金色が入っている髪。絶世の美貌なのに、見とれるより安心感が先に来る不思議な美しさを持つ女性。

 ローズマリーは流れる旋律と共に本当の記憶を取り戻し始めた。

 都合良く改竄かいざんされた記憶が剥がれ落ち、本物の記憶が次々と現れてくる。

 それは混乱を呼んだが、これまで感じていた数々の矛盾が受け皿となって支えてくれていた。

 一方でアンジェリカもまた、本来の上司である大地の女神・ミントの事を思い出していた。


『神とは世界の為に在る存在です。人間の為ではありません。しかし人間を管理し、支配するのも誤りです。難しいですか? あなたは一人ではありません。同じ神の立場の者たちが居ます。何かあった時は一人で抱え込まず、必ず誰かに相談するのですよ』


 慈しむ心とは何か。ただ清らかな言葉を口にするだけではないのだと教えられた日々が甦る。


「あ、ああ……ミント様は、あの様な目をしない! 違う! 違う! 私は……私はこれまで誰をミント様だと思ってきたの!?」


 アンジェリカは錯乱し、膝から崩れ落ちそうになった。それを支えたのはローズマリーだ。


「一緒に、来なさい」


 彼女の口から出たのは、これまでとは別人のような力強い言葉であった。

 アンジェリカはすがるようにローズマリーを見つめる。

 オルゴールの音は止まっていた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

「いやあ、そのうち挨拶をと思っていたが、そちらから来るとはな」


 ゼウスは上機嫌でアンジェリカを迎えた。

 ゼウスのこの軽いノリに対して、アンジェリカはとにかく真面目に律儀に対応する。


「それはこちらのセリフです。少なくともゼウス様がいらした翌日にでも挨拶に伺うべきでした」

「いやいや、いいねぇ凛々しい女騎士様!」

「ゼウス様ったら」

「演技なのか素なのか判断がつかんな。しかし奴らをあざむくにはその方が都合が良い」


 部屋に戻るとローズマリーはもう一度オルゴールを鳴らし、それによってカモミールも記憶を取り戻した。

 その時は随分と錯乱したが、ようやく落ち着きを取り戻し、今こうして朗らかに会話が出来ている。


 すっかり記憶を取り戻した三人だが、アンジェリカは雰囲気にあまり変化が見られない。記憶を改竄された時に元々の最大の特徴である「とにかく真面目」な部分が失われなかった為であろう。

 一方でカモミールとローズマリーは様子が大きく変わっていた。

 カモミールは大人しくて気が弱そうな印象が、淑やかで芯の強い女性というものへと変化した。

 ローズマリーは女王様系のお嬢様から真の女王様へと変わり、口調まで変化した。

 ゼウス的には「これはこれで良い」らしい。「女神様オーラ最高」とか言い放ち、上機嫌であった。


「さて、聖堂へ行くのは何時かね?」


 壁に掛かった時計の針は9時30分を示している。


「昼食の時間だ。まだ時間はあるな……少しこれからの事を話そう」

「そうね。そういえばアンジェリカ、あなたローズマリーに何か用事があったの? 廊下で呼び止めた所って言っていたけど」

「はい。ローズマリー様に地下都市の事で少々質問がありまして……」


 アンジェリカの唯一の分かりやすい変化は、カモミールやローズマリーに敬称を付けるようになった事だろう。


「何だ?」

「数日前に三番都市で脱走者が出たそうなのです。その脱走の原因が、女性住民たちは仕方がないと言い、男性住民たちは脱走者を罵っていました」

「何が脱走の原因なのだ?」

「何でも男が路上で通りすがりの女性に性器を押しつけ、性的行為を強要したそうです。その女性は抵抗し、女性の友人が男をゴミ箱の角で殴り逃走。未遂に終わりました」

「それは逃げるだろう……。まあ、それと脱走が必ず繋がるとは考えられん。別の要素も加わり脱走に至ったのだろうな。しかしそれは本題ではあるまい。私に何を聞きたいのだ?」

「その三番都市では女はノーパンで過ごせだの男に奉仕しろだの、何かと男たちが傲慢になっていて、彼らは法律で決まっている事だと主張しているのです」


 カモミールもゼウスも、そしてローズマリーも不快そうに顔をしかめた。


「……そんな法律は無い。これまでに変更の申し出も無かった。文書という形では存在しないな。ただし、最高責任者が言い出したのならどうにもならん。例えそれが気まぐれな発言であったとしてもだ」


 最高責任者とは、ユニコーンの分体のことである。日頃何をしているのかは不明だが、いる時にはいるので各地下都市での知名度は高い。


「ああ、やはり文書にはなっていないのですね。先程述べた事件も氷山の一角でしかなく、類似した事件が多発していました。脱走者が出た事がきっかけになったのでしょう。遂に女性たちは団結し、男たちと全面衝突するという大事件にまで発展しました。騒ぎは女性側の物理的勝利で一旦収まりましたが、男たちは反撃する気満々のようです。痴漢、強姦は犯罪という真っ当な主張に対抗する為に法律頼みという手段に出たみたいですね」


 ローズマリーは何とも身勝手で情けない連中だ……と思った所で、男たちの傲慢さが今に始まった事ではないと気付く。何となく流していたが、考えてみれば報告書に女が読むと腹立だしく感じる記述が度々あった。


「そういえばこれまで深く考えなかった……いや、考えないようにさせられていたのか。そうか、自分は色々と駄目になっていたのだな。……情けない」


 ローズマリーだけでなく、カモミールも落胆していた。記憶を封じられただけで、こうも思考能力が落ちるとは、と。


「よく考えたら、本来とは違う場所に誘われ、勝手な価値基準でランク分けなんてものをされているのよね」

「私は……ローズマリー様に話しかけるまでは法律の事以外は頭にありませんでした。しかし今は、地下都市に居る魂たちをあのままにしておけないと考えています」


 アンジェリカの真っ直ぐな眼差しを正面から受けたローズマリーは、想いは同じであると伝える為に強く頷いてみせた。


「魂たちの受け入れ先の事もある。先ずは冥府の神との接触だな」


 その為にもマートルとマジョラムの二人と話をする必要がある。しかしその前に、ゼウスに外の事を聞かねばならないと三人は思った。


「ゼウス様、ここの外は現在どの様になっているのですか?」

「ふむ……どこから話そうか。そうだな……まずカモミール、ローズマリー。大宇宙の創造神の魂は無事回収された。あのうさぎの中に保護されているはずだ。何故うさぎの姿なのかは知らんが……」


 ゼウスは魂回収計画の事は聞かされていた。

 神話世界でも話題になっていた規格外のアヒルを人間に転生させると聞いてはいたが、死んだ後にうさぎになった事情までは流石に見当がつかなかったのだ。

 しかも紅月が一緒だったから気付けたのであって、ゼウスの知らない人物が真緑を迎えに行っていたら、中々うさぎの正体に気付けなかっただろう。


「まあ君らの師匠は無事だよ。何故これまで冥府の神が強硬手段に出なかったかと言うと、創造神の魂を回収する事が最優先だったからだ。恐らくこれからガンガン行動に出てくるぞ」


 カモミールとローズマリーは、喜びと困惑の混ざった何とも言えない表情になっていた。


「あの方がガンガン行動するのですか……」

「例の ”まとめて倍返し“ が来るな。先に色々やっておかないと我々の分が無くなるぞ」


 冥府の神と直接面識が無いアンジェリカだけが何を言っているのだろう? と首を捻る。

 そういう方なのだとカモミールがアンジェリカに説明し、話題は宇宙の状態の事に移っていった。


 ◇◇◇◇◇◇


 白い壁には金と銀で編まれた細かな紋様が刻まれ、窓には色彩豊かなステンドグラスがめられている。扇状に広がる階段の先には蓮の花の蕾に似た像があり、一際存在感を放っていた。

 だがそれ以上の物は無い。ここは聖堂ではあるが、大勢の人が祈る場所とは違うのだ。

 表向きは報告の場だが、マートルとマジョラム、その他の封印物をまとめて監禁・管理する場という面が強かった。

 それでも彼女たちは抵抗を諦めず、こっそりとこの聖堂を改装してきたらしい。

 ゼウスは壁の紋様が特定の魔術の補助になっている事を見抜いた。


「ようこそ。はじめましてゼウス様」


 マートルとマジョラムの声がピタリと重なる。


「仲が良いという話に偽りはないね。最初の十二人の弟子に会えて光栄だよ。しかし、二人共……」


 ゼウスの表情が曇る。一見平常に見える二人だが、よく見ると魂の力が弱くなっているのだ。


「マートル、マジョラム……無理をさせたわね」

「話くらいは出来るのであろう? 現状を聞かせてくれ」


 カモミールがマートルを支え、ローズマリーがマジョラムを支えた。

 アンジェリカがふらりと前に進む。マートルとマジョラムがいつも祈りを捧げている像に向けて一歩一歩足を進める。


「ミント様……?まさか、ずっとそこに……」

「ええ。本当のミントの魂はそこに在ります。そしてカモミール、ローズマリー、あなたたちが持っていた権能やその他奪われたもの全てがあります」


 マートルが説明を始めた。

 記憶を戻すのにも慎重になる必要があり、あのオルゴールの作成に時間がかかってしまったそうだ。無理に戻すと精神崩壊の恐れがあったらしい。さらに記憶以外の物は、それぞれに警報が付けられていた。


「あのオルゴールは記憶を呼び覚ます為だけのものだったが、そういう事か……」

「ええ。あれを解放しようとすると、ユニコーンたちにすぐに知られてしまうのよ。だから解放の時は選ぶ必要があったの。もっともその方法を探るのにも時間が掛かってしまったけれど」


 マジョラムが補足をした後、アンジェリカが泣き崩れた。


「気付けなくて……申し訳……ありませんっ」


 別人を主と思い込んでいただけに、アンジェリカの悔恨の思いは深かった。


「では、あのミントは誰なの? ユニコーンの隣に居て、いつも熱に浮かされた様な表情をしていたのは誰?」


 カモミールがアンジェリカの代わりに問う。マートルは深く息を吐くと、彼女らの疑問に答えた。


「ようやくミントと会話が出来るようになった頃、判明しました。名はメリッサ。恋愛の女神候補として神修業をしていた者だそうです」


 アンジェリカが勢いよく顔を上げた。そしてパクパクと口だけを動かす。余程驚いたようだ。

 マートルはアンジェリカに優しい眼差しを向け、話を続ける。


「ある時、メリッサに新しい権能が生えました。とても小さいので当のメリッサは気付いていません。しかしミントはその権能が何であるか分かってしまいました。その日からミントの苦悩は始まります。折悪く、近所のバジルの世界は突如湧いて出たチート集団により荒らされていて、バジルはその対応に追われていました。とても相談しに行ける状態ではありません。頭を抱えている内に、メリッサに神核を乗っ取られてしまったそうです」


「補足するわね。その頃新たにユニコーンが生まれたのだけど、それが前世持ちだったの。でもそれ自体は珍しくはないから、ミントは気にしなかったみたい。それが間違いの元だったわね。バジルの世界の混乱さえも布石の一つだったのでは? と今では思えるわ。何が何でもミントの姿を手に入れたいメリッサと、好みド・ストライクのミントをどうしても手に入れたいユニコーンの共同作戦というのが真相よ。あのユニコーン、中身的にはミントよりメリッサの方が良かったみたい。これには更に裏があるけど、説明は後にするわね」


 マジョラムの補足説明で、ついにアンジェリカが口を開けたまま固まってしまった。


「……で、そのメリッサとやらに新たに生えた権能とは何だったのだ?」


 呆れつつもローズマリーが一番大切な疑問を口にする。

 マートルとマジョラムは、実に困ったという表情をしていた。


「そのような権能があるとは、私も知りませんでした。いえ、正確には生えた権能は二つなのです。一つは知っていましたが、もう一つは初耳でした……」


 実に言いにくそうなマートルの代わりに、マジョラムが話の続きを口にした。


「 ”疫病神“ が生えて、そこから更に ”さげまん“ が生えていたそうなの」


 カモミールもローズマリーもゼウスも、皆ポカンと口を開けて固まった。


 ・疫病神・

 この権能は本当に存在する。神としての力は最も低いが、とにかくひたすら他人の運を下げ続ける厄介な権能だ。神であっても不幸や不運は避けられないのである。

 ただ対象のすぐ近くにいなくてはならず、更にある程度親しくならないと発動しない為、誰彼構わず迷惑を被るものでは無いのが救いであろう。


 ・さげまん・

 元々は優秀、有能な男を駄目にしてしまう女のことを指した。

 例えば何かのスポーツで、絶好調で大活躍中のスター選手が、恋人が出来たとたん絶不調に陥ってスターの座から転がり落ちちゃった! な感じのものだ。

 (現在では少々意味が変わってきており、女性のみを指す言葉ではなくなっている)


「……さげまんが権能として扱われる日が来るなんて」

「知らん。知らんぞそんな権能。一体どんなものなのだ……」


 ようやくカモミールとローズマリーが震えながら言葉を絞り出した。


「疫病神から生えているあたり、ろくなものでは無いな。あー……よかった。知れてよかった。探りを入れる為に近づくという選択肢もあったが、捨てよう。絶対に一定距離以上は近づかんぞ」


 ゼウスは青くなっている。心の中では妻であるヘラの名を連呼していた。「ヘラ助けてー」「ヘラ会いたいよぉ」こんな感じであるが、女の子の前なので泣き言なんて口にもしないし表情にも出さない。ゼウスの男としての意地であった。


「ああ、メリッサ……。恋愛至上主義で、無駄に明るくて夢見てばかりで、いつもいつも言葉に酔って暴走して……。変わっていない! どうして今まで忘れていたの!? まんまメリッサじゃないの! 外面が変わっただけのさげまんメリーじゃないの!」


 アンジェリカが叫ぶ。

 一同が一斉にアンジェリカに注目した。


「アンジェリカ、ちょっとそれ詳しく話して?」


 マジョラムがアンジェリカの肩を叩く。

 喋れ!

 その目はそう語っていた。

 さあ語れ!

 他の皆も目で訴える。

 息を吸って、吐いて。これを三回繰り返した後、アンジェリカは語り始めた。

 人間時代の五歳から始まり、五七歳で元同級生に殺されるまでの「メリーちゃんのモテモテさげまん人生」を。



 ◆その頃のゲス馬鹿共◆


 ゲスコーンはミント(メリッサ)と共に宇宙空間に居た。いつもの様にキラキラエフェクトを周囲に振り撒いている。

 勿論オレガノやマートルの留守電メッセージなんて聞いちゃいない。

 何故なら二人はずっと合体していて、二人だけの世界を満喫しているのだから。

 やがて惑星が見えてくる。地球に良く似た緑と水に覆われた星だ。

 通常のキラキラエフェクトに光の柱を加え、変わらずアンアンやりながら、二人はその星の大地に降り立った。


「今度こそ……」

「しかしミント……いや、お前の気の済むようにするといい」


 ミント(メリッサ)は創造の権能を使う。

 この惑星は植物が地表を覆っているが、動物は居ない。ミント(メリッサ)が、ずっと失敗続きだからだ。つまりここは彼女の練習用の惑星なのである。

 しかし本当は御月様がこっそり用意していた愛の巣用の隠れ家的惑星だというのが真相だった。

 当然ゲスコーンたちはその事実を知らない。「何か生物が住めそうな星があるぜラッキー」な程度の認識で好き勝手しているのだ。

 更にここにある植物たちは、ミント(メリッサ)が何かしたからあるのではない。御月様がこっそり依頼した、新米の大地の女神の手によるものなのだった。

 まあそんな事はゲスコーンもミント(メリッサ)も知らないし、知ろうともしない。


 光が世界を白く染めた。

 星の隅々まで白光が行き渡る。

 やがて世界は色彩を取り戻すがしかし……。


「何も、変わらない……!? どうしてっ……」


 今度も失敗に終わり、ミント(メリッサ)は嘆きながら地面に膝をついた。

 実は嘆いていても単に不幸な自分に酔っているだけであり、本当に打ちのめされてはいない。


「邪魔な歴代創造神の記憶を排除し、反抗的な彼女も排除したのに……やはり、呪いがっ……」


 ”彼女“ とは本物のミントのことである。そして ”呪い“ とは、自分が権能を奪った事で逆恨みした創造神がかけたものという認識からのこじつけであった。悲劇のヒロインでいる為には常に悪役が必要なのだ。

 その悲劇のヒロイン演出も徹底していて、涙にすらキラキラエフェクトが付いていたりする。実に徹底した無駄に細かい演出であった。


「ミント、戻ろう。ゼウスの権能を使い、私がお前を支える」

「ユニコーン様っ!」


 悲劇のヒロインを演出しつつ、ミント(メリッサ)はユニコーンに抱きついた。そしていつもの茶番が始まる。

 またもやイチャイチャアンアンやり出す二人だが、ここに来るまで散々やったのにまだやるのかと言ってくれるツッコミ役は存在しないのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ユニコーンはミント(メリッサ)の体を気遣う振りをして、いつもの場所で彼女を休ませる。そして寝入ったのを確認すると、こっそり出かけて行く。

 これはいつもの事だ。この惑星はミント(メリッサ)に聞かれたくない話をする時にも使われているらしい。


「よう、本体。ミントは寝たか?」

「コージか。ばっちり眠ってるぜ。で、そっちの首尾はどうだ?」


 ゲスコーンそっくりの男が現れた。違いは髪の色くらいで、他は全く区別がつかない程似ている。

 会話からも察する事が出来るだろう。この男はゲスコーンの分体だ。

 彼らが持つ通信機の通話可能範囲はあの世ケータイよりも狭い。要は圏外が存在する。

 その為直接会ったり、通話可能な範囲に移動するなどの手間が必要だった。

 ここはたまに繋がったり繋がらなかったりと不安定な場所に入る。


「移住が完了したぜ。残り物共は放置だ。選ばれた者だけが永遠に生きられる楽園だからな。そうなると輪廻の輪も要らねーし。どーせ神の生き残りが勝手に頑張るだろ」

「そうだな。俺の代役はユージだったな。あいつは?」

「テレサ王女の改造が完了したからな。今二人で愛の国造りだぜ」

「結局コレットとマルタって王女は切り捨てたんだな」

「ああ。顔はともかくボディは圧倒的にテレサが良いからな。あとババアの方のコレットも置いてきたぜ。で、ここに動画あるけど見るか?」

「見るよ。見せろよ」


 しばらくの間、ゲス男二人はエロ動画で盛り上がっていた。


「ユージめ。これはこれで羨ましいぜ畜生」

「ところで本体、そっちはどうなんだ? 何か天使使って作戦やるとかあったじゃねーか。あれどうなった?」

「あー……忘れてたな。ミントと合体するのが気持ち良すぎて忘れてたぜ」

「おいおい。一応確認はしろよ。地下都市の分体連中は今戦艦に乗ってるって聞いたぜ?」

「あん? すると三途の川の方は失敗したのか。報告ねーぞ?」


 本当はマートルからちゃんと報告を受けたのだが……その報告を聞く少し前に閃いた、素晴らしいデートプランの実行に気を取られていたせいで、聞いた端から忘れ去っていたのだった。


 そんな事になった原因は真緑を狙った経緯いきさつにもある。

 ゲスコーンは御月様からの「創造神の魂が生き延びていて、回収されてしまった」という忠告に従っただけで、真緑がどのような存在であるのか考察すらしなかった。面倒なのが増えるらしいが自分が出るまでもない、と考えてマートルたちに丸投げしたのだ。

 失われた大宇宙の再生の神になる予定の神の卵という情報は冥府の神によって伏せられていたとはいえ、せめて真緑が白菜を越える魔力の持ち主だとかそういった情報が伝わっていれば多少本気度が違ったであろう。

 少なくとも、白菜を倒せる者は自分の手駒の中にはいないと知っているのだから。


「お前がうっかり聞くの忘れてるんじゃね? 留守電に何か入ってねーの?」


 コージに指摘され、ようやくゲスコーンは一昨日のオレガノと昨日のマートルの報告を聞く事になる。そして宇宙空間に二日も居たという事実を知った。

 時間感覚がおかしい事に気付いたゲスコーンは、流石に顔を青くする。


「おい、何青ざめてんだよ……」

「二日前に研究塔が壊されて、オレガノが調査に向かった。マートルによると、オレガノからの通信が途絶えた。あん? これ、どうなってる!?」

「それ、捕まったか逃げたんじゃねーの?」

「……あぁーん!? ちっ! 一体何がどうなってやがる!? ……おら、出ろよ! ……む、私だ」


 怒りに任せてマートルに通信をかけ(たまたま繋がったらしい)、マートルが出たらいつものスカしたユニコーン様に一瞬で戻る。

 その様子を見たコージは声を出さないで爆笑した。


『まあっ、ユニコーン様! ああよかった。ようやくお聞きになられたのですね』

「すまない。それで何がどうなっているのだ。手短に話せ」

『これまでの作戦は全て失敗です。対象ターゲットは冥府に辿り着きました』


 これだけでオレガノの事は頭から抜け落ちてしまった。


「何だと!?」


 激昂するゲスコーンに対し、マートルは声をひそめて次の言葉を口にした。


『ですが、今、私たちはゼウス様とランチ中です。このまま三時のティータイムも一緒にという流れになっていますので、どうかこのチャンスを逃さないで下さい』

「そうか。すぐに戻る。ゼウスを引き付けていてくれ」

『かしこまりました』


 ゲスコーンは通信を切った。


「ふんっ、たまには役に立つな。俺はミントを連れて戻るぞ」

「じゃあこっちはルナちゃんズ襲撃計画どうなったか確認してくるぜ」

「おう、頼んだぜ」


 そう言って二人は別れた。

 ゲスコーンもコージも自分たちが敗北するとは思っていない。これまで余りにも事が上手く運んでいたせいだ。

 どんな事になっても、自分が本気を出せば全てを解決出来ると信じている。

 これまでの成功は背後にいる御月様のお陰だったのだが、何故か自分たちの実力だと錯覚していた。

 現在の御月様は紅星の存在によりポンコツ化が進み、ろくに指示を出してくれない。彼女はもう居ないも同然なのである。

 頭脳を失った事を知らないまま、ゲスコーン一味は敗北の道を最強最高の俺つえー無敵街道と信じて進み続けるのだった。



 ◆計画は順調の様です◆


 通信を切ると、マートルは後ろを振り返って笑顔を見せた。

 そこには少し薄い冥府の神の姿がある。


「上手く行きそうです」


 聞こえてくる声の感じから、いつもの能天気な自惚れ思考全開だと判断した。恐らく今はもうゼウスと会う事しか頭にないはずである。


『それは良かった。じゃあ、あとは無理しない範囲で頑張って。流石に感覚狂わすのはこれ以上無理だから』

「はい。ありがとうございました」


 マートルが頭を下げると、冥府の神の姿が消えた。

 昨日の事だ。アンジェリカにメリッサの話を聞いた後、何故か冥府の神の姿があった。

 彼によると既にこの天空の城はマーキングを終え、どこに行っても見つけられる状態であるらしい。


『真緑が再生の神になる途中でね。時間稼ぎだよ』


 その言葉にマートルたちは歓喜した。

 色々と打ち合わせをして、今はゲスなユニコーンことゲスコーンを嵌める罠を仕掛けている。


「ミント、もう少しの辛抱ですよ」


 通信機を仕舞い、よく似た別の物を取り出す。それは冥府の神から渡された、あの世ケータイだった。


 次回はソレルの出番です。

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