第20話 孵化開始
◆何かが始まった◆
いつもは我が子に会えるのに、今回は違うみたいだ。私を構成する魂たちの情報が流れていく。
前世の記憶を持ったまま、新たに生を受け誕生した女の子の話。名はパメラ。
大人たちの勝手な価値観や事情により、生まれて間もなく実の母親に殺されかけた王女の話。名はミリアム。
この二人が雑草の次に強い魂。どちらも支援系魔術の専門家で最上級クラスだ。
ただミリアムは死後輪廻の輪の管理者になっていた。さっきまで習っていた術式を一気に覚えられたのは、彼女が輪廻の輪の中でやっていた作業のおかげだったのね。
今や彼女らも私自身だ。
貧民街で優しさを捨てずに生き抜いた不器用な青年も。国王の愚かな判断により国家機能が麻痺しても、逃げずに民衆の生活を支え続けた苦労性の宰相も。結婚式を目前にして花婿を他の女に取られてしまい、失意の中にいた女性も。他にも親とはぐれた姉弟に、産んだ子供が死産だった事を受け入れられない女性。告白しそびれて想い人を他の男に取られてしまった青年もいる。
皆、私だ。私は彼らを私だと認識出来る。
いつの間にか垂れ耳のうさぎが目の前に現れていた。
これが雑草。目線を少しでも合わせたくて膝をついて対面する。
こいつは気が強い。でも人間の人生は戸惑いが多かったみたいだ。
アヒルの時は雑草の人格が強めに出てしまったけど、人間に転生してからは元人間たちが優位になったらしい。そして死んで肉体を失い魂だけになった時、私は本当の意味で魂が完成した。
雑草の耳は今の私より少し短く、形状もホーランドロップに近い。多分、未練があったうさぎの品種のせいだろう。
心から飼いたいと思いながらも、様々な事情で諦めざるを得なかったうさぎはドワーフロップの名で売られていた。(ドワーフロップはアメリカンラビットのミニロップの事。ホーランドロップよりひと回り大きい為、誤解を避けるために日本ではショップによってイギリス名のドワーフロップの名で販売していたりする。あと大抵ミニロップの血を引く雑種で、純血種のミニロップは日本では珍しい)
あの垂直の耳が好きだった。まだらな発色の毛色と瞳の色から繁殖には不適格と判断されたのだろう。チンチラカラーとルビーアイの組み合わせは完全にミスカラーだし。でも顔立ちはとても美人だったよ!
……あ、耳の長さは普通だったな。今の私みたいな長さじゃない。うーん、うさぎの私のお耳はどうしてあんなに長くなったの?
「魔術使う時、耳から放熱してた。扱う魔力量が増えたら耳が少し長くなった。で、多分また扱う魔力量が増えたから更に長くなった」
……雑草さん、答えをありがとう。
「どういたしまして」
うさぎは表情筋が発達していないから、表情に変化はないはず。だけど今、微笑んだ気がする。元々うさぎは全身を使って感情を表している(出てしまう?)から、心の目で見えちゃっただけなのかな?
そんな事を考えていると雑草が近付いてきた。うわ、かわいい。伸ばした手に、ふわりと毛の感触が伝わってくる。
うー、わー、うーさーぎーかーわーいーいー!
しかしモフることは出来なかった。直後に私と雑草から光の粒が湧き出したのだ。
粒はシャボン玉の様なふよふよした球体になり、それから様々な色に変化し、私の視界を覆ったのだった。
……で、これって何が始まるの?
◆他人視点だとこんな感じ◆
真緑が気を失うように眠ってしまった。
「うーん、一日に一つ習得出来たら十分優秀なんだけどね。真緑はアヒルの頃より魔術の理解力と習得能力が格段に上がっている。やっぱり真の天才ってこういうのを指すよね……」
バジル改め骨っ娘リコちゃんがゴロ寝マットと枕のセットを取り出して、真緑をそこに寝かせる。ふむ、忠誠心は高いと見た。
「冥府の神様、リコの神核を見て欲しいのですが……」
リコちゃんが手のひらの上に神核を出現させ、見せてきた。
「ああ、どれどれ……」
彼女の神核はズタボロだった。虫食いだらけで、ちょっと触れただけで崩れ去りそうなくらい酷い。ただ真緑の眷族になった事で形状はそのままながら強化されて崩壊の怖れが無くなったようだ。
それでも真緑は器の仕組みや作り方を学んでないから根本的な修理が出来ていない。これは先に器や神核について学習させる必要があるね。今の真緑なら出来るだろうし。
「これは交換した方が早いね。少し待ってくれる?」
「はい! ……あれ? 少しで良いのですか?」
「実はちゃんと君ら元大地の女神たちの為に確保してたんだよ」
内線で部下に持ってくるように頼む。しばらくすると神核と一緒に輪廻の輪の調査結果報告書も来た。
「あー、思ったより壊れていないね。自己修復能力がある程度働いていたのかな? ……うわ、丸ごと抜かれている部分もあるや。あ、でもこれならパーツ交換的な物でいけるかも?」
「あー……初期の段階で解剖されちゃったから、抜かれた部分はとっくにスクラップだと思います」
相当酷い扱いを受けていたようだね。
次はリコちゃんの神核の交換だ。
「神核と器の違いって、性能だけですか?」
「そうだよー。ただ器にもランク付けをしてあってね、最上級の器は神核と変わらないんだ。だから真緑が神の卵から神になっても問題無し」
歴代閻魔大王や紅月、紅星、群青にも最上級の器を与えている。
これから大宇宙の再生の神によって宇宙創造の下地が作られていくんだ。創造後の世界に最初から神が何人か(僕は “柱” とは数えない)いた方が楽だからね。
「でもご主人様たちは性能の良い器であって、神核ではないんですよね。どうして神核を作らなかったのですか? あ、そういえばあっちでも神核は作っていませんでした」
「やっぱり向こうでも神核は作れなかったんだね。あの宇宙崩壊で職人ごと作成方法が失われちゃったんだよ。だから僕の神核を参考にして魂を入れる器を改造したんだ。神核と呼ばないのは一部の素材が異なるからだよ。あれを加工出来たら良かったんだけど、その技術すら職人にしか伝わっていなくて……。だからあくまで代用品なの。今、君に渡したのは元々冥府に残っていた在庫の一つ。最上級の器も作れる職人が限られている上に成功率が低くてね、それを合わせてギリギリの数だよ」
リコちゃんの神核お引っ越しも完了。異状なし。
骨の姿だと人によっては嫌がると考えられる……そんな理由で元の姿を登録していた。
ノリと勢いで名付けたよね真緑ってば。……骨っ娘か。中々のセンスだ。
それはともかく、改めて今この手の中にあるズタボロの方の神核を見ようか。
……凄い。何という補強力。名付けって名付け主の力がある程度働いて対象に力を与えるんだけど、これは……ここまでの物は初めて見る。
資料として保存しておこう。そうしよう。
あれ? 真緑の中で何か起きてる? あー、 “創造” が話したい事があるんだね。よく分からないけど、自力で真緑の口を借りることが出来ないみたいだ。
はいはい、今こっちからどうにかするよ。
◇◇◇◇◇◇
やる事は念話みたいなものだ。真緑の中の彼女に向かって話しかける。
「どうしたの? 何か言いたい事ある?」
『あのね、前の宇宙が滅んだのはどうして?』
前の宇宙……ああ、先代たちの頃の事か。短くまとめると……。
「あー……僕らの時と同じくバカ女の策略だよ。ただその時は “再生” が居たから、彼女のあがきで “創造” だけは助かった。先代の冥府の神はその辺りの事情をしっかり残していたんだけど、記録の量が膨大すぎて知るのが遅れたってオチ」
ごめんよ。まだ詳しい事を語れないんだ。彼に少しでも関わる事は一切口にしない約束なんだよ。記憶の枷は外れたけれど、これを語るのはもっと後になるだろうね。
『……先代の “創造” と当時の “再生” って、どんな関係?』
「今の君らと変わんないよーな気がする……」
仕事が忙しくて中々家に帰れないけど、でも我が子への愛は不変! なシングルマザー? 記録を読んで、そんな印象を受けたっけ。
『……え、そう、なんだ……。あとね、オレガノが今出てきた理由が引っ掛かる。あの子たち、無茶して何かやらかすんじゃ……』
あー、あの子らやられっ放しは性に合わないタイプばかりだからねー。そして本当に現在進行で……これ、言わないでおこう。今のところ順調みたいだし、大丈夫さ。
「やらかすんだろうねー。大丈夫。ちゃんと皆と君を会わせられるように動くから。紅星に大宇宙の太陽の神の権能を与えた恩恵もようやく出てきたしね」
『紅月さんにも大宇宙の月の神の権能を与えたんだよね? 一体どうなっているの?』
まあ当然の疑問だね。これに関してはきちんと答えよう。
「大宇宙クラスの権能は一つしかないし、ゲスコーンは大宇宙の太陽の神から権能を奪った。これらは事実。で、もう一つのとんでもない事実は僕の持つ大宇宙の冥府の神の能力。権能は他者が奪い取ったりなど、どうこうするには相手より格上でなければならないのは知ってるよね?」
『そのはずだよね……あ! 大宇宙クラスの権能どうこう出来たんだっけ』
「そうだよー。だからね、こっそりバカ女とゲス野郎から権能を奪ってやった。どっちもそれぞれお気に入りの場所があってね、そこを張り込めばよかったよ。時間がかかった事以外、楽勝」
『よくやった! ……あれ? だとすると私の中には創造の権能があるはずが、ない……?』
え!? あるの……?
「あー、そういえば真緑の中に創造の権能があったね。ただ持ってるだけって感じだったけど……わあ、権能の株分けみたいな事やっちゃってるよ真緑ってば。ローゼルの話だと大地の権能に色々くっついてたみたいなんだよね。最初はざらめ程度の小さな粒で、気が付いたら元々の大地の権能より大きくなっちゃってて何が何だか判別出来ないから、大宇宙クラスの意見を聞きに大宇宙の太陽の神を訪ねたんだって。あ、そこで事件に遭遇したんだっけか」
本当にギリギリの場面だったそうだね。僕はマートルとマジョラムが大量の神核を抱えて冥府に来るまで事件に気付けなかった。
『……何て真相。で、大宇宙クラスの権能だけど、今は綱引き状態ってこと?』
権能を奪うとどうしても相手に気付かれるからね。だから気付かれずにやる方法として、完全に抜き取らずに繋がりを残しておいたんだ。
このやり方は昔何度かやった事があるからねー。彼女はちゃんと覚えていたみたい。
「うん。紅月は勝利目前で、紅星はようやく半分を超えた所。紅星は先代と魂を同化させる事を先にやったからね、その分スタートが遅れたんだ」
綱引きに勝てば、めでたく神の卵になれる。そう、神の卵……あれ?
「あれ? 真緑ってば何があったの? もう孵化が始まっちゃったよ」
予想より早いね。もう少しかかると思っていたんたけど。
『……ねえ、私は創造神でいいの?』
あれ? 自信無くしてた? 君は十分な働きをしていたのに。
やっぱり自己肯定感が低いままだったかー。まあ、あれだけほぼ毎日ネチネチ嫌味言われ続けてたら仕方ないよね。
「いいよー。もう一度、一緒に宇宙を創ろうよ」
本当はね、問題が全部片付いたら白菜に大宇宙の冥府の権能を渡して消えるつもりだったんだよ。
でも彼に叱られちゃったんだ。「本当にそうするしかないなら受け入れるけど、それって何だか最初から諦めてるみたいで嫌!」ってさ。弱気になってるの見抜かれてた。
それにこうして話していたらさ、やっぱり妹みたいな君を置いて消えるなんて出来ないって思う自分がいる。だから可能な限り一緒に居るよ。
『うん……。もう一度やってみる』
固い決意を感じた。こうなった彼女はどんどん前に進んで行くからひと安心だ。話せてよかった。
……うん?
あ、もう話せないや。念話もどき切れちゃった。
◇◇◇◇◇◇
「あ、あの、ご主人様がっ……」
リコちゃんが狼狽えている。うん、様々な色のフヨフヨした玉のような光が真緑を包んでいるね。姿見えなくなったや。
「真緑が神になるんだよ。あ、ツバキ呼ぼう」
内線を使ってツバキを呼んだら本当にすっ飛んで来て破壊音と共に登場した。
わー、馬の脚力凄いねー! 木っ端微塵ってやつ?
……壊した扉は後で修理代請求するからね。ちゃんと払ってもらうよ?
「雑草ーッ!! わあっ! 本当に神になろうとしてるっ!? ああっ骨っ娘ちゃんも!?」
「何だかリコ、力が漲ってきました!」
おおっ!? リコちゃんが虹色の光を放っている!!
……骨の姿なものだから、神々しいと呼ぶのに抵抗があるね。どこのギャグ漫画だと問いたい光景だよ。
「要するに眷族であるリコちゃんもパワーアップしてるんだよ」
「リコに大地の権能が戻りました!? そして “死” !? これ、どういう権能でしたっけ?」
あ、これは説明が必要だね。
「言葉は不吉だけど、使いようによっては悪いものじゃないから。魂となった死者を、輪廻の輪に導くなり配下にするなり自由に扱える能力だよ。例えば人形の中に魂を入れるとか、誰かの肉体を乗っ取っている悪い奴の魂を抜いちゃうとか、そんなことも出来ちゃう。本来なら死者の宇宙で必要とされる、いわゆる死神に必須の権能なんだ」
そして大地の権能との組み合わせねー……ああ、再生の代用みたいな事が可能なのか。骨だから死神的イメージで死の権能は合ってるね。
「えー、眷族ってどうやったらなれるんですー? 私は雑草に再会したら、ずっと側にいるって決めていたんですけどー」
ツバキがリコちゃんを羨ましがってるみたいだ。でも君、友達でいたいんだよね? 眷族ってゆーのは主従関係だよ? わかってる?
「眷族でなくても専属神獣になるって道もあるよ? 君はそっちのがいいと思うけど」
“専属神獣” とは特定の神様の所有物になる事を意味する。乗り物とかパシリとか、そんな感じだ。
ユニコーンだしねー。ユニコーンから神になった奴ってろくでもない事しかしてないし。
もうね、生き残った死者の宇宙側の者たち皆がトラウマなんだよ。ユニコーンは生涯神様のパシリという決まりを作ろうという意見が出た程のトラウマ。
誰も異を唱えないし、ローゼルたちに話したら「ぜひ成立させて欲しい」なんて言ってたし。
「友達でいたいなら専属神獣を勧めるよ」
ツバキは上を向いたり下を向いたり、何やら考えているようだ。
「そうでした。友達でいたいんですよ、私。喜んで大宇宙の再生の神様のアッシーになります!」
バブル時代のイケイケギャルがアッシー宣言か……。何だか感慨深いものがあるねー。
「ってゆーか昔も私、雑草にアッシー扱いされてましたし。何一つ変わりませんねー!」
「そうなの……。本当に彼女を気に入ってるんだね」
「道具扱いってひどい意味で使われるじゃないですか。でも雑草は違うんですよ。道具として扱うなら、大切に手入れをし、適切な使い方を心掛け、絶対に壊さないようにしないとって言ったんです。あー、この子は情が深いんだな、と。こんな子に道具扱いさるるなら別にいっかーって思ったんです」
ああ、似た者同士なんだな。怒っても、徹底して相手を追い詰めているように見えても、ある程度痛めつけたらもういいやって切り上げてしまう。そしてその後は距離を置くものの、相手を否定する事はしないし口にもしない。
あれ? 幻獣エリアにいる子たち、皆そのタイプのような気がする。ゲスコーンの事に関しては「あいつ懲らしめて下さい」と言ってたけど、誰も「存在を消して下さい」とかそんな内容は口にしなかったな。案外気が合いそう……?
うーん、あの子らを将来的にどうするか悩んで、悩んだままだったけど、真緑に押し付けちゃおうかな。本邸みたいな感じで惑星を丸ごと贈ってやろう。月サイズの程よい物件があるんだよね。ローゼルたちもそこに移ってもらって……よし、決めた。
「あれ? 雑草がうさぎじゃない……?」
フヨフヨ玉が消えて透明な繭が真緑を包む状態になった。見た目に変化はないかな?
「あー、閻魔帳講座の少し前から人間の姿になってたんですよ」
「へー、うわー、ふわふわの髪いいなー。ローゼル様とお似合いじゃん。あ、マジで実現する!? あの冗談が実現しちゃう!?」
あのネタかー。再燃しちゃったね。真緑とローゼル、画面越しで会わせてみるか……?
「もしや、あいついつかあのうさぎを嫁にするんじゃ……ってやつですか?」
リコちゃん知ってた? ……あ、あー、日本の年賀状もどきのあの葉書か!
「それ! 本当にあの溺愛ぶりは凄かったんだから!」
うん、カモミールとソレルの失恋が確定した瞬間だった。
「葉書からも伝わってきました。ラブラブツーショット写真に “私たち結婚しました” という文字を幻視したのでよく覚えています」
珍しくカモミールが酒を飲んで、ソレルがやけ食いに走ったっけ……。
ローゼルって元々女嫌いだから、二人の恋が叶わないのは誰もが知っていた。でも害は無いと判断したら後は普通に接してくれるんだよね、ローゼルって。そこに希望を持って友達の距離から外れないようにしていたら、まさかのうさちゃん超溺愛。
ちょっと同情したけど、笑いの方が勝った。カモミール、ソレル……ごめんよ。正直に言うと見ていて楽しかったよ! 娯楽の提供ありがとう!
「カモミールがやけ酒の結果利き酒のスキルを手に入れ、ソレルがやけ食いの後にフードファイターのスキルを手に入れ、色々楽しい混乱があったんですよー」
女同士話が盛り上がってるね。うん、これでこの二人は打ち解けるだろう。こっちは真緑の状態を調査しますか。
……あー、これ目ぇ覚ますの時間かかりそう。そして今までツッコミ入れてこなかったけど、こうして改めて見ても……ゴロ寝マットと枕の存在が神秘さを台無しにしているような?
……いや、うん、言わずにおこう。




