第9話 舞台裏・2
迷惑馬鹿ップルがお出かけするまでの話と、奴らがリヤカーにはねられて星になった後の話です。
◆これまでの敵側の行動◆
ゼウスが捕らえられている空に浮かぶ城は、通称 ”天空の城“ と呼ばれている。
この城ではいつでも移動や転移が可能な上、とある女神の援助によって城全体が隠蔽されていた。その為冥府の神ですら大まかな位置さえも特定出来ずにいるのだ。
故に彼女たちは慎重に言葉を選びつつ、ユニコーンに従ってきた。たった一つの行動を除いて……。
マートルはマジョラムの歌に合わせてこっそりと聖堂の中に仕掛けを施していく。
やがて今日の分の作業を終え、マートルとマジョラムは息を吐いた。
それを確認したオレガノが二人に話しかける。
「アンジェリカの事をいつまで放置しておくの? さっき彼女の部下が私を頼ってきたんたけど」
マートルはニコリと笑った。マジョラムは今思い出したという表情になっていた。
「やっぱり忘れていたのね……」
◇◇◇◇◇◇
事の始まりは、例によって彼女の眷族たちからもたらされた情報だった。
『ゼウス誘拐事件により、冥府の神が行動を起こしました。悪しき創造神の魂を回収した者を呼び戻すようです。あれを復活させてはなりません。急ぐのです』
『おそらく護衛を迎えとして送り込むでしょう。そして必ず他の死者と共に船に乗るはずです』
マートルたちがその情報を得た頃、ユニコーンは寄り道をしている最中だった。
正直言ってアホである。
湧き出る様々な心の声を全て飲み込み、マートルは各部隊に指示を出す事にした。
絶対に失敗する。むしろ捕まってあちらに情報を提供してしまうだろう、とマートルたちは考えた。
そしてひらめいた。
『よし、これで行きましょう!』
マートルとマジョラム、そしてオレガノは互いに頷き合った。
彼女たちはユニコーンに忠誠を誓っているのではない。当然その隣のミントを名乗る女の事も敬ってなんかいない。
大切な仲間を確実に助ける為に、ユニコーンたちに従っているだけだったのだ。
先ずアンジェリカの部隊を三途の川に送り込む。そして念の為にと言ってソレルの部隊をあの世案内所近辺に配置し、オレガノの部隊は城の警備として残す。
そう決めて準備を終えた頃、いつの間にかユニコーンとミントが戻っていた。
慌てて挨拶に行けば、さらってきたゼウスはたった今カモミールとローズマリーに押しつけてきたと告げられてしまう。
喉まで出かかった怒りや苛立ちの言葉を飲み込み、マートルはユニコーンに事情を話した。
「全て任せる。お前たちでも雑魚の相手くらい出来るだろう」
あ、こいつ事態の深刻さをまるで理解していないわ。ラッキー!
そんな内心の喜びを押さえつけ、マートルはいつものように頭を下げて自室に入る二人を見届けたのだった。
死者の魂を運ぶ船に送り込まれたアンジェリカの部下たちは、マートルたちの予想通り全員が捕らえられてしまった。
「申し訳ありません。失敗しました」
アンジェリカは素直に謝罪の言葉を口にする。それに対してマートルは……。
「良いのですよ。少しも惜しくはありません。あの程度の人員では足りない事が分かったのですから」
声音は優しいが、内容はどこか非情だった。しかしアンジェリカはそれを指摘しない。
「罰を……」
実に真面目で素直な人物である。
「そうですね。しかしミント様とユニコーン様を差し置いて私たちが処罰を下すわけにはいきません。お二方は只今取り込み中ですので、あなたは自室で待機していてください」
こうしてアンジェリカは謹慎を言い渡され、次の指示を自室で待ち続ける事になったのである。
マートルたちがアンジェリカの事を忘れた理由は、届けられた船上での戦闘映像にあった。
黒いスーツ姿の女性が背負うリュックの中から可愛いうさちゃんが出てきた瞬間、マートルとマジョラムの頭から ”アンジェリカは謹慎中“ という事柄がポーンと抜けてしまったのだ。
額の宝石からビームが出た時は、黄色い声が出た程であった。
そして互いの手と手を合わせ見つめ合い、言葉を口にはせず目だけで会話をするという芸当をやってのけた。
二人は映像の中の小動物にそっくりな存在を思い出し、同一の者だと判断したのだった。
◇◇◇◇◇◇
マートルとマジョラムからつい忘れてしまった事情を聞き出したオレガノはため息を吐いた。
「その場に二人しか居なくて良かったわね」
「ええ……本当に」
「はしゃぎ過ぎたわ……」
「いつ直接会ったの? 私はローゼルからのハガキでしか知らないのだけど」
「会ったと言いますか、見たと言った方が正確ですね」
「当時のユニコーンの強者オーラ凄かったわよね。今は消えてるようだけど」
「ああ、あの時なのね……」
オレガノは二人に労りの視線を送る。
大宇宙の太陽の神ですら敵わなかった相手だ。あの場で起きた事に関して、二人を責める気持ちは一切無かった。むしろ希望を持てる情報を持ち帰ってくれたのだから……。
オレガノは話題を変える事にした。
「ソレルはいよいよ危険な状態に入ったわね」
「自分のせいじゃない、情報がおかしかった、裏をかかれた……ね。ソレルらしくなかったわ」
「肝心な所でドジを踏む子でしたが、堂々と他人のせいにして言い逃れをするなんて行為はしませんてしたね……」
「私たちも油断出来ないわよ。特にあなたたち、何か変調出ていない? なの作業きついでしょう?」
「今の所は何も無いですね」
「そうねー……うん、今日も大人しいわ」
「まあ見た感じでも大丈夫そうね」
言いながらオレガノは取り出した写真を二人に渡す。
それはソレルの部隊が送ってきた戦闘映像から写し取った物だ。女性に抱っこされた、額に宝石の付いた垂れ耳のうさちゃんが写っている。
マートルとマジョラムの表情が緩んだ。一目でメロメロと分かるデレっぷりだった。
「謹慎中なのはソレルもなんだけど、彼女は潜入している部下に指示を出していたみたいね。また新しい情報が入ったわ」
「その結果はどうなのですか?」
「捕まったわ。その捕まった部下の事は無能って言い捨てて、自負に責任は無いって喚いていたわね」
「ではオレガノ、 ”ターゲットはうさぎの姿になっていた。慎重に見極める必要がある“ という名目で作戦を立てて動いてください」
マートルは小声で「結果はどうなってもいいです」と付け加えた。
「かしこまりました」
丁寧な口調に直し、オレガノは頭を下げる。そこでふと付け加えた。
「それで、アンジェリカの謹慎は……?」
「ぁっ……もういいでしょう。アンジェリカの謹慎を解きます」
小さく「あっ」ともれた声をオレガノは聞き逃さなかったが、指摘はせずにそのまま聖堂を後にした。
◇◇◇◇◇◇
一応報告の為にと、マートルはユニコーンとミントの部屋へと足を運んでいた。ふとキラキラした何かが視界に入ったので、その出所を求めてキラキラを目で追ってみる。
やがてピンク色の靄と純白とピンク系の色の薔薇の花が加わり、その先には今まさにお出かけして行くユニコーンとミントの姿があった……。
「ユニコーン様っ」
マートルは一応呼びかけてみる。
「マートルか。留守の間の事は全て任せたぞ。私はミントと共に気分を切り換えてくる」
ミントを乗せたユニコーンは足を止める事すらせず、爽やかにサラリと全てをマートルに押しつけて、キラキラエフェクトと共に出かけて行った。
「……いってらっしゃいませ」
頭を下げながら、マートルは心の中でツッコミという名の悪態を吐きつつ喜んでもいた。
これで注意を向けるべき相手が一つ減ったのだ。というか、相手は最早 ”月“ の手の者だけと言える。
マートルは顔を上げ、これからの事を考え出した。
さしあたってはカモミールとローズマリーの様子を確認しよう。バジルは研究塔に行ったままだからどうにもならない。
けれどバジルは強運の持ち主だ。そして研究塔は死者の荒野にあり、移動が可能だ。
冥府の神とその配下の者たちに見つからない様に、しょっ中こちらから指示を出して移動させている。これを利用しない手はない。
「報告によるとお名前は ”真緑“ 様だったかしら……」
マートルはバジルと真緑の出会いを想像してみた。
「バジルなら、やってしまうかも? ふふっ」
淡い期待を胸に抱き、マートルは聖堂へ戻って行った。
◇◇◇◇◇◇
「思った通りだったわ。でもどうしてここの女たちって自身の実力を自覚しないのかしらね。私たちに行け行け言わないだけ楽ではあるのだけど」
オレガノの部隊の者たちは大敗北し、戻ってきた。
しかし彼女たちのやる気は少しも落ちていない。オレガノにはそれが不思議なのだった。
「まだ使えるのならいいのではないでしょうか。それよりこれはっ……!!」
「リヤカー!? うさちゃんと猫ちゃんと文鳥とちょい悪テディベア!? プリント! プリントして!」
予想通りはしゃぐマートルとマジョラムにツッコミは入れず、オレガノはマイペースに本命映像に切り替えた。
「偶然撮れたみたい。変な執念で深追いしたお馬鹿さんでも役に立つ事ってあるのね」
リヤカーが突っ込んで行く先には、合体したユニコーンとミントがいる。合体したままユニコーンとミントはリヤカーにはねられ、空の彼方に消えていった。しかもキランッと光るお約束付きである。
三人は揃って晴れやかな笑顔で親指を立てた。そして心の中で叫んだ。
グッジョブ! と。
◆残月さんの残念バカンス◆
ただただ大地が続くだけに見える死者の荒野だが、場所によっては草木が生え、丘や湖といった物も存在する。
ここは数少ない湖の一つだ。その湖のほとりに人影はなく、人の姿もないが、よくわからない何かはいた。
それは豆の形をした謎の生物としか形容できなかった。茹でた空豆に似た形状と質感だが、ピンク色をしている。さらにそのピンクは桜色の様な可憐な色合いではなく、スーパーの精肉コーナーに並んでいるパック詰めされた豚肉や鶏肉の切り身を想起させるピンク色だった。
縦の長さ30センチくらいの肉々しいピンク色の豆ボディからは手足らしきものがニョロリと四本生えており(指はない)、さらに顔らしきパーツはどちらの面にもない。それでも一応前と後ろはあるらしいのが分かってしまう。どう見ても謎に満ちた不思議な生物であった。
「はー、久しぶりのバカンスやわぁ。もう魔法のステッキ振り回す痛い女とか見んでええんや~。くっくっ、この景色であのイケメン共をどんな萌えシチュにするか、よぉ考えようー。ストレス発散やぁ~」
肉ピンク豆から超綺麗な美人声が出た。声だけ聞けば清楚な美少女を思い浮かべるだろう。セリフ内容が何処までも残念だったが。
「ここの湖はホンマに底がよぉ見えるわぁ。……水の中か。ええんでない?」
見た目も言葉の内容も残念過ぎて美声を聞く度に泣けてきそうだ。
「んー? 底に何かあんなぁ。貝? でっかいわぁ~。ダブルベッド……いやキングサイズベッドくらいあるんちゃう? 前来た時はあんなん無かったなぁ。誰やの、あんなでっかい貝みたいなん沈めたの。……むむっ! アホやけど、アホでいくならアリか!? けどなぁ、水の中でどないして息するん? いやいやいっそ片方人外でご都合主義に頼って……」
なにやら妄想が乗ってきたらしい。しかしそこに空から何かが落ちて来た。災難な事にすぐ目の前だった。
湖に墜落したそれはやたらと派手に、天まで届くかのような水飛沫を上げる。高層ビル並みの高さの水柱だから、当然岸側にもザバザバ水が落ちてくる。
「何やねん」
肉ピンク豆はいつの間にか傘を出して防いでいた。
「一体何が落ちてきたん?」
湖を覗くと、金髪の美男美少女(全裸)が合体したまま光を放ちながら底に沈んでいくのが見えた。例の大きな貝が迎え入れるかのように開き、二人はそこに着地する。
「あの貝マジで水底でいちゃつく為の水中専用ベッドだったん!? くっ! 何故男同士でないんだ!? 女は要らん! 男女の性交は不純なんや! 親や学校の先生そう言うとったわ! なのに何で結婚は男と女でないとアカンのかいな。理不尽やで、理解不能や。大人の言う事メチャクチャやわ」
肉ピンク豆の愚痴をよそに、破廉恥カップルはいちゃつき始めていた。湖はピンク色に染まり、キラキラした光が溢れ、淡い色の薔薇が湖面を彩る。
「あぁ、あれ資料にあった二人やわ。ゲスコーンとミントだっけ? こっち気付いてないなぁ。よし、報告や」
ひょこひょこ歩いて湖から少し離れ、どこからかケータイを取り出した。
「もしもーし。こちら残月です~。湖にバカンスに来たらゲスコーンとミントが落ちて来ましたぁ。湖にドボンで今、底でイチャイチャしてますぅ」
『へー、そこに飛んでったんだ。で、君大丈夫? 見つかってない?』
「今の所気付かれた様子はないですわぁ。もう湖全体がピンク色でキラキラして薔薇の花咲いて景観台無し! それで、どうしましょう? 私何かすべきですかぁ?」
『無理しなくていいよ。逃げるなり好きにして』
通話は切れた。
「ふーむ、逃げて良いと初代様はおっしゃった。……しかし、ネタにはなるか?」
ケータイから別の人物を選択し、通話ボタンを押す。
『もしもし? どうしたの残月』
「影月ぅ~。湖にバカンスに来たんやけどな、そこにゲスコーンとミントが落ちてきてん。今底の方でアンアンやってんねんけど、漫画みたいな冗談のようなデカさやわぁ。マジもんであのサイズ目にするとは思わんかったわ。そんでなぁ、資料として撮っとこ思っとるんやけど、影月どぉ思ぉ?」
『……ビデオカメラで撮ってくれる? 素晴らしいミント様の実像を彼女たちに見せたいの』
「安定の鬼畜思考、最高でんな! ほな撮るわ~」
通話を切ると、やはりどこからかビデオカメラを取り出して撮影を始めるのだった。
◇◇◇◇◇◇
あの世ビデオカメラの事を説明しよう。
カメラのレンズの中に対象が映り続けるなら、わざわざ動いてカメラアングルを変える必要がない! 撮影者の意図を読み取り、撮影者の意思に従ってあらゆる角度から撮影、録画してくれるのだ!
ただし撮れるアングルは最大6つである。遠近自在! 地球製とは違いすぎる性能なのである。(ただしお値段は五百万円以上ととても高価だ!)
◇◇◇◇◇◇
「夕陽が眩しいぜ……。それ以上に湖も眩しいぜ……。どんだけイチャつくねん、長いわっ!」
何処からかカラスの鳴き声が聞こえてくる。アーホーアーホーと鳴いているように聞こえた。
「アホやよなぁ……。こんなん撮ってる自分も、まだイチャついてるあいつらも」
やがて太陽が完全に沈み、月が空に浮かぶ時刻になった。
「ホンマ飽きないなぁ。もう夜やで。自分完全に飽きたわ。資料も十分だろうし、もうええっしょ」
残月が撮影を止めようとした所で、貝のベッドに動きが出た。
「ん? あれ動くんやな」
貝が湖面に浮上し、どんな仕組みなのか眩くライトアップされる。
真っ正面に股を開いたミントが現れる形となり、さすがに残月は硬直した。
目の前で絶倫馬鹿ップルは合体を解き始める。残月は色々と困っていたが、かといって動く事は絶対に出来ない。超ピンチである。
「ああ、綺麗な夜空。でも偽物の月がとても残念。創造神の呪いのせいでいつになっても私は世界を変えられない」
何言ってんのこいつ。あんたが大失敗したから、今、世界とゆーか宇宙がこんなんなってんねんよ? 今のこの空だって冥府の神様が親切心で昼と夜を作ってくれたんやで? 太陽っぽいのと月っぽい照明器具やけぇ、気温とかは変わらないそうやけど、私らからしたらものすっごく有難い事なんや! “創造神の呪い” って、何責任転嫁してん。最低や。……と残月は思ったが口にはしなかった。見つかるわけにはいかないからだ。
「ミント、全ての生命が君の救いを待っている。挫けては駄目だ」
待ってませんよ。ぜひ挫けて東日本エリアの人々開放して下さいな。同志もっと欲しいねん。……と心の中で呟く。声には出さない。見つかったら色々めんどいのだ。
「ユニコーン様っ! あぁ、どうか私を慰めて下さい」
さっきからどこに話しかけてるん? まさかそっち本体って認識なん? 人と話す時は相手の顔を見んと失礼やろ。こら先っちょペロペロ舐めんな。
ゲスコーン、それさっきからずっと勃ちっ放しやけど、実は作り物だったりせんの?
色々言いたい事を残月は頑張って飲み込んだ。見つかったら色々まずいんです。気を抜いたら奇跡は終わるんです。
残月は自身の持つ能力と夜と云う時間帯のおかげで何とか発見されずにいるのである。
「せっかく外に出たのだ。朝まで愛を確かめ合おう」
え、朝までやるの!?
残月はどうやって発見されずに退散しようか悩み出した。この隠密スキルはMPが切れれば見つかってしまう。MPの残りと朝までの時間を考えると絶望的だ。回復アイテムを持って来なかった事を後悔し、心の中で泣き出す残月であった。
「二人で朝日を……素敵」
「ここより良い場所がある。行こう、ミント」
一瞬空耳かと思ったが、現実だった。白馬の姿になったゲスコーンにミントが乗り、二人は何処かへ去って行ったのである。
「はー、助かったー」
ぺちゃんっと尻餅をつき、息を吐く残月。ふと貝はどうなるのだろうと疑問に思い、貝に視線を移す。
特に動きはないなと思っていたら、突然パタンと閉じ、そしてゆっくり湖底に沈んでいった。
同時に湖からは薔薇の花もキラキラも失せ、やがてすっかり元の透明な姿に戻ったのだった。
「おおっと、バッテリーギリギリ。さて、戻ろう。……あかん、男女がいちゃつくの見たせいでHPがピンチや」
残月の残りHPはいつの間にか21になっていた。彼女にとっては “HP21” は歩くのがやっとな数値であった。
「ぁあ……高いねんけど、使わなアカン状態や。使お」
どこからともなく筆文字で “帰還” と書かれた水晶を取り出し掲げる。
その場から残月の姿が消えた。
◇◇◇◇◇◇
残月は自宅に戻ってきた。
「お帰り」
同居人の影月が特に心配した様子も見せず、カレーライスを食べながら言った。
「ただいまー……カレーかぁ……くれ……残りHP21やねん……あ、17になってる……」
カレーライス目指してふらふらヨロヨロ歩き、残月はちゃぶ台に辿り着くと突っ伏した。高さ的にちゃぶ台に体を乗せられず、かろうじて腕(らしき細い何か)を乗せ、体はふちに寄り掛かる形になっていたが。
「食糧アイテム持って行かなかったの?」
「BLあればいらん思うてお茶以外持って行かんかったんや」
完全に裏目に出てしまった為、残月は只今反省中であった。
「だったらBL読んで回復すればいいじゃない。BL読んでHPもMPも回復するのあなたくらいだけど」
「……そうやった! いやでも撮影中に本は読めんて。高うても継続して回復するポーションとか買っときゃよかったわぁ。けどとにもかくにもカレー食べたいねん。わたくしめにカレーを恵んでください」
影月は台所へ行き、大皿にごはんを盛ってカレールーをかける。その間に残月は座布団を三枚重ねてその上に座っていた。
「はい、大盛りね」
冷静なだけで、同居人を気遣っていないわけではないらしい。こんな時にどう対処すればいいのか、ちゃんと理解している行動であった。
「おおきにぃ! ……んま。ポークか……キノコ四種類も入ってて、ジャガ無し? いつものカレーと違うやん」
「真緑様から聞いて作ってみたのよ。今度は鶏肉で部位違いを味わうカレーを作りたいわね」
「へー、それも食べたいなぁ。あ、このポテサラもんまい。どしたん? 腕いきなりレベル上がったやん」
「それも真緑様にアドバイス受けてね。水の1%になるよう塩ちゃんと量ったのよ。あと食卓塩でなく粗塩を使ってみたの。てゆーか、あなたも作れるようになりなさいよ。いくら生前お嬢様だったからって……」
「えー、もう魂レベルで刻まれた習慣やしぃ? どうせお互い彼氏出来んやん。恋人も結婚相手も男に関しちゃ絶望的って分かってるやん? 死んでるんやから居なくてもかまわんし? 今のままでええって」
影月はこれは駄目だと結論を出し、諦める事にした。
「凄いわぁ。まだ半分も食べてないのにHPが今208になったぁ。美味しいとやっぱり回復値高いわなぁ。それでも危険域を脱出した程度やから、後でBL読んで回復に専念せななぁ」
◇◇◇◇◇◇
「うっわ、何これどうして入んの?」
「収納力パネェ」
「内臓突き破ってるレベルだよね。まぁアタシら死んでるから内臓気にすることないけどさ」
数時間後、残月が撮った “無修正! 宇宙一の迷惑馬鹿ップル・湖デート編” が上映された。
「残月がダメージ受けるわけだわ。今、私のHPが30、MPが50近く減った。……人によって違うのかしら」
他の者たちが慌てて自身のパラメータを確認する。全員がいくらかHP・MP共に減っていて、軽く嘆きの声が上がった。
「もう見んでぇ。けどネタは要求すんでぇ。しばらくBL三昧やぁっ!」
残月は段ボールの中で猫を抱っこして寝転がっていた。なお、猫は残月になついているらしく、おとなしく眠っている。
偶然にもこの場に居るのは、腐界の住人もしくはBLを許容できる者たちだった。女ばかりである。
男が一人も居ないのは、ゲスコーンと聞いたとたん「ヘコむから……」と辞退者が続出したからだった。何にヘコむのかは誰もがあえて問わなかった。
「後は任せるわぁ。で、使える?」
残月は段ボールの中から影月に声をかけた。
「使えるわね。たださすがに三十分以内にまとめないと、尋問側のこちらがうんざりするわ」
影月は冷静に編集プランを練っていた。
「それはそれとして、おろし金にも色々あったわよね。どれが効果が高いかしら……」
「影月ってばまた新しい拷問手段思いついたの? まぁいっか。はい残月、ひとまずこの設定でいい?」
一人がキャラデザや大まかなストーリーを描いた紙を、残月が入っている段ボールの中に突っ込む。
「これやぁ! これで描いてぇな! 待っとるでぇ!!」
「任せな! 皆、アシストよろしく!」
「おーっす!」
盛り上がる腐界の住人たちとHPやMPの減り方を記録して検討を始めたBL許容組。
影月は真面目に編集時に入れる字幕を考え出した。
そして残月は猫を抱いて幸せな気持ちで眠りについたのだった。
やっている事は18禁ですが、描写はギリギリ大丈夫なはず。……大丈夫ですよね?




