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第0話 プロローグ・呼び戻そう

 主人公が呼び戻された経緯です。

 プロローグ読まない派の方は第1話へ進んでください。内容的には大丈夫なはずです。……多分。


 ◆冥府にて◆


 目の前に広がる極彩色の渦。彼女が “混沌の渦” と呼んでいた場所だ。かつてここから大宇宙クラスの神と、その補佐役たちが生み出されたと彼女から聞いた。

 この中に入り、 “大いなる宇宙の意思” と交信出来るのは彼女だけ。その彼女は “創造” を守りながらここに来たはずなのに、全く気配を感じない。代わりに “創造” の存在はしっかり感じる。


「持てる力の全てを “創造” の保護と修復の為に使ったのか……。君らしい」


 目の前で幾つもの魂が混沌の渦の中に引き込まれていく。何らかの事情で前任者がいない場合、大いなる宇宙の意思が選定を代行すると聞いていたが、これがそうなのだろう。


「新しい大宇宙の創造神が選ばれる……。自分も後継を探さないとな」


 どんなに悲しくとも前に進まなければならない。時は流れるまま無情で無常だ。何もせずとも状況は動き続ける。

 何故、宇宙を支えてきた彼女がこのような仕打ちを受けるのか。 “月” は何を勘違いしているのだろう。余りにも悲しくて外見が一気に老けていくが、そんな事は気にならなかった。


「しっかり記録を残そう。この大宇宙に必要な権能だ。自分はもう会えないが、後継の者はきっと出会うだろう。どれだけの時が過ぎようと、いつか必ず……」


 ◇◇◇◇◇◇


 僕はいつものように椅子の背もたれに体を預け、先代の大宇宙の冥府の神の記憶の中でも特に印象的だった部分を思い出していた。

 それはとても大切な情報なのだけど、今はまだ広めてはならない物だ。

 永い時を経て、先代の願いは半ば叶ったと言える。後は彼女が再び神の卵となり、その状態から孵化するのを待つだけだ。

 転生した彼女が “創造神の魂の回収” を達成したのは彼女が十二歳の時。達成したからさっさとあの世へ招くのは流石に気が引けた。

 せっかくなので寿命を全うしてもらおうって事になって今日まで延ばしてきたけど、本当の理由は彼女の持つ魂の力が強すぎて銀城では……。


「神様大変です! 神話エリアにてギリシャ神話のゼウス様が例のクズコーンにさらわれました!」


 感傷と思い出に浸っていた所に、慌てた部下の一人が駆け込んで来た。ノックも無しなんて……とちょっと頭にきたけど、内容を反芻すると怒りは直ぐに引っ込んだ。


「え!? 何で、神話の神を? えー……」


 神話の神は、神話の中でしか力を発揮出来ない。保護しているのは再び世界を創る時に必要な素材だからだ。正直奴らには使い道が無いはずだが……。


「いやでも犯人はあのクズか……。何か勘違いをしているのかも。それで、他に被害は?」

「ニンフたちやアレス様にアポロン様もさらわれかけましたが、ヘルメス様のお陰で助かったそうです。しかし、そのヘルメス様も無茶をしたせいか今は動けないとの事です」

「ニンフはともかくアレスとアポロン? その二人って見た目は良いけどその他はイマイチな方々だよね。まあアポロンはアレスに比べると多少はマシだったっけ。……クズコーンと共通する? いやでも何で? 女の子は分かるけど、男をどうする気だった?」

「あとアプロディテ様が “中古ビッチ” 呼ばわりされて引きこもったちゃったそうです」


 中古ビッチ……間違ってはいないね。でも面と向かって言われたらショックだろうよ。


「……あーあ。他には?」

「ショックでゼウス様の奥方のヘラ様が倒れたそうで、起きた時が怖いとの声が届いています」


 軍勢を引き連れた怒れるヘラさんの姿が頭に浮かんだ。本当にそうなったら大変面倒だね……。


「……そうだねー、あいつの呼び名を “クズ” から “ゲス” に変えよう。この頃 “ゲス” の方が相応しい気がしてたし」

「ゲスなユニコーン、縮めてゲスコーンですか!」

「そう、ゲスコーン! ……って、それはともかく。これは真緑しんりょくを呼び戻す頃合いかな。向こうにそう説明してヘラさんを宥めてあげて」

「かしこまりました!」


 ふーっと息を吐き、旧式のケータイを取り出す。スマートフォンでないのは、本当に通話以外の機能が無いからだ。現状では21世紀の地球と同じサービスが出来ないという事情もあった。


「もしもし白菜? 真緑を呼び戻すよ。……うん、こっちでトラブル。ギリシャ神話のゼウス様知ってるよね? 面識あったよね? 彼が誘拐されたんだ。事情や背景は不明だけど。で、真緑を迎えに行ってあげて。案内役は必要だと思うけど、魔術も使えるように誘導させて……そう、スパルタミックスで。護衛の人選とかは任せる。ん? ああ、彼女でいいよ。先代 ”月“ とは違いますアピールの為にも……うんまた連絡して。じゃ」


 通話を切った後、ふと虚空に視線を移した。

 きっとあの女はこれを聞いただろう。隠し通せないなら、それを逆手に取るだけだ。

 さて真緑はどう成長しただろうね。あの気の強いアヒルさん、少しは穏やかになったかな……?



 ◆あの世案内所・日本支部◆


銀城ぎんじょうー、真緑呼び戻すよー。神様の命令だからね!」


 百歳な感じのヨボヨボの小柄なおじいちゃんが、銀髪のサムライ美女に呼びかけた。


「えー……手伝ってくれます? 以前健康な上に魂の力が強すぎて消費コストが最大値超えてたの見た後だとどうしても……」

「大丈夫。お父さん死んだから。葬式やらこれまでの介護やらで疲労がたまっているだろうし。あと四十代の後半に入ってるから健康面もハードル下がってるよ。前みたいな事にはならない!」

「そうそう。覚悟を決めようぜ」

「一応確認をしましょう。また最大値を超えていたら手伝いますから」


 おじさんとおじいさんの中間といった感じの体格の良い男と、ひょろりと細いインテリメガネな三十代の男が現れ、四代目閻魔大王・銀城の両脇を固めた。

 こうなっては言い逃れも物理的な逃亡も不可能である。

 こうして彼女は閻魔大王の執務室へと強制連……ゴホン、移動させられたのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「……はあ、二代目も三代目も薄情。初代様は鬼畜……。そもそも神様の命令なら仕方ないよねぇ。何で裏モードは現役の閻魔大王しか使えない設定なんだよう……」


 覚悟を決め、銀城は閻魔帳を裏返して逆さにする。そして○印の中に大きく書かれた「裏」という文字に手を置いた。


「裏モード発動」


 銀城の言葉の後、閻魔帳が輝き出した。

 彼女は輝いている事に構わず裏表紙をめくり、まるでスマートフォンを操作するかのように指先で紙面をなぞっていく。

 当初は驚きつつも喜んでいたのだが、ふとその手が止まった。そして何とも情けない表情をして先輩三人の方を振り返った。


「あのぉ……これ、計算してみたら自分のHPとMPが255と308しか残らないんですけど……。いや残るものがあるだけ以前よりはマシですけどね? あくまで試算ですし、念のためどなたかコストの一割くらい肩代わりしていただけませんか? 三代目ェ……手伝うって言いましたよねぇえ!?」


 どうやら閻魔帳を取り出した時の覚悟は何処かへ消えてしまったらしい。

 しかしここにいる三人の先輩たちは皆、優しい言葉で慰めてくれるような人柄ではないのだ。銀城自身がぼやいた通り、仕事においては「薄情」で「鬼畜」な厳しい人たちなのである。


「元々の桁数からすると心許なく見えるでしょうが……。一般人からすると、そう低くはないと思いますよ?」


 三代目は眼鏡をかけ直しながら平然と言い放った。最大値を超えないなら手伝う必要ないじゃん? とその目が語り、顔にもしっかり書いてある。

 なお、 ”HP“ やら ”MP“ といった単語が出るのは「実はここがゲーム世界だから」とかいうのでは無い。肉体を持たない魂たちは自身の状態を把握しにくいのだ。その為に体力や魔力、そしてその他の各能力を数字で表す必要があった。


「まあ、裏モードはそんなものだから。大丈夫、大丈夫。試算でも最大値超えてないって出たなら大丈夫だ。な? っちゃん」

「うん! ねぎちゃんの言う通り。ちゃんとここに回復アイテム用意してあるから」


 初代は小瓶と饅頭を見せてきた。それぞれ “超回復HP&MPポーション” と “忍饅頭しのびまんじゅう” と云う商品名である。


「それ、回復量重視で味が酷い事になってる奴じゃないですか! それにHPとMPだけでなく、その他の能力値も一時低下するって出てるんですよ!? 97%低下って、不安しかないですよ!!」

「効果は最上級! いいからやりなさい」

「真緑は菜っちゃんに迫る強さだったからなー。他の魂よりコストが高くつくのもわかる」


 ちなみにごく普通の魂ならコストは一万前後で済む。つまりこれから呼び戻す真緑とやらは、それだけ強大な強さの魂の持ち主という事になるのだった。


「それでもHPとMPは共に三桁は残るのです。数日内には能力値を含めてほぼ全快しますよ。元々仕事の方は我々が肩代わりをする予定なのですから安心して下さい」


 さっさとやれと三人から威圧をかけられ、銀城は涙目になりながら最後の項目を選択した。


「真緑を呼び戻す」


 銀城がそう言うと、閻魔帳から眩い光の柱が出現したのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「成功したねー。紅月こうげつ群青ぐんじょうも準備を終えてるはずだから二人に伝えてくるね」


 初代は小瓶と饅頭を二代目に渡すと、閻魔大王の執務室を出て行った。


「では、業務の方は私が代行しますので」


 三代目は辛うじて立っている銀城の手から閻魔帳を抜き取ると、閻魔大王の執務室を出て行った。


「ほら、飲め。食え」


 二代目は銀城を支えながら回復アイテムを彼女の口に突っ込んだ。

 アイテムの効果はしっかり発揮され、回復はしたのだが……。

 すっかり衰弱した所にポーションと饅頭の不味さが後押ししたらしく、彼女の精神はおかしな方へ進路を定めてしまった。


「飲む……呑むといえば、酒? 酒ぇーっ!!」

「おまえさん本当に酒が好きだよなあ……」


 呑まなきゃやってられない。

 これ自体は珍しくない現象だが、銀城の目は完全に狂人のものであった。


「菜っちゃんは真緑を迎える為の準備やサポートがあるし、俺は警備に戻るし、十道とうどうは業務の代行。恨むなよ?」

「恨んでませんよぉ……。あー、そういえば真緑はいい物作れたなぁ。よし、あれとあれを作ってもらおう」

「お前、あいつの性格の事忘れてるだろ……。あと今の見た目は女なんだから、男だった頃のノリで見苦しい姿晒すなよ?」


 酒が絡むとダメ人間になるのが四代目閻魔大王・銀城であるが、そこに狂気のやけ酒モードが加わった。二代目の忠告も空しく、この後大変見苦しい酔っ払いが誕生したのである。


 ◇◇◇◇◇◇


「では群青、港で待っていて下さいね」

「おう、船が見えるとこにいるから降りたら少し待っててくれな」


 男女二人がそう会話をした後、別々の方向へと歩き出す。

 女は “あの世スタッフ専用ゲート” と書かれた部屋の前に来た。ここから死者の魂が流れ着く死者の河原に一瞬で移動が出来るのだ。実に便利な仕掛けである。ただし一方通行なのだが……。


「はぁっ…。うさちゃん飼うのは全てが片付いてからですね。飼い始めてすぐに放置なんて可哀想ですもの」


 女は扉を開いて部屋の中に入り、転移用の魔方陣に足を踏み入れた。

 この後、彼女にとってとても嬉しい出会いが待っているのだが、そんな事を知る由もなく……。


 読んでいただきありがとうございます。第1話へ進んでください。

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