2-5
「なぜオーラを探してるんだ?」
「君は名乗れと言っただけだ。理由を教える必要はないんじゃないか?」
「・・・まだ、あっちの広場で訓練をしていると思う」
ボイドはそう答えた。
「そうか、教えてくれてありがとう。では」
「おい!オーラに何するつもりだ?」
ボイドはフォルテに張り合うため精一杯胸を張って声を出した。
フォルテはヘルムを直しながら答えた。
「君に教えるつもりはない。重要なのは君の意思ではない。彼女の意思だ」
そういうとフォルテはボイドを置いて森の中の広場へ歩き始めてしまった。
「おっ・・・、おい・・・」
ボイドは迷った。
ボイドには自分が今どうしたいのか、よく分からなくなっていた。
正直に答えてしまった自分を戒めたい、オーラのところへ今すぐ行きたい、フォルテを止めたい。
ボイドが伏せてしまっていた顔を上げた時フォルテはもういなかった。
「・・・オーラっ!」
ボイドは慌てて森の中に駆け込んだ。
走っている間にもボイドは胸に刺さる痛み、走る足を早める何かを感じていた。
「ううっ、胸が痛いのに走れる。いつもより早く走れる・・・!」
結局ボイドは、前傾姿勢になる程本気で走っていた。
この道はオーラとともに訓練した森の獣道。
この道ではオーラは神出鬼没だったっけ。
まだ森林戦では勝ったことないんだよな。
最近気がついたんだけど、あいつは森林戦では地面を走ったりしないんだよ。
木から木へと飛び移って。
足跡もわざと反対向きに歩いたり痕跡も綺麗に消していたんだよな・・・。
あれ?何でこんなにオーラのこと考えてしまうんだ・・・?
考え事をしながらも訓練で何度も往復した道を間違えることはなかった。
「雨・・・?」
ぽつりぽつりと降り始めた雨は徐々に強くなる。
雨季の始まりを示す雨だ。
あっという間に雨粒が木々の葉っぱを打つ音で耳が塞がれてしまった。
程なく、広場に到着した。
オーラは真っ黒なアーマーを纏った集団に囲まれていた。
「おい!フォルテ!オーラに何するつもりだ!」
オーラに向いていた無数のアーマーのヘルムが一斉にボイドに振り返る。
オーラの肩を掴んでいたアーマーから声が聞こえた。
「フォルテ・・・。君が言っていたのはあの子か?」
隣にいるアーマーが腰を折る。
「はい」
肩を掴まれていたオーラが精一杯大声を張り上げた。
「ボイド!何で来たの!」
その声は少し震えていた。
「何で・・・?わからないけど理由がいるの!?」
「いや、でも・・・君は、そういうのとは無縁なんじゃ・・・?」
「よくわからないけど、君を助ける!」
ボイドはアーマーの集団に駆け込もうとする。
しかし、いちばん手前にいる騎士に阻まれてしまった。
「どけぇ!」
ボイドは持てる力全てを使って騎士に棒を振りつける。
しかし、騎士は微動だにしなかった。
パーンという音が鳴り、ボイドの棒は飛んでいってしまった。
ぶつけられた騎士は微動だにすることなく発言した。
「団長、どうしますか?」
「殺すなよ」
「はっ」
短い返事をした騎士は鞘ごと自分の剣を抜こうとした。
「まて」
フォルテが声をかけた。
「私がやろう」
そういうとフォルテは地面に落ちている木の棒を拾った。
何度か自分で叩いて感触を確かめたフォルテはボイドに目を向けた。
「そんな端で戦うつもりか?もっと広いところにきなさい」
その一言でフォルテとボイドの間にいた騎士達が一斉に道を開けた。
人は動くことより全く動かないことの方が難しいとされる。
しかし、道の両端にいる騎士たちは微動だにしなかった。
ボイドは雰囲気にのまれないよう唾を飲み込んだ。
「・・・わかった。僕が勝ったらオーラは返してもらうぞ」
ボイドは騎士達の間にできた道を進む。
「いいだろう。気絶した方が負けだ。それでいいな?」
ボイドは頷いた。
「ではこの戦い、このシンケールスが取り仕切ろう」
団長と呼ばれていた男がボイドとフォルテの間に立ってそう言った。
フォルテは真正面に構え、ボイドはオーラ直伝の型を構える。
「ボイド・・・、がんばって・・・!」
オーラが小さい声で応援した。
ボイドはオーラをちらっと見ると頷いた。
「双方準備は良いか?それでは始め!」
先手はボイドが取った。
取ったというよりフォルテのフェイントに引っかかって取らされたという方が妥当だが、本人がそこまで気づけるほどの実力を有してはいなかった。
「オーラは連れて行かせないぞ!」
だが、ボイドの攻撃はフォルテが待ち構える場所へまっすぐ吸い込まれ、ボイドは後頭部に一瞬痛みを感じ意識を失った。
「ボイド!」
オーラの悲痛な叫びが広場に響いた。
「勝者、フォルテ」
シンケールスは淡々と勝敗を述べた。
「では、少年。約束通り、この子はもらっていくぞ」
「ボイド!・・・ボイド!私はもういいから!好きに生きて!」
オーラはボイドに手を伸ばすが鍛え上げた騎士達の力に抗うことはできなかった。
あっさり担がれてしまう。
「・・・オーラ・・・!」
ボイドが最後に見たオーラは自分に向かって手を伸ばすオーラの姿だった。
ボイドが目を覚ました時、すでに日は落ちており、バケツをひっくり返したような強さで雨が降っていた。
びしょ濡れのボイドの体は冷え切ってしまっていた。
しかし、ボイドにとってそんなことはどうでもよかった。
「・・・くそっ。」
ボイドは騎士に打たれ痛む頭を抱えた。
「・・・明日から朝の特訓なくなっちゃったな」
ボイドは体に大きな穴でも開いてしまったかのような感覚を持った。
「・・・体に穴でもあいているのかな」
全身をくまなく触って見るがそのようなことはなかった。
「なんだろう・・・。とにかく一度帰ろう・・・」
ボイドは痛む頭を抱えながらゆっくりと家路についた。
月の光も星の光も無い中、足の裏の感覚と木の位置などを頼りに歩く。
何度もぬかるみにはまってしまう。
「僕にもっと力があれば助けられたのか・・・?」
ドロドロになってボイドが家に戻ると、扉の前には初老の男が立っていた。
「おお、帰って来たか・・・。どろどろじゃな。ちょっと話があるんじゃが・・・。入ってもええか?」
「・・・誰?」
初老の男はボイドに目を合わせると名乗った。
「そんなことが気になるか?・・・わしは村長をしているパルスじゃ。まず泥を落としなさい。話があるのじゃ」
「・・・どうぞ」
ボイドは扉を開けてパルスを迎え入れる。
部屋の中に家具はほとんどなく、ちょっとしたテーブルと棚があるだけである。
ボイドの普段の生活は狩りや植物採取から成り立っており、家の中は寝床とある程度の物の保管さえできていればよかったのであった。
風呂やトイレは近くの川にすればよく、火が必要なことは家の前で焚き火をしていた。
ボイドの家は洞窟に作ってあるのため、その中で火を焚くと有毒なガスが溜まってしまうことがあったのだった。
「そこに座っててください」
ボイドはパルスをテーブルの前に座らせた。
「少し待っててください。体を洗って来ます」
「ああ」
しばらくして泥を落とし終えたボイドが戻って来た。
着替えがなかったため全裸だった。
「・・・よく鍛えてあるな」
ボイドの体を見たパルスは一言そう言った。
「ええ、まぁ。それでなんの用でしょうか。オーラ以外の村の人がこの家まで来たのは始めてですが」
パルスはいきなり本題を切り出した。
「おぬし、オーラがなぜ連れて行ったか聞きたくないか?」
パルスの問いかけにボイドはしばらく思案する。
その様子を見たパルスは驚きの表情でボイドの様子を見ていた。
「迷うか・・・。やはりわしが知っていうお主とは違うようだな・・・」
ボイドはパルスの顔を見た。
「どういう意味だ?」
「おぬし、ひょっとしてオーラのことを追いかけたいんじゃないか?」
ボイドは胸に楔を打たれたような気がしていた。
「えっ・・・いや、そうかもしれないが・・・」
「おぬしが今困っているその胸に感じる何か。それが『心』じゃよ」
「心・・・」
ボイドは左胸に右手を当てて鼓動を確認した。
「そうではない。心はな、ボイドよ。他者に寄り添うために生まれたものじゃ」
パルスは静かに語り始めた。
「かつて人は食物連鎖でいうと下位の部類だった。力は弱く体力も少ない。良い耳もない、良い目もない、良い鼻も良い舌もなかった。ただ、他の生物より脳があった。知恵があった。器用な手があった。人は道具を生み出すことで弱い部分を補強したのじゃ。だが、それでも勝てない相手には力を合わせることで乗り切って来たのじゃ。
人と人が協力して何かを行うとき、個々の考え方がバラバラでは困るのじゃよ。最初、人は全く力を合わせることができなかったそうじゃ。おかげで絶滅しかけたのだがな。時と光の女神様は慈悲深い方じゃ。人に光の祝福として『心』を芽生えさせてくださった。それから人には他者を思いやる心が生まれたのじゃ」
パルスはボイドを見る。
「だから、光の祝福がないお前さんは他者と協力できない、そういうことになるのじゃ。反対におぬしは他者に寄り添うことができないから、『気持ち』を理解することができないのじゃ。人に関心を持つことはないはずなのじゃ」
パルスはため息をついた。
「じゃが。今日黒騎士の団長様から言われたことがあった。少女を連れて行く際にある少年が邪魔をして来たと。・・・おぬし、オーラを助けるために黒騎士様に楯突いたな?」
「はい。ですがあの時は訳も分からなくて」
「よいよい。『心』とはそういうものじゃ。時に理屈からかけ離れた行動をとってしまう。それも女神様の計らいなれば・・・」
パルスは一度言葉を切った。
しばらく二人の間には沈黙の時間が流れた。
「・・・そこでじゃ。おぬしオーラを助けに行きたくはないか?」
「オーラを・・・?」
「オーラはのう。セントラルに連れていかれたのじゃ。セントラルには時計塔と呼ばれる大きな時計があるそうじゃ。オーラはその守り主に選ばれたのじゃ」
ボイドは顔を上げる。
「なんでオーラなんだ?」
「もちろん女神さまの思し召しじゃ」
「女神さま・・・。セントラルに行けばオーラを助けられるのか?」
パルスは大きくうなずいた。
「うむ。じゃが、おぬし黒騎士には敵わなかったのじゃろ?」
「・・・はい」
「そこでじゃ、わしが口利きをしてやるから道場で本格的に訓練しないか?」
ボイドはパルスの表情を伺う。
ボイドの目には村長が何かを企んでいるかどうかは分からなかった。
「おぬしに才能があれば黒騎士様に敵う日も来よう。その代わりと言っては難なのじゃが・・・訓練でどんなことがあったかをわしに報告するようにして欲しいのじゃ。口を効いてあげたからにはどのくらい強くなったのか知りたいのじゃよ」
パルスはにっこりと好々爺たる表情でボイドに話しかけている。
「訓練させてもらえるなら、ぜひさせてもらいたい。報告は訓練内容でいいのか?」
「うむ。訓練の内容を細かに教えてくれ。ただし、訓練した日には必ずわしのところに来ること。それだけ守れるならば紹介しよう」
「わかった」
お互いの握手を交わすとパルスは帰った。
その夜ボイドは眠れなかった。
一日にいろいろなことがありすぎたのだった。
そして、自分が意図しないところで物事が進んでしまっていた。
初めての『心』と向き合ってみたボイドは驚いていた。
全く制御できないことに。
明日朝の特訓がない事、オーラがいなくなってしまった事に対する喪失感。
黒騎士に一撃でやられたことに対する悔しさ。
そして何よりもオーラの居場所を知らせてしまった事に対する後悔と懺悔の気持ち。
「・・・なんだか今日は長い一日だったな。僕は・・・どうしたらよかったんだ・・・。あの時オーラは僕の助けを待ってたのか?くそっくそっ。わからない!くそっっっ!」
ボイドは急に目の前がにじみ始めた。
しかし、それをとどめることができなかった。
窓に駆け寄ったボイドは外に向かって叫んだ。
「俺は!俺は!絶対に君を助け出す。たとえ君が何と言おうと俺は君を助ける!強くなってあのフォルテとかいうやつもぶっ飛ばす!必ず助けるからな!」
叫ぶと同時にボイドの体は輝きだした。
家の中がうっすらと明るくなる。
本人は、叫ぶために目を閉じていた。
ボイドが目を開くとその輝きはなくなっていた。
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