2-4
「ミーン。あんた何してるの?」
ミーンと呼ばれた大柄な青年は悪びれず両手を広げるとオーラに言う。
「君が鍛えていた光無しを僕も鍛えてあげようと思ってね」
「お前・・・さっきと一人称が変わってるぞ・・・。」
ボイドが事実を指摘する。
「お前はだまってろっ!」
ボイドの腹にミーンの足がめり込む。
「ぐっ。」
「また・・・。弱い人をそんなふうにいじめて楽しい?」
「いじめ?いじめてなんかいない。僕は彼に剣術を教えてあげているんだ」
「そうかな?見た感じ訓練には見えないんだけど?」
「まさか。僕は君には負けたけど、二番手だ。そんな僕が特別に教えてやったんだ。彼も本望さ」
オーラはスッと目を細める。
「ふーん。じゃあミーンには私が特別に稽古をつけてあげる。三番手に教えてもらえるんだもの。二番手も本望よね。構えて。」
そう言うとオーラは身を屈めて猛ダッシュを始めた。
「なっ、えっ、ちょっ、速っ」
ミーンは慌てて構える。ただし二番手と言うのは嘘ではない。急激に迫るオーラがミーンの元にたどり着く前に戦闘態勢を整える。
「おらぁ!オーラちゃん必殺!」
「頭か!」
振りかぶるオーラの攻撃があの攻撃だと考え、ミーンはその備えをする。
「囮だよ」
「チッ」
オーラの攻撃は縦の動きから急激に横の動きへと変化する。
ミーンはその動きに合わせて体全身をひねって対応する。
ボイドは仰向けだった態勢からうつ伏せに変わると戦いの様子を確認する。
連日の特訓のおかげか。目は多少良くなっていた。オーラとミーンの動きを追いかける。
オーラの剣術は超攻撃型である。
攻めて攻めて攻めまくるため、防御は全くしていない。
そして、変幻自在だ。
オーラは自分の父親に蛇のような剣術だと言われたとボイドに語っていた。
その意味は一度戦って見るとわかる。
オーラの剣術のは数多のフェイントや方向転換が含まれているのだ。
今も胴をぶった切ろうとしていると思えば次の瞬間には足元にその攻撃先が変化している。
対戦相手からするとどこを狙われているのか全く分からなくなる。
反対にミーンの剣術は防御だった。
こちらは普段の剣術を見ていないのでオーラのせいで防御一辺倒にさせられているのかもしれない。
それでもミーンはオーラの攻撃特化の剣術を見事に受けきっている。
少し押され気味ではあるもののオーラのフェイントを見破り、その次の手も予測しながら動いているようだった。
「・・・すごい」
顔がボコボコに腫れてしまい、片目が少し見えない状態であるボイドはうっすら見える二人の戦いが自分のいる場所と比べるとはるか高い場所にあるものだとわかった。
強い者同士の戦いはかくも美しいものなのか。
お互いが2手、3手先を読みながら動きに全く無駄がない。
まるで予定調和であるかと錯覚してしまいそうだった。
しかし、その舞も永遠に続くものではなかった。
「ほいさっと!」
これまで棒による攻撃に絞っていたオーラの攻撃が急に体術を交えたコンビネーション攻撃に変わる。
「うわっ!」
ミーンはたたらを踏む。
「剣術で最も重要なのは足の運び方だって言ってたもんね?」
オーラは隙を逃さない。
足運びを失敗したミーンは上体が揺らぐ。
揺らいだ状態でオーラが体重を乗せた攻撃を受け止めることは不可能だった。
ミーンの棒は弾き飛ばされ、つぎの瞬間にはミーンの首元に棒が突き立てられていた。
「さて、どんな内容を賭けてたの?」
「いや、この勝負は無効だ。僕が勝負してたのはあの光無しだからな」
「あら、一対一じゃないんだから問題ないでしょ?あなたの仲間がボイド君に足かけてたじゃない」
「ちっ。ずるいぞ!大体なんでこんな奴に稽古つけてるんだよ!」
「秘密」
オーラはにっこり笑ってそう答えた。
「はぁ?なに乙女ぶってんだ?いい加減に教え・・・」
「あ?乙女の秘密を聞き出そうとするゲス男にはお仕置きが必要だね?」
そういうとオーラは青年の腹を突く。
一見勢いがあまり感じられない一撃だったが、青年の方はグフっ、と苦しそうな声を漏らす。
「で?どんな約束?」
「・・・忘れたなぁ。そもそも死人と交わした約束なんて守る必要な、ぐっ」
「で?どんな約束?」
「・・・なぁ、お前もそう思ってるんだろ?オーラ?光無しと絡むとろくなことないぞ?」
オーラはちらっとボイドのことを見る。
その目はミーンやミーンの取り巻きの目に浮かんでいる侮蔑や軽蔑の目ではなく、単純にボイドを心配する視線だった。
そして、先ほどまでの険しいが戦いを少しばかり楽しんでいたオーラの顔に影が差す。
「私はそんなこと思ってない」
「はっ、そんなこと言っても本心は、がっ」
「あなたがどう言おうと私が思っていないことは変わらないの。そしてそのことをあなたに理解してもらう必要はないわ。さっさとその薬をボイドに返して失せなさい」
「ボイド?」
「そこで倒れてるでしょ。名前すら知らなかったの。あんた正真正銘の屑ね」
オーラはそう言うと今度は本気でミーンの腹を突いたようだった。
ミーンはそのまま崩れ落ちてしまった。
「おら!そこの袋持ったやつ!早く返して失せろ」
棒で指示された太め男児はオーラの様子を伺いながらおそるおそるボイドに近づくと、パッと薬袋を渡して走り距離をとった。
「さっさと失せろ!お前ら!次ボイドに手を出してみろ!次は腕を折る!」
オーラは叫んだ。
オーラにしては珍しく現実的な脅しだった。
ミーンの取り巻きたちは気絶したミーンを引きずって去った。
周囲から人の気配が消えた時、オーラはボイドに歩み寄った。
「ボイド、大丈夫?」
「全身痛いけど。僕は生きてる?」
「生きてるよ!どうしたの?」
「・・・わからない、僕には生きているのがどういうことなのか」
「どういうこと?」
「君は生きてるってことがどういうことかわかってる?」
オーラは困った顔をする。
「えっ?うーん・・・。死んでないってことかな?」
「死んでないか。それなら僕は生きてるってことになるのかな・・・」
「なんでそんなこと・・・?」
オーラは困惑した表情でボイドを見る。
ボイドは何も言わずうつ伏せから起き上がろうとする。
しかし、足に力が入らず座り込んでしまった。
「ちょっ・・・。もう少し休んだ方がいいよ」
ボイドを気遣ったオーラがボイドに手を貸そうとするも、ボイドにあっさり払いのけられてしまう。
オーラは驚いた顔をする。
「大丈夫だ」
ボイドはハッとオーラの顔を見る。
「まただ。その顔」
ポツリとボイドが呟く。
「君は僕がなんで光無しで死人って言われてるか知ってるか?」
「光無しなのは生まれた時に光の祝福を受けられなかったからでしょ。でも死人はわからない」
「光無しになるということは宿るべき心が宿らないということなんだそうだ。僕に心はない。だからこそ、こうして死人と呼ばれている。生きていても死んでいても変わらないから。誰からも影響を受けないし誰にも影響できない」
ボイドは自分の手を見る。
「でも僕だって10年以上いろんなものを見てきた。人の表情からその人が次に何をしようとするかわかる」
ボイドはオーラをまっすぐ見る。
「そこにある憎悪の感情だって表情からわかるようになった。これまでずっと僕は憎まれてきた。でも僕は別に誰も不幸にしたいと思ってない」
ボイドは淡々と語る
「村を不幸にする?僕が?いったいどうやって不幸にするっていうんだ。死人なんだ。蔵せ誰の役にも立たない。こんなちっぽけな僕だけど、それでも生きてる。あいつらはどうしたらあんな風に人の邪魔ばかりできるんだろう。心がないから何をしてもいいと思ってるのか?僕だって痛いものは痛いし、やるべきことができなくなって迷惑なんだけどね」
ボイドの声音は少しずつ力強さを増していく。
「でも僕は何もしていない。毎日殴られて蹴られてけなされて、毎日何もしてこなかった。僕は毎日ただ過ごしていただけだ。何もしていない僕は死んでないだけで、生きてないじゃないか。結局あいつらの言う通りなんだ。僕は死んでいる。あいつらに蹴って殴られるだけの存在なんだ!」
「そんなことない!」
オーラは両手でボイドの頬を押さえる。ボイドの唇が突き出る。
「少なくとも私と会って、私と特訓していた毎日。それは否定させないよ!私はその間の君しか見てないけど、少なくともその間君は生きていたよ!それは私が保証してあげる!」
ボイドはオーラの両手を振りほどいた。
「でも、また、君に迷惑をかけた。僕にここまですると君は孤立するよ。もう僕のことは助けなくていいよ」
「そんなこと言わないで!」
オーラは声を張り上げた。
「たとえ君がなんて言おうと私が君を助けてあげる!」
オーラはパッと両手を広げる。
「君が生きる意味を見出せるまで!君はそうなるまでチャンスは必ず掴んで、そして努力も怠らないこと!やり方は私が教えてあげる!」
ボイドはオーラから視線を外した。
「・・・何言ってるの。君の命は僕の命より大事だよ」
「うーん、ごちゃごちゃうるさいなぁ。まぁ私にまかせなさい!」
オーラは自信満々に片手を腰にあてる。もう片方の手をボイドに差し出す。
「さぁ、帰ろう!」
ボイドはゆっくりオーラに手を差し出す。その手をオーラはさっと掴んで引き起こす。
「君はバカなんだな」
「はぁ?もういい。っていうか、私が仕込んであげたのなんで負けてるの?」
「ええ?彼らは正々堂々一対一の戦いを挑んで来たんだ。卑怯なのはあいつらだよ」
「あいつらが卑怯なだからやられましたって死んで言い訳するの?」
「死んだら言い訳できない」
「そうよ!卑怯な手も全て予測して倒しなさい。明日はそういう卑怯な手についてみっちりしごいてあげるよ」
「疲れるのはやだな」
オーラはぽこっとボイドの後頭部を小突いた。
「弱音禁止!」
ボイドは明日の練習に思いを馳せた。
「今日の特訓きつかったな・・・。攻撃禁止されてオーラの攻撃を防ぎ続ける訓練ってもはや何に役立つんだ・・・」
あの決闘から何ヶ月か経ったある日、特訓を行なった後、ボイドは川に水浴びに来ていた。
あれからボイドはいじめられることはなくなった。
オーラが言った通りボイドを守っていたのだった。
街に行く時はボイドがなんと言ってもオーラはついて来た。
森の広場にいるときも必ずオーラが隣にいた。
オーラのおかげで村の中央にある集光機に光を納めることもできるようになった。
もちろん光無しによる光の納付に対して難色を示す人間が反対していたが、オーラが有無を言わさぬ表情で棒を握り、周囲を睨みつけているため、誰も止められなかった。
反対に言えば、毎日欠かさずオーラと特訓をしており、シャツとズボンを脱いだボイドの体は相変わらず傷だらけだったが、全身が引き締まり筋肉による凹凸がはっきりと現れていた。
「あれ、こんなとこにあざができてしまった」
ボイドはスネにできたあざをなでる。
ふと気配を感じてボイドは手元に置いていた棒を握る。
「誰だ」
川沿いの林の中から黒いアーマーを纏った男が現れた。
頭にもヘルムを付けているため、顔が見えない。
まるで騎士の鎧がひとりでに動いているようだった。
「そんなに警戒しないでくれ、少年。少し尋ねたいことがあるだけなんだ」
「誰だ?せめて名乗れ」
「オーラという少女はどこにいる?」
ボイドは目を大きく開く。
最近は自分に対する敵意や憎悪をあまり感じなくなった。
過去にはそう言った表情をボイドに向け、無視する人間のほうが多かった。
現在はむしろ、普通に会話できる人が増えていた。
真摯に剣術に打ち込み、力をつけ、村に光を納め、誠実さを見せた結果をボイドは実感していた。
しかし、この男は敵意や憎悪なくボイドのことを気にしていなかった。
若干の驚きを隠しつつボイドは答えた。
「顔も見せられない、名前も名乗れない奴に教えることなんてない。勝手に探すんだな」
「ほう。私のこの格好を見ても怯えないやつがいるとは!」
冷たく突き放されたはずの男は、むしろ嬉しそうにボイドのことを見ていた。
「いいだろう」
そういうと男はおもむろにヘルムを取り外した。そうして、ボイドの顔をまっすぐ見つめる。
「私はフォルテ。君に尋ねたいことがあるんだ」
「・・・僕に何の用だ?」
ボイドはフォルテの厳格な雰囲気にすでに飲まれてしまっていた。
この時ボイドの頭の中には警報がなっていた。
ボイドはそれをうまく言語化することができずにその警報を無視してしまった。
「オーラという少女はどこにいる?」
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