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時計守りの少女  作者: 黒鍵猫三朗
第二章 回想
6/16

2-2

「・・・」


「ちょっと、返事は?」


「・・・はな・して・・・」

 

ボイドの顔はすでに真っ青になってしまっていた。


「あっ。ごめん」

 

オーラはパッと手を離した。

咳き込みながら倒れこむボイドの背中を、オーラは優しくさすっていた。


「君はやっぱりもっと鍛えた方がいいね」


「誰のせいで僕は死にかけてると思ってるの・・・?やっぱり君も僕に危害を加えるじゃないか」


ふーむと言った表情でオーラは考え込む。


「今度は、無視・・・?」


何やら冗談ではなさそうな雰囲気を感じ取り、ボイドは手を振って遠慮した。


「いや、別にいいんだ。僕が鍛えたところで意味はない。そのうち彼らか村の大人に殺されるだろうし」

 だが、オーラはもはやボイドのことは見ていなかった。


「うん、よし。決めた!私は君のことを鍛えることにした!」


「えっ?なんで?」


「明日、朝から毎日ここでやるよ!じゃ、また明日!」

 

オーラの頭の中は明日の練習内容の事しか無いようだった。

それだけ言い切るとオーラは手を振りながら颯爽と走り去ってしまった。


「・・・僕の話も聞いてよ」

 

これまで感じたことのない何かがボイドの体を埋め尽くしていた。



「おっ、ちゃんと来たね」

 

ボイドは 日が昇ると同時に約束の場所に来てしまっていた。

ボイドは万が一追いかけられ無理やり何かをやらされるという事態に備えて、一応動きやすい服の方がいいだろうと考え、服はいつも通りだが、布の柔らかい靴を履いて来た。

しかし、オーラの格好は昨日と同じような白いワンピースに裸足だった。


「早いね。その格好で訓練するの?」


「当然!私は先生だからね」


「先生?」

 オーラの返答が訓練に来る時間が早いことなのか、格好のことを言っているのか判断しかねていると、すでに話が進んでしまっていた。


「ええ、君に剣術を教えてあげる」


「剣術?」


「うん、君が剣術を身につけて強い剣士になればあいつらも迂闊に君をいじめられなくなるでしょ!」

 

確信に満ち満ちた目。

これ以上話が進んでしまう前に話をつけねば、とボイドは少し急いで付け加える。


「・・・いや、僕は今日、断りに来たんだ。僕が鍛えたところで意味はないんだ。僕は村の一員ではないし、一人で暮らしてる。生きていようが死んでいようが構う人はいないんだ。どうせ・・・」

 

だが、オーラはやはりボイドの話を聞いていない。


「じゃあ、始めよう!はいこれ」

 

ボイドはオーラから木の棒を渡された。


「なにこれ?」


「君が一回でも私に当てられたら今日の訓練は終りね!」

 

オーラの剣術指導は突然開始した。


「先手はもらったぁ!オーラちゃん必殺!か弱い乙女の脳天かち割り斬り!」

 

突っ立っていただけのボイドはオーラの急激な動きに全く対処できなかった。

ボゴォという音とともにボイドの頭はオーラにかち割られる。


「いった・・・」


あまりの痛みに、ボイドは涙目になる。

昨日の太め男児があのような必死の形相で逃げ出したのも無理はない。

ボイドは昨日の彼の行動をいまさらながら理解した。


「ほら。ちゃんと立ち向かって来てもらわないと!」

 

ボイドは目の前の少女が何を考えているのかまったくわからなかった。

しかし、頭は割れるように痛い。

オーラによる理不尽な攻撃に、ボイドは少しやる気が出た。

 

いったいなんなんだ。


「・・・いくよ」


「こい!」

 

ボイドはこれまで剣術として棒を振るったことはなかった。

普段棒を使うときは、洗濯物を干すときか、高い木に実がなっているときに、それを叩き落とすときぐらいである。

もちろん、剣術の才能などなかった。

 

ボイドは最近見たことのある技から真似することにした。オーラの頭めがけて木の棒を振り下ろす。


「あら、私の必殺技取らないでよ!」

 

だが、ボイドの攻撃にはオーラほどの強烈な勢いがない。

オーラはボイドの攻撃にむしろ突っ込み、ボイドの棒を簡単に弾き飛ばす。

ガラ空きになったボイドの胴にオーラの棒が迫る。


「おりゃあ!」


「っは!」

 

全力の攻撃にボイドの息が止まる。

ボイドはオーラの攻撃に全く対処できず、半ばあきらめの気持ちで自分の腹に横一直線に痣ができたななどと考えていた。


「ぐっ」


「まだまだぁ!」

 

だが攻撃はそれだけで収まらなかった。

オーラは次々に容赦なくボイドを打つ。

腹の痛みも治まらぬうちに全身が痛くなり始め、たまらずボイドはしゃがみこんでしまった。

振り上げた棒を止めてオーラはボイドの顔を覗き込む。

オーラはやれやれと言った雰囲気でボイドに声を掛ける。


「もうギブアップ?」


「・・・もう少し手加減してほしい」

 

苦しそうにそう言ったボイドはしゃがんでも痛みがおさまらず、うつ伏せに倒れこんだ。

自分は初心者なのだ。

もっと基礎的なことから順に教えてほしかった。


「手加減?これは訓練で使ってるのが木の棒だったとしても、命のやり取りの時に手加減する奴がいるの?」


「手加減しなくていいから、もっと基本的なことから教えてくれないの?」


「ああ、出た出た。教えてもらえばできるようになると思ってるタイプね。でも相手から進んで教えてもらった事って残らないのよ。自力で必死になってつかみ取る。身になる学習ってそういうものよ!」


ボイドは自分の生活を顧みて、納得してしまった。

そういえば教えてもらった事なんてない。

ボイドはうつ伏せに寝ころんだまま、オーラを見上げると目を見開いた。


「僕を殺すつもりなの?」


「撃ち合いの時はそのつもり」


オーラはばちーんとウィンクする。

ウインクしているわりに、その顔に浮かぶ表情は全く笑っていない。

むしろ、獲物を狩ると息巻いている獣のような雰囲気だった。

 

そうか、この人は訓練でも手を抜いたりしないし、そこから僕の力で盗み取れって言ってるのか。

 

ボイドは少し反省した。本気で立ち向かってきてくれている相手に本気を出さないことは失礼だ。

そう考え集中するために一度目を閉じた。

ゆっくりとした動作で立ち上がった。

オーラはそんなボイドを腕をだらんとたらして構えることなく待つ。

顔を上げながら目を開いたボイドの表情は真剣そのものだった。


「行くぞ」


「おっ、本気になってくれたかな?」

 

ボイドの返答は剣戟で示された。


「うわっ!」

 

オーラが呻いた。

ボイドがオーラを押し始めた。かのように見えた。

ボイドの優位は一瞬で崩れ、オーラはボイドの棒を悠々とかわす。


「うーん、そうやって左右に振り回すだけじゃ意味ないよ?」

 

オーラはあっさりボイドの棒をはたき落とすと、首に棒を突きつける。


「はい。私の勝ち。あ、これで三勝ね」

 

オーラが言い終わるが早いか、ボイドは木の棒を拾うと、そのままオーラに切りかかっていった。


 

結局、オーラの勝ち数が二百になったところで、特訓はお開きとなった。

ちなみにほぼすべての勝負がオーラによる一撃で決着がついており、ボイドがオーラに棒を当てられた回数は0だった。

広場の横に大の字に寝転んだボイドの横にオーラが座った。

ボイドはすでに三回ほど吐いている。

すでに胃の中には何も残っていなかった。

今も全身を使って呼吸をしているような状態である。

対するオーラは息一つ乱れていなかった。

多少汗をかいているくらいであった。


「あちゃー。結局一度も私に棒を当てることはできなかったね」


「はぁはぁ、ふぅ。今日初めてやったんだ。はぁ、当然じゃないのか?」


「うーん、まぁ、まだ大丈夫だよ。私も初めてお父さんとこれをやった時は当てるまでに、二百十五回かかったんだし」


「ふぅふぅ・・・僕はあと十五回じゃ当てられそうにないけど・・・。うーん、まぁ、はぁ、僕には剣の才能なんてないんだね」


「才能かぁ」

 

オーラは少女に似つかわしくない遠い目をした。


「ボイドは才能っていうものがあると思う?」


「ふぅ・・・。あるんじゃないのか?僕の光の祝福がないことも一種の生まれ持った才能と言えるかもよ?」


 オーラはそんなボイドの言葉ににっこり笑う。


「確かにそれも一種の才能かもしれない。・・・私はねお父さんがすごい剣術家なの。だから私にも剣術の才能があると思ってた。でも違った。うちの道場で師範に一撃与えるのに二百回以上もかかった人はいなかったの」


「それは才能がある人しか集まってるんじゃないか?」

 

オーラはすこしびっくりした顔をしてボイドを見た。


「それもあるかもしれない。でもその中でも優劣ははっきりついたの。私はビリ。私は悩んだ。才能ないのかもって」

 

オーラは俯いている。


「でも今はこんなに強いじゃないか」


「それは君が弱すぎるの」


「僕の強弱は関係なく。練習は続けてるんだろ?」


「うん。もう5年以上かな。でも始めてから二年間ずっとビリのままだった。やめようかなって悩んでいた時にお父さんが言ったの。『世の中には4種の人間がいる。才能があって努力する者、しない者。凡人で努力する者、しない者。では、オーラ。もっとも高みに登るのはどのような人だと思う?』って」

 

オーラはボイドを見た。


「ねぇねぇ、ボイド君はさっきの4種の人の中でもっとも高みに登るのは誰だと思う?」

 ボイドは考えることもせず答えた。


「それは才能があって努力する人だ」

 

オーラは笑顔になる。


「正解。それなら、次に高みにのぼる人ってどんな人だと思う?」


「才能のある努力しない人だろ?才能があるっていうのは最初からすごい人たちなんだ」

 

オーラの表情はさらに得意満面の笑みを浮かべている。

なんでそんな顔してるんだ。


「ちがうよ。努力する凡人なんだよ」


「凡人が才能のある人に勝てるの?」


「勝てるよ!私、その日から毎日欠かさず練習したの。昨日やっとだけど、門下生の中でもっとも強くて、お父さんに三回目で剣を当てた人に勝てたんだよ!」


「・・・君は毎日練習をする才能があったんだね。」


「練習するのに才能がいるの?」

 

オーラはボイドの発言に驚いたように目を見開いて、くすくす笑い始めた。


「ふふふ。君変だね」


「・・・オーラほどじゃないと思うけど」

 

それを聞いたオーラは口を尖らせた。


「ふんっ。私は変じゃないわ。とにかく、明日も来なさい!」



二人の特訓は二ヶ月以上続いた。

どんな訓練でもボイドはオーラについて行った。

枝を次々と飛び移っていく訓練。

一日逆立ちで歩き回る訓練。

目隠しされた状態でオーラの高速剣技をかわす訓練。

目に向かって突き出される指をぎりぎりまで見続ける訓練。

命を落としかねない訓練こそなかったものの、失敗すれば一生に関わる怪我をしかねない訓練がいくつもあった。

ボイドは自分がなぜここまで入れ込んでオーラのいうとおり訓練しているのかわからなかった。


だが、ボイドにとって訓練が続くことは悪い事ではなかった。

いじめられることが無くなったのだ。

それも当然で、オーラが隣にいる限りいじめっ子がボイドに近づくことすらできなかった。

気配でオーラにばれてしまうのだ。

一人、後ろからボイドに色水をぶっかけてやろうと近づいた子はオーラに脛を蹴られ、自分でその色水をかぶってしまい泣きながら帰った。


訓練が二か月以上も連続してできたことには理由があった。

ボイドが住んでいる地域は気候が非常に安定しており、乾季と雨季がはっきり別れていた。

乾季には五?六ヶ月雨が降らないことがザラだった。ひどい乾季だと川の水が枯渇することもあるため、川の水で生活しているボイドとしては気の抜けない季節である。


訓練できない日がなかったボイドとオーラの間に雨の日の取り決めが特になされなかったのは自然な流れであった。

そんな時期に珍しく朝から雨が降る日があった。

ボイドは雨を見て訓練はないだろうと考え午前中は、家の修復に当てていた。


ボイドの家は最初に放り込まれた洞窟をそのまま利用したものである。

崖の岩の割れ目にぽっかり開いた穴の入り口を木で塞いで作った家である。

初期の頃は木を積んだだけだったが、時間だけはたくさんあったため、少しずつ扉や窓を作っていた。今では大工顔負けの大工技術が身に付いていた。

そんな家の扉がここのところ妙な音を立てるようになっていたため、この機会に直しておきたかったのだ。


午後には雨が上がり、修理を終えたボイドがふと、広場を見に行くとずぶ濡れのオーラが立っていた。


読んでいただき、ありがとうございます!

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