1-3
ボイドが見た屋台は村で見たものとは全く異なっていた。
ブレスレットや光を貯めて点滅する子供向けのおもちゃなど景品は店の奥に陳列されている。
そこまでは村の射的と同じだった。
しかし、その手前には鏡と水晶が複雑に設置されていた。
そのため、奥にある商品はグニャグニャと歪んで見えてしまい、どれが何なのかよくわからなくなっていた。
「お!お嬢さん、やるか?」
「ええ!」
気合十分と言う声でヴェスは屋台のおじさんにお金を渡す。
銃を穴が空くほど見つめていたボイドにヴェスは声を掛ける。
「ふふふ、この銃は人を傷つける威力なんてないわ。光密度が相当抑えられてるもの。んー、狙うならあの銀の指輪かな?」
右手で銃を構えると左目を閉じる。
目線でなにかを計算したようなしぐさをすると
「えい!」
子供のような掛け声で引き金を引く。
打ち出された赤い光線は水晶を通ると屈折し、鏡にあたって反射し、また水晶を通って屈折しあさっての方向に飛んで行ってしまった。
「むむむ。やっぱり難しいな・・・。おじさん、もう少し簡単にならないの?」
店主のおじさんは豪快に笑いだした。
「はっはっは!そう簡単に景品を取られてしまったらわしの利益がなくなってしまうわい!」
「ぐぬぬ・・・」
ヴェスは下唇をつまみ、悔しそうに銃を握りしめている。
「ちょっと貸してくれ。あの指輪に光が当たればいいんだよな?」
ヴェスがライトガンを握りしめていると、ボイドがその横からライトガンを奪い取った。
ボイドは右手でライトガンを握り、左手でそれを支えるように構えるとじっくり狙いを定めながらぶつぶつ呟く。
ライトがんを奪われてむすっとしていたヴェスは、ボイドの集中している様を見て、店長ともども黙って見つめてしまう。
「さっきはこう打った・・・。あの水晶は光を曲げる・・・。鏡は反射する・・・。こうしてこうくるから・・・」
ボイドはスーッと銃口を移動させるとピタッと停止し引き金を引いた。
打ち出された光は屈折と反射を繰り返した。
光速で動く光をヴェスが目で追うことはできなかったが、一瞬とは思えない時間が過ぎた。
高く澄んだ音が響く。
赤い光は、見事、ヴェスが欲しいと言った指輪に命中した。
「えっ・・・」
「うぉっ・・・」
ヴェスと店主は絶句してボイドと、赤い光を受け赤く輝く指輪を交互に見ていた。
しばらくの沈黙の後、不思議そうな表情を浮かべてボイドは言った。
「これ、当たったら商品をもらえるんじゃないのか?」
「お、おう、ちょっとまってろ・・・」
おじさんはあたふたと景品の陳列棚に向かうと、指輪を取り出す。
「祭りのたびにこの射的をやっているが・・・。一撃で景品を手に入れたのはお前で二人目だな・・・」
「いや、俺は一撃じゃない。ヴェスがやっているのを見ていたからな」
ボイドはおじさんから指輪を受け取る。
「ほら、ヴェス」
「えっ」
「なにぽかんとしてるんだ。お前が欲しがってたんじゃないか」
「あっ、うん。ありがとう・・・」
想定外のプレゼントにヴェスは動揺を隠せないでいた。
ヴェスは赤面しながらそれを受け取ると左手の薬指にそれをはめようとする。
しかし、子供向けの指輪であったため、ヴェスの指は指輪の中を通ることはなかった。
「おい、ヴェス。指太すぎるんじゃないか?」
「失礼ね。殺すわよ」
「なぜそうなる」
「あんた、それ本気で言ってる?より殺すわよ」
「俺は事実をいっただけだ」
「言っていい事実と言ってはいけない事実があるわ。特に女の子相手ではね」
「女の子?」
「もういいわ。そこに直りなさい」
その様子を見ていたおじさんは豪快に笑う。
「はっはっはっ!お嬢ちゃん、苦労するな!このチェーンもやるから首にかけておくといい」
そう言うとおじさんはボイドの方を向いた。
「あと、にいちゃん、馬に蹴られて死んだほうがいい」
「なぜそうなる」
結局、ボイドに怒りながら上機嫌のヴェスと、感謝されると思っていたのになぜか命の危機に落ちいた不可解の表情を浮かべたボイドは、店主のおじさんに礼を述べると歩きだした。
射的だけでなく、鳥の肉を焼いたものや、金色の飲み物など残っていたものをいくつか買って食べたり飲んだりしながら街の中心に歩いていた。
「広いな、セントラルは。丘からここまでもっと近いと思ったけど、気がついたらこんなに時間が経っている」
ボイドは街の中心の時計塔を見上げてそう呟いた。
「いえ、今日は時間が速いわ」
「速い?」
「そうか、田舎で暮らしていたあなたにはわからないわよね」
そう言ってヴェスは時計塔を見上げる。
「あの白い光の明滅は時の流れを表しているの。あの明滅の速度は時と光の女神様の気分次第なのよ。まぁ、時の速さなんて私たちには正確にわかることなんてないわ。でも、今日はなんとなくだけど速い気がするわ」
ボイドは感心した様子でヴェスを見る。
「へぇ、ヴェスはさすがだな。セントラル侵入コーディネーターだけあって、セントラルの知識が豊富だ」
「侵入じゃなくて出入りね?」
しかし、ボイドはヴェスの言うことなど聞いていなかった。
「時の刻みを表す光・・・か」
そうボイドが独白した時だった。
建物の陰からアーマーを身につけた集団が滑るように現れ、ヴェスとボイドを囲んだ。
アーマーからは金属質な音が聞こえるが、その色は光を全く反射することのない漆黒に染められていた。
黒はすべての光を吸収し反射しない事から時と光の女神様への罪を表す色であるとされている。
それゆえに懺悔する特別な教会はすべて黒に染められている。
そんな闇を象徴する黒いアーマーを纏った騎士団は、夜に紛れてボイドたちの前に現れた。
「俺たちになんか用か?」
ブレードの柄に手を当てて、ボイドは一団に声をかける。
するとアーマーの肩口に白い大きな星がついた者がボイドに近づく。
「初めまして、青年。私はフォルテ。この国王直属の漆黒の騎士団団長だ」
金属のアーマーにこもった声でそう自己紹介をしたフォルテは続ける。
「君たちはここらではあまり見ない顔だな。どこから来たのかね?」
ヴェスがボイドと恋人のように腕を組んで答える。
「私たち、町はずれのミスト村から来ました。今日はお祭りを回るつもりだったんだけど、私たちあまりお金を持っていなくて。この時間になるとみんな売れ残ったものを安売りしてくれるから・・・」
そこまで話したときフォルテは笑い出した。
「ははは!お嬢さん、その言い訳は無理があるぞ!お金がない割には装備が整っているし、何より臭い。下水道を通ってきたんだろ?お前たちの臭い、とてもひどいぞ」
ヴェスは眉をひそめてフォルテを見る。
「あらら、臭いはしっかり消したはずなんだけど・・・。まって、この囲み方・・・匂いなんかじゃなくて、何もかも承知で取り囲んだのね。気が付かれるまでにもっと時間がかかると思っていたのだけれど」
「ふむ、今日は勅命でな。いつも以上にこのセントラルの警備を厳しくせよとの王からのお達しがあった。何が来るかは分からなかったが、我々は命令に従うのみ。警戒を厳しくしたら君たちが現れたのだ。」
フォルテはやれやれと言った雰囲気で両手を挙げ、首を振る。
「ヴェス・・・。お前セントラル侵入のプロなんじゃないのか?」
ボイドは腕を組んだままのヴェスを見る。
「うっ・・・。って、侵入じゃない、出入りよ」
ヴェスはむしろ、大きく胸を張る。
「でも仕方がないじゃない。私は八年この仕事してたけど、こんな漆黒の騎士団なんて組織が出てきたのは初めてなのよ」
「ほう!お嬢さんは八年もこんなことをやってるのですか」
「あうっ」
ヴェスは仰け反る。
フォルテはその様子を少しじっと見つめると、ふっと息を吐いた。
「さてお二人。そろそろよろしいですか?我々も忙しいのです。おとなしく捕まっていただけますか?」
そういうとフォルテは腰に差しているブレードの柄に手を当てた。
「断る。俺は目的を果たす。邪魔するな」
そういうとボイドもブレードの柄に手を当てる。
不思議なことに、お祭りの喧騒があるはずだったが、二人が対峙した途端、ふっと沈黙が訪れる。祭りの中で一吹きの風の音が聞こえる。
二人から距離を取ろうと思ったヴェスが後ずさりした。
結果として戦闘のきっかけはヴェスの足を引きずった音となった。
突如、二人は動き始めた。
お互い一歩で間合いを詰めるとオーロラブレードを抜き放って互いにぶつける。
近くにいたヴェスはブレード同士がぶつかり爆発するのを見た。
爆発の直後に二人から強烈な風がヴェスやその周囲の騎士達に当たる。
「・・・オーロラブレードってぶつかり合ったときにこんな音するかしら・・・?」
ヴェスは髪とスカートをおさえながらそう独白した。
ヴェスの驚嘆をよそに二人は二合、三合・・・次々と打ち合っている。
互いのブレードは藍色。
目的を持つ男ボイドと騎士フォルテの戦いはブレードの力ではなく、自己の持てる力の戦いになった。
藍の光の力を借りて超高速の戦いになり、周囲の者達には見学すら許されなかった。
人間の認知極限を超えたハイスピードの戦いの中で、お互いの力が拮抗し鍔迫り合いとなる。
「ほう。藍の刀を使いこなすか。ここで失うには惜しい人材だな」
「おいおい、まだ失ってないし、何勝った気でいるんだ。勝負はこれからだろ!」
ボイドはそう叫ぶと鍔迫り合いの状態から一瞬力を抜き、フォルテを引き込んだ。
瞬時にフォルテの横に回り込んだボイドはフォルテのアーマーのヘルムを思いきり吹き飛ばした。
「くっ、やるな!」
フォルテのヘルムが外れ素顔があらわになる。金髪に青い瞳、白い肌。
「あら、美形」
ヴェスの場違いな声が聞こえた。だが、ボイドはそのように余裕ある行動をとることが出来なかった。
「お前は!」
大声でそう叫ぶとフォルテを指差した。
「・・・お前がオーラを連れ去ったやつだな!」
「オーラ?誰かね?」
「抜かせ!お前が連れ去った少女のことだ!」
フォルテは心底困ったという表情を浮かべた。
「申し訳ないが。私はこれまでに何人も少女をこのセントラルにお連れした。君の言うオーラという女の子がどこの子なのかわからないな。だが、そうとわかれば、なおの事。逃がすわけにはいかない!」
ボイドのブレードを握る力が強くなる。
「この・・・外道が!!」
叫びながらボイドは大上段にブレードを構えてフォルテに切りかかった。
「ぐっ」
力技でフォルテを押し切ったボイドは、次々と攻撃を繰り出していく。
「どこにやった!連れ去った少女はどこに連れて行く!」
「・・・貴様には教えられないな」
ボイドの攻撃を全て受け止め切っているものの劣勢のフォルテは少し苦しそうにそういった。
「言え・・・!」
ボイドは少し焦っていた。
普段の戦いでここまで自分の攻撃が決まらなかったことはほとんどなかった。
ボイド自身は決まったと思っていた攻撃がギリギリで弾かれていく。
フォルテの表情こそ苦しそうだが、手応えがなかった。
ボイドは迷った。相手が本当に押されているのか、それともわざと押されているように見せかけている罠か。
しかし、その迷いは剣筋に出てしまった。
「青年。迷いが剣に出ているぞ」
フォルテはそう呟くとボイドのブレードを大きく弾いた。
ボイドは後ろに大きく弾き飛ばされてしまった。
次の瞬間、フォルテはブレードを握り直すと同時に色を変えた。
ブレードの色は紫。
下手な人間が紫のブレードを握ると刀身が震える音がするが、フォルテのブレードからそういう類の雑音は全くなかった。
あるのは不自然なほどの静音だった。
ボイドが体制を立て直した時にはフォルテはブレードを正面に構え、ボイドを待っていた。
「本気を出すのは久しぶりだ。殺してしまわないようにしなければな」
フォルテは体勢を低くし、一歩前に進む。同時にフォルテの体がうっすらと紫に輝き始める。
「いくぞ」
ボイドはフォルテを見失った。
否。
ボイドはフォルテがいた場所が急に陥没したところを見ていた。
「なんっ・・・?」
声を出す暇もなくボイドは自分の右手側に嫌な予感がした。
ブレードをその方向に構えた瞬間ボイドの全身に衝撃が走った。
「ぐっ・・・」
足の踏ん張りは全く間に合わず、ボイドはなすすべなく吹き飛ばされる。
「よく受け止めたな」
その声はボイドの耳元に聞こえていた。
地面に叩きつけられたボイドは必死で体勢を四つん這いから少し起き上がったところに、フォルテが上から斬りかかった。
ぎりぎりでフォルテの斬撃を受け止めたもののボイドの足は1センチほど埋まっている。
ボイドは衝撃の大きさに思わず俯いてしまった。
次にボイドが目にしたのはフォルテのつま先だった。
「ぶふっ!」
ボイドは鼻血を噴き出しながら仰け反る。
「ボイドっ!」
ヴェスが叫んだ。両手を胸の前で組む。
顔面に一撃を食らったボイドは一瞬、意識が飛んだ。
ヴェスが別の人物と重なる。
ボイドの目が見開かれた。
仰け反った状態から一転。
バク転を決めると着地。
乱暴に鼻血を拭き取る。
「しぶといな。だが、これで終わりだ!」
「そうだよな。オーラ。次は俺の番だよな」
フォルテの光速袈裟斬りが迫る。
ボイドはフォルテの攻撃を正面から受け止めず、攻撃の方向に合わせてブレードを平行に当てた。
「それだけのスピードだ。一度逸れると立て直すのは至難じゃないか?」
斬撃を受け流されたフォルテのブレードは空を切ったまま振り切ってしまっていた。
ボイドはその瞬間を逃すまいと藍のブレードを自分の最速で振る。
「そう思うか?」
フォルテはスッと身をかがめてボイドの斬撃をかわすと振り切ったはずのブレードを弾ませ、壁に当たったボールのように進行方向を逆転させた。
「うっ!」
のけぞったボイドの鼻先をフォルテのブレードがかすめる。
「くそっ、速い!」
「私の攻撃はブレードだけではないことをさっき見せたはずだが?」
「ゲフッ!」
フォルテの光速回し蹴りはボイドのみぞおちをクリーンヒットした。
「ボイド!」
ー君がなんて言おうと、私が君を助けてあげる。
ヴェスの叫び声と共に別の声がボイドの頭の中に響いていた。
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