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時計守りの少女  作者: 黒鍵猫三朗
第一章 侵入
3/16

1-2

今度はヴェスがぽかんとしてしまった。

ボイドと同い年ぐらいの時、男をとっかえひっかえしていたヴェスとしては、ボイドの反応は信じられなかった。

あまりにも純粋なものを見てしまったヴェスは何やら水が出てきた自分の目をごしごしこすりながら苦し紛れにこう言った。


「あ・・・、そうね・・・。その、とっても、キモチいいことよ」


「気持ちいいことというのは?」


ヴェスの苦し紛れの言い分は無残に吹き飛ばされてしまった。

あんぐりと口を開け、あほヅラをさらす、ヴェス。


「・・・あなたも大人になれば分かるわ」


もはや大人たちに言われ続け、うんざりしていたセリフを口にしてしまったヴェスは、心の中で両親に謝罪した。


 ごめんなさいお父さん。お母さん。私、そういうこと言う“大人”大っ嫌いだったんだけど・・・、私も、『大人』になったみたい・・・。


ヴェスの内心での涙をよそにボイドはヴェスに言われたことを考えていた。


「・・・そのよくわからないことはこの下水道を抜けるために必要な知識か?」


「・・・あまり、関係ないわ・・・」


諦めと憐みの目でボイドを見つめるヴェスがぼそりとそう答えた。


「ならば、そんなことどうでもいい。とにかく祭りのせいでこんなところに警備が来てるんだな」


「ええ、そうよ。まぁ、強い人を警戒しているわけじゃないから向こうも油断してる。気を付けて進めば大丈夫よ」


そういってヴェスはボイドに先を促す。

ところが、ボイドは足が思っているより重たく感じ、スムーズに一歩目を踏み出せなかった。


「体が重たいでしょ。地下で戦闘をした人はみんなそうなるの」


ボイドは眉間に思い切りしわを寄せる。


「それを早く言え。今後の戦いに影響が出るじゃないか」


「ごめんネ。戦闘しないつもりだったノ」


ヴェスは舌をぺろっと出し、こぶしを頭にこつんと当てる。


「地下はね、時と光の女神様の力が強まるの。光が届かない世界だからこそ女神さまが力を注がれるのね。光は女神様の一部であり、世界の流れ。光は時、時は世界、世界は光。でもそんな光を少しだけ捕まえて使うのが私たちの武器なの」


そう言ってヴェスは自分の短剣を撫でる。


「こういう武器を使うとね、時と光の女神様は嘆き苦しみ悲しむの。その気持ちが地下では私たちに伝播しやすくなってしまうのね。だからこそ、地下の戦闘は疲れやすくなってしまうのね」


「へぇ?これが悲しみなのか?こういう感覚は苦しみだと思ってたけど・・・」


そう言ってボイドは下水道の奥を見通す。

ボイドには心なしか下水道のランタンの明るさが強くなったり弱くなったりしているように感じられた。


「とにかく、進もう。もう少しなんだろ?」


ボイドは何人かの人間を背負っているかのような感覚を振り払って進み始める。


「ええ、そうよ。でも、少し待って」


ヴェスはくぼみに放り込んだ警備兵の上に腰に巻いた鞄から出した円錐型の黒い光機を置いた。

円錐の頂点から光の膜がふわっと広がった。


「なんだそれ」


「これはライトベール。この光の膜が中に隠したものを見えないようにしてくれるの」


ヴェスが使った光機から出ている光の膜は下水道の外壁に使われている煉瓦と同じ様な色の光が現れる。


「うん、これである程度見つからないでしょ」


「へぇ、これはどのくらい持つんだ?」


「1時間くらいかしら。日が出ているところなら、もっと長い時間もつんだけど」


「そうか」


警備兵を隠し終わった二人は並んで歩きだした。

ヴェスはボイドのことをまじまじと見つめると言った。


「それにしても・・・、この数か月間あなたを見ていて思ったんだけれども。あなたみたいなタイプの人は初めてだわ」


「俺みたいなタイプ?」


「そう。何にも汚れてなくて、全くの真っ白って感じの人」


ヴェスが顎に手を当てる。


「どういうことだ?」


「純粋ってことよ」


ボイドは首をかしげる。


「へぇ。まぁ、よく分からないが。そういえばヴェスは俺のほかにもいろんな人をセントラルに入れて来たんだろ。でも、なんでそんなにセントラルに入りたが奴がいるんだ?そもそも、セントラルは貴族様しか住めないんじゃないのか?」


「ええ、だからこそ、地上の警備は相当厳重よ。でも、貴族様だってキモチよくなる薬とか、ちょっと気に入らないやつをぶっ殺すための武器とか、必要じゃない。そういうモノを売る商人とかをセントラルの中に入れてあげるのよ。まぁ、ときどき出て行く貴族様もいるけど」


「セントラルでは薬や武器は買えないのか?」


ボイドは自分の村にいた薬師や鍛冶師がいなくなってしまった状況を想像した。

確かに医師がいなければ風邪は治らない。武器がなければ畑を荒らす者共を懲らしめられない。


「貴族様は風邪をひいたり、クマに出くわしたりしないんだな」


ヴェスは目を大きく広げると大きく息を吸い込み、そして吐き出した。


「はぁ、そういうところを純粋だって言ってるのよ。にしてもあなたほど世間を知らない子がセントラルにいったい何の用事があるの?それに、その強さ。藍色のオーロラブレードなんて生半可な鍛錬では扱いきれないわよ?」


ボイドは表情に影が差す。


「目的は詮索しない、そういう契約だろ?」


「ええ、そうよ。だからこれは契約違反。ごめんなさい」


ヴェスはボイドに向かって素直に頭を下げると、小走りで先に行った。


「さぁ、この先を曲がって少ししたら地上に出るわよ」


ボイドはその後をゆっくりとついていく。

しばらくの間、二人の間に会話はなかった。

ヴェスは余計なことを聞いてしまったと後悔し始めた頃、ふとボイドは口を開いた。


「人を探してるんだ」


「・・・友達?」


ヴェスがボイドの方に振り返って、そう問いかけた。


「そう・・・いうことになるかな。昔、セントラルに連れて行かれたんた」


ボイドは一言一言、何かを確認するかのようにに言葉を発していた。

その目はヴェスの顔を見ているようで全く別の何かを見ていた。


「大事な人だったの?」


「・・・そうかもしれない」


少しためらったボイドはそう答えた。推定の返事だったことにヴェスは疑問を覚えたが、ヴェスは何か複雑なものを感じ、その点に関しては聞かなかった。


「その人を連れ戻すの?」


「ああ」


「何があっても?」


ボイドは顔をあげる。  


「誰が何と言おうと、俺があいつを助けてあげるんだ」


ボイドの意思の硬さが表情にあらわれていた。

ヴェスはそれ以上詮索すまいと決め、自分の仕事を果たそうと張り切って道案内を再開することにした。


「ここよ、ここから上に上がれるわ」


ヴェスは梯子に片手をかけてボイドを待ち受ける。


「そうか、やっと着いたんだな・・・」


「ええ、これをのぼればそこは、時と光の女神が守護する街、セントラルよ」


「最初に三十分って言ってたが、ここまで三時間くらいかかったんじゃないか?」


ヴェスはバツが悪そうに下を向く。


「ごめんなさい、例年はこんな警備が厳しいわけじゃないの。だいたい、こんな地下の下水道にまでくるカップルなんてそれほどいるわけじゃないわ」


「まぁ、ついたんだからいい」


そういってボイドはヴェスより先に梯子をするする上る。


「あ、ちょっとまちなさい!地上に誰かいるかもしれないでしょ!ライトグラスの出番なのに!」


ヴェスはあわててボイドの後に続いてのぼる。

ボイドはヴェスの言うことなど全く聞かずにどんどん梯子を登る。


「おお・・・!」


登りきったボイドは息を飲んだ。

下水道を出た場所はセントラル市街の小高い丘の上だった。

眼下からセントラルの街並みが広がっている。

その街は真夜中である現在も端から端までつぶさに見ることができた。


「はぁ、もう勝手に行かないでって・・・」


追いついて文句を言おうとしたヴェスはボイドの横顔を見て言葉を切ってしまった。

ボイドは目を細め、とても真剣な眼差しでセントラルを見ている。


「・・・何か見えたの?」


ヴェスはボイドにゆっくり近づいてボイドの見ている方向を眺めた。


光のセントラル。

光技術の粋を集めて初代王のもと作られた街。

その街並みは王城に向けてとぐろをまく蛇のように作られている。

その一本道に沿って上から紫、藍、青、緑、黄、橙、赤の順に七色の街灯が並んでいる。


「ボイド君が見惚れちゃうのもわかるわ。ここからの景色、綺麗よね」


ヴェスは風になびく前髪を抑えながら続ける。


「あの街灯はね、自分の家の前に一つずつ作られているの。高エネルギーの色、つまり紫色に近づくほど高価な街灯になる。だから、街灯の色でその家の力が分かってしまうの。ずっと昔はあの七色がバラバラになってて、宝石箱をひっくり返したような景色になっていたらしいのよ。・・・そんな風景も見てみたかったわ」


ヴェスはポツリと言った。


「今では同じ色の人たちが集まって暮らすようになってしまったわ」


ボイドから返事はなかった。

しばらくの間、微動だにせず街を眺めていたボイドはゆっくりヴェスの方を向いた。


「あの真ん中にある塔が時計塔か?」


そう言いながらボイドは街の中心にある王城から天にまっすぐ伸びる巨大な時計塔を指差す。


「ええ。あれが時計塔よ。」


時計塔と呼ばれた建物は王城の塀の3倍以上高く、直立している。

四面ある石造りの塔の頂点付近には、町外れの丘からでも何時かわかるほど巨大な時計が側面それぞれに設置されている。

塔はそれ自体が白い輝きを放っており、その輝きが明るくなったり暗くなったりしている。


「白い光。そんな光を出せる光機あったか?」


「ないわ。白い光はすべての光を混ぜ合わせた色。人の技術で光機から直接白い光を作り出すことはできないの。人が白い光を生み出せるのは生まれた時だけ」


ボイドの表情はかすかに歪んだ。

しかし、時計塔をまっすぐ見つめていたボイドの顔を、同じく時計塔をまっすぐ見つめていたヴェスは見ていなかった。


「だから、あの時計塔の白い光は女神の光といわれている。ああやって明滅してるのも女神様が時を刻んでくださっていると言う証拠と言われているわ」


ヴェスはそこまで説明するとボイドを見る。


「あなたの目的地は時計塔なの?」


「たぶんな」


さっきの表情は一瞬で消え去り、元の表情に戻っていたボイドは一言そう告げる。そんなボイドをヴェスはじっと見つめていた。


「ヴェス。契約はここまでだな。セントラル市内に入るまで。報酬は先に渡したよな」


と言いかけたボイドをヴェスが手のひらを突き出して遮った。


「まだ、いいわ。セントラルの市内まで案内してあげる」


「ほう?いくらで?」


ヴェスが急に不機嫌な顔になる。


「あなた、私が報酬だけを求める嫌な女だと思ってたの?」


「ちがうのか?」


ヴェスはぷくーっとほおを膨らませる。


「失礼しちゃうわ!」

そう言いながらヴェスは丘を下り始める。

腰に付けたカバンから七色に輝く砂が入った瓶を取り出した。


「まったく。これはあなたの純粋さに対する・・・そうね、これはいわゆる親切ね」


「親切・・・」


「はい、これを使って。私たち下水道から出てきたから臭いがきついでしょ。これは消臭するために、砂に光を閉じ込めたものなの。言うなれば光砂ね」


ヴェスは光砂を掌の上に少し取り出すとボイドに振りかけた。一瞬ボイドの周囲が輝く。


「臭い消えたのか?」


「んー。さっきまで下水道にいた私たちにはわからないけど、消えているはずよ」


ヴェスは自分にもその砂を振りかける。

ボイドの時と同様にヴェスの周囲がきらめく。


「さて、いくわよ!今の時間ならお祭りもひと段落して人通りも少ないから好きに見て回れるわよ!」


その姿を見たボイドは少し気を抜いた表情を浮かべた。

数十分歩くと家が連なり始める。

赤や青の煉瓦造りの二階建てや三階建ての建物が広い道路の両側に並んでいる。

いくつかの窓からはランタンの灯りが漏れ出している。


街の入り口近くの家には赤い街灯を設置している家としていない家が連なっている。

遠くでは面に見えた赤い光も、近づいてしまうと点に見えてしまう。

お祭り自体は終わっているものの、店じまいをしている屋台や、売れ残ってしまったものを格安で販売する屋台などが、道の両脇にまだ残っていた。

そこらじゅうで酒を飲んでいる輩も多く、お祭り本番の喧騒は冷めやらぬ雰囲気だった。


急にヴェスは屋台に駆け寄った。


「ボイド!これ!懐かしい!射的よ!」


ボイドはヴェスが射的と言った屋台を見た。


「屋台の射的か。確かに懐かしいな。俺も一度だけ行った村のお祭りで、親切・・・そうだな、親切な人にパチンコを打たせてもらったことがある」


「パチンコ?そんなもの使わないわよ」


ヴェスはそう言って屋台に近づいていく。


「使うのはこのライトガンよ」


「なんだこれ・・・。ガン?子供の遊びでそんなもの使うのか?それに、この屋台は・・・」


 ボイドの様子を見てヴェスはクスクス笑っている。


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