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時計守りの少女  作者: 黒鍵猫三朗
第一章 侵入
2/16

1-1

「なぁ、ほんとにこの道で合ってるんだろうな?」


青年は一緒にいる女を急かすように話しかけた。

話しかけられた女は正面のT字になっている分かれ道の先を覗き込んで人がいるかどうか確認している最中であり、振り返らず小声で答えた。


「しっ。もう警備兵の警戒網の中に入っているの。声を出さないで」

女は青年を黙らせる。


女の方は黒のトップスに黒のミニスカート、そして茶色いロングブーツを履いている。

体格は華奢だが動き方に鍛え上げた体独特の雰囲気が現れている。

肩が少しふんわりと余裕のあるトップスを着ていることから、肩の筋肉はかなり鍛えられた証が表れていると考えられる。

顔立ちは町で声を掛けられるようなきれいなお姉さんという印象を受ける。

大きな目が特徴的だ。後ろで一つに束ねられた髪が女の動きに合わせて揺れる。


青年の方は体格が明らかに鍛えたものであり、身につけたレザーアーマーから覗くピチピチのシャツからもその筋肉量が見て取れた。

革でできた簡単な膝当てや肩当てが付いている以外は単純なズボンとシャツ、そしてブーツといった服装である。

髪は適当に切ってぼさぼさにされている。

左腰につけた武器の重量のせいか、少し左に傾いた姿勢になっている。


青年と女は既に二時間以上この陰気でじめじめした赤い煉瓦造りの下水道の中を進んでいた。

下水道は何十年も放置されているようで、あちこちに穴やくぼみができてしまっていた。

足元に溜まっている水のせいで、地面の凹凸がうまく把握できず、すり足に近いような形でゆっくり進むしかなく、二人、特に青年の方は疲れのピークに達していた。


下水道と言ってもすでに使われておらず、大した量の水は流れていない。

雨の時、使われるくらいのもののようだ。だが、密閉された空間に変わりはなく、少々の音が遠くまで響いてしまう。

女の指示によって大きな音をたてないよう慎重に進んでいるため、本来なら三十分もかからない道のりが二時間と言う長時間に伸びてしまっているのだった。

女にセントラルにはすぐにつくと言われていた青年は、すでにセントラルに到着している頃であり、日が沈むころには到着する予定が狂ってしまい、今後の予定を思案することに夢中になっていた。


「あっ!」


青年は思わず小声で呟いた。

青年は水の中に合って見えなかった石を踏んづけてしまった。

青年はうっかりこぼした声が下水道に響いて何重にも重なった音に聞こえる。


「バカっ!」


女は大慌てで青年の口をふさぎ、羽交い絞めにした。

蛇のように滑らかに動く女に青年は抵抗する間もなくあっさりと後ろをとられ身動きできなくされてしまった。


「誰かいるのか?」


下水道の遠くの方から男の声が聞こえる。

女の腕に力が入る。


「何てことしてくれたのよ、ボイド!ここまで誰にもバレずに来たのが台無しじゃない!」


女はボイドと呼ばれた青年の首を締め上げつつ小声でボイドを叱りつける。

ボイドは首を締め上げられながらも、鶏を絞めたような声で言った。


「・・・くっ、ヴ、ヴェス、あんた、そんなに強いなら、あんなやつらささっと片付けてしまえば・・・。」


ヴェスはボイドをバカにするように目を細めると言う。


「こんな、なにもないところで出てくる敵をいちいち殺しちゃったら、死体を隠すところ無いじゃない。バレたら終わりってことわかってるの?」


「俺はいまだにその事が理解できないんだ。だいたいなんでこんな下水道から・・・」


ヴェスは話が長くなりそうだったため、ボイドの話を手で遮った。


「私はプロよ。黙って私に従いなさい」


そう言うとヴェスは腰に巻いていた小さめのカバンから双眼鏡のような形をした機械を取り出した。

ヴェスはその双眼鏡を目に当てるとT字路の正面の壁の方向に向いた。

ボイドはその姿を見て眉間にしわを寄せる。


「なぁ、なんで壁を見つめてるんだ?」


「あら、これも知らないの?これはライトグラス。正面にある光の流れの中で好きなものをこちらに引き寄せて見ることが出来るのよ。だから、警備兵が向かってきている方からくる光だけをこっちに曲げて、それを見ているのよ。普通にのぞいたらばれちゃうじゃない。ほら、良く見えるわよ、銀色のアーマーに赤い帯を肩から掛けてる警備兵さんが。あら、ブレード装備してるわね」


ヴェスは相変わらずT字路の壁の方を向いて答えた。


「ああ、そういうやつか。前にも言ったがそういうのはさっぱりわからないんだ。だいたい、そんなもの使わなくても小さな鏡一個あればのぞき込めるんじゃないか?」


ボイドは聞くのをあきらめた。

正直なところボイドは自分の村を飛び出してからこの下水道に来るまでの間、本来の光技術のすごさに何度も驚かされていた。

そもそも、そう言った光技術によって動くものを光機と言うのもヴェスに言われるまで聞いたことがなかった。


村で生活していた時、光機と言えば村の中心にあった集光機だった。

村人たちは装置と呼んでいた。馬鹿でかい大きさだった。

日が暮れると子供たちが家庭用の装置で日中に集めた光を、その馬鹿でかい装置の中に入れていた。

近所に住んでいた薬師が言うにはあの装置を設置するだけで村の中心にあった広場がなくなってしまったらしかった。

ボイドにとっては生まれた時から巨大な集光機があったため、村の真ん中に広場があったことの方が驚きだったが。

しかし、その集光機もただ集めてきた光をためておいて、定期的に来る役人に差し出すだけのものだった。


そう言えば、あの役人はあの馬鹿でかい光機に入った光をどうやって馬車一つで持って帰ったのだろうか。


村から出て初めて見た光技術はランタンと呼ばれる、溜めておいた光を夜暗くなってから放出するだけのものだった。

それでも夜を松明やろうそくで暮らしていたボイドにとって、部屋中が一個のランタンで明るくなるというのは世界というものを意識させるのに十分だった。

ただ、その日はランタンの消し方が分からず、眩しすぎたためベッドの下に潜り込んで寝る羽目になったことはまだ誰にも話していない。


そんなランタンはこの下水道にも各所に設置されている。


「まぁ、分からなくていいわ。とにかく相手にばれずに相手のことを見ることが出来るのよ」


「それはすごい」


ボイドは感心して見せた。しかし、せっかくの大仰な感心はヴェスにスルーされた。


「感心してないで、警備兵が来るわ。相手は二人。私は奥の警備兵を倒すから、あんたは手前に警備兵が見えた瞬間に切りかかりなさい。殺しちゃだめよ。余計な恨みを買いたくないから」


「気絶したやつはどうするんだ?」


「・・・この際、仕方がないわ。ここまでは一本道。戻ろうにもきっと後ろにも警備兵がいるもの。それに、警備兵は私たちが武器を持っていることがわかると襲い掛かってくるわ。とっておきのものもあることだし、前から来るお二人には悪いけどサクッと倒して、そこのくぼみにでも隠しておきましょ」


ボイドはうなずくと腰に差していた武器に手を伸ばした。


「まだ、そのオーロラブレードは抜いちゃだめよ。音がすごいんだから」


「わかってる」


ボイドは分かれ道に差し掛かる手前の壁際に体を寄せる。

二人は息を殺して警備兵の到着を待った。

警備兵の足音はボイドにもよく聞こえていた。

ましてやここは下水道であり、足もとには水が流れている。

どれほどそっと足を降ろしても水面に起こる波までは消せなかった。


「なんか音がしたと思うんだが・・・。気のせいか・・・?怒らないからでてこーい」


警備兵の一人がボイドたちのいる方を覗き込んだ瞬間だった。

ボイドは腰にさしていた武器を抜き放った。

オーロラブレード。

柄の部分が集光機になっており、そこから光を照射し刀身に沿わせることで高エネルギーの斬撃を繰り出すことが出来る片刃の武器である。照射した光は刀身の先端で回収することでより長い時間、高エネルギー斬撃を行えるようになっている。

ボイドはブレードの峰を警備兵の首めがけて振り抜く。


「くっ・・・」


警備兵が呻いた。

刀身は高出力の光独特の音を出し、藍色の尾を引きながら警備兵に迫る。

間一髪、警備兵は自分のオーロラブレードを抜くとボイドの斬撃を受け止める。

短時間、ボイドの青いオーロラブレードと警備兵の赤いオーロラブレードが交わり、火花を散らした。

均衡はあっさり崩れた。ボイドが警備兵に押し勝った。


オーロラブレードという名前、伊達ではない。

オーロラが様々な光色を持っているように、この武器も様々な色がある。さらに、その色は変更することが可能である。

最も一般的に使われている色は赤色である。

使用するエネルギーが少なく長持ちし、初心者でも扱いやすいためよく使われるが、弱い。最弱の色である。

反対に最もエネルギーを使う色は紫である。

集光機の光を瞬く間に使ってしまう分、一撃で分厚い鋼鉄の扉も切り裂く力を持つ。

ただし、剣術の達人であっても使いこなすのは至難の技である。

高エネルギーの光を刀身に沿わせるため、刀身が強く暴れてしまうのだ。


刀身は光を沿わせているだけで中身はただの鉄である。無理に扱えばあっさり折れてしまう。

低エネルギーの赤やオレンジの光を纏わせたブレードで、高エネルギーの青や紫の光のブレードを受け止めれば低エネルギーの方は押し負けて折れてしまう。

だが、素人が高エネルギーの刀を扱えば、刀身自身が暴れて自壊してしまう。


ボイドが使っているのは紫の一歩手前である藍、警備兵が使っているのは赤。力の差は歴然だった。

赤い方のブレードはあっさり折れてしまい、藍色のブレードは警備兵の首に吸い込まれた。

鈍い音と肉が焼ける音がして警備兵の意識が飛ぶ。警備兵は下水の中にドボンと沈んだ。

オーロラブレードでつけられた傷口からはほとんどの場合、血が流れることはない。ブレードを振りぬかれる、その一瞬で傷口が焦げ付いてしまうからだ。

一瞬とはいえ下水道の中に肉の焼けた臭いが立ち込める。


「ふぅ」


ボイドは血を払うようにオーロラブレードをブンッと振った。警備兵が溺れてしまわないように髪の毛を掴んで引っ張り上げる。


「ああ、またやっちまった。これだと血は蒸発するんだった。それに今回は峰で殴りつけただけだし。ヴェス、そっちはどうだ?」


ボイドはヴェスの様子を伺う。


「ボイド、あなたブレードの扱い、どんどん上手になってるわね・・・。問屋で初めて会った時、棒一本で盗賊の一味を全てやっつけてしまったと聞いた時凄腕だとは思っていたけど・・・。盗賊から奪ったブレードを得たあなたは、まさに水を得た魚ね。いつの間にか私も心配される立場ね!」


ヴェスは妖艶な笑みを浮かべている。が、右手で気絶した警備兵の首根っこを掴んでいる。

警備兵は首に短剣型のオーロラブレードの一撃を食らって気絶していた。その首に大きな痣ができている。


「いや。心配は全くしていない」


「あら、ひどい。私だって女なのよ?少しは心配してくれてもいいじゃない?」


ヴェスは警備兵の体を下水道のくぼみに放り投げると、体をよじらせ短いスカートをひらひらさせてボイドの視線の正面に躍り出る。


「なにしてんだ。それよりも何でこんなところ警備兵が警備してんだ。もっと警備しなきゃいけないところがあるんじゃないのか?」


「また無視・・・。まぁいいわ。ボイド君じゃ私には釣り合わないもの」


ヴェスはふくれっ面の上目使いでボイドを見るが、ボイドの表情は全く変化しなかった。

こうして男を落としてきたヴェスは、ボイドの無反応に少なからずショックを受けた。


「・・・あなたの質問の答えはこうよ。今の時期に行われてるのは何?」


「光の十日祭だけど・・・?」


ボイドは答えながらも表情はぽかんとしてしまった。


「あら、わからない?お祭りで出逢って高まった感情になった男女は何したくなるかしら?」


「?」


ボイドは余計にぽかんとしてしまう。


「やだ、ボイド。女になんてこと言わせる気?分からないの?」


「さっぱりわからん。何をするんだ?」

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