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時計守りの少女  作者: 黒鍵猫三朗
第四章 攻勢
15/16

4-3

フォルテを包んでいた紫の光はなくなり、フォルテの体は床に打ち付けられ、身に着けていたアーマーが地面を打つ音が響いた。

世界最強と言われた剣士を打ち破ったが、しかし、ボイドの体も相応の代償を支払わされていた。

傷だらけの体で借り物とはいえ神の力を行使したため、傷口は広がり、もはや血が止まりそうになかった。ボイドを包んでいた白い光はすぅっと収まった。


「はぁ、はぁ。強かった、俺だけの力では及ばなかった・・・。天才が努力するとここまでになるのか・・・。女神さまの力添えが無かったら倒せなかった」


ボイドは何とかブレードを鞘に戻す。

同時にアーマーの光も消え、急に重力が襲ってきたかの如く体が重くなりボイドは膝をついた。

なんとか立ち上がり、オーラが閉じ込められている鉄格子の扉を開く。


「はぁ・・・やっと、・・・会えた」

 

フォルテとの戦闘中は聞こえなかった時計の歯車がかみ合う重苦しく規則的な音が聞こえる。

オーラの格好は連れ去られた時と全く変わらない白いワンピースである。

 

ボイドの存在を感じ取ったのか。

オーラは口をパクパクする。

オーラのすぐ横に膝立ちになったボイドは優しく声を掛けた。


「なんだい・・・?」


帰ってきた返事はやはり、初めて時計塔に来た時と同じ、低くおぞましい声だった。


「・・・ゲホッ・・・。ごめん・・・十年、待たせた」

 

ボイドは改めてオーラの姿を眺める。

 

十年前から全く変わらず成長していないオーラの姿を見てボイドは胸がいっぱいになった。

今にも特訓に連れていかれそうだった。


「・・・はぁ、・・・何にも変わってないんだな・・・。今・・・助けるよ・・・。僕の番なんだから・・・。」

 

立ち上がろうとしたボイドは、足に力が入らずオーラの胸に顔をうずめてしまった。

オーラの胸に耳を当ててみると周囲の音が聞こえなくなり、オーラの鼓動が聞こえた。


「生きてる・・・!」

 

ボイドは自分の足を叱咤して、立ち上がるとオーラの背に手をまわした、その時だった。


「ボイド君!ダメだ!」

 

叫び声をあげたのはアドだった。

階段を駆け上がったのか、髪はぼさぼさ、汗で顔に張り付いている。


「その子は世界なんだ!」


「関係ない!誰が何と言おうと俺はこいつを助ける!」

 

ボイドは少し乱暴にオーラを抱き上げた。

同時に、時計塔の歯車が奇怪な音を立て始めた。


「早く戻すんだ!ボイド君!さもないと」


「何を言ってやがる!アド!オーラにあのような苦しみをもう一度与えろというのか!お前のことは信用できると思っていたが、それは間違いだったか!」

 

ボイドは部屋の入口に立っているアドに叫ぶ。


「邪魔するな!さもないとたたき切る!」


「いや、聞いてくれ!その子は時計守りの少女ではないんだ!」


「今となっては、そんなこと」


「どうでもよくないんです!その子は『時守りの少女』!その仕事は世界の時を進めることだったんです!」

 

ボイドはアドの言っていることが分からなかった。

いや、わかろうとしなかった。


「だからどうした!言ってるだろ、そんなこと関係ない!」


「いいから、聞け!私は国王の部屋に侵入しました!すでに国王はいませんでしたが、その手記が残されていた!そこには『時守りの少女』の役割が書いてあった!時計守りの少女はその命を使って、世界の時の進行を守っていたんだ!」

 

ボイドはアドを正面から見た。


「・・・世界の時・・・?」


「そうだ!俺たちがこうして時間経過の中で会話したり、行動したり、それらすべてがその子たちのおかげだったんだ!」

 

アドは涙を流している。

彼の信念が一つの事実によって曲げられてしまった瞬間だった。

アドは世界と少女を天秤にかけなければならなかった。


すると、か細くはあるが、ボイドが待ち望んだ声がした。


「・・・あ~あ、ばれちゃったか・・・。ボイド・・・久しぶりだね・・・」


「オーラ!」

 

ボイドは抱えていたオーラを床に座らせ、背中を支えた。


「宰相さんの言う通り、私は時守りの少女。命を使って世界の時を守る役目を与えられた・・・」

 

ボイドは声を震わせてオーラに話しかける。


「俺、助けに来た・・・。君を。一緒に村に帰ろう・・・!」

 

そんなボイドを見たオーラの声も震える。


「・・・ダメだよ、ボイド、私の役目はここまでなんだ・・・。最初から死にゆく命だったんだけど・・・、世界の役に立てて、ボイド君を守れてよかったよ・・・!それに、その世界で君は『心』を手に入れたんだね・・・」

 

げほっとせき込んだオーラの口からは血が垂れる。


「手に入れた『心』で、君には自由に生きてほしいな・・・!そのために私は君に剣術を教えたんだもの・・・」


「・・・死にゆくなんて言うなよ!俺は君のことを助けに来たんだ、俺には君しかいなんだ」

 

そしてボイドは大きく息を吸って、吐き出すと言った。


「俺は君のことが好きなんだ」

 

ついにオーラの両目からは涙があふれだした。


「・・・ほ、ほんと?うれしいなぁ・・・!」

 

オーラは茶目っ気たっぷりにウィンクをする。ウィンクした目から涙がこぼれる。


「実はね、私もボイド君が好きなんだぁ・・・。私ね、あなたがかわいそうだからっていう理由だけで君に近づいたわけじゃないんだぁ・・・。ほんとはなんとなくだけど死期が近いことが分かってて・・・。この世界に何か残したくて・・・、それが未練だったから・・・。それで、君に剣術を教えることにしたの・・・。結局それがむしろ未練になるなんてね・・・。時守りの少女はね・・・、この世界の一部だから、君が戦ってくれていたこと、見てたんだ・・・。君が人を害してまで私を助けようとしてくれてたこと・・・。苦しかった・・・」


「・・・そんな事、言わないでくれよ・・・」

 

ボイドはうつむいた。


「・・・ねぇ、『心』を手に入れた君に・・・、ボイド、虚無って名前は似合わないね・・・。もしよかったら私の考えた名前を名乗ってほしいな」


「・・・なに?」


「フルド。満たされたって意味・・・。どうかな・・・?」


「わかった。君はこれから俺のことをそう呼んでくれ!一緒に村に帰ろう・・・!」


「・・・ごめんね、私はそうやって呼んであげられなさそう・・・。私の時間はここまでみたい・・・」

 

オーラの手がボイドの頬に触れる。


「死ぬってわかってても君が助けに来てくれてほんとうれしかったよ・・・さよ・・・な・・・ら」

 

オーラの腕はぱたんと力が抜けてしまった。


「嘘だろ・・・?おい、オーラ?なぁ、・・・返事しろよ・・・何寝てんだ・・・?」

 

ボイドはオーラを揺さぶる。


「何こんなところで寝ようとしてるんだ・・・?そうだ、これから村に帰って、俺と手合わせしてくれよ・・・!俺、強くなったんだ、きっと君に勝てる・・・」

 

ボイドの目から涙が零れ落ちる。


「おい!オーラ!何だよ!俺、君を助けるためにここに来たんだ・・・!君はまた、俺の前からいなくなってしまうのか!俺は!俺は!お前に話したいことがたくさんあるんだ!それを、こんな形で終わらせるなんて!・・・うわぁぁぁぁ!」

 

ボイドはオーラの胸倉をつかんで咽び泣いた。


「なんでだ!なんでオーラは死んだ!」

 

涙でぐちゃぐちゃになった顔でボイドはアドを睨みつけた。アドは苦しそうな表情でそれに答えた。


「・・・私は何もしていない。もともと、オーラ君はそういう運命だったのだ・・・!」


「運命だと・・・!」


「ああ、国王の手記にもそうあった。時守りの少女は十年その命を世界の時のために使う。しかし、選ばれた少女がその十年以内に死ぬ運命にあった場合、死ぬはずだった時から使命が終わるまで、壮絶な苦しみを味わうことになってしまうのだそうだ・・・」


「そんな・・・嘘だ!嘘だ!そんなこと!」

 

ボイドはアドに吠える。アドはそれを表情を変えずに受け止めた。


「私もそう思いたい。だが、それでこれまでの三人の時守りの少女の姿が消えた理由がわかるのだ・・・。彼女らは次の時守りの少女に交代したとき死んでしまったのだ・・・。だから王城の中に葬られたのだ。王の手記には、そのことを嘆き、悲しみ、そしてそのことを伝えられないことに苦しみを感じる文章があった。伝えてしまうということは時を自由に操れる術を広めてしまうことになってしまうから」


「そんな話・・・!」


「信じられないだろうがな。本来の時守りの少女は十年後、村に帰るそうだ・・・。それはもう、成熟した美しい姿だそうだが・・・。オーラ君は、その、・・・成長してないだろう?死んでしまう運命だった少女の成長はその時点で止まってしまうようだ・・・」

 

ボイドの顔色は蒼白になっていた。


「俺は・・・失敗したのか・・・。またしても・・・オーラを、一番大事な人を助けられなかった。くそぉ・・!ちくしょぉぉぉぉ・・・・・!!!!」

 

ボイドはおもむろにブレードを手にすると自分の腹に向けて握る。


「ボイド君!何を!」


「・・・俺はもう生きている意味がなくなった。オーラに会いに行く」

 

そういうとボイドは天を仰ぎ見る。

顔の両側にすっときらめく線ができる。


「今行くよ」

 

ブレードを引き、勢いをつける。

 

ガキィン!

 

ボイドのブレードはとんできた短剣に弾き飛ばされた。


「何してんの、この馬鹿ボイド!」


「ヴェス・・・!」

 

ヴェスはすでに涙声で叫びながら、ドスドスとボイドに歩み寄る。


「ちょっと、聞いてたら!ボイド、あんた全然わかってないじゃない!」

 

ずかずかとボイドの正面に回るとバチン!ヴェスは残っている腕でボイドにビンタした。


「オーラちゃんはあんたに死んでもらうために世界を守ってたんじゃないでしょ!心を手に入れたって言うなら自分でオーラの気持ちを考えてみなさい!」

 

ボイドはハッとした。

オーラの気持ちを考える。

始めて手に入れた心。

村長の話が思い出された。

心を持っているからこそ他者に寄り添うことができる。

それを得ることで人の気持ちを類推することができると。


「オーラの気持ち・・・?」

 

ボイドはゆっくりと自分の知っているオーラを思い出し始める。

そういえば、昔からオーラは俺の事、助けてくれた。

出会った時も、そのあとはほとんどずっと、俺を脅威から守ってくれた。

騎士団との初めての戦いで俺が敗れた時も、自分のことより俺のことを心配していた。

その後は、時守りの少女として世界を守っていた。

しかも、それも俺のためだったと言う。


オーラはなぜ、なぜ命のかかったことまで俺のためだったのだろうか。

果たして最初からそうだったのだろうか?


いや、それはおそらく違うだろう・・・。

最初はそういう気持ちではなかったはずだ。

オーラは最初、俺のことをかわいそうだと言っていた。

哀れみ。そうだ、そうに違いない。

かわいそう、自分の基準でそれ以下の人に対して感じる感情か。

だが、それは正の意味でも負の意味でもある。

俺はオーラの基準では確かにかわいそうであっただろう。

光無し、感情が無かったのだから。

 

だが、それだけか?かわいそうという感情はそこまでの行動を起こさせるものだろうか?

オーラは死ぬ前にこういった「死ぬとわかっていた」と。

連れ去られた時も自分ではなく俺の心配をしていた。

それに、死に際のオーラは連れ去られたときのような背丈だった。

これは連れ去られた時にはすでに死の運命がすぐそこまで迫っていたことを示しているのではないか?

 

・・・そうか。今わかった。

オーラは最初から死ぬことを知ってたんだ・・・。

どんな理由で死んでしまうのか分からないけど・・・。

きっと、残り少ない命を有益に使おうと考え、迫害されていた俺に声をかけた。

だからこそ、あんなに強引に俺を訓練に引っ張り出し、雨の日でも訓練を欠かさなかった。


俺はオーラに選ばれたんだ。

 

俺はそうして特訓をしているうちにオーラのことを意識するようになっていた。

オーラもまた、俺のことを好きになっていった。

そうした心が時守りの少女として、俺の「時」を守る、その気持ちにつながったんだな・・・。


「わかったよ・・・。オーラは俺のために。俺が生きるために、俺の人生を歩むためにその人生を使ってくれたんだな・・・」

 

ヴェスは涙ながらにうなずいた。


「そうよ・・・!あなたがどれだけ幸せ者かわかった?」


「ああ」

 

ボイドは泣きながら、笑っていた。

アドは遠慮がちに言った。


「・・・ボイド君、ヴェス君。悪いがこのままではこの世界はゆっくりと停止する。我々はそのことを知覚することなどできない。だが、この時計塔の歯車は徐々に遅くなっているはずだ・・・」

 

ヴェスは言った。


「他に、時守りの少女は・・・?」


「すまない。我々の目標は時計守りの少女奪還だった。すでに仲間たちが時守りの少女の候補を連れて行ってしまった・・・。今から行っても間に合わない」

 

ボイドは暗く問いかけた。


「・・・一つだけ、王の手記にはこうあった。『光』と『時』の両方を授けられた者、その者がこの世界の存亡を決められる・・・と」


「そんな人、今からじゃ・・・とても・・・!」


「・・・なるほど、そういうことか」

 

ボイドは女神から言われたことを思い出した。


―時の祝福と光の祝福、理性と感性の両方を兼ね備えたあなたの選択を見守ります


「・・・おそらく、それは俺のことだ」


「・・・えっ?」

 

アドは目を見開いた。


「女神さまから直接言われた。俺は光の祝福を受けなかった代わりに時の祝福を受けた。そしてさっき、俺は光の祝福を得た。つまり、アドの言う授けられた者は俺のことだろう」

 

アドは少し汗を拭きながら、慎重にボイドに問いかけた。


「そ、うか・・・。そして、君の選択は・・・?」


「ああ、俺は正直、人なんて滅んでしまえばいいと思っていた」

 

アドとヴェスは息を飲む。

「俺の故郷では光の祝福が無かったものを責め、貶め、挙句迫害していた。

持っていない者を排除しようとしていたんだ。

そうやって弱者をいじめて自分たちの正当性を確認する連中がいた。

 

反対に持っている者を引きずり降ろそうとするやつもいた。

そいつは妬みや嫉みをそのまま対象にぶつけて、自分のことを高めようとしていた。

持っている者だって最初からそうだったわけではないだろう。

日々、努力を続けていたはずだ。それでも、妬みや嫉みにかられた奴には、そういう部分は見えないのだろう。

 

自分の目的のためにどんな手でも使う卑怯な奴もいたな。

もちろん、そいつとは命のやり取りだった。

だから、負けた俺にも非はある。

だが、一度決めたことを偽り、相手を騙し、自分をより有利にする。嘘の上に成り立ったものにどれほどの価値があるのだろう」

 

ボイドは息を吸う。


「だが、俺は旅に出てよかった。

人間はそんなところしかないわけではなかった。

 

お金で契約して、その契約が終わったにも関わらず、なぜかついてきて、片腕を失ってまで俺のために動いてくれた人がいた。

こういうのを優しさとか献身とかっていうんだろう?

自分にはなんの得にもならないだろうに。

むしろ損害だけだろうに。

 

理不尽に団結して立ち向かうことができることも知った。

おかしいと思ったことに、自分の命を賭してまで主張して、それを叶えるために必死になって行動する。

彼らが心に抱いていたものが希望なんだろう。


それに、自分のしたことを反省し改心した人がいた。

人間は間違えるものなのだろう。

でも、そのことに気づき、反省して、行動に移すことができる。

よりよくなるように動ける。


オーラはそう言った人の側面を全て守ったんだ。

悪い面には立ち向かって、良い面を伸ばして。だから・・・」

 

ボイドは一度言葉を切った。


「ボイド君・・・」


「ボイド・・・」

 

ボイドはにっこり笑うと、オーラの亡骸に手を伸ばし、頬に触れる。


「俺はもうボイドじゃない。俺はフルド」

 

そうして、ボイドは全身からあたたかな光があふれているような表情で言った。


「俺はオーラが守った世界を守るよ。誰がなんと言おうと」


そうして、フルドはオーラを抱えると、ゆっくりと世界の中心にある椅子に向かって歩き出した。

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