3-1
ボイドは背中が硬いものに触れる痛みを感じ目を覚ました。
「ここは・・・?」
全身がだるく、体を伸ばそうとしたボイドは手に違和感を感じた。
手が正面から離れなかった。
「手錠・・・?」
しかし、ボイドのいる場所は真っ暗で、ボイドは自分の手すら良く見えなかった。
手を動かすと金属同士がぶつかって響く高い音だけが聞こえてきた。
しばらくじっとしていると少しずつ目が慣れてきて自分の周囲が見えるようになった。
「これは牢屋か・・・」
なんとなく、そう理解したとき、月明りが差し込み牢屋の中が明るくなる。
ボイドの目に入ってきたのは、石造りの壁と鉄格子のはまった窓、そして鉄格子の扉だった。
自分の寝ていたところを見ると木でできた簡素なベッドの上に藁でできた敷物が敷かれていた。
その反対の壁際にはトイレと思われる設備もある。
ボイドは起き上がって鉄格子の方へ向かった。
両手で鉄格子を握ると、とても冷たく、その重量感が手に伝わってきた。
力を入れても壊れそうにないな・・・。
その時通路のランタンが一斉に灯る。
突然のことでボイドは目を閉じ損ねた。
目の前が真っ白になった。
目をぱちぱちしていると足音が一人分近づいてきていることに気が付いた。
「起きたかね、ボイド君。気分はどうかね」
目をやられたボイドにはランタンのちょうど正面に立った男の姿は真っ黒なアーマーを纏っているように見えた。
ボイドは慌てて腰に手をやるがそこには何もなかった。
ボイドは何もなかったかのようにゆっくり素手の格闘を始める準備をする。
よく見ると男はゆったりとしたローブを羽織っているだけだった。
一人で何してるんだと自問しつつボイドは眩しそうに目を細めながら男の問いかけに答えた。
「悪くない。あんたは?」
「私はアド。この国の宰相だ」
「宰相・・・。偉い人か?」
「ふふっ。まぁ、そうだ。少し話しをしたいんだが・・・。いいかね?」
そう言うとアドはボイドの前に座った。
ランタンの光がアドの上から刺すようになり、ボイドからようやくアドの顔を見ることができるようになった。
アドはランタンの光を受けて美しく銀に輝くローブを纏っていた。
それだけでもアドの階級が高いことが伺い知れた。
アドの顔は長年の心労がそのまま全て出て来たように年齢に似合わぬしわが出ていた。
髪も白くなっている。
ランタンの光を反射する銀髪は綺麗だな、そうボイドは感じた。
「髪が気になるか?私はこれでもまだ四十代だ。本来ならこんな髪になることはないんだがな・・・。色々と精神をすり減らすことが多くてな。髪だけでなく全身ボロボロだ。こんな髪の毛は変かな?」
「そんなことは無い。苦労してるんだな」
ボイドはアドをじっと見つめそう言った。
アドは少しにっこり笑った。
「まあな。ありがとう。だがそんな話をしに来たんじゃないんだ。わざわざこんな時間に来たのには理由がある。私もなかなか危ない橋を渡っている、さっそく本題に入ろう」
アドは顔をすっとボイドに近づけた。
少し上目遣いで迫るアドの顔は影に覆われボイドを威圧した。
「君はなんて子を探しに来たんだ?」
ボイドはアドの質問にハッと顔を上げた。
アドは高い地位にある人間だった。
迂闊な答えをすれば殺されかねない。
だが、回りくどい話をしている時間はなさそうだった。
警戒したボイドはそれを悟られないよう、質問に対して質問で返した。
「なぜ、そんなことを聞くんだ?」
「ふふ、隠しきれてないぞ、青年。やはり誰かを探しに来たんだな?いいだろう。一条の光に勝るものなし。まずは見てもらおうか」
アドは自分の推測が当たってにぱっと笑顔になった。
笑うと子供のような顔つきになる男だった。
アドは手招きして衛兵を呼び立てる。
「ボイド君。暴れないでくれよ?さっきも言ったが私は立場を危ぶめている。だが、そのリスクを冒してでも君に伝えたいことがある。手錠も外すからおとなしくついてきてくれ」
アドはボイドの目をまっすぐ見つめてそう言った。
ボイドはアドの目にオーラを重ねていた。
こんな目をしていた時のオーラは、話を聞かないといつもうなだれてそのあとの訓練が少し厳しいものになった。
「わかった」
「ありがとう。君を信じるよ。おい、扉を開けて手錠を外してくれ」
「信じる・・・。それって俺はどうしたら・・・?」
「はっ」
衛兵は短い掛け声とともにボイドを牢から出した。
「ではこっちに」
アドはボイドに背を向け、歩き始めた。
「あの衛兵は黒いアーマーだが大丈夫なのか?」
「心配してくれてありがとう。漆黒の騎士団だとまずいと言いたいんだろう?だが、問題ない。こいつは私の部下だ」
「そうか」
ボイドは納得した様子で頷く。
二人は黙って歩き続けた。
信じるということはどういうことだろうか・・・。
アドは俺に背を向けている。
これは俺を信頼しているからだろう。
だが、今日初めて会った人間をどうして信頼できるんだ・・・?
俺はアドを信頼してもいいのか?信じられているなら信じるべきなのか?
ボイドは歩きながら左右合わせて十以上牢を数えたが、牢の中に入っている人はほとんどいなかった。
「あまり人がいないな」
「このあたりの牢は国に反逆の気があるものを収容するための場所なんだ。ここが使われるのはほんとにときどきなんだ」
「ではこんなに要らないんじゃないか?」
「どのくらい前か知らないが、ここは定期的に使われていたそうなんだ。その名残だ。だがここらの牢は広いし、一人一室だから優遇されているんだ。普通ならもっと狭い部屋に三人くらい叩き込まれてますよ」
「反逆者を優遇するのか?」
「ふむ、それはここに入ることになった人たちの目的が目的だからさ。反逆にもいろいろあるんだ。ただ単に国家反復を願った者にはきついお仕置きが待っているさ」
「ほう、その目的とは?」
「きみと同じさ」
ボイドからは依然として歩き続けるアドの背中しか見えなかったが、ボイドにはアドの体に少し力が入ったように感じられた。
「お、来た来た。ボイド!」
ひっそりとした廊下に凛とした声が響く。
「ヴェスさん・・・。静かにとあれほど・・・」
アドは後ろから見てもわかるほど慌てていた。
背中が大きく踊る。
おそらく唇に指を当てているに違いない。
「ヴェスか」
ヴェスは壁にもたれかかってボイドたちのことを待っていた。
ヴェスも手錠はしておらず、衣服も多少乱れているもののボイドが気絶する前と何も変わっていなかった。衰弱している様子はなくボイドにはむしろ元気そうに見えた。
「・・・もっとなんかないの?」
「ない」
ヴェスは明らかにふくれっ面になった。
すると大きく息を吸い込んだ。
それを見たアドが大慌てでヴェスの口をふさぐとボイドを見る。
アドの目は必死で何かを訴えかけている。
ボイド君!何とかしてください!
・・・何とかしろって言ったって・・・。どうしろっていうんだ・・・。
迷った末、ボイドは言葉を絞り出した。
「・・・無事でよかった」
ボイドはヴェスの状態をちらっと確認する。
ヴェスはふくれっ面のまま停止していた。
ふぅ~っと息を吐きだすと言った。
「・・・まぁ、こんな時だもの。それで許してあげましょ」
なにやら釈然としないボイドは言う。
「俺は何を許されたんだ?」
「ベーだ」
ボイドは思いっきりヴェスの舌を見せつけられた。
「ふぅ。お二人とも。私のことも少しは気遣ってくれると嬉しいのですけれど」
「あら、アドさん。髪の毛が減ったかしら?」
「・・・なんてことだ・・・。残り少ない私の資源が・・・」
アドは素早い動きで頭を押さえる。
「冗談よ」
冗談だと言われてもアドはうなだれた。
少し泣き出してしまいそうだった。
ヴェスはアドの思わぬ弱点を見つけて少し嬉しくなった。
アドは正面にあった扉を開ける。
「私の髪の心配は後でもできます。とにかく、こちらです。この階段を上った先にボイド君が求めた真実がある」
「真実・・・」
階段は四角い建物の壁に沿って時計回りにずっと続いていた。
そして、上るにつれて歯車が規則正しく進む音がし始めた。
そのことに気が付いたヴェスがアドに尋ねた。
「ここってもしかして・・・、時計塔の中?」
「正解です」
「思ってたより暗いのね。時計塔は白く輝いているから、中はもっと明るいと思ってたわ」
「明るいところがあるときには暗いところがあるものです」
「こんなところに私たち入っていいのかしら」
「通常は禁止です。ですが、ある目的を持ってここにきて、あの牢屋に入った人には特別措置として入っても良いことになっているのです」
「・・・何の声だ・・・?」
ボイドはアドの話より気になる音があった。
時計の規則的な声に紛れて別の声が聞こえていた。
「・・・急ぎましょう。今日は時が速い」
アドはこれまで以上に早歩きになる。
ボイドが気になった音の正体はすぐわかることになった。
「人の叫び声だ・・・!」
「これが人の声なの・・・?」
ヴェスには細い隙間を通る風の低い音しか聞こえなかった。
「そうです。それこそ私が君たちに伝えたかった事です」
最上階に着いた時、ボイドもヴェスも言葉を発することができなかった。
最上階の部屋には壁などは無く、部屋の周囲にはボイドたちの身長の二倍以上歯車で埋め尽くされ、それらの大量の歯車が絶妙にかみ合い、少しずつ回転している。
ボイドたちにはどれがどんな働きを持って動いているのか全く分からなかったが歯車は一つ残らず回転と停止を繰り返している。
歯車の音が響き渡る大きな部屋の中に、鉄格子によって頑丈に囲われた部屋があった。
その扉は鍵が掛けられ誰にも開けられないようになっていた。
鉄格子で囲われた場所の中央には白いワンピースを着た少女が一人座っていた。
少女は椅子に固定されているわけではなさそうだった。
だが椅子から離れる様子はなかった。
それよりもボイドたちを圧倒したのは、少女の胸に流れ込む巨大で濃密な光、そして少女から発せられる声だった。
女神の社の牢番でさえこの声よりは高く小さいだろう。
「これは・・・?」
「この世界の中心。そして時計守りの少女」
「時計守り・・・。この子が・・・。この子は座って一体なにをしているの?」
「この大きな時計、少女たちの命で動いているんです」
「命・・・!」
ヴェスは真っ青な顔になった。
「人の命を使って動く時計ですって・・・?時計守りというのは時計を管理して、時計が正しく時を指すようにする仕事じゃないの・・・?」
「違います。時計そのものを動かすことが彼女たちの仕事なのです。この時計は膨大なエネルギーが必要らしいのです。しかもそのエネルギーは光エネルギーではないんです。必要なのは生命エネルギー。それも十代の未来ある少女の命そのものでないとダメなんだそうです」
「でもそこまでの代償を払うんだもの。この時計塔には相応の意味があるんじゃないの?」
アドの顔からは表情が消えてしまった。
「意味?意味なんてない。私もそう考えたんだ。私は国王に聞いてみた。だが、国王からは『伝統だから、時計を止めるわけにはいかない』という回答しか得られなかった。伝統だからだと?そんなくだらないことのために少女たちはこんな時計塔の中の椅子に縛り付けられたのか?」
アドは一息つく。
「意味なんか無い。この時計塔だってそうです。結局は国王の権力を誇示するためのものなんですよ。私は宰相となって初めてここに入れられたとき寒気がしたんです。心の底から怒りが湧いてくるとき人は熱くならないものなんですね。低く冷たくなりました。私は心底この国が嫌いになりました。こんなくだらないことに少女一人の命を使っている、そんな犠牲の上に立った国に」
「あっ!」
急にボイドが大きな声を出したため、アドとヴェスはそちらを見た。
ボイドは鉄格子に掴みかかって少女を凝視していた。
「こいつは!この少女は、オーラだ!」
「えっ?オーラ?それってボイドが騎士団の団長と戦ってた時に言っていた子?」
「そうだ。そして俺が探していた人だ!」
ボイドは鉄格子をつかむ。
「やっと見つけた・・・こんなところで何してるんだ・・・?一緒に帰るぞ・・・!」
そう言いながらボイドは鉄格子を押したり引いたりしていた。その力は徐々に強くなり、ついには殴りつけはじめた。
「くそっ、どうやって開けるんだ!」
「そんなことをしても開きませんよ」
ボイドはアドを睨む。
「なら開けろ!お前なら開けられるんだろ!オーラこんなに苦しんでるじゃないか!今でもこんな声、いったいどこから出てるんだ・・・!こんな様子を見てお前はなんとも思わないのか!」
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