表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

其の九

地震の描写がありますので、苦手な方はご注意ください。









 雅昭がひそかに覚悟を決めたある日、文姫が熱を出した。藤は波瑠のせいだ、と波瑠を責めたそうだが、奥の女性たちにむしろ冷たい目で見られていた。波瑠は気が利くので、奥の女性たちにも好かれているのである。こういうところ、性格が男性よりなのかもしれない、と思わなくはない。

 まあ、波瑠は霊能力者の志摩家の出身、という前評判があるため、藤の気持ちは分からなくはない。わからなくはないが、責めるのは筋違いだろう。波瑠は絶対にそんなことはしないし。むしろ、よく文姫の面倒を見ている。


「文姫の様子はどうだ?」

「まだ熱が高いですね。流感ではなさそうですけど」

「……まあ、この時期に流感は珍しいからな」

「流行としては、少し早いですからね」


 波瑠も苦笑を浮かべた。今は秋口に差し掛かったところで、流感が蔓延するのはもう少し後だ。

「もしかして対策とか知っていたりするか?」

「まあ、基本的なものなら。わたくしは、医師でも薬師でもありませんから本当に基本的なものですが」

「……協力してもらえると助かる」

「もちろんです。人の出入りが多い場所では、流感が広まりやすいですから。対策をしてしすぎることはありません」

 冷静に言う波瑠に雅昭は苦笑を浮かべた。


「波瑠殿はしっかり者だな」

「そんなことはありませんが」


 波瑠が少し首をかしげる。雅昭は波瑠に手を伸ばし、抱き寄せようかちょっと迷った。結局、その手はそのまま降ろされる。

「……胡弓を聞かせてくれないか?」

「構いませんよ。少しお待ちください」

 波瑠は立ち上がると、胡弓を用意し始めた。自分の度胸のなさに結構呆れている。藤二郎が自分に喝を入れる理由がわかってきた雅昭である。

「何がよろしいですか?」

 戻ってきた波瑠が胡弓を構えながら言った。雅昭は少し考えてから答える。

「『玉依姫』」

「かしこまりました」

 波瑠がゆっくりと弦を引く。澄んだ音色が響き始めた。


 翌朝になると、文姫の熱もだいぶ下がってきた。よかった、と微笑む波瑠はとてもうれしそうで、やはり母娘のようにも見える。

 雅昭には仕事があるので、やはり文姫の様子を見に行ったのは波瑠だった。今日も藤二郎にいろいろ言われながらもたまった書類を片づけていく。


「ん?」

「どうかしましたか」


 何やら揺れているような気がして、雅昭は首をかしげた。藤二郎が怪訝な表情をしている。


「いや、なんか揺れたような……」


 と言った瞬間、本当に揺れた。雅昭は初めて経験するが、これが地震と言うやつか。かなり大きな揺れで、雅昭はひっくり返った。藤二郎も前のめりに文机を押さえている。

 揺れが落ち着いてきてから、雅昭は起き上がった。藤二郎も体を起こし、文机の上を片づけ始める。

「今の、地震か?」

「おそらく。私も経験するのは初めてですが」

 と藤二郎も自信がなさそうだ。屋敷が崩れるほどではなかったが、かなり強い揺れだったと思う。二人とも集中が途切れてしまって、仕事が続かない。急ぎのものから片づけたのでこれ以上緊急のものはないはずだが。

「……ちょっと文姫と波瑠殿の様子を見てくる」

「ええ。そうしてください。私が残っておりますので」

「すまん」

 藤二郎に執務室として使っている部屋の片づけを頼むと、雅昭は文姫と波瑠の元に向かった。たぶん、二人は文姫の部屋にいるだろう。文姫の調子がまだ戻らないからだ。


「失礼する。大丈夫か?」


 中の様子は混とんとしていた。文姫が波瑠にすがりついて泣いていたし、詩は手を出しあぐねるようにおろおろしていた。藤はどこに行ったのかと思えば、柱の近くで体を抱えて震えていた。結構、志摩家から来た二人が強い。


「……大丈夫か?」


 もう一度尋ねると、さすがに波瑠が顔をあげた。その顔が少しほっとしたような表情になった気がしたのは気のせいだろうか。


「ええ。怪我はありません」


 揺れたことに驚いただけで、特段怪我などはしていないようだ。雅昭もほっとした。詩が少し空けた場所にしゃがみ込み、波瑠にしがみついている文姫に声をかけた。

「驚いたな。大丈夫だぞ」

「ふええぇえっ。まさあきさま~!」

 文姫は雅昭の名は呼んだが、波瑠にしがみついたままだった。ちょっとがっくりきた。やはり、文姫の中では雅昭は波瑠より下らしい。波瑠はそんな文姫の頭を撫で、背中をたたいている。


「あ」


 波瑠が小さく声をあげた。文姫を強く抱きしめると同時にまた揺れた。


 今の、波瑠は自身が来ることを予期したのだろうか。一瞬そんな疑問が頭をよぎったが、それどころではない。

 ぐらぐらと気持ち悪くなるような揺れだ。城自体が揺れる。どこかで轟音がしたから、何かが崩れたのかもしれない。

「とにかく、いったん外に出よう」

「わかりました」

 さすがに波瑠の反応は速く、文姫を抱えて立ち上がった。さすがに抱え上げるのは無理だったらしく、立たせただけだが。

「おつらいでしょうが、少し我慢してください」

「わかった……」

 熱が下がってきたばかりでまだふらふらしている文姫を連れて外に出る。ちなみに、詩は一緒に文姫を支えていたが、藤は怯えて役に立たなかった。彼女、おつきとして問題があるのではないだろうか……。

 外に出ると、そこにはすでに数人の家臣が集まっていた。波瑠たちを見て場所を空ける。波瑠は遠慮なくそこに座り、ふらふらしている文姫の頭を自分の膝に乗せて寝かせた。


 また、微振動。波瑠が体をこわばらせた。さしもの彼女も、自然の驚異は恐ろしいか。

「雅昭様」

「藤二郎」

 藤二郎が合流してきた。まあ、今の揺れだと城の中にいるのは危ない。特にこの本丸は建物が高いし。

「父とも相談したのですが、二の丸に移動しましょう。あちらの方が平屋ですし、まだ安全かと」

「わかった。重成は?」

「本丸に残るそうです」

 一緒に連れて行った方がいいような気がしたが、彼はそう言ったらもう動かないだろう。藤二郎も同じだ。


 とにかく、波瑠や文姫たちを移動させるのが先だ。少し下がったところにある二の丸に移動することにした。今更だが、北水きたみ城は山城である。

「波瑠殿。文姫は私が運ぶ」

「わかりました」

 波瑠に手伝ってもらい、文姫をそっと抱き上げる。波瑠が立ち上がった時に再び揺れが襲い、波瑠が雅昭の腕をつかんだ。

「も、申し訳ありません」

 すぐに体勢を立て直し、波瑠は顔をそむけて謝罪した。まあ、謝られるほどのことでもないと思うが。揺れが収まると波瑠は自分で歩いて二の丸までついてきた。

 とりあえず、二の丸のすぐ外に出られる部屋に文姫を寝かせ、雅昭は被害状況の確認に行った。二の丸については、すでに非該当は確認されていないが本丸の方はどうなっているか。それに、領地も。


 状況確認の間にも揺れは何度か続いた。女性たちも怖がっていたが、これは男でもちょっと怖い。

「西の村の方に被害が大きいようですね。まあ、もう少し遠方だと、まだ情報が入ってきていないのですが」

 藤二郎がため息をつきながら言った。近場の状況はわかってきているようだ。明日になれば、父からも情報が来るだろう。

「城の方は、さすがは天下の築城家・佐山さやま東五郎とうごろうが建設しただけありますね」

「……そうだなぁ」

 弱い明りの中で届く情報を読んでいた雅昭は、ついにあきらめて畳の上に伸びた。さすがに疲れてきた。この北水城もかつて敵対していた一族から接収した城である。そのかつての城主が天下の築城家と呼ばれた故・佐山東五郎に設計させたのがこの城なのだ。さすがに丈夫だ。

「……今日はもうやめましょうか。明日になれば、嫌でも追加情報が入ってくるんですから、休みましょう」

「……そうだな。藤二郎も嫁のところに帰りたいよな……」

「私は今日は二の丸に泊まり込みます。今帰ったら、明日出てこられない気がします」

 藤二郎は一応北水城の敷地内に屋敷を構えているし、妻も待っていることだろう。


「嫁に会いたいのは雅昭様の方でしょう。文姫と波瑠殿の様子、見てきてください」


 ついでに一緒に寝てください。と言われ、雅昭はやっぱりこいつ、怖いな、とちょっと思いながら立ち上がった。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ